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雪の涙は葉に落ちて  作者: 大塚 博瞬
第1章 メリコイル
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1-3 不快少女と愚か者2

「さて、どう話したものかな」

 シンボル・メリコイル支部・副局長・『ペルム・マカライト』は呟く。手を顔の前で組み、オレ達を値踏みするように見据えている。

「あの、なにか……」

「ああ、すまないね。如何せん、この指輪の選ぶ人材は1癖も2癖もある奴ばかりで。つい観察してしまうんだ」

 いまいち話の趣旨が掴めない。この人は何を言おうとしているのだろう?

 隣に座るルーネを横目に見る。何かに注目しているようだ。

 顔? いや、違う。顔の前で組まれた手。右手人差し指にはめている『指輪』だった。


 紋章の指輪ーー紋章の力を秘めた、旧人類が残した遺物。指にはめることで力を発動することが出来る、失われた技術の結晶。


 こちらの視線に気がつき、副局長は右手を前へ出す。

「これは『求道の指輪』。求める者の答えを示す、神託の指輪だ。もっとも、原典オリジナルではないからそこまで都合の良いものではないがね」

「と言うと?」

 ルーネが尋ねる。

原典オリジナルは、1の情報を与えれば10の答えが返ってくるらしい。だが、この指輪はある程度情報が集まらないと、答えはおろかヒントしかくれなくてね。今回君達を呼んだのは、この『求道の指輪』が事件解決のヒントを示したからだ」

「つまり、僕達がその事件解決のヒントってこと?」

「その通り。飲み込みが早くて助かる」

 そう言うと副局長はイスから立ち上がり、映像投影用の水晶を起動した。先程まで何も無かった空間に色が付き、文字が浮かび上がる。

 それはもちろん、歓迎のあいさつなどではない。

「これは……」

 2年前から1ヶ月間隔で数値が記された折れ線グラフ。初めの方は1や2といった小さな数値だが、日が経つにつれ徐々に大きくなっており、昨月になる頃には10という数値が出ている。

 少しの沈黙。副局長の知性的な眼に、刃のような鋭さが宿った。


「観光客や街を行き来する商人も含めた、この街の失踪者数を表したものだ」


 それを聞いた瞬間、身が震える程の悪寒を覚えた。

 空中に表示されたグラフ。1ヶ月の間に10という数値。このグラフを見る限り、昨月は3日に1人が失踪した事になる。悪い冗談としか思えない。

「この街では決まって夜に人が消える。ある時は人気のない夜道で、またある時は観光客が泊まる宿泊施設の前で。見境なく、1人ずつ、夜の街から消えていく。おそらくだが、これは人為的なものだ。魔獣が絡んでいるのなら、人を殺すだけで終わるからな。……我々はこの事件を、人の影形が一切消えることから、『消失事件』と呼んでいる」

「消失って……治安維持局は何をやってるんですか? この事件に対して何か、」

「もちろん対策はしていたさ。元々この消失事件は治安維持局が担当していたんだ。だが、注意喚起、夜間の見回り強化、失踪者の身辺調査、そのどれも成果を上げることができなかった。誘拐事件の大半は身代金目的だが、この事件の犯人が身代金を要求してき事とは一度もない。まるで我々を嘲笑うことが目的のような、そういう犯行だよ」

 淡々と、けれど重々しく副局長は言葉を発する。

「日を追うごとに失踪者は増え、作年4月の段階で月5人。更には夜間に見回りをしていた局員も3名失踪。シンボルに協力の話が舞い込んできたのは、その3人目の失踪者が出た半年後だった」

 話からして、事件は2年前から起こっていた。治安維持局が捜査していたが解決には至らず、半年前シンボルに協力要請。そしてシンボルも治安維持局同様解決は出来ていない、という訳か。しかし、どこか違和感を感じる。

 質問、とルーネが高く手を上げる。

「何で、こうも治安維持局は行動が遅れたの?」

 ルーネが不可解な事を言う。

「行動が遅れた? 副局長が対策はされていたと説明したばかりだろ」

「その対策が遅すぎるって言ってるんだ。だってそうだろう? 局員が3名失踪してからシンボルに協力要請。どう考えても遅すぎる」

 確かにそうだ。治安維持局は1年以上成果を上げることが出来なかったのに、どこか悠長に構えている節がある。

 治安維持局を庇うように副局長が答える。

「そう治安維持局を責めないでやってくれ。彼らもよくやっていたんだ。…………ところで、この街の市長については知っているかな?」

 急な話題転換に少し面を食らう。副局長は相変わらず重々しい雰囲気を残しており、ただ世間話のために話題を振った、という感じではない。

 市長の問いに対し、オレは首を横に振る。この街の市長について、オレは何も知らない。オレの代わりは名探偵がやってくれる。

「ルーター・ビスマス市長。15年前の第4次未開領域開拓を機にメリコイル市長に就任。以後、パクタンとの貿易と観光ビジネスに力を入れメリコイルの発展を支えたこの街の顔、で合ってるよね」

 副局長とは対照的に、ルーネは軽々と言葉を発する。普段から何を考えているか分からないルーネだが、知識や分析能力、行動力は3級ハンター以上のものを持っている。事実オレが初めて彼女に会った時も、オレの名前と階級、加えて大まかな経歴を言い当てられた。彼女の情報に、誤りの2字はない。

「その通りだ。市長はこの街の経済活動として、貿易と観光ビジネス、特に貿易面に力を入れている。この国唯一のパクタンとの貿易地点という事もあり、その経済効果は計り知れない。……だが考えてもみてくれ。もし仮に消失事件を公にし、大規模に捜査を行っていた場合、果たしてあのパクタンが貿易を続けてくれるのか」


 隣国『パクタン』の名を副局長は口にする。

 10年前にパクタンで起こった悲劇ーー魔女の嵐。死傷者数1万人を超えるその大災害が起きて以来、パクタンという国は魔獣の侵攻と人間の犯罪に対して過剰なまでの防衛意識を見せていた。1種のアレルギー反応と言えるだろう。


 今この街で起こっている事件をパクタンが知れば、否が応でも貿易に支障が出る。しかし、現在この街はその貿易で潤っている。本来ならば有り得ない状況だ。

「……まさか」

「そうだ。ルーター・ビスマスは治安維持局に圧力をかけ、事件そのものを隠そうとした。治安維持局は公開捜査もできず、シンボルにも協力要請を送れず、後手に回るしかなかったという訳だ。………はっきり言って不愉快だよ。民間に公にすることもせず、ただ利益のために事件を隠していたなんて。街のことを想うなら、やることは逆だろうに」

 これこそが違和感の正体だった。

メリコイルは確かにインフェカ最北端の街だ。オレの住んでいたジェノとはだいぶ離れている。だが、果たして1ヶ月に10人も人が消えた事件の噂話が耳に入らないなんて事があるだろうか。少なくとも、公になっていればオレ達は事件の概要を事前に知ることくらいは出来ただろう。

 副局長は少しの間うなだれていたが、つくったような笑顔を浮かべてこちらに向き直った。

「……すまない、少し愚痴っぽくなってしまった。そろそろ、依頼の詳細を説明しなければな」

 腕に付けた携帯端末を、ホログラフ表示したキーボードで操作する。

「消失事件の詳細を君達の端末に送らせてもらったよ。今更だが、依頼内容はこの事件を解決することだ。現在、こちらで依頼したハンター3組と治安維持局が協力して捜査を進めている。よって情報共有のため、新たに得た情報はこちらに報告してもらうことになる」

「ちょっと待って下さい」

 副局長の話を遮るようにオレが言葉を発する。

 事件の内容は概ね分かった。だが、依頼を受けるよりも先に確認しなければならない事がある。

「『私はあなた達の求める物を知っている。』これはどういう意味ですか?」

 オレ達が探している物の事を知られるのはいい。だが、スノウの正体まで知られてはならない。アイツの事を考えるなら、正体を知る人間は少ない方がいいに決まっている。

「そのまんまの意味だが?」

 副局長は余裕を持って応える。

「そのまんまと言うのは」

「君達が『祈願の指輪』を探していること。君達がチームを組んでいること。ブラウン・メテオライト・2級ハンターと赤頭巾の少女もそのメンバーにいること。そして、赤頭巾の少女が『魔女』であること」

「「!」」

 オレもルーネも目を丸くする。最低でも、ブラウンさんとチームを組んでいる程度なら知られていると予想していたが、スノウが『魔女』である所まで知っているとは思わなかった。この流れはまずい。

「君達はここ最近の依頼を全て断っていたね。タダでは動いてくれないだろうと思い、色々調べさせてもらった。すると、私が求めていた情報、つまり君達が食い付くであろう情報が視えてきた。それと同時に、赤頭巾の少女とその正体もね。まあ、例によって『求道の指輪』を使ったんだがね。魔女はパクタンで最重要指名手配を受けている。本来ならシンボル局員としてこれを見過ごすわけにはいかないんだが……」

 緊張感が高まる。副局長の意思1つで、最悪旅がここで終わるのだ。平静を装ってはいるが、嫌な汗は自然と頬を伝ってしまう。

 そんなこちらを見て、副局長は柔らかな笑みを浮かべた。

「私はそれを視なかったことにしようと思う」

「「え?」」

 オレとルーネは顔を見合わせて驚く。

「そうしなければ、君達は依頼を受けないだろうに。それに、聞いての通りこの街は危機的状況だ。隣国の小競り合いに首を突っ込む余裕は全くない」

 ひとまず胸をなで下ろした。

 どうやら副局長は、重大な問題を起こさなければスノウの存在を許容してくれるらしい。こちらとしては本当にありがたかった。

 副局長は立ち上がり、再び鋭利な視線をこちらに向ける。

「改めて説明させてもらう。君達に依頼するのは消失事件の解決。情報共有のために新しい情報は逐一こちらに報告。今までの捜査資料は端末に送ったから、君達のやり方で好きに捜査を進めてくれて結構だ。ただし、依頼内容は他言無用で頼む。……私の目の届く範囲では、だがね」

 最後は含みのある言い方だった。

 ブラウンさんやスノウにも詳細を伝え、協力してこの事件を解決しろ。意味合い的にはこんな所だろう。

「報酬は金銭と『祈願の指輪』についての情報だ。この条件で、この依頼を受けて欲しい」

 落とし所としては充分だろう、とまたルーネと顔を合わせる。この依頼を断る理由がなかった。

「はい、もちろん」

「ま、ここまでされたら断る理由はないよね」

 副局長は満足そうにうなずき、契約用の書類をカバンから取り出す。オレ達はそれに必要事項を記入していく。

 ただのブラフなら依頼を断ろうと思っていたオレ達だが、好都合な結果になったと言える。いや、ルーネからしてみれば狙い通りか。

 ルーネは副局長に見られないよう下を向きながら、大物を釣り上げた釣り人のように笑みを浮かべている。その横顔を見てから再び自分の契約書を書き進めようとした時、突然彼女は大きく声を上げた。

「あっ、ペルムさん。依頼を受けた人の中に、アゼル・エメラルド・2級ハンターっていますか?」

 釣り人は、2匹目の魚を釣り上げた。






 キョロキョロと辺りを見回す。西区の観光エリアに近づいたせいか、人が群がる花の庭園が目の前に現れた。見慣れない景色に圧倒され、思わず立ちすくむ。

 迷った。

 父様のことを言われ、つい頭に血が上ってしまった。脇目も振らず走り出したのはいいがこの有様だ。

 足取りを重くし、とりあえず座れそうな場所を探す。どこもかしこも人だらけで空いているベンチは見当たらない。仕方なく人気の少ない花壇のレンガの上へと腰を下ろす。

 これからどうしよう。見慣れた道まで引き返すか? いや、下手に動いて更に道に迷いでもしたら目も当てられない。もし、運良くあの場所に戻れたとしても、あのエプロン男に会いたいとは思わない。というか普通に会いたくない。

 腕に巻いたピコピコに蛮族さんから連絡が来るまで、ここで待とう。私にはよく、コレの使い方が分からないから。

 赤い頭巾を深く被る。


 しかし、父様のことを思い出したのはいつぶりだろう。

 私が物心ついた頃には父様はいなくなっていた。だがジェノに来る前、パクタンのドーランドで暮らしていた平坦な日常はぼんやりと覚えている。

 平坦。平和と言い換えてもいい。何も特別な事が起きない代わりに、何も悲しい事が起きない。そんな日常。

 もうあの頃には戻れないが、せめて母様との日常は取り戻したい。母様との日常に戻りたい。そう強く思う。

 母様は私と違って聡明で、神様が「つい、力を込めてつくりすぎてしまった」としか思えないほど美しい方だ。

 その上優しくて、料理が得意で、私はよくシチューをつくってもらっていた。味は今でも鮮明に覚えている。

 大好きなシチューの味を思い出し、空腹感を急激に感じる。

「あー、お腹すいたなぁ」

 あー、母様に会いたいなぁ。

 願望を口と心でさらけ出す。虚しさが増すだけだった。

 そういえば、1人単身で何の装備も無しに外にいるのは久しぶりだ。今の私は人形を呼ぶための水晶も、魔獣を捕らえるための糸も持ち合わせていない。あるのはこの左手中指に付けた指輪と、右腕の中にいる1匹の魔獣だけ。

 体温のない右腕に触れる。あるはずのない温かさが、確かにそこにはあった。

 シローー『厄災型の魔獣』。姿形を自在に変化させる事ができる、私の右手に住むペット。透明で影の中でしか生きられない生き物だが、今では私の体の一部と言えるほど馴染んでいる。

 そのシロがピクッと体を震るわせる。そして、突然唸り始める。

「ちょっと、シロ」

 こんな所で唸られては、周囲の人に不審に思われてしまう。

 辺りをキョロキョロと見回す。元々この街に多く動物がいることもあってか、誰も唸り声を気にしてはいなかった。この瞬間だけは、この街に感謝する。

「こんにちわ」

 降って沸いた声に今度は私がピクッと体を震わせる。顔を上げると、視界に老婆の顔が映った。

「あなた1人? 親御さんはいないのかい? 迷子なら一緒に探してあげられるけど」

 どうやら、この老婆は私を迷子と勘違いしているらしい。

 これだけ人がいる中、庭園の隅の花壇でうつむいている1人の子供。なるほど、他人にはそう映ってしまう訳か。

「違います。気は遣わなくて結構です」

 しつこく付きまとわれても不快な思いをするだけだ。だから、少し強い言葉を使って老婆を拒絶する。

「まあ、それじゃあ一人で来たのね。でも、この辺の子じゃないわねぇ。その歳で1人旅行かい?」

「……違います。ただ今は待ち合わせしてるだけです」

「そうかい。じゃあ、待ち合わせの人が来るまで暇でしょう? おばさん、話し相手になったげようか」

 当然のように老婆が横に座ってくる。

 私が15年という人生で学んだことの1つにこういうものがある。

 この世には2種類の人間しかいない。

 私を無視する冷たい人間と、私に声をかけてくる面倒くさい人間。

 この人は完全に後者だろう。ああ、本当に面倒くさい。

「私、ここの庭師なの。あなたの後ろに咲いてる花や、少し奥にある噴水周りの花は私が手入れしてるのよ」

 そう言われ、後ろに目をやる。名前は分からないが黄色い花が咲いていた。

「あなたって言うのも失礼ね。名前、なんて言うの?」

「……スノウです」

「スノウちゃん! 綺麗な名前をしてるのね」

 老婆は大袈裟に私の名前を褒める。母様がつけてくれた名前を褒めるとは、案外この人は見る目があるのかもしれない。

「スノウちゃんは……やっぱりこの街の子じゃないわね。どこ出身なの?」

「ジェノですけど」

 ドーランド出身だが、反射的に嘘を言う。

「あら、ジェノなの。あの街は良いわよね、色々便利で。それで、なんでこの街に?」

「ただの観光ですよ」

 これも嘘。赤の他人の質問に、正直に答える必要はどこにもない。だから言わない。

「そうよね。ここに来る理由なんて他に無いわよね。ホホホ」

 老婆が軽く笑う。見ている側を安心させる、そんな笑顔だった。

 その時、腕につけたピコピコが勢いよく鳴った。突然のことでどうしていいか分からず慌ててしまう。

「え!? ええっと、ああっと」

「ここ、じゃないかしら」

「あ、はい」

 老婆が指差した場所を軽く触る。すると私の目の前に「call」の文字が浮かび上がった。

『おい、お嬢ちゃん。一体今どこにいるんだ』

「連絡を取るときは、まず自分が何者なのか名乗るべきだと思いますよ」

『ああ、そうだな。こちらブラウン・メテオラ……って、声聞きゃ分かるだろ!』

 随分と大きな声が帰ってくる。とてもうるさい。

「そうですね。そんな暑苦しい声をだせるのは蛮族さんしかいませんね」

『……暑苦しくて悪かったな。で、今どこだ? 場所を言ってくれればそっちまで行くぞ』

「ええっと」

 ここが庭園であることは分かるが、名前は分からない。すると、蛮族さんの声を聞いていたで老婆から助け船が来た。小声で「ガーデン・ビスマス」と教えてもらう。

「ガーデン・ビスマスだそうです。入り口から入ってすぐの花壇に座ってるので」

『分かった。そこで待ってろ』

 プツン、と連絡が途絶える。切るなら切ると言って欲しいかった。

 腕のピコピコに目をやる。


 この世の中は便利になりすぎた。コミュニケーションツールである腕輪型情報携帯端末は多機能化を極め、本来の用途である通信機能はいつの間にか付随品になっていた。

 電話やメールだけ使えればいい所を、なぜそこまで機能を増やそうとするのか。正直私はついていけない。


 老婆が再び声をかけてくる。

「ブラウンさん、だったかしら。愉快なお友達なのね」

「まあ、そうですね」

 蛮族さんはお友達ではないが、父様と間違えられるよりはその方がまだマシだった。

「それじゃあ、お友達はそろそろ来るようだし、私は仕事に戻ろうかねえ」

 ゆったりとした動作で老婆は立ち上がる。

「もし良かったら、この奥にある噴水広場も行ってみてね。そっちも綺麗だから。それじゃあ」

 最後は手を振り、軽やかな足取りで人の多い所へ消えていった。私は手を振らずその姿を眺める。私に声をかけた希少な存在を目に焼き付けていた。

 そういえば、あの人の名前を聞き忘れていた。

 正体不明の老婆。ミス・アンノウンとでも呼んでおこう。

 さようなら、ミス・アンノウン。

 もう落ち着いたシロを腕越しに撫でながら、心の中で呟く。


「おー、いたいた」

 ミス・アンノウンと別れて二十分弱、やっと蛮族さんが到着した。額に汗を滲ませている。それを見て、何故か私も暑さを感じた。

「遅いですよ」

「しょうがねぇだろ、この辺は土地勘がねえんだから。地図とにらめっこしてやっと辿り着いたのさ。……というか、突然走り出したお嬢ちゃんが悪いんだぜ」

「まあ、そうですね。はい、すいませんでした」

 自分でも意外に思うほどあっさりと、謝罪の言葉が口から出る。

 こういうのを「のど元過ぎれば熱さ忘れる」というのだろうか。案外怒る程の事でも無かったように感じる。きっと慣れない長距離移動でストレスが溜まっていたのだろうと、過去の自分を推測する。

「いきなり怒ったかと思えば、今度は随分冷静なんだな。で、一体あのおっちゃんの何が気にくわなかったんだ?」

「さあ、忘れました。私は些細なことを根に持つ程、執念深くないので」

 私は精神的に大人だから。

「ただ、もう一度同じ事を言ったらぶっ殺します」

「普通に根に持ってるじゃねえかよ……」

 蛮族さんの言葉を無視し、ゆっくりと立ち上がった。

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