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雪の涙は葉に落ちて  作者: 大塚 博瞬
第1章 メリコイル
30/30

1-29 開戦

 時折、泥沼に沈むような感覚に襲われる。もがいても暴れても身体はずぶずぶと下に沈んでいき、ついには頭の先まで沈んでしまう。

 オレはその感覚を、意識の穴に沈む、と表現している。


 意識の穴は唐突に表れて、オレの意識を飲み込んでいく。オレにはどうする事も出来なくて、ただ冷たく暗い泥の中を、沈んで、沈んで、沈んでいく。そして穴の底には氷の膜が張られた地面があり、オレは気付かぬ内にそこに立たされている。

 

 その景色を、オレは知っている。

 子供の頃に両親と暮らしていた村であり、オレにとっての悪夢そのもの。


 地面に張られた氷の膜を見て、ああ、またここか、と心の中で呟いて、ゆっくりと歩き始める。

 一歩一歩足を動かす。その度に、パリン、パリンと音を立てて薄氷が砕けていく。

 亀裂がはしり、地面がひび割れていく様を見て、このまま悪夢ごと砕けてくれれば良いのに、と思ってしまう。けれど、そうならないのはオレが1番知っている。

 ここに来る度に、過去の記憶からあの光景が再現される。そういう場所だと言う事を、オレが1番知っている。


 足を止める事なく進むと、一輪の花が咲いている。彼岸の花を連想させるほどの熱烈で暴力的な赤色が咲いている。

 手で触れると砕けてしまい、氷の花なのだと知る。割れた氷から独特の臭いがして、血が凍ったものなのだと知る。

 何回もここに来ている筈なのに、この瞬間を重ねる度に何度も新鮮味を感じてしまう事が、どうしようもなく嫌いなのだと何回も知る。


 更に歩を進めると、趣味の悪い芸術作品が視界の端に見え始める。

 救いを求めるようにして、或いは何かから逃げようとして、醜く凍りついた村人達。顔は苦痛に歪んでおり、皆が村の中心から背を向けている。

 オレはその中心へと、足を向ける。


 現実ではないからか。この悪夢はあやふやで、ぼけていて、とっても冷たく、とっても暗い。


 何があったのか。

 何故こうなったのか。

 一瞬の出来事を保存する写真のように、前後の記憶は忘却されている。曖昧に再生される記憶の断片は、等身大の世界を写しているのかすら分からない。

 もやのかかった悪夢。出来る事なら、一生思い出さず記憶の底に沈めていたい過去。けれど、それはオレ自身が許さなくて目に焼き付けろと頭の中で悪夢は再生される。

 そして、悪夢には必ず終着点が用意されている。


 村の中心に到着する。

 赤い花は地面を覆うように咲き乱れていて、足を動かす度に砕け散る。砕ける度に、凍っていた筈の血は液体へと戻り、更に周りを赤く染めていく。


 悪夢の終着点。そこは身体が震えてしまうくらい寒くて、目を逸らしてしまいたいくらい赤々しくて、忘れたくても忘れられない呪いが、そこにはあってーー 


 ーー血に濡れた母さんが、膝をついて1人の子供を抱きしめいる。

 

「誰かのために生きなさい。……そうすれば、きっとーー」 


 最後まで言い終える事なく、母さんは動かなくなる。永遠の眠りについて尚、息子を心配させまいと温かい微笑みを浮かべながら。


 そうだ。

 前後の記憶は忘却されていて、記憶が曖昧だったとしても、これだけは実感としてオレの中に残っている。


 オレが、母さんを殺した。


 何度も見せつけられる母さんの死は、きっとこの結果をもたらしたオレへの罰なのだ。

 それは消える事のない十字架であり、オレが死ぬ事でさえ償う事は出来ないのだろう。それはどれだけ忘れたくても、忘れる事さえ許されないものなのだろう。

 冷たい悪夢。赤々しい過去。

 その中で、唯一。この愚か者に何かやれる事があるとすれば、それは母さんの望んだ息子になる事。母さんの思い描いていた息子の未来を体現する事。


 だけど、オレは度し難いくらいの愚か者だから。母さんの望んだ事すら、汲み取る事が出来てはいない。


 ねぇ、母さん。

 貴方はオレに、何を言おうとしたんですか。

 何を、伝えようとーー

 






「……フ、イ…フ。おい、リーフ。聞いてるのか?」


 聞き慣れた図太い声が、オレを現実に引き戻す。意識が戻り瞼をパチパチと動かすと、目の前にはブラウンさんがいる。意識の穴に落ちていたのだと、その時オレはやっと気が付く。

 そうだ。今は絨毯に乗って南区に向かっているのだった。先に向かったハンター達と合流し、化け狼のリーダーを狩るために。


 オレは頭を押さえて、遅れながら言葉を返す。


「すいません……ええっと、何でしたっけ?」

「だから、直に目的地に着くから準備をしろっつう話をだな……。なぁ、お前さん、さっきから変だぞ。何かあったのか?」


 そう聞かれ、オレは少し固まる。

 意識の穴に沈んでいた。

 それは良くある事だから、別にいいのだ。5日前にも似たような事はあった。だから、それは全く問題ではない。

 

 むしろ、問題は穴に沈んだ原因の方ーーつまり、レトさんの真意を知れなかった事にある。


 彼の真意を知る事が出来れば、母さんの言葉の意味に近づける。その確信があったのに、彼には言葉を濁されたまま終わってしまった。状況が状況なだけに追求する事も出来ず、もやもやとした悩ましい思いだけが残ってしまったのだ。


「……大丈夫ですよ。ただ、朝から未開の地に出てたせいで少し疲れてるってだけです」

 オレは誤魔化すようにして口を開く。ブラウンさんは、「……そうか」と静かに答える。

「それに加えて、2度も魔獣と戦ったんだってな。お前さんからしてみれば、今日は厄日以外の何物でもないんだろうさ。けど、気ぃ緩めるのはちと早いぜ。本番はこれからなんだからな」

「……はい」

 言い淀んでしまう。気を緩めているつもりはないのに、どうしても思考が浮ついてしまう。

 魔獣が街中にいると分かってから3日間、オレは悩みを頭の隅に追いやって考えないようにしてきた。1度それを考えてしまうと頭から離れなくなり、こうなってしまうから。

 魔獣との連戦は関係ない。全てはオレの精神の弱さにあるのだ。


 オレの反応を見て、ブラウンさんは言葉を続ける。


「いや、すまん。お前さんがこの状況で気を緩める筈がなかったな。むしろ、逆か。ーー気ぃ張りすぎるな、リーフ」

「……え?」

 先程と180度違う助言をされ、オレは目を丸くする。

「お前さんのストイックな所は美徳ではあるが、同時に欠点でもある。今みたいに気ぃ張りすぎてると視野が狭くなっちまうからな。自分が進むべき方向すら分からなくなっちまう。だから、肩の力くらいは抜いても良いんだよ」


 図太くて、それでいて温かな声だった。

 チームというのは、暖炉に似ているとオレは思う。共に過ごした年月に応じて形が変わっていき、しっかりとした土台が出来てしまえば、どんなに寒い夜でも自分を安心させてくれる。だから彼の炎に手をかざすと、とても温かい。

 それに1つ炎を見ていると、連鎖的に他の温かさも感じられる。


 気負いすぎている、とスノウに助言した月の綺麗な夜。

 肩の力を抜くべきだ、とルーネに助言された暗がりの路地裏。


 助言し、助言され、そしてもう一度助言されて初めて、オレはその言葉の意味を理解出来た気がする。

 我ながら要領が悪すぎるな、と苦笑してしまう。


「柄じゃないってか?」

 それを勘違いしてか、ブラウンさんが目を細める。

「そんな事ないですよ。でも、新鮮ではあります。いつもは槍捌きや狩りの知識を貰ってますから」

「だよな。俺も分かっちゃいるんだが……ここ最近のお前さんらを見てると放っておけねぇんだ」

「親心ってやつですか?」

「バカ言え。オリーブの野郎じゃあるまいし、それこそ柄じゃねぇさ。……ただ、なんて言ったら良いのかね。月並みな言葉で言うなら、案外、お嬢ちゃんの言ってた事が適当なのかもしれねぇな」

「……?」

「ま、とにかくお前さんは肩の力抜いて、目の前の事に集中するんだな。”下を向くな、前を見ろ。ーー”」

「”ーー心に消えない炎を灯せ”ですよね。分かってますよ。その文言は先生とブラウンさんに、嫌というほど聞かされてますから」

「だったな」

 

 ニィ、と口角を上げるブラウンさん。それを見て、オレは少しだけ肩の力が抜ける。


 思い返すと、チームの中で1番付き合いがあるのはブラウンさんだ。

 まだスノウやルーネに会う前、仲間なんて呼べる人間が1人もいなかった時にオレを支えてくれたのは、オリーブさんや先生、そしてブラウンさんの3人だけだった。

 オレにとってその3人は絶対的な存在。それ故に、同時に近寄り難さのようなものも感じていた。

 しかし、同じチームの仲間としてブラウンさんと接するようになり、その印象が少し和らいだように思える。対等な立場に立って初めて見える景色もあるのだと、ぼんやりとではあるが実感するものがあった。

 

「へぇ、なんか意外ですね。まるで普通の人間みたいだ」

 突然、温かな炎に冷水をかけられる。声のした方を見ると、絨毯の操縦席で黙々と運転に勤しむ男が1人。


 歳はオレより少し上くらいだろうか。短く刈上げられた金髪に、凜々しい目つきの青年、というのがオレの印象だった。

 彼は、治安維持局・メリコイル支部・交通機動隊に所属する局員である。普段は一般空路での交通取締りや安全指導を行っているのだが、今は非常時なので伝令役兼ドライバーを務めている、と40分前に聞いたばかりだ。


 オレ達が会話を止めた事を察し、男は話を進める。

「ああ、もちろん他意はありません。ただ、お二人は精鋭狩人トップハンターと悪魔だって聞いてたもんですから、いったいどんな会話をするのだろうと気になっていたんです」

「拍子抜けだったかい?」

 男を試すように、ブラウンさんが声をかける。しかし、男に臆した様子は見受けられない。


「そうですね。旧人類滅亡の原因。創造神の御力によって魂を6つに分裂させられた厄災の種。魔獣の同類。生まれながらに紋章を身体に刻んだ人類の敵。ボクら一般市民が知っている悪魔とはそういう存在で、恐怖の対象です。良いイメージなんて持てる筈ありません。偏見だって懐きますとも。

 そういえば、知っていますか? かの医療大国『アドモルヒネ』は進んだ考えを持っていて、悪魔を未知の病原菌として捉えているそうです。生まれた悪魔は、即ホルマリン漬けにして研究素材行き。一生を瓶の中で過ごすそうですよ。『パクタン』もその抑止的な考えには賛同しているんだとか」

 

 他意はない、と言いながらも、男は隣国の抑止的で先進的な考えを口にする。

 医療と幸福の国『アドモルヒネ』では悪魔に人権はなく、男の言うとおりホルマリン漬けにされる。オレがあの国に入ろうものなら、治安維持局がドクターフィッシュのように群がってきて速やかに拘束される事だろう。

 昨今の『パクタン』も、似たような制度を取り入れようと検討中らしい。魔女狩り、犯罪者狩りに続いて悪魔狩りとは潔癖症にも程があるとは思うが、それも隣国のお国柄というもの。病原菌に対して免疫をつけるのではなく、完全に排除してしまおうという主義主張にとやかく口出しするつもりはない。


 しかし、わざわざそれを話題に持ち出す男には、少なからず警戒心を懐いてしまう。慣れているとはいえ、直接負の感情を向けられるというのは気分が良いものではない。


 再び、会話が止まる。男は気まずそうにしながら、しまったなぁ、と頭をかく。

「……ボク、思った事はすべて口に出る質なんです。あまりにも要らない事を言うもんだから、『お前は職務を遂行する前に、社交辞令から学び直してこい』、なんて先輩からも指導される有り様でして。まぁ、色々と過ぎた事を言ってしまったようですが、ボクが言いたかったのは至極単純で、貴方達を頼りにしている、という事なんですよ」


 何をどう受け取ればそういう意味になるのだろうか。少し考えてはみたが、彼の言葉から善意を見つ出す事は出来なかった。ただ、彼の声に侮蔑的な意味が含まれていない事は、何となく分かった。


「こりゃまた難儀な奴もいたもんだな」

 今度は気軽そうに、ブラウンさんが話しかける。自覚はしています、と男は返す。そして自然な流れで腕をまくり、

「1つ、身の上話をしましょうか」

 と、唐突に話を切り出した。


「ボクは10年前まで、『パクタン』に住んでいました。ボクの父親がハンターだったんですけど、ほら、10年前といえば新しく『パクタン』にシンボルの支部が出来たでしょう? それで家族揃って移住して、新しい暮らしを始めようって話していたんです。……そんな矢先に、あれが現れました」

 そう言って、男は腕をオレ達に見せた。白いはずの素肌が、肘から手首にかけて黒く変色していた。


「それは……」

 オレは思わず、その腕を凝視してしまう。

「黒い痣……そうか、お前さんは『厄災型の魔獣・狂嵐豹』に触れられたんだな」

 ブラウンさんは静かに答える。

 そうだ、10年前に『パクタン』で何があったのか、オレが知らないなんて事はないんだ。その騒動の中心にいた魔女の娘と、今は共に行動しているのだから。


「魔女の嵐を引き起こした『厄災型の魔獣・狂嵐豹』。アレに触れられた人間の身体には黒い痣が現われます。それは次第に広がっていき、痣が頭まで達すれば理性を失う。その様相と凶暴さから、『ゾンビ症候群』なんて呼ばれている病気です。当時の『パクタン』では1000人規模で住人が暴徒と化したそうですが、その中にはボクの両親も含まれているんです。ボクは辛うじて生き延びましたが、この有り様で。薬で痣を止めてはいますが、いつか痣は脳まで達するそうです。そうなれば、ボクはゾンビ認定されて殺処分。

 知っていますか? 『アドモルヒネ』では、悪魔と同様にゾンビ症候群患者も病原菌扱いされるんですよ」


 悪魔について語った時と同じ口調で、彼は自分について語った。

 オレはそれを黙って聞いていた。淡々とした語りに、言葉を差し込む余地がなかったからだ。


 オレが彼と同じ立場だったなら、こうも軽々と自分の過去を語れただろうか。

 オレ自身、自分の身体の事を割り切ってはいる。しかし、全く引きずっていないかと問われればそれは違う。引きずっているからこそ、割り切って、妥協している。そういうものだと自分を納得させ、他人と距離を置いている。丁度数時間前まで、レトさんと距離を置いて接していたように。


 しかし、彼には他人と距離を置こうとしている様子はない。自らの汚点を他人に打ち明け、今日の天気でも語るように自分の過去を語っている。

 オレは彼の雰囲気に呑まれ、何を話して良いか分からなくなる。


 彼は気まずそうにしながら、しまったなぁ、とまた頭をかく。

「気分が下がるような話をしてしまい、すいません。なにぶん、思った事が口に出てしまう質なので。ただ、ボクが伝えたかったのはさっきよりも単純で、この街を守りたいって事なんです」

 また、彼が繋がりのない事を言う。


「悪魔やゾンビ症候群患者を病原菌扱いしない。清濁を併せのんで、全てが日常で共存している。そんな開拓と狩人の国『インフェカ』の、ボクを認めてくれる同僚がいる『メリコイル』が、ボクは心の底から好きなんですよ」

 

 オレはそれを聞いて、自分の心に再び暗い影が差すのを感じた。

 彼にはちゃんと、やるべき事が見えているのだ。彼はこの街を守るためにここにいて、その思いには悩みがない。過去に縛られているオレとは違い、今に意味を見いだしている。

 彼とオレは似ているようで、全く異なっている。


「昔、似たような事を言った奴がいたよ」

 ブラウンさんは遠くを見ながら口を開く。男はそれに興味を示す。

「どんな人だったんです?」

「お前さん達のように特殊な事情を抱えた奴でな。それなりに苦労はしていたみたいだが、それでもありきたりで普通な奴だったよ」

「……普通ですか。でも、確かに。自分は他人とは違う。そう思っている人に限って、案外普通だったりしますからね」

 その言葉は誰に対して言ったのだろう。彼自身にか、それともオレにだろうか。


 自分は他人とは違う。オレの中にある疎外感を言い表すなら、その言葉がきっと正しい。


 オレの身体に刻まれた紋章からは常に冷気が漏れている。携帯水晶4点加え、右手中指に填めた指輪がなければ制御する事すらままならない。他人に触れる事すらはばかられる。

 気持ちとか、境遇とか、そういう問題じゃない。オレは他人とは根本から違う。

 こんなオレのどこを切り取れば、普通であると言えるのだろうか?


 そんな事を考えている内に絨毯は進んで行く。北区から南区までノンストップで進む絨毯の旅に終わりが近づく。気が付けば、目的地とはもう目と鼻の先だ。

 肩の力を抜けとブラウンさんには言われたが、結果だけみればベストとは程遠い状態で戦いに挑む事になってしまった。いい加減、オレの青臭さはどうにかならないのだろうか。こんな状況でも普段となんら変わらない虚弱な精神に、オレはほとほと呆れてしまう。


「さぁ、そろそろ合流地点に着きます。長居は出来ないので、すぐ降りられるよう準備を」

「おう」

「了解」

 ブラウンさんが布に巻かれた大斧を掴む。オレも冷気の籠もった投げナイフが5本、黒い霧に使った冷気切れの投げナイフが1本、腰のベルトに水晶が4点ある事を確認する。

 今までの戦闘で氷槍を2本造り、冷気の衣は1度だけ展開した。水晶に蓄えられた冷気はあと60%残っており、少しだけ余裕のある状況だった。

 

 辺りを見ると、カラフルな家々が夕焼け色に染まっている。日はかなり傾いており、あと1時間もすれば夜になる。

 魔獣は人間よりも夜目が利く。戦いが長引けば、不利になるのはオレ達だ。完全に日が沈む前に、何とか決着をつけられれば良いのだが……


 絨毯が空中で停止する。真下には旅行客用の駐布場があり、1人のハンターが手を振って絨毯を誘導している。

 先行しているハンターは4組。3級ハンターが4人、4級ハンターが5人、5級ハンターが2人の計11人である。手を振っているハンターは武器を所持しておらず、装備に汚れが少ない。おそらく、戦いはここよりも少し離れた場所で行われ、後方支援をしていた5級ハンターがオレ達を誘導するためにここに来たのだろう。

 

「名残惜しいですが、ここでお別れです。所属は異なりますが、お互いやるべき事を果たしましょう」

 男は眼前を見据えたまま、後ろにいるオレ達に言葉をかける。淡々としていて、けれどそれが彼の気持ちである事は既に知っていた。

 お互いやるべき事を果たす。彼は情報の伝達で、オレ達は魔獣狩り。彼の言うとおり、今はただ自分のやるべき事だけを考えるべきなのだろう。

 オレも気を引き締め直し、前を見る。


「それでは、幸運をいのーー」


 プスッ、という小さな音がして、男は背中を反らすようにして後ろへ倒れ始めた。

 何が起きたのか、すぐには分からなかった。だけど男の額にぽっかり空いた穴を見て、そうか、死んでしまったんだな、となぜか冷静に判断できた。男は柔らかな表情のまま固まって死んでいた。


 操縦者を失った絨毯は、急激に落下スピードを速める。突然の出来事でオレは対応が出来ない。

 高さ10メートル地点からの落下。身体から重力が消える。


 それと同時に、低く、大きく、短い獣の遠吠えが聞こえた。それは『狩人の門・管理局』で聞いた、化け狼が仲間を呼ぶための咆吼だった。

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