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雪の涙は葉に落ちて  作者: 大塚 博瞬
第1章 メリコイル
20/30

1-19 4人のハンター2

 グリゴ管理官とのミーティングが終わり、俺達は各々で装備を確認する。

 俺と兄ちゃんは防爪ジャケットを着込み、左手に十字の盾を持つ。腰のベルトにナイフとライトを1本ずつ装備し、スモークグレネードをポーチに詰めていく。

 シオンちゃんもライトグリーンの貫頭衣の上から防爪ジャケットを着込む。そしてコイルの背中のバッグに医療用品、非常用の食料、ビーコンなどを詰め込んでいく。

 この格好を初めて見る素人は、そんな軽装で大丈夫か、と思うかもしれない。だが、魔獣狩りと未開の地の探索とでは要求される装備が違うのだ。


 言うまでもないが、魔獣狩りは魔獣を殺すことが目的だ。トラップを仕掛ける。不意をつく。やりようは幾らでもあるが、防御性や攻撃性といった戦闘に直結する能力が重要視されている。

 一方で、未開の地の探索は情報収集が目的だ。いかにして被害を抑えるか。いかにして効率よく作業を進めるか。そういった能力が求められている。よって、未開の地の探索に行くハンターの装備は機動性と隠密性が重要視されるのだ。


 しかし、どうやら目の前のリーフィリアス・ブラックマンがしている装備一式は趣が違うらしい。

 防爪ジャケットの上から黒いコートを羽織り、その内側に投げナイフを6本仕込む。更には、腰に巻かれたウエストポーチに水晶を4点入れている。それだけに終わらず、右手中指には古びた紋章の指輪までしている。

 軽装というより、あれは重装備の部類だろう。ただでさえ夏が近いというのに、何を考えているんだ? あれで外に出たら体力が減る一方だぜ。


「なあ、リーフちゃん。そんな格好して暑くねえの?」

 俺がそう聞くと、悪魔くんは目を見開いて驚く。シオンちゃんもそれを見て、何やらフフフと笑っている。

「あれ、俺、何か変な事言ったかな?」

「……いえ、こっちの問題です。気にしないで下さい」

 そう言うと、1つ咳払いをしてから己の体について話し始める。

「オレ、暑さを一切感じない体質なんです。体に刻まれた『氷の紋章』のせいで生まれつき温度感覚が狂っていて……。だからこれくらい厚着をしないと、逆に寒くて死んでしまいそうになるんです」

「変わった体質だな。それが原因で足を引っ張らなければいいが」

 兄ちゃんが高圧的に口を挟む。

 おいおい、勘弁してくれよ……ここに来て仲間割れとか洒落にならねえっつうの。てか、さっき俺が指摘したせいで無駄に意識させちゃった感じか?

 苦笑いでお茶を濁しつつ、悪魔くんの方を見る。

「まあ、この中ではリーフちゃんが1番装備硬い訳だしな。そう簡単にはへばらないっしょ」

「私ももっと厚手の服を着た方が良かったでしょうか? マニュアルによると、未開の地の探索では装備を軽くしろとの事でしたが……」

「ブラックマン・4級ハンターが例外なだけだ。気にする事じゃない」

「そうですよ。それに、もしもの事があってもオレ達がいますし。シオンさんは心配しなくても大丈夫」


 悪魔くんは華麗に嫌みを受け流し、兄ちゃんは嫌悪感を募らせる。シオンちゃんはというと、未だ不安感を拭いきれず、手に人の字を書いて飲み込んでいる。全員の意識がバラバラ過ぎて、即席のチームとして成立しているかすら怪しい。

 はははっ……こんなんで大丈夫なんすかね?

 心の中でそう愚痴りながら、やっと装備を整え終える。他の3人も次第に準備を終え、一緒に未開の地に通ずる門に向かう。

 先程も嫌な空気の冷たさを感じたが、扉の目の前に来ると一層強く感じる。シオンちゃんも同じ空気を感じたのか、額から汗が滲み出ている。対照的に、兄ちゃんと悪魔くんは門の先にあるであろうものをすました顔で見詰めている。


『周囲に魔獣の影無し。レト・3級ハンター、そちらは大丈夫ですか?』

「はい、こちらも準備が整いました。グレゴ管理官、門を開けて下さい」

『了解しました』

 グレゴ管理官の短い言葉と共に、『狩人の門』はゆっくりと開かれる。異様なほど白い門から顔を覗かせるのは、むき出しの土と、緑生い茂る森。人が色を加えていない、ありのままの自然だ。

 ヒュウ、と風が吹く。それは歓迎の挨拶か、それとも死地からの警告か。軽く目を細めながら、両親の死んだ地を見詰める。

「……行くぞ」

 兄ちゃんのかけ声で、俺達は列を組んで進み始めた。


 当然ではあるが、未開の地において複数人で行動する時は、各人への役割分担が重要となる。それぞれが自身の役割を全うし、互いに助け合う事こそが最大の危機管理とされているからだ。

 てなわけで、ここらで1つ俺達の役割を紹介しておこう。

 最後尾を歩くのは、索敵の役割を持つ悪魔くん。人間の最大の死角である背後を守り、人形では感知しきれない物音や影に注意を払う。チームの中で最も感覚の鋭い者が任される役割だ。

 最後から2番目を歩くのは、今回のチームリーダーである兄ちゃんだ。チームの指揮を取るだけでなく、通信端末でナビゲーターとやり取りを行う。まあ、要するに通信役兼舵取り役だ。

 その兄の前を歩くのは、コイルを連れたシオンちゃん。連れ去られた人の痕跡を探すため、捜査専ハンターの視点から目を光らせる。また、医療用品やビーコンなどを運ぶ荷物持ちでもある。荷物持ち、といえば聞こえは悪いかもしれないが、他のメンバーの負担を減らす重要な役回りだ。

 そして、チームの先頭を歩くのはこの俺、ラト・ガーネットだ。携帯端末にあるマップを見て、ルート通りにチームを先導する。前方に障害物があれば後方に伝える。役回り的には悪魔くんと近い。

 しかし、俺にはもう1つの隠された役割がある。そう、それはこのチームの不和を解消するという役割だ。


 ハンターの依頼失敗。その原因の10%が即席チームの内部分裂にある。特に『アカデミー生』と『継者』との間で意見の食い違いがどうしても生じてしまうため、俺のような役回りが必要になってくるのだ。

 先程の会話を見るに、兄ちゃんは悪魔くんに対して不満を募らせている。悪魔くんも反感を買わないようにしているが、自分から歩み寄る気はないらしい。シオンちゃんはというと、ガチガチに緊張してさっきから挙動不審に周りを見渡している。

 さて、この中ですぐにどうにか出来そうなのは……シオンちゃんだな。

 兄ちゃんと悪魔くんの問題は根深い。兄に『悪魔は魔獣の同類』という意識がある限り、仲良くやろうと言っても無駄に終わるのは目に見えている。


『レト・3級ハンター。依然、周囲に魔獣の影はありません。引き続きルートを進んで下さい』

「了解」

 兄ちゃんとグレゴ管理官との短いやり取りが聞こえる。アクションを起こすなら今が最適だろう。

「ねえ、シオンちゃん。やっぱ、初めての未開の地は緊張する?」

「い、いえ。そんな事ありませんよ、はい」

 ははっ、とびっきりのナイスジョーク。誰がどう見たって、顔に『緊張してます』って書いてあるっての。

 けど、それも仕方ないか。シオンちゃんは魔獣と戦った事もなければ、まともに武器を振るった事もない。頭を使うことが仕事の捜査専ハンターにとって、未開の地の環境は堪えるだろう。

 俺は右手の人差し指をピンと立て、後ろのシオンちゃんを見る。

「1つクイズがありまーす。10年前まで人間の手で行われていた未開の地の探索。ではでは、探索に行ったハンターの帰還率は何%でしょうか?」

「帰還率ですか? えっと……40%くらいでしょうか」

 えぇ、そりゃ低すぎでは? そんなにハンターが死んでたら、誰もやる人がいなくなるっての。まあ、実際今はいないんだけどさ。

 ネガティブ思考のシオンちゃんに俺が答えを言おうとした時、後ろから声が掛かる。


「確か、75%は超えてましたよね。『広報誌・ハンターズライフ』で記事を見かけた事があります」

 淡々と答えたのは悪魔くんだった。

 へぇ、こういう話題は喋れるのね、悪魔くんは。雑誌とか読んでるイメージが無かったけど、4級ハンターと言うだけあって情報収集はちゃんとやってんだ。

「そんなに高かったんですか!?」

「そっ。正確には78%だっけか。魔獣と戦わず探索するだけなら、帰れる確率の方が十分高いわけよ。どう、安心した?」

「でも、4分の1の確率で死んじゃうんですよね……」

 ちょっとちょっと、まじでネガティブだな。明るいイメージあったけど、もしかしてシオンちゃんって根暗か?

 前を向き直して一旦ルートを確認してから、言葉を続ける。

「さっきリーフちゃんも言ってたけどさ。何かあったら俺達が盾になるんだから、そんな心配しなくても良いと思うのよ。俺達ってば超強いんだし」

「強気なんですね」

「そりゃあ、もちろん。でなきゃ、探索行きのメンバーになんて選ばれないっての」

 はっはー、と笑い飛ばす、我ながら謙虚さのない発言だ。けど、勇気付けるなら自信有り気に話さなきゃ意味が無い。

 俺にとっての、兄ちゃんのように。シオンちゃんにとっての、姉のように、だ。

「おい、お喋りはその辺にしておけ。気を抜きすぎれば、俺とて盾になる前に殺される」

 はっはー、めっちゃ謙虚に注意された。さすが兄ちゃん、期待を裏切らないぜ。

 けど兄ちゃんの言うとおり、位置的にそろそろ頃合いだろう。心なしかシオンちゃんの表情も和らいだし、本来の役割に集中するが吉だ。

 

 地図を見ると、門から蛇行するように東に9キロ、そこからまた蛇行するようにして北西に8キロ進み、再び門に帰ってくるルートが設定されている。普通に進めば日が暮れるまでには帰れるだろうが、ここは未開の地。何があるか分からない以上、余裕に余裕を重ねて行動したい。

 現在時刻は午前9時17分。湿った空気が蔓延する森の中で、薄い太陽の光に手を伸ばす。






『おい、リーフ。アンタは、10年後のハンターがどうなってると思うね?』

 オレがハンターに成り立ての頃、先生との修行中にそう問われた。当時のオレは良く考えずに、「分からない」と答えた。

『そう、分からない。最近、人形が普及し始めたただろ? そいつのせいで仕事を取られて、ハンターの在り方がすっかり変わっちまった。因みに、そいつを予知できた人間は残念ながらごく一握りだったんだ』

 「だから?」とオレが言うと、先生は思いっきりオレの頭を殴った。

『ちっとは頭使いなっ! いいかい、この先何が起こって、社会にどんな変化が起こるか分からないんだ。人形が台頭して、ハンターなんて職業は消えちまうかもしれない。逆に社会から人形が消えて、またハンターが未開の地の探索をやるようになるかもしれない。そん時に自分の将来を考えたって遅いんだ。今の内からやれる事をやっとくんだよ、この馬鹿弟子が!』

 その後もう1発頭を殴られて、未開の地に放り出されたのを覚えている。


 あれ以来、未開の地に出る時は感覚で魔獣を察知出来るよう訓練を積んできた。第6感なんて上等なものじゃないが、それでも魔獣の環境音や影の揺らぎから、近くにいる魔獣の気配は感じ取れるようになったと自負している。

 だからこそ思う。『狩人の門』を出発して4時間が経過した現在、嫌な感じとは無縁の、むしろ清々しいくらいの心持ちで探索が出来ているのは不自然であると。


「レトさん。何か違和感を感じませんか?」

 数歩先を行くレト・ガーネットに、心中の不安を漏らす。

 100歩先には魔獣の足。そういう危機管理のためのことわざがあるほど、未開の地には魔獣の脅威が潜んでいる。

「違和感とは何だ?」

「魔獣ですよ。これだけ歩いて1度も魔獣を見かけないのは、流石に異常だ」

「……確かに、不自然ではあるな。だが魔獣を見かけないのはこちらにとっても都合が良い。迂回しない分だけ、時間通りにルートを進めるから訳だからな」

「……もし強力な力を持った魔獣がいて、ここら一帯の魔獣を駆逐していたとしたら?」

「考えすぎだろう。時には、こういう事もある」

「けど、」

「集中しろ、ブラックマン・4級ハンター。不確かな考えに足を引っ張られては、元も子もない」

 そう言われ、オレは渋々引き下がる。考え方が異なる場合、チームメンバーがリーダーに従うのは当然の成り行きだった。


 そもそも、オレと彼とでは根本的な行動基準が違う。

 ガーネット兄弟やシオンさんは『アカデミー』というハンター養成機関を出ている。『アカデミー』では論理的に物事を教育し、理詰めで行動するよう矯正される。よって、不確定な事実よりも確かな情報に重きを置くようになるのだ。

 一方、オレやヌワラ・グリレッジは現役で活躍しているハンターを師としている。共に未開の地に行き、技術を盗む。事件解決の手助けを行い、思考をトレースする。理詰めではなく感覚で物事を捉えるオレ達『継者』は、不確定な事実から新たな可能性を見いだす事に重きを置くのだ。

 オレが索敵を任されているのも、そこに理由がある。『アカデミー生』よりも『継者』の方が感覚的に優れており、より早く危険を察知出来るとされているのだ。

 

 周囲を見渡す。森も終わりを迎え、目の前には野原が広がる。街周辺と同じように、スコッティの花が黄色に一面を染めていた。

 変な事を言うようだが、オレはこの景色を限りなく自然的だと思った。辺り一面に広がる黄色は、雄大な自然の中の一部分でしかない。街は花そのものを強調しているが、ここでは全てが調和していた。

 本来の自然ってのは、こういうものを言うんだよな。開拓された地とは、言わば人が住みやすいように手が加えられた場所。本来の自然の形は失われ、どうしても歪さが残ってしまう。

 人工物と自然。ハンターと魔獣。人と悪魔。

 相反するものが隣り合わせになった時、少なからずその差異が浮き彫りになってしまうものなのだ。

 

「おい……兄ちゃん、アレ」

 先頭を歩くラト・ガーネットが立ち止まった。それに釣られるように、オレ達も先の景色を覗き見る。

 そこには無数の魔獣の足跡があった。何十、いや、何百という数の足跡が花畑を踏み散らし、大きな獣道を作っている。

「何の足跡ですかね。街の方に向かったみたいですけど……」

「よし、データベースにある魔獣の足跡と照合する」

 そう言って、レト・ガーネットは携帯端末で足跡の写真を撮る。

「グレゴ管理官。ポイントC~D地点の中間点にて魔獣の足跡を発見。写真を送るので、解析をお願いします」

『了解しました。少々お待ち下さい』

 慌ただしくキーボードを叩く音が携帯端末越しに発せられる。

『終了しました。ヒット件数1、『凶怪型の魔獣・化け狼』の足跡と一致しています』

「……やっぱり」

 思わずポロリ、と言葉が漏れる。オレの推理通りなら、ここら一帯は化け狼の縄張りの筈だ。

『ただ、写真には違和感がありますね。足跡から見て、60……いや、80匹はくだらない。こんな大規模な『化け狼』の群れは、私も初めて見る』

「あっ、俺聞いたことある。狼の群れって、確か最大で30匹にも満たないんだよな。これは違和感がある、なんてレベルじゃ済まないっしょ」

 ラト・ガーネットが険しい目付きでオレ達を見る。つまり、『化け狼』が規格外な大きさの群れを形成して、この周辺を移動した事になる。


『……これ以上先に進むのは勧められませんね』

 冷静に状況を分析し、グレゴ・クォーツが意見を述べる。

『これだけの数に囲まれれば、例え貴方達でも生きては帰れないでしょう。シオン・4級ハンターがいるなら尚更です。残念ですが、皆さん撤退を』

「それは出来ません!」

 ピシャリ、とシオンさんが撤退を拒否する。神妙な面持ちで、レト・ガーネットの携帯端末に向けて言葉を発する。

「ここまで来たなら、探索を進めるべきです。シンボルにとっても、街の皆にとっても、その方が良いに決まっています」

『しかし、それでは……』

「事件解決の糸口を見つけられるのなら、ここで死んでも本望です! 見捨てられたって構いません。だから、」

「シオンさん、1度落ち着こう」

 オレはシオンさんの肩に手を置き、気持ちを落ち着かせる。

 探索を続行するのはオレも賛成だ。だが、未開の地で大声を出すのは御法度。今のシオンさんはそれを忘れてしまうほど熱くなっている。気持ちを落ち着かせる時間が必要だ。それに、こういう時は情に訴えるのではなく、理性的に相手を納得させるのがセオリーと言えるだろう。

「グレゴ管理官。オレも探索を続行するべきだと思います。幸い周辺に魔獣の影は見受けられませんし、この足跡を辿れば何か分かるかもしれない」

『分かっているんですか!? 足跡を辿るという事は、こちらから『化け狼』の元に向かうという事なのですよ? そんな自殺まがいな探索、許可出来る訳がない!』


 グレゴ・クォーツは強い口調で、探索の続行を引き止める。

 ナビゲーターの役割は、ハンターを目的の場所まで誘導し、安全に帰還させること。かつて、未開の地の探索者が生還率75%を超えたのも、彼らの働きによる所が大きい。自ら危険地帯に向かおうとしているハンターを止めるのは、グレゴ・クォーツが仕事に掛ける意識の高さ故だった。

 最初に感じた『彼の性格の硬さ』は本物だったな。中途半端な理由では、彼は納得させられない。何か……良い案はないか……


 沈黙によって、オレ達に決断を促すグレゴ・クォーツ。この差し迫った状況下で助け船を出したのは、意外にもオレに敵意を向けた男達だった。

「それなら、足跡とは逆の方向に行く、というのはどうでしょう。これなら『化け狼』と鉢合わせになることはない」

『それでも危険が高いことに変りはない。リーダーの貴方がそれを言いますか? ……ラト・3級ハンター、貴方からも何か言ってやって下さい』

「管理官殿。悪いけど、俺も探索続行に賛成だぜ。4時間も歩かせといて、足跡見つけた途端に帰ってこいは無いっしょ。ここまで来たんだ、是が非でも証拠を掴んで帰ってやるっての」

『……4対1ですか』

 グレゴ・クォーツは息継ぎをするようにため息をする。


『分かりました。そこまで言うなら、私も折れましょう。……ただし、無茶だけはしないでくださいよ』

 「はい!」、と4人の声が少しだけ重なった。






 ルートから外れる以上、地図だけを頼りに進む必要はない。コイル連れのシオンちゃんと俺を先頭に置き、花畑にビーコンを設置してから探索は再開された。

 探索続行に賛成と言ったが、正直なところ俺は反対だった。けど、俺以外の3人が続けたいと言うのであれば協調性を重んじない訳にはいかなねえよな。我を通さない事も、時には重要だ。


「しっかしなぁ。この足跡、どこまで続いているんだ? また森に戻って来ちまったしよぉ。あまり北に進みすぎると、マッピングされた範囲から抜けちまうぜ」

「ナビゲーター相手にあそこまで言ったんだ。行けるところまで行くさ。……アメジスト・4級ハンター、コイルの反応は?」

「変わらずですね……昨日の雨の影響で、匂いが辿りにくいのかもしれません」

 そう言うと、シオンちゃんはコイルを優しく撫でる。コイルも「ピー」と疲労を感じさせない声で返し、やる気を見せる。

 調教師の家系だっけか、シオンちゃんの実家は。随分コイルと仲が良いんだな。後ろの2人とは大違いだぜ。

 チラリと後ろを見る。仕事と割り切っちゃいるが、2人の間に和やかな会話はない。てか、そもそも状況報告の時くらいしかコミュニケーションを取っていない。ここらで仲良くなってくれれば泣いて喜ぶんだけど……

「なあ、後ろのお2人さん。この事件をどう見てる? 本当に『化け狼』が消失事件に関わってると思ってる感じ?」

 状況打開のためにそう投げかけると、兄ちゃんがすぐに言葉を返す。

「どうだろうな。証拠が見つからない以上、何とも言えない。そもそも、消失事件の黒幕に魔獣が付き合う意味が分からない。奴らは一体何がしたいんだ?」

「多分、復讐ですよ」

 とても冷静な声で、悪魔くんは答える。不安はあるが、確信を持っている。そんな声だ。

「復讐ねえ。その心は?」

「オレが黒い霧と遭遇したとき、怒りと憎しみ混じりの言葉を聞きました。あくまで推測ですけど、黒い霧の源泉はそこにあるんだと思います。仲間が殺されたから憎い。住んでいる場所が荒らされたから復讐したい。そんな所かと」

「ふん、突拍子も無い話だな。では何故、復讐相手である人間と手を組んでいる?」

「……1つ、オレの中で仮説があります。ただ、これも突拍子のない話だ。あなたが言ったように、証拠が見つからない以上なんとも言えない」

「まあ、結局そうなっちまうよなあ」

 この事件は不確かな情報が多すぎる。まじで証拠を見つけないと、あらゆる推測は机上の空論に納っちまう。

「……ですね」

「……ピー」

 不甲斐なさそうに、シオンちゃんとコイルが呟く。

 攫われた人達を見つける、という名目でシオンちゃんは無理矢理着いてきた。本人的には、少しでも事件解決に貢献したいのだろう。


 水の流れる音が聞こえ始める。マップを見ると、どうやらすぐ近くに川が流れているらしい。そして、川を挟んだ向こう側はもうマップの外。つまり、まだ人間が踏み入った事の無い場所って訳だ。

 ここらが限界だ。シオンちゃんや兄ちゃん、悪魔くんには悪いが、これより先に進むわけには行かない。

 そう思い、探索の中断を提案しようとした時だった。

「……ははっ、ギリギリセーフって訳ね」

 木々に覆われていた景色が、突如として広がった。

 1本の獣道は終わりを迎え、足跡は川の方に散っている。掘り返された土や、木に吊された動物の肉。更には、草が敷き詰められた寝床らしき場所も見て取れる。

 今までの光景とは明らかに違う。察するに、ここが『化け狼』達の住処って訳だ。


「よし、俺がビーコンを設置しよう。ブラックマン・4級ハンター、周囲の警戒を。ラトとアメジスト・4級ハンターは引き続き人の匂いを探せ」

「……もう、見つけました」

「「「……!」」」

 シオンちゃんの言葉に、俺達は身を震わせる。コイルが人の匂いを感知した。つまり、攫われた人達がここにいるって事だ。

 『化け狼』は黒。事件に関わっている魔獣がようやっと確定した事になる。

「やったな、兄ちゃん!」

「ああ。油断は出来ないが、一先ずは御の字だ」

 浮かれる兄ちゃんと俺。悪魔くんも周りに注意を払いながら、胸を撫で下ろしている。

 ナビゲーターの反対を押し切って、危険な道を選んだ甲斐があったってもんだ。これで黒幕に繋がる手掛かりが見つかれば尚良しなんだが……まあ、そこまで高望みはしないでおこう。今はいくつか証拠品を持ち帰って、後日ちゃんとした調査をする。この事件の探索は、そういう段取りを踏む事になっている。

 喜びを分かち合おうと、隣のシオンちゃんを見る。

 瞬間、温度の違いを感じる。俺達が浮かれている中、シオンちゃんだけは険しい表情で川の先を見詰めていたのだ。

「…………行かなきゃ」

「シオンちゃん? ……シオンちゃん!!」

 俺の声を無視して、シオンちゃんがコイルと共に駆け出す。

 おいおい、何やってんだよ! いくら人の匂いを嗅ぎ当てたからって、単独行動は不味いっての!

 突然の事に焦る俺の後ろから、悪魔くんが飛び出す。

「オレが行きます! 2人はここで待っていて下さい!」

「おい、お前も1人で動くんじゃない!」

「あーあ、2人とも勝手に動いちゃって。行くぞ、兄ちゃん!」

「……くそッ」

 憤りと不安を感じながら、2人の後を急ピッチで追う。河原を駆け、軽い傾斜を登り、川の上流へと向かっていく。


 魔獣の住処で単独行動する事の危険性が分からないシオンちゃんじゃ無いはずだ。彼女に軽率な行動を取らせている原因があるとすれば、恐らくそれは姉の存在だろう。


 消失事件に関わるハンターは、ほぼ全員が副局長の『求道の指輪』によって選ばれている。俺達兄弟はどんな人材が選ばれているのか興味を持ち、コミュニケーションを取る前に軽く素性を調べていた。

 その結果、優秀だが過去の分からないハンターが2人、氷の悪魔が1人、第3世代を代表するハンターが1人、と個性豊かな面々が集まっている事が分かったが、その中でシオンちゃんだけは平凡なハンターだった。

 お荷物って程ではないが、特筆した功績があるわけではない。正直言って、他のハンタ-と比べて見劣りしていた。それを不思議に思い更に調べた結果、シオンちゃんの姉の存在が浮かび上がった。彼女には3年前に失踪した姉がおり、その姿を追っている。彼女は集められたハンターの中で、唯一志願してこの事件に挑むハンターだった。

 もちろん、副局長が彼女に価値を見いだしたのは事実だ。現に、こうして人の匂いを嗅ぎ当てている。

 ……けどよお、それなら尚更バカだぜ。シオンちゃんが姉を大事に思うように、その姉が、家族が、シオンちゃんを大事に思ってんだ。その人達の思いを踏みにじるような真似は、絶対にしちゃ駄目っしょ。

 

 2人の後を追っている内に、高さ20メートル程の滝が目に飛び込んでくる。こんなもの地図にはなかった。って事は、ここはもうマッピングされた範囲の外だ。

 シオンちゃんはコイルを置いて滝の方へ。悪魔くんもその後に続く。どうやら、滝の裏側に続く道があるらしい。放り出されたコイルは主の行く末を不安そうに見守っている。

「大丈夫、ちゃんと連れて帰ってきてやるよ」

 ポン、と軽くコイルの背中に触れ、俺達も滝の裏側へ行く。

 すぐ真横には上空から垂れる水のカーテン。湿った岩肌が細い道を作っており、水飛沫が顔にかかる。水が入らないように目を細めると、その先に小さな洞窟が見えた。

「こんな所に洞窟だと?」

「俺、天然の観光スポットは初めて見たかも」

「見とれてる場合か。早くあの2人を連れ戻すぞ」

「あいよ」

 兄に急かされ、洞窟に入ろうとする。だがーー

「うっ……!」

 洞窟に入った俺達を迎えたのは、鼻が曲がりそうになる程の悪臭、汚臭、腐臭。


 予測はしていた。未開の地に運ばれた人間が、生きてるはずがねえって事くらい。そして、この先にあるであろう光景もーー

 ベルトからライトを取り出し、洞窟の中を照らす。そこには、苔の生えた岩肌に、肉がこびりついた人骨の山。そして、項垂れるシオンちゃんの姿があった。


「お姉……ちゃん……」

 大量の骸を前に腰が抜け、彼女は地面に座り込んでしまっている。きっと、シオンちゃんは連想してしまったんだ。憧れていた姉の、死んだ姿を。


「おい、お前達! 一体何を、」

「……兄ちゃん」

 肩を叩き、兄ちゃんの言葉を遮る。

 2人の、特にシオンちゃんの取った行動は軽率だった。魔獣が襲って来なくて助かったが、最悪の場合無防備なシオンちゃんか、それを助けに行く俺達が死んでいた。悪魔くんについても同様だ。

 彼らの行動は、間違いなくチームを危険に晒した。そう、それは確かなんだ。それを兄ちゃんが責める気持ちも分かるし、俺だって怒ってる。

 けど、今それをしちまったら逆効果でしかない。失態を責めるよりも、シオンちゃんの心のケアの方が先だ。


 シオンちゃんに近づこうと一歩を踏み出し、けれど、すぐに思い留まる。

 俺が励まして、それでどうなる? 恋人でも、ましてやダチでもない。仕事だけの付き合いの俺が、目の前の傷ついた女の子に、何て声を掛ければいいんだよ……

 肝心な時に言葉が見つからない。悩み、苛立つ。それでも、せめて彼女の側に行こうと決心した時、既にアイツは動いていた。


「シオンさん」

「……何となく、分かっていたんです。攫われた人達が、生きている筈がないって。もう、死んでいるんだって……」

「まだ、お姉さんがここにいると決まった訳じゃない」

「……そうですね。お姉ちゃんは別の事件に巻き込まれて、同じように死んでいる……。

 私、ずっと怖かった。怖くて、でも、生きている可能性が少しでもあるのなら……私はやっていけると思ってた。でも、死体の山を、見たら……ごめんなさい。私、もう、立てません………」


 虚ろな目から涙を流し、うわ言のように言葉を呟く。喪失感に打ちひしがれて、今まで溜め込んでいた不安が溢れていく。

 俺は、シオンちゃんのような圧倒的な喪失感を味わった事がない。両親が死んだのは物心つく前で、祖父母と、兄ちゃんに守られて生きてきた。3人の内の誰かが死んだら、多分、俺もああなる。その、自信がある。

 悪魔くんはシオンちゃんの肩に手を置く。

「大丈夫、お姉さんは死んじゃいない。さあ、立って」

「もう、無理です……」

「無理じゃない。下を向かない限り、人間は何度だって立ち上がれるんだ。だから、」

「もう、お姉ちゃんは死んでるんですよ! これ以上どうしろって言うんですか!?」

「諦めるなと言っているんだ!!」


 洞窟の中で、男の声が木霊する。熱く、傷ついた人間を鼓舞する声。それを発したのは、決して魔獣の同族などではなく、リーフィリアス・ブラックマンという1人の人間だった。


「……オレも、諦めた事がある。考える事……生きる事をだ。悪魔の体に生まれて、他人に拒絶されて、この苦しみがずっと続くくらいなら、いっそ死んでしまった方が楽なんじゃないかって……そう思った。……けど、1人の少女に救われた。そいつはオレよりも辛い現実と戦っていたのに、オレを助け、あろう事か諦めるなと言ったんだ。オレはその言葉に救われた。だからオレも、貴方に言うんだ。……諦めるな、前を見ろ。貴方のお姉さんは、必ず見つかる!」

 シオンちゃんは何も言わなかった。ただ、その代わりに短く頷いて、1人で立ち上がろうとした。腰が抜けていて上手く立ち上がれずよろめいたが、それをリーフちゃんがしっかりと支えた。


 見直した、なんて言葉じゃ足らなかった。兄の代わりに許容すると息巻いて、彼を悪魔くんと心の中で呼び続けた俺自信が、とてつもなく矮小な存在に思えた。

 あいつが悪魔? バカも休み休み言えっての。心ない言葉を貰えば傷つくし、落ち込んでいる女の子にはちゃんと寄り添ってあげれる。ちゃんと、心を持って生きている。それってばもう、尊敬するべき俺の後輩でしょうが。


 2人が俺達の前まで来て、頭を下げる。

「すいませんでした」

「……ごめんなさい。私のせいで、皆さんを危険に……」

「謝らなくていい。事情は知らないが、それを察せられないほど俺も馬鹿じゃない」

「……兄ちゃん」

「先程の失態は水に流す。……2度目はないぞ」

「「はい!」」

 今度は一体感のある返事が、洞窟内に木霊する。

 微笑ましいっつうか、なんつうか。即席にしたって遅すぎるくらいだけど、やっとチームらしくなってきた。調整役を気取って、あれこれ考えた甲斐が、少しはあったのかねえ。

「まっ、取りあえず立ち話はその辺にしとこうぜ。言っちゃ何だけどよ、ここは臭いがキツすぎる。写真撮ってビーコン置いたら、さっさと出ようぜ」

「そうですね。それに、ここでこれ以上騒ぐのは、色々不味いでしょうし」

 リーフちゃんも意見に賛成する。他の2人も異論はなかった。

 兄ちゃんが写真を撮る。シオンちゃんと俺がコイルまで戻ってビーコンを取りに行き、壊されぬよう奥の方に設置する。そして、最後は消失事件の被害者に向けて、全員で合掌する。

 現段階で骨を持ち帰る事は叶わない。今はせめてもの弔いとして、魂が生まれ変われるように祈る事しか出来ない。


「よし、最初の地点まで戻るぞ。川の周辺を捜索して、他にも証拠を探す。最後にビーコンを置いたら撤収だ」

「この付近は探索しないんですか?」

「しないしない。ここマッピング外って分かってる、シオンちゃん? ここじゃあ、何かあった時に逃げれる方向が限られちゃうのよ」

「そんな所まで!? すいません、確認も無しに飛び出してしまって……」

「ま、来ちゃったものはしょうがないっていうか。魔獣も襲って来なかったし、一先ずは良しとしたい所なんだけど……」

 良しと出来ない理由。それもまた、魔獣が襲って来なかった事にある。

 森の中で魔獣に出会わなかったのは、まあ納得しよう。100回に1回は、そんな事もある。そう言われれば、その通りだ。

 だが、ここは『化け狼』の住処。大人が狩りをしているにしても、接近している俺達を警戒したにしても、子供っこ1匹いないのは異常だ。


「そういえばさ、リーフちゃん。さっき仮説があるって言ってたっしょ? 証拠も出てきたし、ここらで教えて欲しいんだけど」

「オレも丁度言おうと思ってました。それに、この不自然な状況に説明が出来るかもーー」


『ピリリリリリ。ピリリリリリ』


 間の悪い事に、リーフちゃんの言葉を遮って兄の携帯端末の呼び出し音が鳴る。未開の地仕様の控えめなアラームが、陽気な場違い感を演出する。

 定期連絡にはまだ早いよな。巡回している人形が、大移動している『化け狼』でも見つけたか?

 誰もが疑問に思う中、兄ちゃんは少し待つよう合図した後、呼び出しに応じる。

「こちら、レト・ガーネット。何かーー」




『緊急事態発生! 緊急事態発生! 現在、街全体で魔獣が出現中! 数は50を軽く超えています! 至急、『狩人の門』まで戻って来てください! 繰り返します、街全体でーー』




 未開の地で大声は御法度。そんな事はお構いなしに発っせられるグレゴ管理官の言葉の意味を、俺はすぐには理解出来なかった。

『第1回・本作のキャラクターを紹介するコーナー』

「ラト・ガーネット」

性別:男

年齢:25歳

出身地:インフェカ国 ガウリシアレ市

武器:3大武器メーカーの内の1社『SAFIRA』とスポンサー契約を結んでおり、自ら最前線で『SAFIRA』製の武器を使うことで広告塔となっている。作中では『変形武器:シールドサイス』を使う。

人物像:幼少期から気が小さく、臆病な性格。両親が亡くなってからはその性格が顕著に表れ、兄であるレト・ガーネットと祖父母を心の支えにして生きてきた。

 15歳の頃アカデミーに入学。自分がアカデミーに馴染む一方で、兄が孤立している事に気付く。兄の過剰なまでに無駄を削ぎ落としていく生き方を見て、ラトは兄に頼りすぎていたと痛感。今度は自分が兄の助けになりたいと思うようになり、現在の陽気な性格に至った。

 とはいっても、根の部分は変わらない。親の形見である十字架のネックレスを握りしめるのは、彼の臆病さの表れである。

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