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雪の涙は葉に落ちて  作者: 大塚 博瞬
第1章 メリコイル
19/30

1-18 4人のハンター1

 メリコイル・南区・宿屋『コイルの里』の朝は人の出入りが多い。それは今日とて例外ではなく、多くのハンターが忙しなく足を動かしている。

 その人の流れを避けるように、オレとルーネはコイルの里の外で顔を見合わせている。


「意外だな。まさかお前が見送りに来てくれるなんて」

「あっ、酷い! 僕を何だと思ってるのさ!」

「いつも何考えてるか分からない名探偵様………冗談だよ。来てくれてありがとう」

「まったくもう……せっかく御守りを作ってあげたのに」

 そう言って、ポケットから長方形の紙切れを差し出す。紋章が描かれているが、それが何なのかは分からない。

「御守り?」

「そう。私の祖国では有名な安全祈願の御守りなんだ。胸ポケットにでも入れといてよ」

「分かった。有り難く貰っとくよ」

 ルーネから御守りを受け取り、言われた通りに胸ポケットに仕舞う。何か特別な力があるわけではないだろうが、気休めにはなるだろう。

「リーフ君。僕が言うまでもないだろうけど、君の推理を裏付けるには証拠が必要だ。全ては今日の働きに掛かっていると言っても過言じゃないよ」

「分かってる。それに、怪我人にばっかり仕事をさせる訳にはいかないしな。必ず証拠を掴んでくる」

「あー、また僕を怪我人扱いして……でも、その意気だ。行ってこい、愚か者君!」

 バンッ、と強く背中を叩かれる。オレはそれに笑って応える。






「兄ちゃんさ。アイツの事どう思ってんの?」

 駐布場にて絨毯から下りてすぐにそう言うと、兄ちゃんは眉間にシワを作った。苛立ちや迷いを感じている顔で、最近よくする顔でもある。こんなに余裕のない兄ちゃんは久しぶりだ。

「誰について聞いているんだ、ラト?」

「分かってるくせに。ほら、リーフィリアス・ブラックマン。あの悪魔くんだよ。初めて会った時は敵対する気満々だったのに、一昨日は弱腰だったっしょ? だから、何考えてるのかなーって」

「それについては前にも言ったろう。背中を預けるのなら、敵対するべきではないと考えた。それだけだ」

「それは建前っしょ? 俺は本音の部分を聞いてんの」

 子供の頃からずっと行動を共にしてきたのだ。表情を見れば不満を感じている事くらい分かる。

 表情を曇らせる兄ちゃんは、短く息を吐いたあと言葉を発する。

「ハンターの世界では結果が全てだ。俺達よりも先に結果を出したのなら、誰であれ敬意を払わなければならない。例え、それが魔獣の同族だったとしてもだ」

「……ふーん。そか」

 つまり、リーフィリス・ブラックマンへの敵意と敬意、そのどちらを取るか決めかねてるって訳か。まあ、態度からは敵意の方が読み取れるけど。

 普通に考えれば、兄ちゃんの態度は不遜であり、傲慢だ。この世界は結果が全て。結果を出していない俺達が取って良い行動ではないから。

 しかし、突き詰めればその原因は俺にある。

 何故って? そりゃあ、俺達兄弟は2人で1人だからだ。




 今から18年前。ハンター業を生業としていた両親は、未開の地で命を落とした。

 別に珍しい話じゃない。人形が台頭してくる前は、未開の地に監視の目は無いに等しかった。背後からの不意打ちで1発。こんな事がざらだったらしい。

 両親が死んでから、俺達は母方の祖父母に引き取られた。2人とも優しくて、両親の遺産も入ってきたから、生活には不自由しなかった。

 ただ、将来の事だけは別だった。祖父母は俺達がハンターになる事を反対したからだ。愛娘と義息子が未開の地で死んだのだ。普通に考えれば、反対しない訳がなかった。

 その頃、祖父母に引き取られてからの俺はというと、未来に明確なビジョンが在る訳ではなく、どっち着かずな態度を祖父母に示していた。別にハンターに興味が無い訳ではなかったが、世の中は選択肢で溢れている。両親が就いた職業だからといって、俺がハンターになる必要はないと思っていた。

 けど、兄ちゃんは違った。

 兄ちゃんはハンターに強い拘りを見せ、親の人生をなぞろうとした。

 きっと、証を残したかったのだと思う。両親の人生を自分がなぞる事によって、両親の意思はちゃんと受け継がれている事を証明したかったのだ。祖父母に対して。そして、この理不尽な世界に対して。そんな兄ちゃんに影響され、いつの間にか俺もハンターを志すようになっていた。俺の行動原理が定着したのも、その頃からだ。


 15歳になって、2人で祖父母の反対を押し切ってアカデミーに入った。思えば、兄ちゃんが変り始めたのもその辺りからだ。

 娯楽や女友達には見切りを付け、同期のハンターとも付き合いを選ぶようになっていった。無駄なものを削ぎ落としていくような、そんな感じだ。


 ハンターになる事に反対した祖父母に、早く大成した姿を見せたかった。

 人形が台頭しても食べていけるように、力を付けたかった。


 要因は色々考えられるが、1番は兄である事の責任だったのだと俺は思う。死んだ両親の代わりに俺を守ろうとした兄ちゃんは、より早く力を付け、より早く上に昇る道を選んだのだ。

 だが、早すぎる出世は同僚との摩擦の多さを意味する。兄ちゃんは25歳で3級ハンタ-にまで上り詰めたが、その結果多くの同僚と壁を作る事となった。




 兄ちゃんは俺のためにこの生き方を選んだ。言い換えれば、俺が兄ちゃんに生き方を強要させたって事だ。そんな俺が出来る事など1つしかないだろう。


 ーー兄ちゃんが削ぎ落とした多くのものを許容し、拾い上げていく。多くの他人と関わり、兄ちゃんとは違った視点で物事を捉える。


 俺達兄弟は2人で1人。互いに短所を補い、支え合いながら生きていくしかない。

 兄ちゃんがあの悪魔くんを否定し、理解する事すら削ぎ落とすと言うのなら。俺はアイツをーー

「ーー許容しなくっちゃな」

「何か言ったか、ラト?」

「いやいや、何も言ってねえよ」

 ケラケラと笑い飛ばし、目的地を視界に捉える。


 メリコイル・北区・『狩人の門』ーー人の世界と未開の地を直接繋ぐ、唯一の入り口。冥界の門とも呼ばれ、人を死地に送り出すそれは、この世の物とは思えない雰囲気を放っている。

 ここに来ると、自然と気が引き締まる。あの悪魔君と一緒に行動する事も相まって、冷や汗2倍だ。

 こういう時、俺はいつも胸の十字架のネックレスを握りしめる。

「なあ、兄ちゃん」

「今度は何だ?」

「……今日は長い1日になりそうだな」

「ああ。きっちり2人で生き延びて、成果を持ち帰るぞ」

「おうよ」






 そのハンターは、大衆の中で存在が浮き彫りになるほど独特な雰囲気を放っていた。

 今時コイルを連れて歩く人間は珍しいからだろうか。赤味がかった髪が特徴的で、ライトグリーンの貫頭衣を身に纏うその姿から、依然会った時とは違った印象を覚える。張り詰めていて、思い悩んでいるようでもあって。でも1番感じられるのは決意。彼女の眼差しからは、決意が1番感じられた。


「おはよう、シオンさん」

「あっ。おはようございます、リーフさん」

「……!」

 目的地に向かう途中で偶然彼女を見つけたオレは、声を掛けて3秒で驚かされた。

「その呼び方……」

 確か、前回会った時までの呼び名は、”リーフィリアス”だった筈だ。どんな心境の変化でオレの事を”リーフ”と呼んだのだろうか?

 圧倒的デジャブを感じながら、何か裏があるのではないかと勘繰る。

「あれ、一昨日”リーフでいい”と言ってませんでしたっけ? 私の記憶違いなら戻しますけど」

「…………すいません、そのままで大丈夫です」

 ただのオレの勘違いだった。

 別に自分で言った事を忘れていた訳ではない。ただ、大抵の人はオレと一定の距離を取りたがるので、愛称で呼んで貰えた試しがないのだ。それでも愛称で呼ぶように言うのは、オレのせめてもの抵抗である。だから、本当に愛称で呼んで貰えるとは夢にも思ってなかったという訳だ。

 オレの手違いで作り出してしまった微妙な空気。それを和ませるかのように、「ピー」と彼女の隣のコイルが鳴く。シオン・アメジストはコイルの頬を撫でて落ち着かせながら、オレの方を見る。

「ふふっ、リーフさんは変わり者ですね」

「あなたも大概だと思いますよ。まあ、オレとしてはそっちの方が助かりますけど」

 魔獣の同類とされている悪魔。そのオレとこうも友好的に接してくれた人は、先生やブラウンさん達を除けば彼女が初めてだ。そういえば、アメジスト動物公園で初めて会った時も、オレに”光栄”や”尊敬”といった言葉を掛けてくれたな。

 ここで、とある疑問が頭に浮かぶ。シオン・アメジストは本当に根がいい人なのだろうか?


『シオンちゃんは身近な人間を魔獣に殺されていない。そして、アメジストの家は調教師の家系だから獣に対して理解がある。極め付けは3年前の……』


 詮索しすぎるのは良くないと言いつつ、ルーネはシオン・アメジストの事をそう語っていた。3年前と言えば、ちょうど消失事件の被害者が出始めた頃だ。

 シオン・アメジストにとって大切な誰かが攫われた。だから形振り構わず犯人逮捕に力を注いでいる。……これなら筋が通る。

 オレは頭の中で言葉を選びながら、彼女の方を向く。

「少し踏み込んだ事を聞いてもいいですか?」

「構いませんよ。どうぞ」

「なぜ、危険を犯してまで未開の地に行こうと思ったんですか?」

「……やっぱり、私が同行するのは不満ですか?」

 オレは少し大袈裟に首を振る。

「そういう意味で言ったんじゃないんだ。一昨日も言ったように、あなたが未開の地に行くメリットは十分に理解しているつもりだ。ただそれとは別に、オレはあなたの事が知りたい。命を預ける仲間として、ちゃんと明確な答えを聞きいておきたいんです」

「ちゃんとした、答え……」

 そう呟くと、急に彼女の顔に影が差した。そして、10秒ほどの沈黙した後に、引き締まった顔で言葉を発した。

「……私、3つ年上の姉がいるんですよ」

「姉?」

 オレの言葉に、シオン・アメジストは小さく頷く。

「道に迷っている人がいたら道を教える。転んだ子供がいたら手を差し伸べる。そういう事がちゃんと出来る、正義感の強い人。家業を手伝いながら、捜査専ハンターとしても成果を上げていて、そんな姉の姿を見て、私もハンターなりたいと思いました。……私にとって姉は憧れであり、目標なんですよ」

 それが何なんだ、とは返さずに、「良いお姉さんですね」と当たり障りない事を言う。シオン・アメジストは小さく頷き、笑顔をつくる。

 おそらく、彼女はオレと違って本心を隠すのが下手なのだろう。日頃から気持ちを表に出さないよう努めているオレからすれば、彼女が平静を装っている事が痛々しいほど伝わってきた。

 彼女の顔を見ているのが辛くて、思わず話を急いてしまう。


「だけど、お姉さんはもう……」


 彼女の驚いた顔を見て、自分が何を言ったのかを理解する。

 しまった……。そう思う頃にはもう遅く、シオン・アメジストはまた取り繕ったような笑顔を浮かべた。

「知ってたんですね、姉のこと」

「……すいません。詮索しすぎたのは謝ります。ただ、」

「やっぱり変わってる。踏み込んだ事を聞きたいと言ったのはリーフさんじゃないですか。貴方が謝る必要はありませんよ。……むしろ、謝るのは私の方。3年前に失踪した姉を見つけるためだけに、私はこの事件の捜査をしているんですから」

「失踪……お姉さんが消失事件に巻き込まれたのは、確実なんですか?」

「……分からないんです。全く別の事件に巻き込まれた可能性だって、十分に有り得ます。でも、姉は勝手にいなくなるような人じゃかった。何かの事件に巻き込まれたのは、確実なんです」

「…………」

 3年前に失踪した姉を追うシオン・アメジスト。その在り方を直視するのは、やはり辛いものがあった。

 時間が経ちすぎているのだ。消失事件に巻き込まれたにせよ、他の事件に巻き込まれたにせよ、3年も前に失踪した人間が生きている可能性はほぼゼロと言っていいだろう。

 僅かな可能性に希望を抱く気持ちは理解出来るし、共感も出来る。だからこそ、オレに辛さがひしひしと伝わってきたのだ。

 今のオレが、彼女に掛けてあげられる言葉は何だ?

 無い頭をフル回転させ、言葉を選んでいく。


「シオンさん。あなた個人の問題について、オレが何か言うのは筋違いなんだろう。でも、これだけは言わせて欲しい」

「なんですか?」

「お姉さんを探し出す事が出来ても、貴方が死んでしまったら意味が無くなる。だから……絶対に無茶だけはしないでくれ」

「……しませんよ。私までいなくなったら、父と母を泣かせてしまいます」

 その言葉を聞いた時、不安の2字が頭に浮かんだ。

 大切な物を失い、自暴自棄になって、ひたすらに突っ走る人間の末路をオレは知っている。赤頭巾の少女と、コイルを連れたハンターの姿を、オレは無意識の内に重ねてしまっていた。

 未開の地では何が起こるか分からない。もしもの事があれば、オレが彼女の力にならなければ。


「行きましょう、リーフさん。私達には、やるべきことがありますから」

「そうですね、行きましょう」

 一抹の不安を抱えながら、1歩を踏み出す。




 それから暫くは、ただ目的地に向かって歩いた。シオンさんもあの作ったような笑顔は消え、再び決意に満ちた眼差しをしている。

 北区の商業区画を通り過ぎ、活気の薄れるメリコイル・最北端の地までやってくる。いつの間にか、上空を飛ぶ絨毯が無くなっている事に気が付く。


 境界ーー『魔獣避けの紋章』が刻まれた、人類を守るための壁。壁そのものは3メートルにも満たないが、『魔獣避けの紋章』の効果を上空1000メートルまで拡張させており、陸、空からの魔獣の進入を阻んでいる。

 この地は境界と、即ち未開の地と隣接しており、人気が少なければ祭りの”ま”の字もない。もしもの事が起こった時、境界付近ほど危険な場所は無いのだ。


「来たか」

 そう第一声を上げたのは、赤で着色された十字架型の盾を持つ男ーーレト・ガーネット。弟のラト・ガーネットも同様に盾を持ち、兄のすぐ隣に佇んでいる。

「5分25秒前の到着。今回は遅れなかったな」

「当然です。大事な仕事ですから」

「……手続きを済ませる。着いてこい」

 そう言って足を向けるのは、シンボルが運営する『狩人の門・管理局』。

 未開の地に赴くハンターはここでシンボルが発行した証明書を提示する。その後、武装、医療品等の持ち物をセンサーにかけ、紋章が正常に働いているかチェックをする。そして最後に、オレはいつもまどろっこしいと思うのだが、形式上の書類にサインを行う。




 我々は、全ての人の代表として『創造神・オーキス』に其の身を捧げ、繁栄の旗の下に職務を真っ当する事をここに誓う。

 我々は、神が創りたもうた自然を尊重し、自然が失われるような環境破壊行為を禁則とする事をここに誓う。

 我々は、我々が社会に与える影響力を自覚し、自己の利益のために未開拓の資源に手を付けない事をここに誓う。

 我々は、平和を擁護し、積み重ねてきた歴史に敬意を払い、より良い社会のために命を賭ける事をここに誓う。

 



 投げナイフと水晶、携帯端末をセンサーでスキャンした後、いつもの見慣れた文章を目で追っていく。初めの内は格式張った文章に緊張の1つでも覚えたが、今となってはなんのその。大型水晶に映し出される朝のニュースの字幕とそんなに大差はなくなってしまった。

 全員がサインを終え、局員が書類を確認し終えると、1人の男が俺達に近づいてきた。緑のキャップを被っており、筋肉質な肌は黒い。分厚い唇と整った眉からは、レト・ガーネットとはまた違った性格の硬さを感じる。


「初めまして、皆さん。今回、任務のナビゲーターを務める、グレゴ・クォーツと申します。どうぞ、よろしく」

 キャップを取って深々とお辞儀をする。それに合わせて、俺達も頭を下げる。


 未開の地に送り出した人形から情報を得て、ハンターを目的地まで誘導する役割を担う『ナビゲーター』。彼らは境界から1キロ以上離れなければならないハンターの依頼をサポートしている。今回の依頼は基準の1キロを大きく超える広域調査のため、シンボルが俺達につけたのだ。


「今回の依頼は、人形の巡回ルートにない未開の地の魔獣の調査になります。ルートの方はもう既に携帯端末の方に送らせていただきましたが、何か重要な証拠を見つけたり、身の危険が差し迫った場合にはルートを外れてくれて構いません。何か質問はありますか?」

 レト・ガーネットが挙手する。

「もし見つけた証拠が持ち運べるものではなかった場合、写真に納めればいいのでしょうか?」

「はい。それに加えて、こちらで支給するビーコンを設置して下さい。比較的小さな物ですので、持ち運びに苦労はしないでしょう。……今回は探索任務ということで慣れてはいないでしょうが、こちらもその分サポートしていくつもりです。この街の未来が掛かっています。気を引き締めていきましょう」

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