1-16 狐の嫁入り3
5/4 序盤のブラウンの心情追加、終盤のブラウンとスノウの台詞追加、その他誤字修正。
「この大根役者め」
「演技、下手、だね」
「うるせえ。上手くいったんだから良いだろうが」
お嬢ちゃんが店から出ていった後のこと。俺は漆黒の鎧に身を包んだ旧友、そしてその弟子と軽口を叩き合っていた。
これから話す内容は、お嬢ちゃんに聞かれちゃ不味いもんだ。だから慣れない演技をしてお嬢ちゃんをここから離した。俺としてはそこそこの出来だったのだが、目の前の2人からしてみれば酷いもんだったらしく酷評を受けている。
「良くはないでしょう。歯切れの悪い言葉に、あからさま過ぎるあの笑顔。三文芝居に付き合わされたこちらの身にもなって欲しい」
「本当、だよ。目を、使わなくて、も、嘘って、分かった。……ねえ、なんで、隠し事、してる、の? 同じ、チーム、なのに」
「……まあ、色々と事情があってな」
リーフとルーネは必死に事件を追っている。まだ硬い部分があるが、お嬢ちゃんもやっと前を向いた。
……アイツらを関わらせる訳にはいかねえ。これは、俺個人の身勝手な問題だ。
「君って男は……」
そう言うと、アゼルは呆れたように息を吐く。何だかんだ言いながら力を貸してくれる辺りは、昔とちっとも変わらねえ。
「悪いな」
そう、ちっとも変わらねえ。
ハンターの在り方。未開の地の開拓。人と人形。あらゆる事が変わり行く時代が訪れてもなお、あの頃の記憶が色褪せる事はない。
「君って男は……」
「だから悪かったって。ほれ、すいませんでしたと」
「微塵も反省してないでしょう、それ」
薄汚れた茶色の鎧に身を包むアゼルの野郎が、俺の返答に肩を落とす。それに合わせて周りの人間が微笑む。
今から約30年前ーー第3次未開領域開拓時代の話。
保守的な考えで開拓領域の守護を生業としていたハンター、俗に言う第2世代が終わりを迎え、未開の地での魔獣狩りを生業とする第3世代のハンターが台頭してきていた。
人口増加に伴う開拓の需要増加と、シンボル主導で行われた『精鋭狩人計画』の成功。その2つの要因が、未開の地の開拓を大きく進めていた。
俺達『チーム・ダイアモンド』は未開の地の開拓の担い手。今日の狩りを無事に終え、4人掛けのボロいテーブルを2つ占拠し、仕事の反省会をしている。
「アゼル、注意するだけ時間の無駄だよ。そんなんでコイツの猪突猛進っぷりが直るわきゃないんだ」
アゼルに釣られ、隣に座る赤髪の女が俺を挑発する。
コーラス・ラブラドライトーー声量も性格も男勝りな女ハンター。大胆に胸元が露出した服からは女性らしさを感じるが、その性格と引き締まった肉体故か、男にカウントされる事の方が多い女だ。
「猪突猛進とは失礼だな。あれは計算してお前達をリードしてるんだぜ?」
「冗談きついねえ。毎回あんなリードをされたんじゃ、こっちの身が持たないよ」
「全くですな。君には精鋭狩人としての自覚をちゃんと持っていただきたい」
コーラスとアゼルにそう言われ、俺はため息を吐く。
精鋭狩人ーー『精鋭狩人計画』に参加し、体に紋章を刻む施術を受けた者。
シンボル主導で行われたその計画の初期段階では、悪魔の真似事をするという残忍な発想に批判の声が上がった。だが伝説の魔獣『6大魔』の1匹を討伐したことにより、それは一気に歓喜の声へと変わる。
悪魔を超えた開拓の星。
そう世間は囃し立て、俺達は期待を背負って未開の地に赴く事となった。
「……精鋭狩人ねえ」
正直、俺はそんな世間様の声援が気に入らなかった。
紋章を体に刻んだ人間。後か先かの違いだけで、世間は悪魔を差別する。そこに人間の闇が見え隠れしていて、とても歯痒かった。
悪魔も精鋭狩人も、そう変わらねえなのによ……
そう心の中でぼやいていると、隣のテーブルから声が上がった。
「お前達、明日から『6大魔狩り』が始まるんだぞ。口争いはその辺にしとけ」
野太く、張りのある声。不毛な言い争いをしている俺達を窘めたその声の主は、ガーラン・ダイアモンド。『チーム・ダイアモンド』のリーダーであり、御伽話の勇者を体現したような男だ。
「しかしだな、リーダー。今は反省会の時間だ。アタイ達にはコイツを詰る権利があるんじゃないのかい?」
「……確かに、ブラウンが突っ込んだせいで俺達の陣形が崩れたのは事実だ。リードと呼ぶにも賭けの要素が強すぎるしな。けど、あのまま後手に回っていたら先に力尽きてたのは俺達の方だった。そうだろう、コーラス?」
「そりゃ、そうだけどさ……」
「ほら見たことか」
「かといって褒めてる訳でもねえぞ、ブラウン。体力勝負に痺れを切らして突っ込むのはお前の悪い癖だ。次からはもっと慎重に動け」
「……分かってるよ」
痛い所を突かれ、俺はふて腐れたように返事をする。
若くして3級ハンターに上り詰めたガーランさんの戦闘センスは本物だ。彼のアドバイスは的を得ており、俺に反論の余地はない。
そっぽを向いて、冷水の入ったジョッキに口を付ける。酒を呷りたい気分ではあるが、明日も仕事がある手前、手をつける訳にはいかない。
「そうそう。いくら私達が施術を受けたからって、所詮は人間の延長線上なんだからさ。もっと連携して動かないと」
暢気な声で的確な事を言うのは、コーラスと同じ女性メンバーの1人。ミキ・トルマリン。俺と同じチームの前衛で、槍の名手。加えて医療知識にも富んだチームの要だ。
そして、その声に被せるように、陰気な男が俺を睨む。
「猪頭、お前は雑に武器を振るいすぎだ。あの使いようじゃ『骨砕き』が泣くし、俺も泣く。もう泣き泣きだ」
『チーム・ダイアモンド』唯一の非戦闘員であり、非ハンター。名家の出であるオリーブ・タンザナイトが俺の武器を見て嘆く。
彫り師の修業という建前のもと、サポーターとして俺達に同行しているオリーブは、無駄に職人気質で武器が欠ければグチグチと嫌みを言ってくる。腕が立つ所が、返ってムカつく野郎だ。
「はいはい、わあったよ。俺が悪うございました」
先程よりも投げやりに俺は答える。批判をするにしても限度があるってもんだ。
「なんだ、猪頭。俺が直々に整備してやってるんだ。感謝と尊敬の念が足りないんじゃないのか?」
「んだと、軟弱野郎。人が下手に出てれば調子に乗りやがって」
「こらこら、さっきリーダーに言われたばかりでしょうが。争い事禁止」
静止の言葉をかけるミキ。だが、それで止まるほど俺達の頭は出来ていない。
「ハッ。お前が泣いてる姿なんて見たことがねぇなあ」
「俺は心で泣いているんだ。武器を振るう事しか脳の無いお前には分からないだろうがな」
「お前は武器すら振るえねえだろうが!」
「馬鹿め、俺に力を求めてどうする。俺は虫すら殺せない人畜無害だぞ!」
「俺だって爬虫類は無理だ!」
下らない口争いの導火線に火が付く俺とオリーブ。犬猿の仲である俺達にとってこの程度のやり取りは日常茶飯事であり、別段珍しいものではない。だから、止められようともお構いなしだ。
「でも、魔獣は殺すんだろう?」
そこ横やりを入れるのは、聖人のように優しい目をした白髪の男。チームの中で最も人畜無害な、炎のように熱い悪魔ーースティール・アンジェライト。
「こら、スティールまで入るなっての」
スティールは頬杖を付き、微笑を浮かべながら俺達を見る。
「大丈夫だよ、ミキ。別にオレも口争いに加わるって訳じゃない。少し茶々を入れただけさ。それに、これは俺達の日常だ。今更どうこう出来たものではないよ」
スティールの言葉に、ガーランさんは頭を掻く。
「……確かにな。『6大魔狩り』が始まるってんで、俺もいつの間にか萎縮しちまってた。スティールの言う通りだ」
『6大魔』ーーそれは、今まで数多の都市を崩壊させてきた6匹の死の具現。人類にとって、あまりに巨大過ぎる伝説の魔獣。
明日からその『6大魔』の1匹、『厄災型の魔獣・闇大蛇』の討伐が始まろうとしているのだ。
前回の『6大魔狩り』が成功した事で『精鋭狩人計画』が軌道に乗り、開拓が大きく進んだ。その成功を受け、今回シンボルは莫大な投資をしている。
失敗する事は許されない。気を引き締めろ、とここにいる誰もが思っている事だろう。
だが、それはお行儀良くする事とは違う。黙して座っているよりも、仲間と話している方が適切な緊張感を得られるものだ。
結局、いつも通りが1番ってことだ。
「オレはね、このチームが好きなんだ。はみ出し者だったオレを、君達が拾ってくれた。他人を救う事の大切さを、君達に教わった。オレは君達と出会って、やっと人間になれたんだ」
そう言うとスティールは目を細め、下を向く。それから息を吸い、全体を見渡し、スティールは己の心内を告白する。
「だから、オレはもう炎を出し惜しんだりしない。……全員で生き残って、またここに集まろう」
それはいつになく真剣で、柄に無く皆を励ます姿をしており、思わず俺は笑ってしまった。
「ワッハッハ! なに1人で格好つけてんだよ!」
「いやはや、全くその通りですな」
「良いじゃないの。アタイはこういうの、嫌いじゃないよ」
「何を今更言っている。ここには仲間のために動かない者など、端っからいやしない」
「あ、珍しくオリーブが良いこと言った」
「黙れ、ミキ」
「つうかよ、スティール。そいつを言うのは俺の役目だぞ?」
確かにそうだ、と皆でガーランさんを笑う。それに釣られてガーランさんも微笑み、イスから立ち上がる。
「よし。じゃあここらで、いつものアレをやるか!」
暖かく満たされた日々。怖れも知らず、絶望も知らず、俺達は誓いの言葉を口にする。
『下を向くな、前を見ろ。心に消えない炎を灯せ』
今まで何度も言ってきた言葉を、頭の中で反芻させる。それはどこか神への祈りのようで、俺は叶わぬ想いをひたすらに願う、唯のガキだった。
こうしてアゼルと話していると、どうもあの頃を思い出しちまう。皆で笑って、同じものを目指して、同じ道を進んで。本当に懐かしいもんだ。
けど、今は違う。
アゼルとコーラスは弟子を持ち、後進を育て始めた。オリーブの野郎も実家を継いで、今では立派な彫り師をやっている。他の奴らも、俺も、別々の道を進んでいる。
「ほら、君が追っていた3ヶ月前のインフェカ入国者の記録です。ヌワラの目で何とか見つける事が出来ました」
「ブイ」
ヌワラが右手でピースサインをつくる。
「おう。有り難うよ」
「それから、少ないですが写真も」
アゼルから通信端末にデータが送られてくる。そこにはパクタン国籍の男が1人。写真にはリーフと同じ白髪の人間が写る。
俺はコイツを知っている。聖人のような優しい目をした、誰よりも仲間想いの悪魔。見間違える筈がねえ、コイツはーー
「……スティール」
「君の考えは当たってた、という事ですな。しかし、あの男は一体何を……」
「分からねえ。けど、これでやっとジェノの事件と繋がった。アイツは殺人人形を、魔女の一族から買ったんだ」
「その人形についてのデータは?」
「ねえよ。俺が乗り込んだ時には、既にデータは消されてた」
「……そうですか」
アイツを追って、ここまで来た。いつも実体を掴めず、過去の亡霊を追っているような気分だった。
だが、ようやく、ようやく姿が見えた。虚像じゃねえ、アイツは確かに生きている。
「アイツが何かしようとしてるなら、俺が止めなくっちゃならねえ。それが例え雲を掴むような話でも、俺はやるぞ」
「本気ですか、ブラウン。彼はもう、あの頃の彼ではないのですよ?」
「関係ねえよ。チーム・ダイアモンドのメンバー。アイツを止める理由なんざ、それだけで十分だ」
迷い無く、己の心内を旧友に告げる。生半可な覚悟で追ってはいない。もう誰も失わないために、俺は全てを賭けてここにいるのだ。
これこそが、俺がここにいる理由。
「……全く、その猪突猛進っぷりは変わりませんな。ならば体には気をつけるのですよ。鎧と同じで、時が経てば体は錆び付く」
「大丈夫だっつうの。この間医者に行ってきたけどよ、どこも問題無いとさ。お医者様のお墨付きだ」
「……この大根役者め」
アゼルの言葉に、俺は自嘲気味に笑う。
『精鋭狩人計画』の負の遺産。それを背負うのは、俺もコイツも同じだったな。こんな嘘はバレバレか。
俺達にはもう時間がねえ。ハンターとしての寿命は、もう風前の灯火だ。その炎が消えねえ内に、俺はアイツを見つけ、問わねばならん。
なあ、スティール。あの日の言葉は、嘘だったのか?
雨は依然と降り続く。厚い雨雲が太陽を隠し、まだ止む気配はない。
透明な壁に手を当て、眼下に広がる景色を眺める。先程まで私達がいた『穴熊の隠れ家』は徐々に遠ざかり、錆びれた建物は徐々に遠のいていく。
私はそれを見ながら、先程のやり取りを思い出していた。
私が絨毯から忘れ物を取ってくると、蛮族さんは自分が調べた情報を話し始めた。とはいっても鎧さんに頼まれて動いていたらしく、先程の話の補足となる情報しかなかった。
劇的に捜査が進む情報を望んでいただけに気落ちしたが、すぐに気を取り直した。だって、私達がこの街に来てまだ6日しか経っていない。私が持つ『支配の指輪・原典』のような反則手を使わない限り、そうすぐに情報を集める事は出来ないのだ。
蛮族さんが話し終わった所でお互いに席を立ち、店を出た。戦狂いさん達はこのまま調査を続けるという事で、店の前で解散する事になった。
「ブラウン。念のため、いつでも動けるようにしておいて下さい。もしもという事がありますからな」
私達が絨毯に乗った時、戦狂いさんは蛮族さんにそう呼び掛けた。また黒い霧が現れた時の事を想定しているのだろう。
私は勝手にそう思い込み、絨毯操作用水晶に手をかざしている蛮族さんを見た。
「……ああ」
一瞬だった。蛮族さんのものとは思えない、繊細で悲哀に満ちた顔を見てしまったのだ。私の知らない蛮族さんが、確かにそこにはいた。
あの時蛮族さんは何を思ったのだろう?
私は彼の過去を何も知らない。彼がどんな人生を歩み、どんな思いで毎日を生きているのか、見当すら付きはしない。
知りたい、と思った。私はこの人の事を、もっと、もっと理解したい。
けれど、その術を私は知らない。昨日ミスアンノウンが教えてくれた方法ですら会話は続かなかった。
何か無いか、何か…………。そういえば、1つだけ気になった事があるのだった。
「あの、蛮族さん」
「ん、なんだ?」
「戦狂いさんとはどういった関係なんですか?」
「戦狂い……ああ、アゼルの野郎か。なんでまたそんな話を?」
「いえ……ただ、親しげに話している様子だったので」
「アイツは元チームメイトでな。今でもああして連絡を取り合ってるんだ」
雨音混じりの声が届く。私は透明な壁に身を預け、蛮族さんの背中を見ながら言葉を探す。
「チーム、ですか?」
「ああ。チーム・ダイアモンド。もう30年以上も前に解散したチームだ」
チーム。名を持たない私達とは違い、ダイアモンドという立派な名の付いた仲間達。
「……どんなチームだったんですか?」
「そうだな。……一言で言うなら、ろくでなしのチームだった」
「え?」
予想外の言葉に私は耳を疑う。蛮族さんは私に構わず、話を続ける。
「炎の悪魔や言霊使い。戦狂いに気取った彫り師。まあ要するに、はみ出し者が集まったチームだったんだ。合計7人の嫌われ者達、『くすんだダイア』なんて呼ばれてたっけな」
悪魔と言霊使い? 気になる名前が挙がったが、取りあえず聞き流す。
「へぇ、蛮族さんって嫌われてたんですね」
「ほっとけ……。とにかく、俺達はリーダーを中心に集まって、魔獣を狩っていた。意見が食い違えば殴り合ったし、それでも仕事になれば背中を預け合った。……周りから何と言われようが関係なかった。俺にとっては最高のチームだったよ」
それは、割れ物を扱うようかのな話し方だった。優しく真綿で包んだ記憶を、大事に守っている。
ああ、そうか。そのチームは蛮族さんにとっての聖域。私にとっての、父様と母様なんだ。
「その様子だと、他の方とも連絡をとってそうですね。特にリーダーさんとは」
「いや、あの人は……」
蛮族さんはそこで言葉を切り、少し俯いてから言い直す。
「ガーランさんは、もういねぇんだ」
雨音にかき消されながら、蛮族さんの言葉は私に届く。
……馬鹿か、私は。聖域を踏み荒らされた時の気持ちは、私が1番よく分かっている筈なのに。自分が最も嫌う行為を、私は蛮族さんにしてしまたのだ。
「ごめんなさいッ、私……」
「ああ、すまん、湿っぽくなっちまったな。気にしないでくれ」
「でも……」
父様について言われた時、私は蛮族さんに強く当たった。これを謝らずに、何を謝るって言うんだ……
「いいか、お嬢ちゃん。あの人は自らの意思で未開の地に行った。後の世のために武器を振るって、最後には『6大魔』の1匹と刺し違えた勇者なんだ。そんなあの人を想うなら、悲しむより感謝! 涙より笑顔だ!」
後ろを振り返り、蛮族さんは白い歯を見せて笑う。
強がりじゃない。この人はちゃんと大切な人の死を受け入れて背負っている。悲しみを糧にして、心の底から笑えているんだ。
なんて、強い人なのだろう。
「怖く、ないんですか?」
私はそんなに強くない。強く、なれそうもない。
「大切な人が殺されて、心に大きな喪失感があって……。次は自分の番かもしれないのに、貴方は死が怖くないんですか? 私は……」
闘争が怖いんじゃない。理不尽な死が怖い。
ゼロが怖いんじゃない。突然の消失が怖い。
過去が怖いんじゃない。トラウマの追体験が怖い。
黒い霧に掴まれた時、私は怖くて怖くて仕方がなかった。あの男が脳裏によぎって、腕を動かすことすら出来なくなっていた。
それじゃあ駄目なんだ。それじゃあ……
「勘違いするなよ、お嬢ちゃん」
「…………何をですか?」
「恐怖は乗り越えるものであって、消し去るものじゃねえ。俺だって、怖い時は怖いさ」
「じゃあ、どうして戦えるんですか? ……私は今まで、他人に頼らず生きてきた。いつ裏切るか分からない他人と手を組むより、私1人でやった方が確実だったから」
風が吹く。それは私の心を揺らし、胸を締め付ける。
「でも貴方達とチームになって、私は弱くなった。上手く寒さを騙せていたのに、暖炉に手をかざしたせいでそれが出来なくなった。ちょっとした寒さにも、耐えられなくなってしまたんです……」
他人を拒絶せず、受け入れる。その想いは自分が前を向いた証であり、弱さだった。他人がいなければ成り立たないその在り方は、私を孤独から救い、1人で完結した強さを捨てさせた。
命に危機が迫っただけで恐怖を覚えるなんて、昔の私なら考えられない。
今の私はーー
「ーーなんて弱いんだろう……」
小さな雨粒が重なり合い、大きな雫をつくる。透明な壁を伝い、街中へ落下していく。
風に揺られてその身を揺らし、あの雫はどこに落ちるのだろう?
「下を向くな、前を見ろ。心に消えない炎を灯せ」
「……なんですか、それ」
「ガーランさんの受け売りだよ。怖くてどうしようもない時、俺はこの言葉を思い出すのさ。……死ぬのは怖え。けど、周りの奴らが死ぬのはもっと怖え。そんな想いが込み上げてきて、不思議と体が動くのさ」
蛮族さんは空を見上げ、話を続ける。
「お嬢ちゃんはあれだな。ちょいと背伸びをし過ぎなんだ。年相応に笑って、年相応に泣いて、年相応に怖がる。それで良いじゃねえか」
「……それじゃあ、ずっと弱いままです」
「恐怖を感じないなんて、強さで何でもねえよ。お嬢ちゃんが持ってる弱さは、健全な弱さだ」
「健全な、弱さ?」
「ああ。誤魔化しや一時の強さよりも十分に価値の有る、無くしちゃならねえ自分の心。誤魔化しちゃならねえ、大切な自分だ。それは確かに脆く、捨てたくなっちまうもんかもしれねえ。けどその弱さと向き合わなきゃ、本当の強さは得られねえんだ。
つうか、朝も言ったろ? 歳相応なお嬢ちゃんの姿が、俺は1番好きなんだぜ。自分の弱さに気が付いて、年相応に振る舞えるようになったお嬢ちゃんなら、この先幾らでも強くなれるさ。ーーそぁら、お天道様もそう言ってらぁ」
蛮族さんの言葉に導かれ、透明な壁から空を見上げる。
すると、不思議な光景が目の前に広がっていた。
雨が降っているのに晴れている。暖かい太陽の光りが、雨粒を燦然と輝かせる。
狐の嫁入り。そう呼ばれている、狐に化かされたような景色。
私はこの街に来たばかりの頃、蛮族さんとの関係を曇り空に例えていた。雨降って地固まることもなければ、日の光が指すこともない。そんな関係だと。
今の関係はどうなのだろう?
私は今日、色々な事を知った。彼の過去。そして、彼が何か隠し事をしているということも。
思えば、最初から怪しかったのだ。彼が私の力になってくれる理由なんて、これっぽっちも無かったのに。
だから、そう。今見ているこの景色こそが、私達の関係を表すのに1番相応しい。様々な感情が渦巻いている、狐の嫁入りというこの状況が。
結局、どっち付かずか。これじゃあ、あんまり前と変わらないや。
でも、これが前に進んだ結果なら、私はちゃんと受け入れようと思う。
関係は劇的には変わらない。少しずつ、少しずつ、日常を積み重ねながら変えていこう。
ああ、今ならやっと言えそうだ。ほんの少しだけ心が軽くなった、この瞬間なら。あれだけ悩んでいたのが嘘みたいだ。けど、いざこうして心構えが出来ると、何だか小恥ずかしい。
私は、赤の頭巾を深く被る。
「ありがとう、蛮族さん」
容易く雨にかき消されてしまうような、小さくか細い声。それでもちゃんと届いたようで、彼は驚き、後ろを振り返る。そして今朝のように、大きな口を開けて豪快に笑ったのだった。
今回の話を読み終わった後、「1-7 ここにいる理由3」を是非とも読んで下さい。ブラウンのかつての仲間とリーフとの関係が良く分かると思います。
あと余談ですが、次の話で1区切り付きます。やっと終わりが見えてきて嬉しい限りです。なるべく早く投稿するつもりなので、どうぞよろしくお願いします。




