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雪の涙は葉に落ちて  作者: 大塚 博瞬
第1章 メリコイル
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1-2 不快少女と愚か者1

「うわぁ、でっかいなぁ」

 そんなルーネ・スピツリアの声を聞きながら、腕に巻かれた情報携帯端末に目を向ける。地図に示された目的地は、確かにそれを指していた。

 メリコイル・中央区・『シンボル・メリコイル支部』ーー通称ハイタワー。

 新しい開拓の時代を象徴するように、巨大な五角形の塔はこの街の天へと伸びていた。


 まだハンターが勇者や探求者、開拓者などと呼ばれていた時代。人間は無秩序に、非効率に未開の地を開拓していた。

 人間を殺すために悪魔が生み出した獣ーー『魔獣』は未開の地に巣を張り人間を幾度となくはねのけた。人間は魔獣よりも劣る。人間は強固な団結を必要としていた。

 そこで人間は開拓に携わる者を統率する組織ーー『シンボル』を創設。繁栄の旗は天高く掲げられ、開拓は勢いを増した。

 そして現代。時代が進むにつれ勇者や開拓者といった枠組みも曖昧になり、それらをまとめてハンターと呼ぶようになった。

 魔獣討伐、未開の地の探索、開拓領域の守護。これらの仕事をシンボルがハンターに依頼し、ハンターはそれを達成して報酬を受け取る。人間の生活が安定し始めた現代では、シンボルとハンターの関係は昔ほど密接ではないが、それでも強く結びついていた。

 オレと、その隣を歩くルーネ・スピツリアはハンター。こうしてシンボルに訪れたのは依頼の説明を聞くためだった。


 ハイタワーの前までやってくる。繁栄の旗が掲げられた門を通り、警備人形が両脇を固める正面エントランスへと向かう。警備人形は銀の甲冑に身を包み、左手にタワーシールド、右手にロングソードを携えた騎士風の姿をしていた。

 つい2週間前までいたインフェカの首都『ジェノ』。そこで見た殺人人形に比べれば、兵器にんぎょうらしい人形と言えるだろう。もっとも、性能はあちらの方が数段上だろうが。


 エントランスホールに着くと、またも人形を見かけた。今度は黒の甲冑に身を包み、ガシャガシャと音を立てて歩いている。

 巡回させているのだろうか? そう思いまじまじと見ていると、「やぁ」と声をかけられた。そこで初めてそれが人形ではなく人であることに気がつく。

 そのまま立ち去っていく、おそらくハンターであろう鎧の人を見て、時代錯誤の4文字が頭に浮かんだ。


 総合受付で手続きを済ませた後、指定された場所に向かう。

 9階2番会議室。依頼の担当者はシンボル・メリコイル支部・副局長『ペルム・マカライト』だ。

 依頼はハンターの受ける意思があって初めて成立する。しかしながら、何か特殊な事情がない限り、基本的にハンターは依頼を断ったりはしない。そう、特殊な事情がない限りは。

 とある指輪の捜索。そのためにオレ達はチームを組んで活動している。だから本来シンボルからの依頼を気安く受けたりはしないのだ。

 しかし2週間前、オレとルーネの携帯端末に1通のメールが届いた。


 『私は君達の求める物を知っている。』


 その内容は、オレ達の興味を充分に引きつけた。メールの送り主は一体何を知っているのか、どんな意図でメールを送ってきたのか。オレ達はそれを確かめるためにここに来たのだった。

 

 9階に到着。オレは赤いマットの上を2番会議室に向けてゆっくりと歩く。一方、細かい刺繍のされた白服に身を包むルーネは、ライトブルーの長髪を揺らしながら腕を大きく振って歩いている。その反面、表情は硬い。

「何かあったのか、名探偵?」

「そりゃあ、ね」

 ルーネは苦笑しながら続ける。

「見たでしょ、あの黒い鎧? たぶんあの人、『第3世代』のアゼル・エメラルド。2級ハンターだよ」

 そう言われ、オレは首を傾げる。仕事で関わったことのないハンターは、いまいちピンと来なかった。

「で、その人がいたから何なんだ?」

「もー、鈍感すぎ。いい、私達の依頼は2級ハンターが関わるほど大きいものかもしれないってこと!」

「考えすぎじゃないのか? ルーネはすぐに深読みをする」

「そう言う君は考え浅すぎ。僕は自分の考えに今日の夕飯を賭けてもいいよ」

 ルーネは挑発的な顔をこちらに向ける。1度賭けでオレを負かした時にも、同じ様な表情を浮かべていた。これは、リベンジの機会が与えられたという事だろう。

「その賭け、のった」

「言ったな。忘れないでよ!」

 満面の笑みを浮かべてルーネはそう言った。


 2番会議室に到着。ドアをノックすると、中から「どうぞ」と声がした。

「失礼します」

 ドアを開けると、大人数用の会議室に男が1人。長身で黒のスーツに身を包み、黒縁の眼鏡をかけている。眼鏡越しに見える眼には、高い知性が感じられた。

 あれが、メリコイル支部の副局長『ペルム・マカライト』。

「リーフィリアス・ブラックマン・4級ハンターに、ルーネ・スピツリア・3級ハンターだね。よく来てくれた」

 そう言うと、オレ達をイスに座るよう促す。オレ達は素直にその指示に従う。

「私が局長なら最上階の執務室に呼べたんだが、残念ながらこんな飾り気のない部屋になってしまった」

 副局長は和やかに語りかけてくる。白い簡素な空間に馴染むような、柔らかな声色だった。

 さて、問題はここからだ。

「さぁ、座って。ゆっくり話そうじゃないか」



   



 そこは声で満たされていた。

 街を歩く人の喋り声。主人に寄り添うペットの鳴き声。大型水晶から発される、機械的にニュースを読み上げる声。

 それらが絡み合い、熱となって私に降り注ぐ。絨毯からは降りたはずなのに、どこか浮遊感が抜け切らない。

 愚か者さん、探偵さんと別れてしばらく、私と蛮族さんはハンターの泊まる宿ーー『コイルの里』を目指して歩いていた。


 この街は不快だ。息が詰まりそうになる。

 他人の熱がこもる空気も、生を感じさせる香りも、全てが不快だった。旅を始めてあまり日は経っていないが、早くも帰りたいと思ってしまう。私が心を落ち着かせる事ができる、世界で1つだけの自分の家へ。

 私が自分の家以外で安心出来ないのは、狭い世界で生きてきた弊害だと認識はしていた。いや、狭い視野で生きてきたと言う方が正しいのか。探偵さんは時間が解決してくれると言ってくれたが、これまでの自分を考えると、この不快感に慣れる自信がなかった。

 赤の頭巾を深く被る。

 地面を見ると、頭上を飛ぶ絨毯の影を茶色のタイルが写していた。

「知ってるか? お嬢ちゃん」

 ホームシックな私を見かねてか、蛮族さんが声をかけてくる。

 蛮族さんーーブラウン・メテオライトは私達チームの中で1番の年長者だ。茶髪でタンクトップ姿の大男。愚か者さん曰く、凄腕のハンター。

 そして私の1番の頭痛の種。

「何がですか?」

「ここはパクタンとの貿易地だ。んでもってあのガラス張りの店、パクタンの現地料理が食えるらしい。さっき通りすがりに聞こえたんだ。お嬢ちゃんはパクタン出身なんだろ? なら、宿屋に荷物を置いたら食べに行こうぜ」

 これだ。この人は変にこちらに気を回してくる。それが要らぬお節介であると自覚していない所が、なおさら質が悪い。

 親の代わりでもやってるつもりなのだろうか?

 視線を前に向けると多くの飲食店が目に付く。私が蛮族さんをどう思うかはともかく、濃厚な食べ物の匂いに食指が動かない訳ではなかった。

「ええ、いいですよ」

「よっしゃ。そうこなくっちゃ」

 蛮族さんは笑って見せる。おそらく荷物を担いでいなければ、彼はガッツポーズをしていただろう。彼はそういう人間だった。


 しばらく歩くと、出店がいくつも並ぶ広場に出た。食べ物の匂いはより強くなり、脳が空腹だと理性に訴えてくる。

 当然人集りは勢いを増し、体の接触回数も必然的に増える。私は、たまらなくそれが不快に感じた。

「ちょっと、そこのお嬢さん。アイス食べてかないかい?」

 随分と大きな声を出している男がいる。エプロンを着て、大きく手を振っている大の大人だ。

 あんなに目立つ行動をして、恥ずかしくないのだろうか?

「呼ばれてるぜ」

 蛮族さんに言われ、その男の声が自分に向けられたものだと気がつく。が、無視する。

「おいおい、お嬢ちゃん……」

 蛮族さんは何か言いたそうだったが、それも無視する。

 当然だ。あんな恥ずかしい男の売るアイスなんて、きっとガサツな味がするに決まってる。頼まれたって食べるものか。

 男は、私と並んで歩く申し訳なさそうな蛮族さんに眼を向ける。

「ああ、いいんだ。気にしないでくれ、親父さん」

「なッ!」

 無視できない言葉が耳に届く。

 父様? ふざけるな、それは私のーー。

 殺意に近い憎悪を男に向け、早歩きでこの場を後にする。

 ああ、本当に愉快な街だ。どれだけ私を不快にすれば気が済むのだろう。

「待てって。いくら何でもあれは、」

 声が耳に届く。

「……じゃない」

「は?」

「あなたは私の父様じゃないでしょ! ほっといてください!」

 蛮族さんを置いて走り出す。体の小さな私は人混みに溶け、蛮族さんを振り払う。

 沸き上がる感情がそのまま口に出てしまうほど、私は頭に血が上っていた。

 その時の姿は、さぞ滑稽だった事だろう。

 アイスを売る男よりも恥ずべき姿がそこにはあった。

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