1-13 やるべき事、成すべき事3
「はっ、はっ、はっ」
息を切らしながら、座れる場所を探す。どこを見渡しても座れそうな場所はなく、いつの間にか入り口付近まで戻って来ていた事に気が付く。
そこでようやく、空いている場所を見つける。3日前と同じ花壇の前。私はそこに勢いよく座り込んだ。
「……………………はぁ」
重いため息が口から飛び出す。
ああ、やってしまった。私は、何てバカなことをしてしまったんだろう。
時は10分前に遡る。
「『答えて下さい。人攫いを雇っていたのは、貴方ですか?』」
指輪の能力を使っての命令。嘘を許さぬ問いを市長に投げかけたのだが、
「人攫い? 君は一体何を言っている?」
結果は否。現実はそう甘くなく、市長はこの事件の黒幕ではなかった。
まあ、それは探偵さんも予期していたことだ。市長が黒幕でない。それが分かっただけでも収穫は充分にあったと言えるだろう。
そう思った時だった。
「いや、それよりも、なぜ君が事件の事を知っている?」
しまった、と思った。消失事件の具体的な内容は一般市民に公開されていない。であれば、私がその質問をする事自体が不自然だったのだ。
「いや、あの……」
急いで言い訳を考える。だが、上手い言葉が頭に浮かんでこない。
ハリのある大きな声が通行人に届いたからか、私達に奇異な目線が集まり始める。1人が足を止め、また1人が足を止め、どんどん周りに人が増えていく。その様子を見てか、警備員らしき人もこちらを窺っている。
魔女の娘である私は目立ってはいけない。もし何かの間違いで身元が割れでもしたら、一貫の終わりだからだ。
「君は、」
「し、失礼します!」
これ以上目立たないように私は一目散に逃げ出した。子供の悪戯だと思ったからか、追ってくる人もいなかった。
ただ、脇目も振らず走る自分の姿は、この街に来た最初の日の事を思い出させたのだ。
あの日、些細な事に苛立ちを覚えた私は蛮族さんを突き放してここに来た。あの日と今の自分の姿が重なり、その記憶を振り払いたくてここまでひたすらに走ってきた。
一先ずは落ち着いて呼吸を整える。花壇に目をやると、そこにはあの日と変わらずスノウドロップの花が凜として咲いていた。
「貴方達はいいよね……」
ただそこに咲いているだけの花が今はとても羨ましくって、つい口に出してしまう。
自分の感情を伝えるのって、なんでこんなに難しいのだろう。
ありがとう。たった5文字の言葉が、どうしても口に出ない。目の前の花になら幾らでも言えるのに、人間相手だとどうしても駄目なのだ。
さっき迂闊な行動を取ってしまったのも、きっとこのモヤモヤのせいだ。切り替えたつもりでいたのに、心の奥底では今朝の事が気になっていて、判断能力が鈍っていたのだ。
また同じように指輪を使うなら、きっとこの気持ちは整理しなければ駄目だ。
けれど、私はーー
「ねえ、私はどうしたらいいの?」
答えが返ってくる訳でもないのに、また花に語りかけてしまう。何をやっているんだろう、私は……
「わっ!!」
「きゃあっ!!」
自分でも驚くほど、甲高い声が口から飛び出る。一緒に心臓が破裂してしまったかと思い、反射的に胸に手を当てる。
ドクン、ドクン、と忙しなく鼓動していた。
「ごめんなさい、驚かせたかしら」
隣からいじらしく笑う声が聞こえ、そちらを見る。麦わら帽子にエプロン姿のミスアンノウンがそこにはいた。
「な、何するんですか!?」
「いやね、暫くぶりにスノウちゃんを見かけたもんだから嬉しくって。ついね」
ついって……。この人は子供か何かか? 楽しそうに笑うミスアンノウンを見ながらそう思う。
「また今日もサボりですか?」
「いえ、今日の仕事はお休みよ。だけど1日中体を休めるのも性に合わなくてね、見ての通りゴミ拾いをしているのよ」
ミスアンノウンはビニール袋とトングを私に見せてくる。ビニール袋にはもう半分ほどゴミが溜っており、この庭園にいる人の多さを物語っていた。こんなに1人でよく集めたものだ。
「それで、今日は何しに来たんだい?」
「えっと、それは……」
市長が消失事件の黒幕かどうか確かめに来た。なんて言えるわけがないので、別の理由を急いで考える。確か、ミスアンノウンには友達と旅行で来ていると説明していた筈だ。
「祭りを見に来たんですよ。それ以外無いじゃないですか」
「そうかい? その割には落ち込んでいるように見えたんだけどねえ」
「……!」
鋭い指摘を受ける。確かに私は気を落としていた。けれど、彼女の前でそんな様子を見せたつもりはないはずなのだが……。いや、思い当たる節はあった。
「もしかして、聞こえましたか?」
「ええ。聞こえたわよ」
予想通り、ミスアンノウンは私の独り言を聞いていたようだった。気恥ずかしくなり、私の顔は自然と赤らむ。
こんなに人が多いのだ。多分聞いていた人はミスアンノウンだけじゃないだろう。それを思うと余計に恥ずかしくって、手で顔を覆った。その時になって、私はやっと義手の小指と薬指が壊れている事を思い出した。
そういえば、まだ直してなかったっけ。
「悩み事があるなら私が聞いてあげましょうか?」
そう言って、3日前と変わらず了承無しにミスアンノウンが隣に座ってきた。もう何とも思わない。
「結構です」
「まあ、そう言わずに。悩み事を他人に話したらスッキリするって良く言うでしょ?」
初耳だ。今まで自分の悩みを相談できる相手なんて母様くらいだったし、その母様ともずっと前から話していない。他人に自分の悩みを曝け出すというのは、どうにもピンと来なかった。
しかし、自分1人で悩んでいても解決しないのは事実。ものは試しと思って、ここはミスアンノウンに話してみてもいいかもしれない。
「そうですね、じゃあお言葉に甘えて。これは……私の友達の話なんですけど」
咄嗟に嘘を吐く。我ながら上手い嘘だ。
「その子には欲しい物があるんです。命に代えてでも手に入れたい物……らしいのですが、それを手に入れるのは困難で、誰かの助けが必要だったんです」
「ふむ。それで、その子は誰かに協力してもらえたのかい?」
「はい。色々あったけど、その子に協力してくれる仲間は現れました」
むず痒さを覚えながら、私はジェノでの事を咬み砕いて話す。ここから先は、この街での話。
「ただ問題があって、その子は、その……仲間の人と上手く打ち解けられないみたいなんです。感謝の言葉も言えなくて、ずっと心に棘が刺さってる、みたいな」
「それは辛いわね」
「だから、私はその子に何て声を掛けてあげればいいのか悩んでたんです。私自身も、その……いいアドバイスが思い浮かばなくて」
「成る程ね。大体分かったわ」
ミスアンノウンは顎に手を当て、暫らく思い耽る。そして答えが出ると、彼女は眉間にしわの寄った難しい顔つきから、いつものにこやかな顔つきに変わった。
「その子は、もっとお仲間さんとお喋りするべきね」
ガクッと、私は肩を落とす。それはどこをどう聞いても、在り来たりで平凡な、飾り気の無いアドバイスだった。
「それって普通の事じゃないですか。そうじゃなくて、もっと特別な何かをですね、」
「ねえ、スノウちゃん。人と人とが分かり合うのに、特別な事って必要なのかしら?」
風が吹いた。
その風は豊潤な花の香りをのせ、花弁と共に私を包む。薄暗い雲を祓うように、私の頭から赤の頭巾を取っていった。
「その子はきっと、お仲間さんとの相互理解が足りていないのね。あまり同じ時間を共有出来ていないのに、相手を理解しようとしている。それじゃあ馴染めないのも無理はないわ。その子は必要な過程を飛ばしちゃっているんだから」
この時やっと、私は探偵さんの言っていたことを理解する。
時間が解決してくれるとは、自然に解決する、という意味ではない。時間を掛けて相手を理解していくしかない、という意味だったのだ。
遠回しな言い方をせず、率直に言ってくれれば良かったのに。いや、こればっかりは私が気づかないと意味が無かったのか。
「だからね、どんな些細な事でもいい。今日の天気とか、朝食べたものとか、夢で見た景色とか、そういうお喋りをもっとするべきね。そうすれば、その内相手の人となりが分かってくるはずだから。……丁度、私がスノウちゃんを理解したみたいにね」
ミスアンノウンが私にウインクをする。本当に子供っぽくって、けれど優しさで溢れている。そんな雰囲気を彼女は纏っていた。
「私の何が分かるんですか?」
「色々よ。例えば、他人を必要以上に避けていること。両手を見せたがらないこと。気分が優れない時、赤の頭巾を被ること」
他人を避けるのは、『魔女狩り』の時のトラウマがあるから。
両手を見せないのは、義手と指輪の事がバレないようにするため。
赤の頭巾を被るのは、これが母様から貰ったお守りーー『消失の紋章』が刻まれた頭巾だから。
恐いほど正確に、ミスアンノウンは私という人間を言い当てる。
「あとは、貴方が本当に優しい子だってこと」
不意を突かれ、ドクン、と心臓が脈を打った。
あの男に協力した人間を した。そして、私は間違いなくあの男を そうとした。
そんな私が優しいって?
「分かってる。ここに来るまでに、色々あったのよね。他人の事が嫌いになるくらい、色々な事が。でも味方になってくれる人がいた。その人達と上手くいっていないようだけれど、きっと分かり合えると思うわ」
ミスアンノウンは、まるで懐かしい日々を思い返すように中空を見つめる。そして私の目を見て、いつも通りニッコリと笑いながら言った。
「だって、私も人間と分かり合えたんですもの」
なんだ、と苦笑する。『あの子』が『私』自身だってことを、ミスアンノウンはとっくに見抜いていたのだ。
それを思うと、偽っていた事が何だかバカらしくなって、
絡んだ糸を解く勇気をもらえて、
私は心の底から笑ったのだった。
肩の荷はまだ下りていないけれど、それでも、活力が心から全身に送り出されていくようだった。
「参考になりました。おかげで、あの子に良いアドバイスが出来そうです」
「ふふっ。スノウちゃんって、変な所で頑固なのね」
そう言って、ミスアンノウンは腰を叩きながら立ち上がる。
「それじゃあ、そろそろゴミ拾いに戻ろうかねえ」
また、風が吹く。彼女は満足げにその風を受け止め、私の顔を見る。
「明後日の夕方、ここにおいで。面白いものを見したげるから」
「はい。気が向いたら」
私がちゃんと、お礼を言えたら。
会議は夕方まで続いた。
非常事態に備えて最大戦力はこの街に残った方がいいだろうという事で、アゼル・エメラルドとヌワラ・グリレッジはそのまま警戒を続行。レト・ガーネットをリーダーに据え、未開の地にはオレとガーネット兄弟で行く運びとなった。
また、誘拐犯が予備のバイザーを所持している可能性もあると考え、今後情報のやり取りはメールで行う事を禁止。事件のデータも、これからは紙媒体で渡される事となった。
「最後の確認になるが、未開の地の探索に行ってもらうのは2日後だ。リーフィリアス・4級ハンターにレト・3級ハンター、ラト・3級ハンターは装備と体調を充分に整えておいてくれ。よろしく頼む」
副局長がそう締めると、各々席を立って帰る準備をする。配られた資料にはメリコイル近辺に生息している魔獣のデータがあり、明後日までに全てに目を通しておかなければいけなかった。
荷物をまとめて会議室から出ようとした時、シオン・アメジストが副局長と話をしている姿が見えた。頭を下げ、何か頼み事をしている。
何を話しているんだ? そう思っていると、
「ブラックマン・4級ハンター」
背後からオレの名前を呼ぶ声が聞こえた。振り返ると、そこには真剣な眼差しを向けるガーネット兄弟がいる。
「話がある。少し付き合え」
レト・ガーネットはそうオレに話しかけてきた。
シンボルの2階にはラウンジがある。天井は高く、置かれているのはシックな木製のイスと机。落ち着いたBGMとガラス張りの壁が、会議室には無い開放的な空間を演出していた。
そのラウンジでオレとガーネット兄弟が向かい合う形でイスに座り、弟のラト・ガーネットが無料支給されているコーヒーを飲んでいる。机の上には、既に蓋の開けられたガムシロップが5個転がっていた。
オレは話を切り出す。
「意外でした。あなた達はオレを好ましく思ってないみたいだったから」
「あの時の気持ちは今でも変わらない。だが、状況が状況だ。お互い背中を預けると言うのに、俺達が意地を張ってもしからないだろう」
「ま、それくらいの分別は弁えてるってことよ」
これが彼らにとって最大限の譲歩なのだろう。
過去の経験上、共に仕事をするハンターの7割はオレを遠ざける。未開の地に居るというのに、オレに殺意を向けてくるハンターもいる。だから『基本的には信用しない。必要であれば、納得はしないが協力はする』という彼らのスタンスはありがたいものだった。
軽度の悪魔嫌いで良かった、と内心ほっとする。
「さっさと本題に入ろうか。君は黒い霧に対して何を感じた?」
「会議室で話したと思いますけど」
「君が言ったのは黒い霧の特徴だろう。オレが聞いてるのは対峙した時の触感。文字通り何を感じたかだ。オレ達は君の説明に違和感を感じたんだがな」
2人ともオレを真っ直ぐ見据える。
オレの説明に違和感があった? 単純に、2人がオレを信用していないから感じただけだろうか?
「何度も言うようですけど、会議室で説明した以上の事はありませんよ。黒い霧には腕や尻尾があり、人の言葉を話せる。それから、人間を優に超える跳躍が出来て、」
「そこだ」
確信がこもった声でレト・ガーネットが指摘する。
「”飛んだ”でも”浮いた”でもなく、君は黒い霧の動作を”跳躍した”と表現した。霧なのに”跳躍する”というのは、些かおかしいとは思わないか?」
おかしい。
確かにその通りだ。昨夜、オレも黒い霧が跳躍する姿を見て違和感を拭いきれなかった。
レト・ガーネットは会議で配られた資料を取り出し、とある魔獣の特徴が載ったページを見せてくる。
「こいつは『厄災型の魔獣・霧蜥蜴』ーー『気鬱の紋章』を持つ、全体像が蜥蜴の形をした濃霧だ」
「俺らはこいつに目をつけてるんだけどさ、『厄災型の魔獣』って言っちゃえば生物の形をした自然現象っしょ? だから、”跳躍する”って表現が言葉の綾なのか、実際そうだったのか確認しときたい訳よ」
『厄災型の魔獣』の定義は『実体の存在しない、紋章を核とした魔獣』であり、厳密には自然現象だけではない。けれど、ラト・ガーネットの言辞はそれこそ言葉の綾であり、そこを指摘するのは野暮と言うものだろう。
彼の言葉を訳すのであれば、『言葉の綾ならそれでいい。もし本当に跳躍しているなら、別の魔獣が擬態している可能性がある』と言ったところか。他種に擬態出来る魔獣は一定数存在するので、そいつらが関わっているか判断しているのだ。
「言葉の綾じゃないですよ。黒い霧はオレの目の前で、例えるなら四足獣のように”跳躍”しました。それに、腕や尻尾がある事も確認してます。実体が存在しない『厄災型の魔獣』では絶対にない。断言出来ます」
「では逆に問おうか。君はどの魔獣が怪しい?」
オレは鞄から資料を取り出し、暫くの間眺める。まだ全ての情報に目を通していないため、頭の中の意見はバラついている。今の所は、怪しい魔獣が2体。
1体は『凶怪の魔獣・物まね猿』ーー『模倣の紋章』を持ち、動作や声だけでなく姿形を自在に変える事が出来る魔獣だ。これだけ見ればこいつが黒い霧の正体に思えるが、詳しく見ていけばそうではない。
例えば、蟻や猫、竜といった自身と身長や体重がかけ離れすぎている生き物には姿を模倣出来ない。『物まね猿』の平均身長はオスで1m45cmと書かれている。そこからプラスマイナス70cmまでしか変化は出来ないらしい。
そして、これが致命的なのだが、1度に1種類までしか姿を模倣出来ない。つまり、『霧蜥蜴』を模倣したなら、腕や鏃の付いた尻尾は生えていないはずなのだ。
あともう1体は、
「この『凶怪型の魔獣・幻灯兎』ですかね」
そう言って、『幻灯兎』の特徴が書かれた箇所を指差す。
『幻視の紋章』を持ち、対象のトラウマや思い人を視ることが出来る。また、『幻視の紋章』によって視たものを対象自身に知覚させることも出来る魔獣だ。
「あの黒い霧はこの『幻灯兎』によって視せられた、あの場にいた誰かのトラウマ……かもしれないと考えてます」
「では、君のナイフはどうやって弾いた? 君が視た黒い霧が幻なら、『厄災型の魔獣』のように実体は無いはずだが?」
「む……」
実体があると言っておきながら、オレ自身が的外れな思考をしていた事に気づかされる。訂正、黒い霧が『幻灯兎』と言うのは無理があった。
しかし、他にどんな可能性があるというのか。資料に載っている魔獣の種類は10種。その内、体が霧状、かつ腕や尻尾のある魔獣はいない。黒い霧は明らかに紋章の効果によって体を変化させている。
その時、ふと気になる記述を見つけた。『怪凶型の魔獣・化け狼』ーー『反映の紋章』を持ち、食べたものの特性をその身に反映させる魔獣についての記述だ。
通常、この手の魔獣は『物まね猿』のように変化後の特徴について詳しく書かれているものだ。だが、この『化け狼』についての記述は限りなく少ない。
梟を食べた個体が暗闇でも目が利くようになったり、『幻灯兎』を食べた個体が『幻視の紋章』の効果を微弱ながら使った例が挙げられている。また、食べた生物の身体的な特徴までは反映されないとも記されている。
しかし、それだけだ。他の魔獣に比べて圧倒的に情報が少ない。
『化け狼』が黒い霧の可能性はあるのか? そんな疑問に頭を悩まされていると、
「見つけました! 良かった、帰ってなくて」
どこからともなく陽気な声が掛かる。
「アメジスト・4級ハンター? どうかしたのか?」
レト・ガーネットが、息を切らしているその人ーーシオン・アメジストにそう問いかけた。
彼女は額の汗を拭うと、和やかな笑顔を作って答える。
「あ、はい。3人に言っとかなきゃいけない事がありまして」
そう言えば、彼女は会議が終わった後に副局長と何か相談をしていた。その事と何か関係があるのだろうか?
彼女は少し息を吸ったかと思うと、勢いよく頭を下げる。
「私も未開の地に行くことになりました。よろしくお願いします!」
彼女が言葉を発すると同時に、この場に居る全員が驚きの表情をつくった。
「ちょ、ちょっと! シオンちゃんって、確か捜査専ハンターっしょ? 何でまた未開の地に行くのさ」
「あー、それはマカライト副局長にも言われました……」
ラト・ガーネットの言葉に、シオン・アメジストはたじたじと答える。オレも、恐らくはレト・ガーネットも同じ意見だろう。
彼女は捜査専ハンターであり、未開の地に行った経験がない。何を思って未開の地に行こうと言うのか。
「じゃあ、どうして」
「攫われた人達って、まだ行方が掴めていませんよね? もし、魔獣が未開の地に彼らを運んでいたと仮定するなら、その調査に私のコイルが役に立つはずです」
「そういうアプローチ方法もある、という事か……」
彼女の言葉を聞き、レト・ガーネットは顎に手を当てる。彼女のコイルの力を借りて得られるアドバンテージと、彼女を未開の地に連れていくリスク。その両方を天秤に掛けているようだ。
オレはそんなレト・ガーネットの様子を見て、口を開く。
「オレは良いと思いますよ。確かにリスクはあるけど、オレ達3人だけで行くよりは、彼女を連れていった方が手掛かりを得られる可能性が上がる。だから副局長も許可した。違いますか?」
やれることをやる。副局長ーーペルムさんがその言葉に従い、彼女が未開の地に行くのを許可したならば、オレは彼の考えを受け入れようと思った。
ペルムさんの事は信用出来る。それをついさっきの会議で感じたからだ。
「……分かった。だが、君が捜査専ハンターである事に変りはない。こちらの指示にはしっかり従って貰うぞ」
「はい! よろしくお願いします!」
シオン・アメジストはまた深々と頭を下げる。副局長に負けず劣らず、彼女もやる気は十分なようだ。
「よーし。それじゃあ、お互いちゃんとした自己紹介もしてない訳だし、ここらでやっときますか」
ラト・ガーネットがチラッとオレの方を見る。
オレとガーネット兄弟が初めて会った時にしたものは、自己紹介と呼べるものではなかった。だから、これを機に仕切り直そうと言っているのだろう。
「俺はラト・ガーネット。好きな食べ物は甘い物。苦手な食べ物は特になーし。よろしく!」
「……リーダーを務めるレト・ガーネットだ。効率よく探索を進められるよう、最善を尽くしていこう」
「シオン・アメジストです。当日はコイルを1匹連れて来ます。絶対に手掛かりを持ち帰りましょう」
「リーフィリアス・ブラックマン。リーフでいいです。よろしくお願いします」
森があった。
満ちるは木々の生い茂る芳しき香り。葉の緑は濃い。
日の出る内は葉が陽光を塞ぎ、暖かな空気が体を包む。冷えた空気が夜を運べば、目を光らせた梟、姿を化かす猿達が動きだす。
最奥に木々はなく、辺り一面に黄色の花々。
我らは吠える。
自然に、大地に、木に、花に、共に生きようと感謝を奏でる。
一族皆で住まう故郷。
そんな、森があった。
遠く、懐かしき記憶。
噛み締めるように思いを巡らせ、現実に焦点を戻す。目の前の机には、いつもと何ら変わらない花瓶が置かれている。
白を基調とし、ピンクや黄色の装飾が施された花瓶。そこには甘い香りのする花が生けられている。
しかしながら、それは生きた花ではない。造花なのだ。
ワイヤーやクレープペーパーを用いて作られた一般的なものに、『蓄積』『放出』による2層の紋章を刻む事によって、芳香剤の役割を果たしている。
「安っぽい匂いね……」
ソファに腰掛けながら、自らが買った物に駄目出しをする。
今日の昼間に店で売っている造花を買った。昨日から家の造花の香りが枯れていたため丁度良いと思ったのだったが、失敗だった。観光客目当ての安物で、長持ちはするが、質があまり良くなかったのだ。
「フクロウ、貴方はどう思うかしら?」
この家の使用人であるフクロウに声をかける。彼女はスンスンと匂いを嗅ぐと、感情のこもっていない声で答える。
「低俗な香りですね。本物に全く及ばない偽物。盗人達にはお似合いかと」
「それもそうね」
そう言って、私はフクロウの方を見る。彼女はソファに座らず、命令が与えられる前の人形のように直立している。
しかし、彼女は人形ではない。しっかりと感情を持った、大切な同胞だ。
「ねえ、フクロウ。私に何か不満があるのでしょう?」
「いいえ、奥様。不満など何もありません」
その言葉に、私はため息を吐く。
「アイツの居ない時に奥様は止めて。気遣いもしないで。ずっとそう言っているはずよ」
まあ、彼女がそう呼んでしまう理由も分かっている。
慣れすぎたのだ、この生活に。
「申し訳ありません」
「謝らないで。私はただ、貴方の本心が聞きたいだけなの。使用人としてではなく、私の同胞として、友として」
「……分かりました。では、貴方の友として言わせて貰いましょう。フィッシュ、貴方はなぜあの男の死を嘆いているのですか?」
フクロウの目を見て少し驚く。彼女は冷徹な視線を私に投げかけていたのだ。
「嘆いている? 私が? いいえ、あの男の事など」
「嘘ですね。私と貴方の仲です。そのくらいは分かりますとも」
「…………」
私は目を閉じて、自分に問いかける。盗人の死に対して、何を感じたのかと。
怒りと哀れみ。それからーー
『……安心して逝きなさい。あなたの夢は、最後まで食べてあげる』
ーー悲しみと友情。
そこでやっと、自分の気持ちに気が付く。私は憎むべき盗人に対して、友情を抱いていたのだと。
「そうね。私はあの男の死を嘆いている。貴方の言う通りだわ」
「その心内を認めるのですね。……あの男は最初から殺すつもりで利用したはず。心を痛めるような事など、何も起きていないではないですか。……まさか、心変わりを?」
フクロウは、よりいっそう冷たい目を私に向ける。
成る程、彼女は疑っているのだ。先程、彼女が私を『奥様』と呼んだように、この生活に慣れすぎた私が盗人達を許してしまったのではないかと。
現に、今の生活を満足し、今を謳歌している同胞もいる。
15年という長い年月に、憎悪と言う名の牙を抜かれたのだ。
私は再び、自分に問いかける。心変わりをし、盗人達と共に生きることを望んでいるかと。
「ーーいいえ、それ違うわ。確かに、私はあの男の死を嘆いた。私達と、同じ物を持っていたから」
平穏を嫌い、この地に地獄の景色を望んだ。そんな盗人の男に、私は絆なんてものを感じてしまったのだ。
「けれど、それだけよ。それ以上でも、それ以下でもない。私の成すべき事は、15年前となんら変わらないわ」
私がそう言うと、フクロウは納得したように目を閉じる。そして、深々と頭を下げた。
「愚問でしたね。どうかお許し下さい」
「私と貴方の仲でしょ。許しを請うような事なんて、貴方は何も言っていないわ」
「ありがとう、我が友」
彼女は頭を上げ、童心に返ったかのように笑顔を見せる。
不安だったのね、貴方も。
長年追い求めていた物がすぐそこにある。親を盗人達に殺された貴方は、その思いに執着していたから。
それが返って、心を焦らせる。
特性がなかなか身につかない者がいた。1度特性を得ても剥がれ落ちてしまう者もいた。全員を境界内に入れるため、ここまで時間が掛かってしまった。
この気を逃せば、もう次はないだろう。
緊張感が常に肌を刺激する。でも、あの男と同じように、幸福で心が満たされていくのも事実。
「ねえ、フクロウ。貴方と一緒に革命記念日を迎えられる事が、今はとっても嬉しいわ」
「私もです、フィッシュ」
嬉しくて、嬉しくて、私はすぐにでも狩りを始めてしまいそう。
父様の、母様の、一族の悲願がもうすぐ叶う。これを喜ばずして、何を喜ぶと言うのか。
「でもね。もう少しだけ、この気持ちは隠しましょう」
それまでは、絶対に悟らせてはいけない。
「はい、奥様」
自然な笑顔から、作り物の笑顔へ。彼女の瞳から色が失われていくのが分かった。
今日はアイツが帰ってくる日。もうすぐ時間なのだ。
玄関から扉を開ける音がする。靴を脱ぎ、リビングへ向かってくる1人分の足音。私はそれを聞き、ソファから立ち上がる。
そして、
「ただいま、イルド」
「お帰りなさい、あなた」
紺色のスーツを脱ぎながら、彼は汗を滲ませて部屋に入ってくる。
「聞いてくれ、イルド。今日の昼間、妙な女の子と会ったんだ。私にぶつかってきて、突然誘拐犯がどうとか言いだしてね。全く、酷い事を言われたよ」
「まあ、それは大変だったわね」
私は彼の言葉に応える。彼にーールーター・ビスマスという盗人に、精一杯の侮蔑を込めた笑みを浮かべながら。
今回のスノウパートは、1章で自分が書きたいことの内の1つでした。
他人を拒絶して生きてきた少女が、名も知らぬ老婆から「普通であること」の大切さを学ぶ。他人が当たり前にやっていることを、彼女はそこで初めて学ぶわけです。彼女の過去については2章で、老婆の言葉によって彼女が成長する様子は3章で書く予定なので、それまで頑張って書き進めたいと思います。




