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雪の涙は葉に落ちて  作者: 大塚 博瞬
第1章 メリコイル
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1-26 忠実であれ2

 薄暗い部屋の中央に立ちながら、指でナイフをクルリと回す。ペン回しの要領でナイフを指で転がす遊びは、子供の頃に染みついた習慣だった。

 薬指と中指の間から、人差し指と中指の間へ。そこからナイフを指で弾いて空中で回転させ、人差し指と親指で掴む。その動作を見て、オレの目の前に立つ彫り師ーーオリーブ・タンザナイトが口を開く。


「感触は悪くないようだな」

 オレが頷くと、オリーブさんは机の上に置いてあった小型の水晶を手にする。

「こいつは坊主が普段から使っている水晶だ。どんな効果を発揮するかは、坊主が1番知ってるな」

 オレは頷き、携帯水晶について説明をする。


 この携帯水晶は、言わば変換機。身体から漏れ出る悪魔の冷気を少しずつ溜め込み、合言葉によってそれを再放出する。その際、紋章を通す事によって任意の能力を発動させる事が出来るのだ。

 1つ、氷の槍を製造する能力。1つ、自分の身体に冷気を纏わせる能力。1つ、水晶と水晶を連結させて罠を張る能力。1つ、為す術がなくなった時の奥の手であり、先生に使用を禁止されている能力。


「……ああ、今までは水晶だけで充分立ち回れただろう。そうなるように、オレとコーラスの野郎で調整したからな。……だが、それもここらが限界だ。坊主が4級ハンターになった今、力が及ばない魔獣と戦う機会が増えるだろう。水晶の能力を駆使しても倒せない相手が、いつか必ず現れる。その時に坊主を助けるのが、進級祝いのそのナイフだ」

 そう言って、彼はオレが持っているナイフを指差す。

 改めて、オレはナイフを観察する。刀身の先端から柄の終わりまで銀色に染まった、細長いナイフ。刀身に刻まれた紋章の他にも僅かに装飾が施されていて、血に染まるには綺麗すぎると思った。


「気をつけて扱え。それは坊主専用の特別製だ」

 その言葉で察しがついたオレは、このナイフにも『蓄積の紋章』が刻まれているんですか、と聞いた。

「そういう事になるな。まあ、水晶よりも冷気の貯蔵量は少ないし、効果も1つだけの1点特化型ではあるが。……獲物の身体に刺さって、暴れる。まぁ些かシンプルすぎるとも思うが、強力である事には違いない」


 刺さって、暴れる。それで魔獣が死ぬ姿がイメージ出来ず、オレは首を傾げる。

「使ってみない事には分からんか。では、合言葉セキュリティを決めたら工房まで来なさい。細かい調整も兼ねて、テストを行おう」


 合言葉セキュリティーー武器の音声認証システム。

 携帯水晶のような多くの効果を持った武器や、複雑な仕掛ギミックがある場合は、武器に刻まれた紋章が一定の条件下でのみ発動されるよう、音声認証システムの組み込みが義務化されている。そして、それらを混同しないようにするために、合言葉セキュリティは直感的にイメージしやすい言葉を選ぶのが良いとされているのだ。


 合言葉セキュリティの1つに母さんの旧姓を使っているのも、紋章の効果をイメージしやすいからである。母さんに守られていると感じるために、母さんを忘れないようにするために、オレは母さんから名前の一部を貰っている。

 では、オレはこの武器から何を感じるだろうか。この武器から、何を感じたいだろうか。

 少し考えたが、1つしか言葉は浮かばなかった。


「      」

 

 意図せず漏れた言葉にオリーブさんは驚く。

「おいおい、冗談だろ?」

 最初はふざけたように笑い、次にオレの真剣な表情に気付いて、それから困ったように頭を掻いた。

「そういう所はミキに似なくても良いんだがな。……まぁ、好きにしなさい」

 薄暗い部屋の中、そう呟いた彼の頬は、僅かながらに微笑んで見えた。






 悪魔の冷気によって4本の足を潰したのも束の間、化け狼は4枚の翼を大きく羽ばたかせ、上へ上へと空を駆けていく。

 助走無しの飛行は非常にゆったりとしたもので、とても勝負の間に行うような動作ではない。しかし、奴はオレの攻撃手段を知っている。槍のリーチ、冷気の衣の範囲、投げナイフの射程、それらの全てを。

 仮に遠距離への攻撃手段を持っていたのなら、黒い霧を追っている時に使っている。奴の行動は、恐らくそう読んでのものだった。


 翼を生やした今の奴ならば、飛んでオレから逃げ果す事も可能だろう。だが、奴はそうしない。断言出来る。

 奴が向かう先はオレの心臓であり、オレが狙うべきは奴の心臓。故に奴が射程に入った瞬間、確実に命を狩るため、オレはコートの内側から左手で投げナイフを取ったのだ。

 左手・・で投げナイフを取る。急造の策において、ここが肝心な所だ。


 確実に投げナイフを『刺す』には、不安要素を取り除く必要がある。不調の右手は誘導に使い、本命の攻撃は左手で行う。投げる手順こそ、肝心なのだ。

 

 はぁぁ、と息を吐くと、まだ白く色付いていた。初夏だというのに、季節外れの異常な空気がオレの周りにはある。

 しかし、異常というなら奴も同じだろう。四肢から点々と血を滴らせ、翼からは灰色の羽を散らせている。


 梟の羽は、極端に音の出ない構造になっている。ノコギリ状の風切り羽が空気抵抗を減らし、しなやかな翼で滑空しながら獲物を狩る。最も音を立てずに飛ぶ鳥は何だと聞かれたら、狩人なら皆が口を揃えて梟と言うだろう。

 そして、梟特有の助走無しで始まる狩りは、高所からの落下によってスピードが確保される。

 この辺りに目立って高い建物はない。だから奴はスピードに乗るために4枚の翼を動かし、高度を上げているのだ。

 目測ではあるが、民家4件分の高さは上昇している。奴が落下を始めれば、自重も相まって2秒前後で投げナイフの射程距離に到達するだろう。その瞬間が、勝負の合図となる。


 奴の落とした灰色の羽が宙を舞う。風に流され、ヒラヒラと踊りながら視線を誘い、オレの鼻先を掠めていく。

 くすぐったい、とは思わない。邪魔だとすら感じない。

 身体の芯から凍えるような冷たさも、今日を流れるそよ風も、今はどうでもいい。全神経を注いで、勝負の瞬間を待った。


 過度な緊張感が身体を包む。

 オレが手にしているのは、この時代最高峰の彫り師が造った芸術武器。名家『タンザナイト』の当主にして、オレの最も尊敬する人物が仕立てた切り札だ。

 『刺せ』ば勝てる。後はすべて、オレの腕次第だ。


 灰色の羽が宙を舞う。風に流され、ヒラヒラと踊り、優しく静かに茶色いタイルへと落ちる。

 意図はないのだろう。全くの偶然なのだろう。それでも、奴は示し合わせたかのように4枚の翼を畳み、物は落下するという自然の法則に身を委ねた。


 勝負の合図は、静かに告げられた。


 オレは左手に持つ投げナイフを、ペン回しの容量で空中に放る。銀の刀身が頭上でクルリと回転する。

 

 奴は翼を畳んだまま、最高速度を更新し続ける。オレに向かって、ではない。オレの前方、約20メートル地点へ、だ。

 上空から最高速度でオレに激突しては、着地が間に合わない。どこかのタイミングで翼を広げ、滑空してオレの命を狩るのが奴にとっての利となる。


 しかし、これは……


 地面は迫っているというのに、奴には翼を広げる様子がない。このままいけば、奴は頭から地面にぶつかる事になる。

 疑問と困惑が頭の中で入り交じる。と、次の瞬間、オレは自分の目を疑う事となった。


「なッ!?」


 奴は地面に接触する一瞬だけ、身体を黒い霧に変化させたのだ。そして、そのままの勢いで身体を再構成し、しなやかに4枚の翼を広げる。

 黒い霧の状態なら、地面と接触してもダメージにはならない。奴は最高速度を維持したまま、考え得る限り最も低空での滑空状態に突入した。


 予測出来なかった事態だ。だが、奴に常識が通称しない事は重々承知している。今のオレに、動揺の2字はない。

 右手でコートの内側から投げナイフを掴み、掬い上げるように手首をスナップさせて奴に投擲する。そして同時に、左手でコートの投げナイフを掴む。

 

 一瞬の内に行った奴への攻撃は、あの夜と同様、意図も簡単に避けられてしまう。

 それで良い。右手で投げたナイフは誘導のためのブラフ。本命は、左手で投げるナイフにある。


 オレは右手と同じ要領で左手首をスナップさせ、腕を振り上げながら2本目の投げナイフを投擲する。


 この投げ方は、スピードよりも回転を重視している。あの夜に投げた本命のナイフよりも、奴の目には威圧的に、驚異的に映る筈だ。

 互いの距離は7メートルを切る。反射で避けられる距離ではない。ナイフを投げた瞬間に『当たる』と確信した。


 銀のナイフは回転する。太陽の光を反射させ、奴の肉体に刀身を向けたその瞬間、キンッ、と音を発した。

 先端にやじりの付いた尻尾が、投げナイフを払い除けていた。


 『当たる』だけではナイフの紋章は発動しない。奴の肉体に『刺さ』らなければ、意味が無い。

 分かってはいた。あの夜と同じようにナイフを2本投げた所で、実力は奴の方が上。2本とも『刺さ』らない事は分かっていたのだ。


 だから、策を考えた。だから、搦め手を使った。


 あの夜と異なる要素があるとすれば、それは奴が遠ざかっているのではなく、オレに迫ってきているという点。距離が近いという点。

 そして、オレがまだ本命のナイフを投げていないという点にある。


 先に投げた2本のナイフは、あえてスピードを出さなかった。それは、3投目を確実に『刺す』ためだ。

 遅いスピードに目を慣れさせ、ナイフを反射で避けられない距離まで誘導し、尻尾も振るわせた。奴は今、オレの投げたナイフを躱す手段を有していない。

 

 オレは振り上げた左手で、1番最初に宙に放った投げナイフを掴み取る。

 オレが一呼吸の内に投げられるナイフの数は、3本が限界だ。外せば必然的に後はなく、故に余力を残す必要もない。

 左腕を大きく振り下ろし、本命のナイフに全体重、全命運を乗せて投擲した。


「『紋章起動エンブレム』ーー」


 投げたナイフはフルスピードで奴に迫り、避ける間もなく前腕に『当たる』。そして、奴が反応を見せる前に『刺さ』る。

 気は熟した。オレは投げナイフの紋章を起動させるため、あの言葉を紡ぐ。この世で最も尊敬している、気難しくも温かな男の名を。

 

「ーー『炸裂氷槍タンザナイト』!!」


 悪魔の冷気を宿したナイフは合言葉を告げると共に、奴の体内で3本もの氷槍を作り出す。氷槍は奴の体内で暴れ回り、血肉を切り裂きながら外に突き出る。3本の内の2本は前腕を完全に潰し、残る1本は奴の身体の芯を貫いていた。


 奴は目を見開き、破裂するように身体の中身をぶちまける。大きく開けた口からは、大量の血液が飛散した。

 何度も魔獣を殺してきたから分かる。それは、致命傷だった。

 即死ではないけれど、あと数十分もしない内に死に至るくらいの致命傷。ここから奴がオレに勝つ方法は、皆無だった。


 慣性が働くため、血液は奴の後方へと流れていく。視界が飛び散る血液のせいで塞がる事はなかった。

 だから、だろうか。明瞭な視界の中、死に向かって行く獣を目の前にして、オレはとある事に気が付いた。

 奴が投げナイフを避けられなかったように、オレもまた、奴の攻撃を避ける手段を有していないという現実を。そして、奴に勝ちの芽は無くとも、引き分ける手段は持っているという事実を。


 ーー手負いの獣は、それだけで脅威たり得る。


 奴は赤々とした血を吐き出しながら、翼を畳むことなくオレの命を狩りにきた。口を開けたのは血を吐き出すためではなく、オレを噛み殺すため。自分の命と引き替えに、奴はオレの命を狩ろうとしていたのだ。


 防御は不能。ナイフを全力で投げた影響で、体勢も立て直せない。再び冷気の衣を纏う時間も、何かを思い残す時間すらも残されてはいない。

 血に濡れた牙が迫る。オレはただ、後方から迫る足音を聞く事しか出来なかった。






 削ぎ落とす事こそ、人生だった。


 父と母が死んだあの日から、オレは彼らの意思を継いで生きてきた。

 沢山の魔獣を殺して、力を持たぬ民衆を守って、弟を守って、祖父母を守って。友情や娯楽に現を抜かさず、身を粉にして精進し、主席でアカデミーを卒業した。ハンターになってからも己の在り方は変わらず、気づけば26歳で3級ハンターにまで上り詰めていた。


 自分の進んできた道に後悔や不満はない。ただ、ふとした瞬間に後ろを振り返ると、削ぎ落としたものの多くが落ちている。

 あったかもしれない、掛け替えのない友情。あったかもしれない、一時ひとときの娯楽。それらを不要と断じ、切り捨ててきた俺の心には、両親の意思と、彼らを殺した魔獣という存在への敵意が強く存在していた。


 そんなオレに気を遣ってか、弟は俺に頼み事をしなくなった。

 あいつは俺の心を見抜いていたようで、物欲や不満は一切言わず、いつも笑顔で俺の隣にいてくれた。別に自分を偽っている訳ではないのだろう。あいつは根っからの明るい奴だから。

 ただ、あいつの笑顔を見る度に、俺は後ろめたい気持ちを感じていた。

 どうしてそんな生き方をしているんだ、と問いかけられているような気がしたのだ。


 今日とて例外ではない。

 気を遣ってはいたが、あいつは俺に不満を持っている様子だった。恐らくだが、俺がブラックマン・4級ハンターに対して抱いていた感情に関する事だろう。

 あいつは人間だよ。敵意を向ける相手を間違えている。そう訴えられている気がした。


 しかし、頭で分かってはいても、己の感情に変化はなかった。

 悪魔が魔獣の同族なら、俺は奴と仲良くする必要はない。意味すら無い。だってそれは、俺の人生に余計なものだから。

 余計なものは、削ぎ落とさなくてはならない。魔獣へ向けるべき感情に、憎悪以外は有り得ない。

 もし、それを許容してしまえば、俺は己の歩んできた道を信じられなくなってしまう。多くを削ぎ落としてきた道を、無意味なものに感じてしまう。そう、思った。


 ……ラト。お前は、その考えを正そうとしてくれたんだな。

 今なら分かる。あいつは、俺の生き方に疑問を呈していたのではない。下らない拘りで視野が狭まった俺に、こういう生き方もあるのだと、可能性を示してくれていた。俺が削ぎ落としたものを律儀に拾い上げて、お前は俺にその価値を教えようとしてくれたんだな。

 

 理解したよ、ラト。

 何年、何月、何日、何時間、何分、何秒。途方もない時間の中で積み重なった価値観は重いものだ。すぐに変われる自信もない。だが、お前が久しく口にしなかった望みをーーやっと口にした頼み事を、無下に扱ったりは出来ない。


 ーーお前の誇れる、俺でいよう。

 血と人生を分かち合った相棒おとうとの想いに、忠実であろう。それが今、俺のやるべき事だ。




「『紋章起動エンブレム』ーー」


 体勢が崩れているリーフの襟を後ろに引き、入れ替わるようにして俺が前に立つ。

 一瞬、目が合う。彼は驚きの眼差しを俺に向け、俺は黙って獲物へと狙いを絞る。そしてーー


「ーー『衝撃反転シールドバッシュ』!!」


 牙を剥いた化け狼の突進を、紅色の輝きを発する大盾で受け止める。大盾に伝わる全ての衝撃が化け狼へと『反転』し、流れ、灰色の身体を後方へと吹き飛ばす。

 奴から出た血は慣性によって俺へと飛散する。無数の球体となって落下するだけとなった赤色は、命の色を写す鏡のようだった。


 もう、憎悪だけではない。父と母から受け付いだ意思と、弟の望み。その2つが溶け合い、混ざり合った確固たる自分の意思で、俺は今から命を狩るのだ。

 命の色を写す鏡へと踏出し、それを全身で受け止めた。


「『形態変形モードチェンジ』」


 持ち手はそのままに、ギロチンが如き分厚い刃が姿を表す。正確に4等分されて折り畳まれていた柄は、噛み合い、繋がり、重心は刃と柄の接合部に移動する。2.1メートルの柄を両手で持って支えれば、盾は完全な攻撃特化武器へと姿を変える。

 獲物との距離は、約2メートル。後方へ吹き飛ぶ化け狼に向けて大鎌の狙いを定める。


 この武器の紋章は、『不可逆』『反転』『蓄積』『変換』の計4層で構成されている。大盾で『反転』した衝撃を『蓄積』し、大鎌にて遠心力に『変換』する事で、振り始めの遅さを補う作りとなっているのだ。

 2.1メートルの絶対的なリーチに物を言わせ、灰色の身体に刃を迫らせる。


「『紋章起動エンブレム斬撃加速サイスラッシュ』!!」


 放つ一撃は閃光の如し。血を絶え絶えに吐く獲物の腹に、更なる致命傷を与えた。

 

 勝ちの芽も、引き分けの芽も潰した。奴に出来る事はただの2つの行為のみ。

 潔い死か、醜い敗走か。いや、敗走したところでこの傷だ。待っているのは、死しかない。

 それは奴も分かってはいる筈だ。死に抗った所で、意味は無いと。

 しかし生物としての行動は、意思だけで決められる事ではない。時として、死に抗う事こそが意思を持つ者の性であり、生物としての絶対的な本能だ。

 

 憎悪も、使命も、命以外の全てをかなぐり捨てて、奴は敗走の道を選んだ。身体を霧状に変化させ、後方に飛ぶ勢いをそのままに、一目散に走り出した。

 鎌を振り終えた俺に、奴を追う余力は残されていない。感覚の無い手では追撃も行えず、奴の逃走を見逃す事しか出来なかった。

 

 自分でも意外なほど、心は穏やかだった。弟を傷つけた魔獣を見逃す事に、何の抵抗もなかった。

 まだ、実感が沸かないのだろうか。憎悪や悲哀といった負の感情よりも、何かを失ってしまったという虚無感を強く感じていた。

 

「レトさん……腕から血が……」

 地面に座り込んでいるリーフの第一声で、俺はふと左腕の傷を思い出す。

 俺達とリーフを分断していた2匹の化け狼。奴らを強引に突破しようとした結果、左腕に傷を負ってしまったのだ。動脈を傷付けたせいか、命の色を写す鏡は俺からも大量に流れ出ていた。

 ラトと同じ、命の色だ。


「問題ない。……それより、立てるか?」

 普通に握ってもらえるものだと信じて疑わず、傷がない方の腕で手を差し伸べる。しかし、彼は違ったようで、咄嗟にその手を払い除けた。

「あっ……」

 驚いたような顔をして、それから彼は目を伏せてしまう。

 ……あれだけ拒絶しといて、今更仲良くしましょう、というのは虫が良すぎるか。納得して手を引こうとしたとき、指先に冷え冷えとした痺れを感じた。


「その、すいません……。今のオレは、少し冷たいので……」

 精神的な話ではなかった。彼の身体は、人間のものとは思えないほど冷えていたのだ。


『オレ、暑さを一切感じない体質なんです。体に刻まれた『氷の紋章』のせいで生まれつき温度感覚が狂っていて……』


 彼が未開の地の探索前に言っていた事を思い出す。

 氷の悪魔。彼が魔獣の同族と言われる理由は、その体質にあるのだろう。身体に刻まれた氷の紋章は、確かに魔獣のそれと同じものだった。


 俺は十字架のネックレスを握って、空を見上げる。雨上がりの青空は黄色く色付き始め、茜色の光を放つ太陽が、空の彼方から俺を見下ろしていた。


「……そうか。お前は、氷を使うハンターだったな」

「……え?」

「立て。急いで管理局に戻るぞ」


 再び驚くリーフに向けて、俺は手を差し伸べた。

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