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雪の涙は葉に落ちて  作者: 大塚 博瞬
第1章 メリコイル
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1-27 血と焦燥の報酬

 身体の冷えは衰えをみせ、漏れ出た息は色を失っていた。

 戦闘を終えて『狩人の門・管理局』に向かう道すがら、オレは前方を走るレト・ガーネットの後ろ姿を見ていた。

 

 彼ーーレトさんは、黒い霧と呼称していた化け狼を撃退し、身を挺してオレを守った。そしてオレを悪魔と理解してもなお、レトさんはオレに歩み寄り、手を差し伸べてくれた。


 分からなかった。

 方や、悪魔を拒絶し、敵意を向けていた者。方や、それを良しとし、歩み寄ろうとしなかった者。互いの関係は平行線上にあり、交わる事はない。ましてや命を賭けて助け合う事など出来ないと思っていた。

 

 その彼が、悪魔オレを救った。

 深く言葉を交した訳ではない。振り返ってみても、良き信頼関係を築けてはいなかった。なのに何故、彼はあんなにも嫌悪していたオレを助けたのか。オレにはそれが分からないかった。

 

「あの……」

「……なんだ?」

 

 彼は後ろを振り返る事なく言葉を発する。オレからは彼の背中が見えるだけで、その表情までは分からない。

 今はただ、レトさんの行動に理由と納得が欲しかった。理解し合えないと思っていた相手が歩み寄ってくれた理由を、たまらなく知りたかった。

 こんな状況下で聞く事じゃないのは分かっている。無駄口を叩く暇があったら周囲を警戒すべきだし、レトさんにとってはラトさんの安否が大事だろう。

 分かっている。でも、オレはーー


「ーーなぜオレを、助けたんですか?」

 オレの問いに、彼は暫く沈黙する。そして、

「……ハンターとして、やるべき事をやっただけだ。……気にするな」

 そう短く、言葉を返した。

 

 反射的に心の声が出かかって、それを何とか飲み下す。

 違う……違うんです。オレが聞きたいのは、そんなありきたりな言葉なんかじゃないんです。


 なぜオレを助けたのか。なぜオレに歩み寄ってくれたのか。その理由を明確に知る事が出来れば、オレは悪魔を忌み嫌う人の為にも生きられるかもしれない。母さんの言葉の意味が、オレがここに居る理由が、分かるかもしれないんです。


 掻き毟られる心に麻酔をして、掻き立てられた衝動を抑え込む。彼の背中しか見ることは叶わず、徐々に身体が冷えていく感覚に襲われる。

 人と人との意思の疎通は難しい。理解していた筈なのに、今はそれが、とてももどかしかった。




 茶色いタイルを踏みしめて、暫く無言で走った。大した距離ではなかったけれど、何故かとても長く感じた。

 オレは荒れた気持ちを誤魔化すために、周囲を警戒する事に集中した。

 視界にはレトさんの背中が常にあり、周りの風景は淡々と流れる。レトさんが倒した2体の化け狼は地面に横たわり、更に進むとラトさんの流した血が乾く事なく地面に残っていた。


 しかし、その風景がどうでも良くなるほど、衝撃的な光景が視界に飛び込んできた。

 1匹の化け狼が、地面にめり込んでいた。


 異常な光景だと言うことはすぐに分かった。オレ達が見た化け狼の数は合計4匹であり、その内1体をラトさんが、2匹をレトさんが、最後の1匹はオレとレトさんで撃退した。つまりここから考えられる事は、5匹目の化け狼が伏兵として隠れており、それを誰かが仕留めたという事だ。

 一体誰が仕留めたのだろうか。そもそも、こんな芸当が出来るハンターは1人しか知らないのだが……


「リーフさん、レトさん!」


 管理局の方から声が上がる。見ると、シオンさんがコイルと共にこちらに走ってきていた。彼女はオレ達の前で止まると、安堵したように息を吐く。


「無事で良かった……。本当に、心配したんですから……」

 彼女の目は赤く腫れ、声は僅かに震えていた。

 本当に、彼女の心は分かりやすい。彼女がオレ達を心配してくれた事は、言葉がなくとも充分に伝わってきた。全ての人間が彼女のようにシンプルなら、どれだけの擦れ違いがなくなるのだろうか。


「心配かけました」

「……それで、この化け狼は誰が?」

 レトさんは顎で地面にめり込んだ化け狼を示す。そこでシオンさんは、「ああ、それは彼が」と言って後ろを指差す。


 そこには軽装の防具を身に纏う、1人の偉丈夫がいた。自身の背丈ほどある大斧を肩に担ぎ、手の甲には漆黒のガントレットが装備されている。

 誰か、などとは聞くまでもない。なぜなら彼は、オレと行動を共にしている、気力の塊のようなベテランハンターだったからだ。


「よっ! 元気そうだな、リーフ!」

「ブラウンさん……どうして、ここに?」

「いろいろと事情があってな。ま、その辺も含めて中で話そうか」

 そう言って、オレ達を施設内に誘導した。




 『狩人の門・管理局』、その2階にあるオフィスAに重傷者と医療スタッフを覗く全ての人員が集まっていた。化け狼によってデスクや書類は散らばったままだが、皆思い思いの場所に腰を落ち着けている。


 そこで最初に行ったのは、外の化け狼がどうなったのか説明する事だった。

 4匹の内、3匹は討伐を完了、1匹は逃亡した事をレトさんが説明し、その捕捉としてオレが黒い霧から聞き出した情報を付け加えた。その後、グレゴ・クォーツ管理官がラトさんの容態を説明する。医務室で医療スタッフが治療を行っているが、如何せん傷が深く、未だ気を許せる状況ではないとの事だった。


 説明が終わり、レトさんが傷の手当てを始めた所でブラウンさんがオフィスの中央に立つ。

 

「さーてと。お疲れの所悪いんだが、労をねぎらってる時間はない。早速で悪いが、俺が知ってる範囲で街の現状を説明させて貰うぜ。まずは、これを見てくれ」


 そう言って、ブラウンさんは中央に置かれている映像投影用の水晶を起動させる。それによって空中に投影されるのは、立体的なこの街『メリコイル』の地図。しかし唯の地図ではないようで、そこには中央区を囲むように赤く線が引かれており、街の外に繋がる空道は赤く点滅していた。


「目下、この街の通信網は完全に麻痺している。端末間で通信を行う為の中継塔が破壊されたせいで、他の街へ助けを求める事も出来やしいない。かといって絨毯で隣街に向かえるかと言えば、それも無理だ。どんな手段を使ったかは知らんが、やっこさん達は災害時の緊急システムを利用して空路を封鎖しちまった。技術班も頑張ってはいるが、復旧の目処は立っていないそうだ。じゃあ陸路はどうかって言えば、こっちも無理だ。大通りはやっこさん達のガードが硬てぇし、システム上、陸路を走る絨毯は速度制限がかかっちまう。つまり、強行突破は不可能。はっきり言ってドン詰まりだ」


 それを聞いて、シオンさんは地図を指差す。

「この赤い点滅は、現状封鎖されている空路って訳ですね」

「そうだな」

「じゃあ、この丸い円は何でしょうか?」

 中央区の少し外を囲むように描かれた赤い線。今度はブラウンさんが、それを指差す。

「こいつは、シンボルと治安維持局が設定した最終防衛ラインだ。街の外に出る手段がない以上、街の住民は中央区に避難するしかねぇ。やっこさん達も、それが狙いだったんだろうな。初めは街を囲むように円形に散らばって人間を殺してた訳だが、次第にその円を狭め、中央区に迫ってきやがった。今は何とか人形や武装した治安維持局、ハンターが協力して守っちゃいるんだがな。それも何処まで持つ事やら。……まるで、狩りみてぇだ。獲物を一所に集めて一気に叩くっつう、化け狼の人間狩りだ」

 

 それを聞いて、オレは腑に落ちる事があった。それは、黒い霧が自信満々に語っていた言葉についてだ。

 奴らには全ての人類を殺すための手段があり、その用意がある。街の住民を中央区に集めているのは、その力を試すためのデモンストレーションのように思えた。


「じゃあ、オレ達も中央区の防衛に加わるんですね」

 焦りを感じているからか、オレは結論を急ぐ。すると、ブラウンさんは頭を振ってキッパリと否定した。


「そうじゃない。現状、シンボルの指揮をとってるのがメリコイル支部・副局長のペルム・マカライトっつう男なんだがな……。博打と言うか、奇策というか、そういう類いの思い切りの良い作戦を提案してくれたよ」


 思い切りの良い作戦。そう言われ、未開の地の探索を提案していたペルムさんの姿が思い浮かんだ。

 化け狼の反乱が始まってから、そろそろ3時間が経とうとしている。情報が出そろってきている今なら、ペルムさんの持つ『求道の指輪』が現状打開のためのヒントを出しても可笑しくはない。


「俺達は、群れを指揮しているリーダー個体を狩りに行く。ま、群れの統率を崩すならそれが1番手っ取り早いわな」

「しかし、居場所は分かっているのですか?」

 グレゴ・クォーツ管理官が尋ねると、ブラウンさんは空中に浮かんだ地図のとある場所を指差す。

「さっき、やっこさん達は円を狭めるように移動してきていると言ったが、それでも勢力が均等って訳じゃない。旅行客の出入りが激しかった南区ここから迫ってくる奴ら。僅かにではあるが、そこに勢力が集っているらしい。群れのリーダーがいるとしたら、そこだそうだ」

「オレ達が向かうのも、そこなんですね」

「ああ。既に4組のハンターが向かってるから、今動けるハンターーーつまり、俺とリーフはそこに合流する形になるな」

 その言葉を聞いて、傷の手当てが終わったレトさんが口を開く。


「待って下さい。俺も行きます」

 その言葉が発せられると同時に、ブラウンさんはラトさんを一瞥する。

「俺達が今から行くのは、言わば敵の懐。当然、やっこさん達の主力が集まってると考えるべきだ。……その腕で戦えるのか?」

「武器を振るう分には問題ない。俺も戦力にーー」

「じゃあ、ここは誰が守るんだ? やっこさん達はここも狙ってるんだろ?」

「……ッ」

 レトさんは言葉を詰まらせる。何故か、じっとしていられない、といった様子だった。

「何を焦ってるのかは知らんが、自分のすべき事は間違えるな。……下で頑張ってるの、お前さんの弟なんだろ? なら、守ってやんな。それが家族ってもんだ」


 暫く、沈黙があった。やはり彼の気持ちは分からなかったが、何かを悩んでいるのは一目瞭然だった。

 全員が彼を見詰める。彼はそっと十字架のネックレスを握りしめ、「はい」と肯定の意を示した。


 他に異論を唱える者もいない。空気を変えるようにパチン、と手を叩き、グレゴ・クォーツ管理官が口を開いた。


「それでは、シンボルへは私が向かいましょう。こちらの状況を、局の方にも説明しなければならない。もしかしたら、何か指示があるかもしれませんしね。シオン・4級ハンター、着いてきて下さいますか?」

「は、はい! よろしくお願いします!」

「よし、決まりだな。それじゃあ、準備が出来次第……」

「ーー待って下さい」


 はっきりとした喋り方で、レトさんが再び声を上げた。先程までに見せていた迷いや悩みの様子は一切無く、むしろ吹っ切れたような力強い言葉だった。

「……ブラックマン・4級ハンター。黒い霧は確かに、『今日狩らねばならない命がある』と言ったんだな」

「はい、間違いないです」

 俺がそう言うと、彼は軽く頷いた。


「……正直自信は無かったが、彼の話で確信が持てました。恐らく、奴らの真の狙いはーー」






 ゆっくりと、腰を下ろす。

 

 俺が説明を終えた後、彼らは血も拭き取らずに管理局ここを出ていった。忙しないとは思ったが、現状を考えると時間はいくらあっても足りない。1分でも早く、1秒でも早く、彼らは迅速に行動していた。


 ここに残った職員は施設のシャッターを閉め、守りを固めるために動いている。俺も手を貸そうとしたが、休んでいてくれと何度も念押しされたため、医務室前の壁に身を寄せる事となった。


 しかし、皆が頑張っている中で1人だけ身体を休めるというのは、何とも落ち着かない。これも、余計なものを削ぎ落としてきた、レト・ガーネットという人間の性分なのだろう。余裕を持って生きるという事を、俺は知らないのだ。


「武器はまだ振るえるんだがな……。結局、お前の所に戻ってきてしまったよ」

 

 息を吐き、肩の力を抜く。1日中身体を動かしていたからだろうか、疲労が一気に押し寄せてきた。


「……なぁ、ラト。俺は、お前の誇れる兄でいられたか?」


 壁一つ隔てた向こうにいる弟に向けて、小さく声を発する。もちろん言葉が帰って来る筈もないく、忙しなく動く足音だけが耳に届いた。


 後頭部を壁に当て、天上を見る。そうしていると、1つの事を思い出す。俺達が消失事件解決のためシンボルに呼ばれた時、マカライト副局長が言っていた事だ。


『君達を選んだのは私ではない。『求道の指輪』の神託によって、君達はここにいるのだよ』


 副局長に呼ばれたハンターは、全員が事件解決の糸口となる。つまりそれは、もう動けない弟が、既に役目を終えている事を意味する。


 ラトが導いた解決の糸口とは、何だったのだろうか。夜間の見回りで人攫いを探していた事か? ホームレスが攫われていない事に気付いた事か? それとも、血を吐きながらも俺に思いの丈を訴え、結果的に1人のハンターを助けた事か? 


 分からない。唯1つ、確かに言える事があるとすれば、俺達兄弟は2人で1人だと言う事だ。


 お前の行動を、意思を、絶対に無駄にはしない。この腕で大した事は出来ないが、それでも、お前の意思は俺が継いでいこう。だからーー


「ーーだから、すまない。今だけは……お前の側にいさせてくれ……」


 届く事はないと知っていても、今だけは、そう言わずにはいられなかった。

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