1-12 やるべき事、成すべき事2
私を下ろすために、蛮族さんがガーデン・ビスマスの駐布場に絨毯を駐める。
3日前に来た時よりも人の放つ熱気が増していて、早くも帰りたい気持ちが芽生えてしまう。
「ほらよ、ついたぜ」
「あ、ありがとうございます」
結局礼を言えないまま、ここまで来てしまった。心にはモヤモヤとした思いが漂っている。
私が絨毯を下りたところで、蛮族さんが再び絨毯操作用水晶に手をかざす。
「あれ、ついて来ないんですか?」
「そうしたいのは山々なんだけどよ、俺は俺でやることがあってな。悪い」
一緒に行くと言ったからには、今日1日は私についてくるものだと思い込んでいた。
「まあ、大丈夫ですよ。全然」
礼を言う機会を逃した、という点を除けば。
「そうか。じゃあ、気をつけてな。夕食までには宿屋に戻ってこいよ」
親が遊びに行く子供に言い聞かせるように、蛮族さんがそう言う。全くもって余計なお世話だった。
大体、蛮族さんは何処へ行こうとしているのだろう。メリコイルに来てからあの人が昼間に何をしているか、私は全く知らされていない。
絨毯が上昇してくのを見ながら、私は自分の頬を叩く。
切り替えろ。そんな事は後から幾らでも聞ける。今は、探偵さんの代わりに働くことだけ考えるんだ。そう思い、駐布場から庭園の入り口に足を進めた。
15年前、この地の開拓は成され『メリコイル』は完成した。生に満ち、花香る動物の街。そう売り出したのは現市長のルーター・ビスマスだった。
メリコイルをこの国1番の観光名所にする。当時30歳だった彼はそう意気込んで観光産業に力を入れたそうだ。彼の努力もあってか、13年前に自らの妻であるイルド・ビスマスが庭園責任者となり、季節の花々を楽しめる庭園『ガーデン・ビスマス』ができた。今では連日のように賑わいを見せ、年に1度の祝い事『メリコイル開拓記念祭』では、市長直々にこの庭園で開催宣言をしている。
この街が3日前より熱気を帯びているのも無関係ではない。何せ、今日が年に1度の祝い事『メリコイル開拓記念祭』その1日目なのだから。
『メリコイル開拓記念祭』は今日から明後日にかけて3日間に渡り開催される。準備期間の1週間とその3日間は庭園を無料開放しており、私がお金を払うことなく出入り出来たのもそのおかげだった。
街を挙げての祝い事、メリコイルにとってはそれだけ大切な日なのだ。
え? なぜ祭りについて知っているのかだって? それはどうでもいい事だ。
別にミスアンノウンの言ってた事が気になったとか、今まで祭りに行った事がないから見てみたかったとか、そんな理由では決してない。あくまで事件を調べる上でしょうがなく、ごく自然な流れで得た知識だ。他意なんて全然ない。
庭園の入り口が近づくにつれ、街灯や建物の装飾が派手になっていく。街灯と街灯の間は糸で繋がれ、その糸には様々な花を模したランタンが吊されている。夜になれば光を放ち、さぞ幻想的な光景が広がる事だろう。
けれど、私はその景色を楽しむことはない。例によって、ここには人が多すぎるのだ。
入り口に到着し、案内板を見て目的の場所を確認する。前回行った噴水がこの庭園の中央にあり、更に奥にモザイカルチャーというものがある。その2つを線で結んで丁度中央にある休憩場で開会式が行われるようだ。
赤の頭巾を再び深く被り、私はその広場を目指す。
『お前達もよく知る人さ』『何せ、この街のし』
昨夜の囮作戦で、誘拐犯の男から聞き出した言葉を思い出す。あの男は私の『その上客とは誰のことですか?』という問いに対してそう答えた。では、誘拐犯の男はどういう意味で言ったのだろう?
まず、『お前達もよく知る人さ』の”お前達”とは”この街の人間”のことだろう。誘拐犯を捕らえた段階では、私達がハンターだとは分からなかったはずだ。
次に、『何せ、この街のし』の”し”について。これは、この消失事件の黒幕の頭文字が”し”から始まることを意味している。しかし、それが個人名を指すのか、はたまた役職名を指すのか判別は難しいところだ。
とはいえ、だ。”この街の”が知っていて、個人名もしくは役職名の頭文字が”し”で始まる人間は限られている。
例えば、この街の”市長”とか。
一見安直な推理かも知れないが、市長はこの街の経済的な理由から消失事件の捜査を遅らせている原因でもある。これでは疑わないという方がおかしいというもの。それに、間違っていても問題はない。その場合は、市長が事件の黒幕ではないという事実が重要になるのだ。
まあ、これらは全て探偵さんからの受け売りだ。私はただそれを聞いて、私にしか出来ない事をやりに来ただけなのだ。
通常、治安維持局が事件の犯人を捕まえる際には、物的証拠や人的証拠が必要になってくる。それらを揃えて犯人を特定し、規則に従って逮捕する。
しかし、私は『支配の指輪・原典』を所持している。そういった面倒くさい過程を挟まなくても、『あなたが犯人ですか?』と問えばその真偽が分かってしまう。ある程度怪しい人物が絞れれば、後は全員に私が質問して回るだけの作業なのだ。
まあ、こんな指輪がなくとも探偵さんなら私より上手く情報を引き出せるのだろう。事実、ジェノでの1件では私よりも集めた情報が的確だった。見知らぬ誰かを頼ったのは、恐らくあの時が初めてだった。
目的の休憩場まで到着する。広さはあのアイス屋がいる広場よりも少し狭いくらいか。しかし、花を見に来た人達が休憩するには充分な広さであり、開会式を見に人が集まっていても窮屈さはなかった。
開会式は既に始まっているようで、司会を務めている女の人の声が聞こえる。どうやら、時間通りに来れたらしい。
「それでは、そろそろ開催宣言に移りましょう。今年も、もちろんこの人! この街『メリコイル』の市長である、ルーター・ビスマスさんです!」
司会の声と共に、歓声と拍手が巻き起こる。それと同時に、舞台袖から舞台中央へ歩みを進める男が1人。パリッと乾いた紺色のスーツに、真っ赤なネクタイ。七三分けの赤髪で、手を振りながら歩くその姿からは愛嬌を感じさせた。
あれが、この街の市長ーールーター・ビスマス。
「本日はここ『ガーデン・ビスマス』にお集まりくださり誠にありがとうございます」
ハリのある野太い声が届く。それは熱ーー心から沸き上がる情熱を反映しており、この男をそのまま体現しているようだった。
ああ、うるさい声。
耳を両手で塞ぎながら、黙々と歩を進める。
「えー、毎年同じ話でつまらないかもしれませんが、この話抜きに今日という日は語れないので、今年も言わせていただきたいと思います」
スピーカーが声を増大させているからか、完全には声をシャットアウト出来ない。それに苛立ちながら、舞台の裏手を目指す。
「今から20年前のことです。この地は緑が生い茂り、森が鎮座していました。当時27歳だった私は、我らが祖国『インフェカ』における4つ目の街の候補を絞り込むため、この地の視察を行いました。ここは未開の地の中でも一際魔獣が多く、人が安全に暮らせる土地ではない。そう聞かされていた私は、肩を強ばらせながら視察を行いました。森を歩きました。魔獣を見ました。ハンター達がいたとは言え、私の心には恐怖がありました。しかし、そんな心をあるものが吹き飛ばしたのです。それは、私の目に飛び込んできた一面の黄色ーースコッティの花畑でした」
声に宿る熱が一際高ぶる。熱烈に、自分の体験したことを聞き手に刻み込むように、大きな声で己の過去を語る。
「あの時の感動は今でも忘れられません。この光景を来年も、いや、これからずっと見て生きていきたい。私はそう思ったのです……あれから多くの月日が経ちました。今ではこの地に人間が住み、同じ景色を共有している。私は毎日が胸躍る気持ちでいっぱいでございます」
オホン、と咳払いをして一瞬間を空ける。熱弁しすぎたかな、とでも言いたげな笑顔をつくる。
「ええ最後に、『誰がために』ーーこのスコッティの花言葉に負けぬよう日々精進することを誓いながら、そして『メリコイル』の更なる発展を願いながら、この開催式を締めたいと思います。これより3日間はどうか日々の苦労を忘れ、メリコイル開拓記念祭をお楽しみ下さい」
その言葉を言い終えると同時に、周囲から一斉に拍手が巻き起こる。それは最初の拍手とは比にならず、荒れ狂う嵐を思わせる程だった。
熱に浮かされた人々はしばらくの間拍手を止めず、温度差を明確に私に伝える。
気持ちを高ぶらせた所で、消失事件の犯人が捕まる訳じゃないのに。目の前の市長が事件の黒幕かもしれない。そんな事を思っているのは私だけなのだろう。まあ、あの演説に感化される気持ちも分からなくはない。あそこまで語っておいて本当に黒幕なのだとしたら、あの市長はたいした役者だ。
人混みを掻き分け、なんとか舞台裏までやって来る。そこには「関係者以外立ち入り禁止」の文字と仮設テント。仮設テントの入り口は、祭り関係者が忙しなく行き来している。開催宣言を終えた市長も、今はここで休んでいるはずだ。
私の立てた筋書きはこうだ。まず、市長があのテントから出てくるまで待つ。そして、出てきたところで偶然を装ってぶつかり、指輪を使って真実を聞き出す。たったそれだけ。
回りくどいやり方は嫌いだし、探偵さんのように機転を利かせる事も出来ない。だったら変に策を弄するより、シンプルな方が断然良いのだ。
しかし市長も演説を終えたばかりで、暫くは出てこないだろう。それまでは近くの木の木陰で休んでいよう。
そう思案していると、紺色のスーツを着た男がテントから出てくる。見間違える筈もない。あの男は市長その人だ。
「はっ……!?」
早すぎる。もう少しくらいテントでゆっくりしててもよかっただろう。……いや、全然大丈夫。ちょっとタイミングが早まっただけだ。深呼吸しろ、深呼吸。
ゆっくりと息を吸い、短く吐く。
自然に、偶然通りかかってぶつかるだけ。ぶつぶつと心で唱えながら、心の準備を済ませる。
そして、
「わっ」
狙い通り、上手く市長にぶつかる。勢い余って転んでしまったが、問題はない。
「おっとっと。大丈夫か?」
「すいません、ぶつかってしまって……」
市長が私に左手を差し出す。私はその手をしっかりと掴み、心の中でほくそ笑む。後は命令を口にするだけだ。私はゆっくりと立ち上がりながら、口を開く。
「『答えて下さい。人攫いを雇っていたのは、貴方ですか?』」
メリコイル・中央区・ハイタワー9階2番会議室。
昨夜の囮作戦で得られた情報を整理、共有するため、消失事件を追っていたハンター達が集められていた。
ここはオレとルーネが事件の説明を受けた場所だ。ペルム・マカライト副局長もあの時と同じ場所に立ち、映像投影用の水晶を起動している。違うのはイスと机の数に、会議室に集められたメンバー。右からオレ、シオン・アメジスト、レト・ガーネット、ラト・ガーネット、ヌワラ・グリレッジ、アゼル・エメラルドの順で座り、各自配布された資料に目を通している。誰1人として言葉を発さず、簡素な会議室には沈黙が流れている。
「時間だな。では、予定通り会議を始めていこう」
副局長が沈黙を破る。それに合わせて、全員の顔がそちらに向いた。
「今回集まって貰ったのは他でもない。昨夜、リーフィリアス・4級ハンターとルーネ・3級ハンターが誘拐犯と遭遇し、新たに情報を得ることが出来た。それを共有すると共に、今後の方針について話をするためだ。早速だが、まずは誘拐犯の所持品について見ていこうと思う」
副局長が水晶を起動する。空中には誘拐犯が残していった所持品ーーナイフとバイザーを映したスライドが出てくる。
「このナイフは第4次未開領域開拓時にハンターが使っていた旧型の物だ。紋章は『硬化』『錆止』の2つとオーソドックスなタイプだな。現在は生産されておらず、誘拐犯が使用したのは闇市で出回っていたものと推測される」
闇市ーー公には出回っていない違法性のある代物を扱う市場。最近では未開の地でハンターが実際に使用していた武器や指輪なども出回っており、治安維持局、シンボル共に対応に追われている。旧型のナイフだけでなく、誘拐犯の男が使っていた『隠匿の指輪』もおそらく闇市で買ったものだろう。
レト・ガーネットが挙手し、質問を口にする。
「誘拐犯が元ハンターで、昔使っていた武器を使用したという可能性はありませんか?」
「それはない。後ほど話す予定だったが、男はパクタンで指名手配中のブローカーである事が判明した。仲間内に元ハンターがいる可能性もゼロではないが、闇市で手に入れたと考える方が妥当だろう」
「指名手配中のブローカー、ですか?」
「ああ。と言うのも、このバイザーには違法な紋章技術が使われていてね、携帯端末の情報を盗み取るためのスキャナーである事が分かった」
「なーるほど。それを使って誘拐犯はオレ達の動きを覗き見していたのね」
今度は弟のラト・ガーネットが口を開く。
「ああ。誘拐犯はバイザーを使い、我々の行動を文字通り『覗き見る』ことが出来た。これなら治安維持局の囮作戦が失敗した事や、我々の捜査をかいくぐって人を攫っていた事、様々な事に合点がいく」
「はっ、どうりで捕まらない訳だ」
ラト・ガーネットの言う通りだ。おそらく、消失事件で誘拐犯が捕まらなかった最大の原因はこれなのだろう。
初日の事件説明の時、副局長は状況報告を逐一行うようオレ達に促した。他のハンターや治安維持局についても同じはずだ。それを誘拐犯の男は逆手に取り、こちらの動きを見て安全に行動していたのだ。誘拐犯を捕まえるための徹底した情報共有が逆に仇になっていたなんて、なんとも皮肉な話だ。
「今朝の段階で過去の事件記録に同じ物がなかったか治安維持局に問い合わせたのだが、どうやら10年ほど前にパクタンで規制されていた紋章機器だったらしい。現在インフェカでの流通は確認されておらず、これも闇市の掘り出し物ではないかと思われた。だが、10年前と言えば丁度『犯罪者狩り』があった時期だ。当時はパクタンからインフェカーー特にこのメリコイルに亡命してくる無法者が多くてね。もしかしたら、誘拐犯が直接持ち込んだ物ではないかと推測した。そこで、当時パクタンで指名手配されてた人間をリストアップし、リーフィリアス・4級ハンターとルーネ・3級ハンターに確認を取った所、この男だと特定できた訳だ」
空中のスライドが切り替わり、胡散臭い男の顔が現れる。顔写真の上にはサインチェック・サンフルーツという男の名が記されていた。バイヤーとしての通り名『チェイン』の名もその下に。
改めて男の顔を見て、確信する。やはりこの男こそ昨夜の誘拐犯だ。
「リーフィリアス・4級ハンター。誘拐犯と遭遇したのは街灯の少ない夜道だと資料には書いてあるが、見間違えた可能性はないのか?」
レト・ガーネットが今度はオレに質問を投げかける。それを受け、オレはすぐ首を横に振る。
「昨夜の現場は確かに暗かったです。だけど目鼻立ちや口、何より男の醸し出す独特な雰囲気は頭に残っています。多少顔つきの変化があっても、この男が昨夜出会った誘拐犯だと断言出来ます」
あの兄弟、特にレト・ガーネットにオレは反感を買っていた。きっと信頼仕切れない所があって質問を投げかけたのだろう。だからオレは彼の目を見て、なるべく力強い言葉で話した。
「神に誓ってか?」
「はい、神に誓って」
先生がオレに重要な話をする時、決まってあの人はオレの目を見て、力強く言葉を発していた。だからなのか、オレが他人に自分の話を信じてもらいたい時は先生を真似るのだ。
レト・ガーネットは鋭い目付きでオレを見ていた。オレも目を逸らさず、睨み合いの状況が数秒続く。だが、暫くして「分かった」とレト・ガーネットは納得した。
「なになに、兄ちゃん。珍しく弱腰じゃん」
「うるさい、黙れ」
弟を睨むレト・ガーネット。ラト・ガーネットは手慣れた様子で「はいはい」、と視線を受け流す。弟の方はどうも手慣れている様子だ。
兄弟がやり取りを終えてから、副局長が全体を見渡す。他に質問がないか見ているのだろう。しかし、他に質問をする人間はいない。それを確認し、副局長が話を進めようとした時、
「しかし、随分と早いんですね……」
ポロリ、とシオン・アメジストが口を開く。質問という訳ではなく、自然と口から零れた感じだ。オレを含め、全員が彼女の方を向く。
「あ、ええっと、手掛かりを得られたのって、昨夜の事ですよね? その割には情報分析が早いなと思って」
視線に耐えかねたのか、シオン・アメジストは申し訳なさそうに口を開く。
確かに、誘拐犯の男と黒い霧に出会ったのが昨夜のことだ。そこから事後処理に入り、今日の早朝に副局長はオレ達にリストを送ってきた。彼女の言う通り格段に仕事が早いのは確かだ。
「それはそうだろう。シンボルも治安維持局も、昨夜から動員できる最大人数で動いているからな。早くなくては事が前に進まないというものだ」
副局長が答える。そして一瞬目を伏せて、言葉を続ける。
「……それに、我々は今まで何も出来なかった。何の成果も得られず、この街の人間が攫われていくのを黙って見ているしかなかった。治安維持局、シンボル、ハンター、そして被害者とその親族。この事件に関わる全ての人間が、悔しさと無力さを味わってきたんだ。我々はその2年間の想いを糧に、今やれることをやっているに過ぎない」
決意の表れが、副局長の言葉から滲み出ていた。オレは自然と、今朝の病室での自分を思い出す。
今まで何も出来なかった。力になれなかった。だから、これから先は全力を尽くす。
それはオレだけの思いではなく、この事件に関わる全員が共有している意思なのだと感じた。
そこから先は副局長の提案で、作戦の当事者であるオレが昨夜の魔獣について説明した。
黒い霧の姿をしていること。腕や尻尾があること。人間の言葉を話せること。3メートル以上の跳躍が出来ること。
オレが説明を一通り終えると、副局長が話を変わった。
「さて、今のところ詳細が不明なため、例の魔獣は『黒い霧』と呼称しよう。当然だが、人の住む地と未開の地には『魔獣避けの紋章』ーーいわゆる境界がある。こうして人間が平和に暮らせているのは、『魔獣避けの紋章』が魔獣を寄せ付けないからだ。だが、現に黒い霧はこの地にいる。シンボルは『メリコイル』及び、その周辺の都市『ガウリシアレ』や『バーニカ』の境界に異常がないか調査中だが、綻びは見つからないだろうな。境界とは、言わば最後の防波堤。崩れたらそこで終わる砦のようなもの。綻びなど、万に1つも有りはしない」
「となると、ここで2つの可能性が出てくる訳ですな」
副局長に続いて、アゼル・エメラルドが言葉を発する。相も変わらず全身鎧姿のため、口元は見えない。
「先生、2つって、何?」
ヌワラ・グリレッジが辿々しく反応する。
「なに、『魔女の嵐』と同じように誰かが黒い霧を手引きしているか、もしくは、黒い霧が自力で境界を超えるが出来る『特異体質』であるか。その2つですな」
彼の言葉と共に場の空気が張り詰める。『魔女の嵐』と消失事件。誰もがこの2つを結びつけて考えているせいだろう。
人の住む地と未開の地。それを分け隔てているのは、地面に刻まれた『魔獣避けの紋章』である。『魔獣避けの紋章』は魔獣を寄せ付けない効果を持つ。その紋章を地に刻み境界とすることで、人間は安全に暮らせているのだ。
だが、ごく稀にその境界を越えてくる魔獣がいる。その身に宿した紋章によって、『魔獣避けの紋章』の効果を無効化している魔獣だ。
例えを挙げるなら、『凶怪型の魔獣・鎧虎』がそうだ。鎧虎は『耐性の紋章』を持つ魔獣で、攻撃を受ければ受けるほど皮膚の硬さと筋肉が増していく特性を持っていた。気性が荒く好戦的で、戦えば戦うほど強固に成長する魔獣だった。だが、鎧虎の特性はそれだけに納らなかった。暑さや寒さ、嵐に対しても同様に耐性を獲得し、ついには『魔獣避けの紋章』に対して耐性を持つ個体も現れたのだ。
このように、魔獣の中でも『魔獣避けの紋章』を超えれるものを『特異体質』と呼び、シンボルは最優先で狩りを進めている。
しかしながら、黒い霧が人間によって招き入れられたのか、それとも『特異体質』か。どちらにしても、10年前のパクタンと同じ状況下にある事は変わりないのだ。
「私もアゼル・2級ハンターと同意見だ。彼の言う前者と後者、その両方を視野に入れ捜査を進めようと思っている」
「ふむ、両方ですか」
副局長の言葉にアゼル・エメラルドが反応する。
「現在、治安維持局が誘拐犯の男、及び『上客』について調べている。前者ーー『上客』が黒い霧を引き入れていたのなら、彼らが『上客』を捕まえれば事件は解決。黒い霧もこの地から逃げ出すことが出来ない。だが、問題は後者ーー黒い霧が『特異体質』だった場合だ。『上客』を捕まえることが出来ても、黒い霧は未開の地へ逃げ帰ってしまう。そうなった場合、一時は収まるかもしれないが、事件の根本的な解決にはならない」
「ってことは、オレ達が黒い霧を追うんですね?」
オレは思わず前のめりに言葉を発する。黒い霧の特性を特定して欲しいというルーネの提案と、シンボル全体の方針が合致すると思ったからだ。
事実、オレの言葉に副局長は頷いた。ただ想定外のことがあったとすれば、それは黒い霧の特性を特定する方法だ。
「その通りだ。具体的な事を言うと、君達には未開の地に直接赴いて、境界周辺の探索をしてもらいたい」
「……………!」
この場にいる全員が息を飲む。それもそのはずだった。
10年以上前なら未開の地での仕事は全てハンターがやっていた。しかし現代のハンターは、基本的に魔獣討伐以外で未開の地に足を踏み入れない。安全かつ効率的な開拓を進めるようになった現代において、未開の地の探索は人形の仕事だからだ。
「なぜ、人形を使わないんでしょうか? そのくらいなら、俺達が行くまでもないと思うのですが」
当然の疑問をレト・ガーネットが口にする。
「単純に時間の問題だ。今から人形を動かすとなると、それなりに時間がかかってしまう。早期解決が望まれる本件において、それは好ましくないという判断だ」
会議室が少しざわめく。副局長の説明に納得する気持ちと、本当にそこまで急ぐ必要があるのかという疑念。皆、2つの思いの間で揺れ動いている様子だった。
それを見て、副局長は言葉を続ける。
「急な話だと思う者も多いだろう。しかし、この『求道の指輪』が君達をなぜ選んだのか考えて欲しい。なぜ獣討伐を得意とする君達が選ばれた理由を、だ」
魔獣討伐を得意とする者。その言葉を聞き、改めてここに集められたハンターについて考える。
第3世代であるアゼル・エメラルドは、ずっと第一線で戦い続けている魔獣討伐のスペシャリスト。その弟子であるヌワラ・グリレッジも魔獣討伐が主な活動だ。ガーネット兄弟も砂獅子討伐の功績を称えられて3級になったハンターだ。そしてオレ自身、魔獣討伐の功績が認められて4級に昇格したのだ。
ルーネとシオン・アメジストを除けば、ここに集められたのは狩りを得意とするハンターばかりだ。
「私も初めは、この指輪がなぜ君達を選んだのか分からなかった。だが、今は違う。君達の持つ魔獣の知識と、武器を扱う技術。なにより未開の地での経験が必要だったからだと、私は確信している。君達を最大限に活かす、その為の策だと理解してもらいたい。……無論、捜査専ハンターであるルーネ・3級ハンターとシオン・4級ハンター、その他数名は街に残ってもらうつもりだ。街の警戒を怠るつもりは毛頭ない」
副局長の策に、ここに集まる殆どの者は頷く。オレ達のやるべき事をちゃんと考え、十分に考えた上で出した結論だと分かったからだ。何より、副局長の言葉には意思の強さがあった。
昨日の今日で情報を集め、最善を考えてハンターを指揮する。そこには、この街を想う1人の男の姿があった。
まるで、先生の話を聞いているようだった。この人は先生と違って特異な能力があるわけでもないのに、それでも、いや、だからこそ信頼に足る人間だと心から思ったのだった。




