1-15 狐の嫁入り2
頭の上で不規則な音を立てるそれは、空を隠して私達を雨から守る。
パラソルーー絨毯の中央から中棒を上に伸ばした雨傘。
絨毯にはエンジンとなる紋章が刻まれているのに対し、パラソルには空間を構築するための紋章が刻まれている。絨毯を平面的な布から立体的な乗り物にしているのは、中央から起立したパラソルによるものなのだ。
パラソルによって生み出された透明な壁に雨粒が伝う。私はこの壁を見ると、なぜだかシロを連想してしまう。
姿が見えないのに実体がある。この壁のようにーー数字のゼロのように、シロの存在は不確かなものなのだと訴えられている気がするのだ。
そういえば、誘拐犯の男も『隠匿の指輪』を使って体を透明にしていたっけ。だけど、あの男とシロとでは存在の不確かさが違う。
『希釈の紋章』によってこの子は生まれた時から無色透明。今後どんなことがあろうとも、私はこの子を目で捉えることは出来ない。絶対に。
母様と同じように、いつかこの子も消えてしまうのかな……
義手越しにシロを撫でながら、目的地に着くまでそんな事を考えていた。
メリコイル・東区・『穴熊の隠れ家』。
一般空路からその店の駐布場に、ゆっくり絨毯が降下する。隠れ家を語るだけあって、祭りの最中でも店の外装に華やかさはない。路地裏でひっそりと営まれている酒場。そんな感じのイメージを抱かせる。
ただ、謎なのは駐布場に止められた絨毯の数。隠れ家にしては絨毯の数が多すぎる。
「蛮族さん、ここは一体何なんですか?」
「行きゃあ分かるさ」
そう言って、蛮族さんは店の入り口に向かう。私は首を傾げながら、その背中を小走りで追った。
店の中に入ると、蛮族さんの言っていた意味を理解した。
テーブルとテーブルの間は意図的に離されており、間は壁で仕切られている。席に座る者は剣や槍を持つ者もいて、それがただの一般人で無いことはすぐに分かった。
「なあ、お嬢ちゃん。魔獣狩りしか能の無いロートルが、何で事件の捜査依頼を受けられると思う?」
私は首を横に振る。
「それはな。今まで関わった人間が多い分、シンボルは人脈を使っての情報集めを期待してるのさ。ここはその情報交換のための場所。同じ穴の狢が集まって、他人に聞かれたくないネタを交換し合うんだ。ま、中には昼間から飲んだくれてる奴もいるがな」
そう言って歩を進め、とあるテーブルの前で立ち止まる。
「よお。待ったか、戦狂い」
「止してくれ、ブラウン。それは昔の事だ」
戦狂いーー全身を漆黒の鎧で包んだ大男がそう返す。その隣には緑のマントを羽織る女が1人。短髪ではあるが前髪が長く、くりっとした人形のような目を隠している。
「して、隣のお嬢さんは何方ですかな?」
お嬢さん。その言葉は私に苛立ちを覚えさせる。
この人も私を子供扱いか。まるで、蛮族さんと初めて会った時を再現しているようだ。
「人に名前を聞くときは、まず自分から名乗るのが礼儀だと思いますが」
「これは失礼しました。私はアゼル・エメラルド。ハンターをやっております。そして隣に居るのが、私の弟子」
「ヌワラ・グリレッジ。よろ、しくね」
思いもよらぬ紳士的な対応に、思わず私は面を食らう。
図々しい人。他人を見透かすような人。がさつな人。
三者三様ながら同じ特性を持った人達を見たことで、ハンターは面倒な性格をした人の集まりなのだと勝手に思い込んでいた。だから戦狂いさんが懇切丁寧に対応してくれた事に、とても驚いたのだ。
「スノウ・ストロベリーです。人形技師として仕事をサポートしています。こちらこそ、よろしくお願いします」
ペコリ、と頭を下げる。蛮族さんに向けるものとは違う、敬意の表れた礼だ。
蛮族さんは心底驚いたようで、彼の顔を見て私は何だか清々しい気持ちになれた。ただ、私に驚いたのは蛮族さんだけではなかった。
「なんと、その歳で人形技師ですか! いやはや、恐れ入ります」
「もし、かして、魔女の、一族、の、関係者?」
ジッと観察するように2人は私を見る。
人形技師を名乗るようになってから、魔女だと疑われた事は何度かある。当然、その答えもちゃんと用意してある。
「私ではなく、祖母がそうでした。私は祖母から知識を教わっただけですから」
大抵の人間は私の言い分を信じる。私のような子供ではなく、祖母が魔女だったと言う方が説得力があるからだ。
「うそ、だね」
しかし、あっさりと私の嘘は看破される。鎌をかけているのではなく、確信を持って彼女は言葉を発っしたようだった。
「なぜ、そう思うんですか?」
「分かるの。人が、うそ、ついてる、か、どうか。そういう、『目』を、持ってる、から」
そういう目を持っている?
私は彼女の目を凝視する。大きくて綺麗な琥珀色の瞳が映る。
彼女を初めて見た時、私は人形のような目をしていると思った。くりっとした人形のような目。けれど、その認識はどうやら間違っていたようだ。
”人形のような目”ではなく、”人形の目”そのもの。
彼女の右目は、義眼だ。
「ねえ。どうして、うそ、を、吐くの? どうして、隠す、の?」
彼女は私に問いかける。なんの含みも無く、ただ純粋に気になっているような話し方で。
危険だ。この人は探偵さんとは違うベクトルで、私の正体に迫っている。いざとなったら……
自然と右腕に力が入る。
「ねえ。どうして、名前、に、ロスーー」
「こら、ヌワラ」
ぴしゃり、と戦狂いさんが片目さんを注意する。まるで好奇心旺盛な子供を叱るような、そういう口調だ。
「初対面の人を質問攻めにするのは止めなさい。……誰にだって触れられたくない事はある。それは貴方がよく分かっているでしょう」
「そう、だね。そう、だった……。ごめん、なさい」
しゅん、としおれて彼女は私に謝る。その姿は本当に子供のようで、瞳を濡らして今にも泣き出しそうだった。
調子狂うな。何なんだろう、この人。
そう思ってため息を吐いた時だった。
「だから、貴方もその『右腕』を納めてはくれませんか?」
戦狂いさんは見透かしたように、私の右腕に視線を送った。
前言撤回。どうやら、ハンターは皆一緒のようだ。
「さて、まずはこれを見てもらいましょうか」
私達が席に座ったところで、鎧さんは紋章が描かれた紙を取り出した。
「こいつは?」
「『安静の紋章』ーー本来、医療目的で使用されるはずの、精神を安定させる紋章です。それがこの街の至る所に刻まれていました」
「街灯や、タイル。花壇、の、レンガ、とか」
「なるほどな。こいつで街の住人の感覚を麻痺させて、騒ぎが大きくなるのを防いでた訳だ」
蛮族さんは納得したようにそう言う。確かに、事件の噂すらされていない現状には疑問を感じていた。この紋章が一役買っていたと言われれば、納得せざるを得ない。
「街中に植えられている花も、リラックス効果の強いものばかりでした。露天で売られている造花も同様です。私達は、この街ならではの手法で事件が隠されているのではないか、と睨んでいます」
「ちょっと待って下さい」
私は異を唱える。
『安静の紋章』や花を使って事件が外に漏れないようにしていたのは分かる。しかし、それでは問題の根本が変だ。
「紋章を刻むにしても、花を植え替えるにしても、街中ではどうやったって目立ってしまう。犯人はどうやってそれを実行したんですか?」
「実行していませんよ」
「え?」
驚く私を見て、戦狂いさんは淡々と話を進める。
「ですから、実行していないんです。街灯には元々紋章が刻まれていて、花はちゃんとした業者が植えたものだった。誰かが後から手を加えた訳ではないのですよ」
街灯に元々紋章が刻まれていた。このメリコイルという街に街灯が設置された瞬間には、もう『安静の紋章』は刻まれていたと戦狂いさんは言うのだ。
つまりこれは、犯人が15年前から消失事件を計画していたということ。
一体、誰がそんな事を……
「みんな、口、揃えて、こう言ってた、よ。市長が、決めた、こと、だって」
市長。その単語を聞いた瞬間、何かが繋がった気がした。
市長はこの事件の黒幕ではなく、けれど最も黒幕に近い。
この相反する2つ事実は、確実に何かを指し示している。
「とりあえず、私達の収穫は以上ですな」
「よっしゃ、次は俺の番だな」
聞こえた声が、反対の耳から抜けていく。
市長は黒幕ではなく、単純にパクタンとの貿易を続けるために事件を隠していた。
最も考えられる可能性はこれだ。
それだけ? 本当に可能性はそれだけなのか?
「あれ、おかしいな。確かに持ってきた筈なんだが」
いや、違う。そうじゃない。
パクタンと貿易を続けるという名目で、市長を唆した人間がいる。15年前から市長のそばにいて、彼の相談役を担う、そんな誰かが。
「あー、お嬢ちゃん。悪いけど絨毯に戻ってーー」
花だって生き物だ。1年間同じ花が植えられているはずがない。リラックス効果の強い花、それを季節に合わせて選んでいたのなら、その人物は花に詳しいはずだ。
15年前から市長のそばにいて、尚且つ花に詳しい人物。そんな人は1人しかーー
「おーい、お嬢ちゃん!」
「は、はいっ!」
耳元で大声を出され、思わず肩を震わせる。
いけない。事件について考え過ぎて、全く話を聞いていなかった。
「絨毯に忘れ物しちまってよ。悪いけど取ってきてくれねえか?」
「何で私がーー」
そこまで言って、とある状況が頭をよぎる。私と戦狂いさん、それに片目さんの3人きりになる状況だ。
本当に嘘を見抜けるとは思っていないが、先程のやり取りで片目さんが危険なのは理解している。正体の割れる可能性が少しでもある以上、私がここに残るのは得策ではないだろう。
「いえ、分かりました。是非行かせていただきます」
「おう、ありがとうよ」
変な作り笑いをしている蛮族さんを余所目に、私はゆっくりと席を立つ。背中に妙な視線を感じながら、私はそのまま駐布場に向かった。
ハイタワー前までやって来ると、ルーネはこの街に初めて来た時のように空を見上げた。
会議の説明を終えてから今日の予定を聞いたところ、彼女はいくつかやる事があると言った。オレはハイタワーへ、彼女はこのまま南区へ行く予定なのだ。
「じゃあ、また夜に」
「うん。一応言っとくけど、明日の準備はしっかりするんだぞ」
「言われなくてもするさ。それじゃ」
そう言って、俺はルーネに背を向ける。まだ雨が降る空を見上げると、繁栄の旗が風に揺られていた。
警備人形が両脇を固める正面エントランスを抜ける。総合受付で手続きを済ませ、そのまま昨日訪れた9階2番会議室に向かう。
扉の前につきドアをノックすると、中から「どうぞ」と声がした。
「失礼します」
扉を開けると、シンボル・メリコイル支部副局長のペルムさんがオレを迎えた。昨日から休まず働いているとの事だったが、疲れは全く見えない。
「毎度呼び出してすまないね」
「いえ、オレ達はスノウの事を譲歩してもらってますから、このくらい当然です」
そこまで言うと、ペルムさんはオレにイスに座るよう促す。オレは素直に従い、腰を落ち着かせる。
「さて、新たに魔女の子が情報を掴んだそうじゃないか。聞かせて貰おうか」
早速ペルムさんは本題に入る。スノウが昨日得た情報、それを彼は欲している。
これは、本来であれば昨日の内に伝えるべき情報だ。しかしメールや通話での情報交換を禁止している事や彼の仕事が重なり、今日にもつれ込んでしまったのだ。
多少の焦れったさがあったが、仕方のない事だと割り切る。いくら面倒でも、これは事件を解決するための必要経費なのだ。
オレはスノウから聞いた通りに情報を伝える。
「なるほど、市長は誘拐犯を雇っていたどころか、存在すら知らなかったか。となると、市長は白という事になるな」
「ええ。事件に関与していて誘拐犯の男を知らない、なんて事はないでしょうから」
「分かった。この情報は私からちゃんと皆に伝えよう」
オレの言葉に納得し、ペルムさんは携帯端末に情報をメモする。俺はその姿に、引っかかるものを感じた。
「あの、スノウの事は秘密にしてもらってるんですよね?」
「もちろん、そういう約束だからね。それが何か?」
「なら、どうやって他の人にそれを伝えるんですか? その、情報単体だけで見れば突拍子がないと言うか、説得力が無いというか……」
この情報は、『支配の指輪・原典』を使って得た情報だから価値が有るのだ。スノウというクッションを挟まなかった場合、この情報はただの妄言へと成り下がる。
オレの疑問に、ペルムさんは涼しげな表情で答える。
「心配は無用だ。どんなに突拍子のない情報でも、この指輪が新たなヒントを出した、と言えば皆納得する」
彼の右手人差し指に填められた『求道の指輪』がキラリと輝く。
成る程。それなら『支配の指輪・原典』に負けず劣らずの説得力がある。副局長という立場もあり、彼の言葉を疑う人間はいないだろう。
しかし、それでも不安は残る。ペルムさんのように全員が魔女の存在を黙秘してくれる訳ではない。危ない綱渡りである事に変わりはない。
「浮かない顔だね」
優しい声色でペルムさんは呟く。
「安心してくれ、と言っても君は安心出来ないのだろうね。しかし、君達は十分に働いてくれている。その恩を仇で返すような事は絶対にしないと、ここで約束しよう」
まただ。オレはこの人に、先生と同じものを感じている。証拠もないのに、オレは彼の言葉を信用してしまう。
嘘偽りがなく、己の本心を語っている。彼の言葉からは、何故かそれが読み取れてしまうのだ。
これは、彼が根っからの誠実な人間だからか。それとも、オレが感化されやすいだけなのか。どちらにせよ、オレが何を思った所で状況は変わらない。なら、やるべき事は1つ。
「分かりました」
今は納得して、オレのやるべき事をやろう。
「それで、他に情報は?」
「ありません。代わりに、質問が1つ」
そう言って、昨日の資料を取り出す。メリコイル近辺に生息している魔獣の情報が載っているページを開き、問題の箇所を指差す。
「この魔獣だけ他と比べて情報不足ですよね。何か事情でもあるんですか?」
「どれ、『凶怪型の魔獣・化け狼』か……」
昨日から黒い霧の正体を考えるにあたり、1つの問題があった。それは、事実を突き詰めていけばいく程、どの魔獣にも黒い霧の特徴が当てはまらないということ。
『厄災型の魔獣・霧蜥蜴』、『凶怪型の魔獣・物まね猿』、『凶怪型の魔獣・幻灯兎』。
その他、どの魔獣と照らし合わせても特性が一致しないのだ。もちろん、特性が部分的に一致している魔獣はいる。だが、完全にコイツだと言える魔獣は1匹たりともいなかった。
そこで、発想を変えてみる事にした。黒い霧は多くの魔獣の特性を繋ぎ合わせたような存在。他の魔獣の特性をコピー出来るのではないかと。
それならば該当する魔獣はいる。『凶怪型の魔獣・化け狼』だ。
ペルムさんは1度眼鏡を拭き、かけ直してから口を開く。
「実は私も資料作成時に気になってね、少し調べたんだ。まあ、特別な理由はなかったがね」
「特別な理由はなかった、ですか?」
オレはペルムさんに聞き返す。
「いいかね、1口に情報不足と言っても、いくつか種類がある。存在自体が希少で調査のしようがない場合と、特性を検証する前に討伐しきってしまった場合。この魔獣は後者に当たる」
「つまり、『化け狼』は弱すぎて特性を探るまでもなかったと?」
「そうだ。筋力は弱く、瞬発力も他の魔獣以下。加えて彼らの持つ『反映の紋章』だが、その効果を発揮させるには”食べる”という行為が必要になる。”食べる”という行為はイコールで”殺す”という事だ。彼らは弱すぎるが故に他の魔獣を殺せず、特性をその身に『反映』させる事も出来なかったという訳だ。単純明快な答えだよ」
「………」
『化け狼』についての記述が少ない理由は分かった。だが、それに代わって新たな疑問が浮かぶ。
凶怪型の魔獣ーー繁栄と進化を続ける魔の獣。『厄災型の魔獣』の真価が特定の姿を持たない事にあるのに対し、『凶怪型の魔獣』の真価はその成長にある。
昔は出来なかった事も、今がどうかは分からない。
「でも、死肉を口にすれば他の魔獣の特性は得られますね」
「確かにそうだが、実際にそういう個体がいるかどうかは疑問だな。ここ15年で脅威となる個体は観測されていないし、確定的な証拠がない。どれだけ議論しても推測の域は出ないぞ」
「そう、ですね……」
ペルムさんの言葉は当たっている。情報不足の魔獣について考察するという行為は、設計図のない家屋を組み立てるようなものだ。骨組みがちぐはぐになり、間違ったものが出来上がる。
しかし、他に考えられそうな事もない。いや、あるにはあるのだが、あれは名探偵にしか出来そうもない芸当だ。
「動機から考える、なんてなぁ……」
心の中の不満を、ポツリと呟く。
そんなオレの言葉が聞こえたらしく、ペルムさんが口を開く。
「どうかしたか、リーフィリアス・4級ハンター?」
「ああ、名た……ルーネ・3級ハンターから妙な助言をされたんです。知性があるのなら、動機は行動原理に成り得る、とか何とか」
「裏で糸を引く黒幕の動機が、かね?」
「いえ、黒い霧についてです。動機について考えろと言われても、さっぱり見当がつかなくて……」
今更ながら、無理難題を言われたものだ。『化け狼』の進化について考える事と、黒い霧の動機について考える事。難易度は同じくらいか、それ以上だ。
オレの話を聞き終えると、ペルムさんはポカンとした表情を見せる。
しまったな。こんな馬鹿げた話、するべきではなかった。
そう思った次の瞬間、彼は顔を伏せ、クスリと笑った。
「そうかそうか。君も苦労しているんだな」
「ペルムさん?」
オレが首を傾げると、彼は咳払いをして話を進める。
「失礼した。私もよく上司から無理難題を吹っ掛けられる事があってね。つい君と自分の姿を重ねてしまったよ」
「ペルムさんの上司ですか?」
副局長よりも上の立場なんて、片手で数えられるほどしかない。
「ああ。シンボル・メリコイル支部局長・『コフィン・スクローラス』。第4次未開領域開拓の責任者を務め、この地を開拓に導いた御方だよ」
その名は世間に疎いオレでも知っている。オレや先生と同様、特異な能力を持った人物。その能力でハンターを導き、数多の未開領域を切り開いてきた先導者。またの名をーー
「『地獄耳の老婆』ですよね。噂はかねがね聞いています」
彼女の功績を称える逸話と悪名轟く逸話。その両方を、ではあるが。
そう、コフィン・スクローラスはハンターを導く先導者でありながら、シンボルが抱える生粋のトラブルメーカーでもあるのだ。
オレの耳にした話では、彼女はかなりの気分屋だ。
能力を活かして職務をこなす一方で、興味本位で様々な問題に首を突っ込む。そして問題を掻き乱すだけ掻き乱してから嵐のように去っていく。この事から、彼女の能力と迷惑な神の名を借りて『地獄耳の老婆』と呼ばれているのだ。
「噂か……。あの人は私の静止も聞かずに世界を飛び回っているからな。噂が立つのも仕方のない事、と割り切れれば私としても楽なんだが……」
ハァ、と大きなため息が2番会議室に響く。オレとは非にならない程の苦労が、そこには詰まっている。
「実はつい先日も『面白そうな事が見つかった』、などと言ってパクタンに行ってしまってね。仕事を放り出されて、局は火の車なんだ。まあ、あの人は決まって祭りの最終日に帰ってくるのでね。溜っている仕事は明日中にやって貰うつもりではいるが……はあ」
「それは、大変ですね……」
思わぬ苦労話に、オレは純度100%の同情の念を送る。仕事の多忙さでは音を上げなかった彼が、今は気の滅入った病人に見えた。
ペルムさんはもう一度ため息を吐いた後、気を取り直したようにオレを見る。
「……っと、いかんな。話が逸れてしまった。動機から黒い霧の正体を探っているのだったな」
彼は携帯端末を起動し、保存されている資料をオレに見せる。
それは、オレがここに来た初日に渡された資料の一部。消失事件の被害者の内訳が載っているページだった。
「君はこの街でホームレスを見かけた事はあるかね?」
「はい。1度だけ」
メリコイル・東区・宿屋『コイルの里』の裏手の路地。確か、初めてガーネット兄弟と会った時に見かけたはずだ。
「では、この資料を見て違和感を感じないかね?」
「違和感って…………ッ!!」
言われて初めて、この事件のおかしな所に気が付く。消失事件の被害者は、夜間に出歩いた住人や旅行客、それに商人と治安維持局員だけ。
1番攫いやすく、居なくなっても気付かれにくい筈なのに、今までホームレスは1人たりとも攫われていないのだ。
「私はこれがずっと気がかりでね。さて、リーフィリアス・4級ハンター。君はなぜ、誘拐犯がこんな回りくどいやり方をしたと思う?」




