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雪の涙は葉に落ちて  作者: 大塚 博瞬
第1章 メリコイル
10/30

1-9 ゼロに帰る1

 初日は、やっと役に立てたという満足感があった。宿で無駄な時間を費やすくらいなら、ちょっと危険な役回りを貰う方がましだった。

 ただ2日目は、こんなことで犯人が捕まるのかという疑問が浮かんだ。やってる事は単純で、特に趣向を凝らしたものではない。しかも南区の宿屋から中央区まで絨毯で移動、そこから徒歩で北区に到着したら、逆の手順で引き返すという何とも時間のかかる散歩だった。

 加えて、赤のフードを被れという条件付き。こんな目立たない姿では、犯人の目に止まる筈がないと思った。

 そして3日目、継続報酬と言う名のお駄賃を貰い、疑問が頭から消えた。

 私は案外、チョロイらしかった。


 夜の街は驚くほど静かで閑散としている。賑やかだった日中が嘘のように、空飛ぶ絨毯も、良く吠える動物も、あのアイス屋もいない。けど、それを寂しいなんて思ったりしなかった。1人ではないのだと糸を通して確認しているから。むしろ不快感なく夜の散歩ができて嬉しいと思っている。

 こんな静かな夜をつくってくれた犯人には、感謝の言葉でも述べたい気分だ。

 探偵さんの話では、それもそろそろ叶うとのこと。私はその瞬間を待ちわびて役割を真っ当する。

 糸は正常に作動している。感度良好。シロも起きてる。依然問題はない。


 角を曲がり、薄暗い細道に出る。月明かりさえここには届いていない。地面を視界で捕らえているのに、踏み出す1歩が不安になる程の闇をこの道は孕んでいた。

 存在しているのにその実態が掴めない。まるでこの地面は、この闇は、ゼロのようだ。

 数字のゼロ。何も無いことを意味する、終点の数字。

 地を蹴り、足を上げ、再び地を踏みしめるまでこの道先はゼロに等しいものだと思う。大きな穴と茶色いタイル、どっちがあるのかはこの暗闇に足を踏み出すまでは分からない。今私が淡々と足を踏み出せているのは、昨日、一昨日とこの道を通って地面がある事を知っているからだ。逆を言えば、全く知らない光届かぬ道を歩く時、私は不安でたまらなくなる。我ながら、自分が酷く小さな存在に思えるのだ。


 だから、そう。私はゼロという数字が嫌いだ。存在しているのに実態が掴めないなんて不快でしかない。

 この3日間この街を歩いて気がついた事は、この不快感を街の住人と共有しているということだった。事件の事は一般市民に知らされていないらしいが、この街の住人は薄々良くない事が起こっていると気づいている。だから夜は外を出歩かないし、窓からは家の光すら漏らさない。

 あの自称世界一のアイス屋も、庭師のミスアンノウンも、異常を認知しているからこそ、元気に振る舞っているように今は映る。

 異常の中では誰だって不安だ。明日が見えない何かで覆われていくようで、心の底から不安になる。けれど、だんだん不安に慣れていき、最後には異常を異常とすら感じられなくなる。

 ああ、思い出しただけで嫌気がさす。愚かだった過去の私は、まさしく異常を異常とすら感じられない状態に陥っていた。

 決別した過去を、私は今でも恥じている。恥じて、否定して、今目の前にある過去いじょうを正すことが、母様の子である私としての立ち振る舞いである。

 右腕に糸の振動が大きく伝わる。シロから緊張感がピリピリと伝わってくる。

「大丈夫。落ち着いて」

 私はもう目をそらさない。自分の望みのために、過去を否定するために、そして、ほんの少しだけこの街の住人のために、私は今からゼロを暴こう。

「『絡まれ』」

 さあ、散歩の時間はもう終わりだ。






 ゆらゆらと揺れる赤に連想したものは、ショートケーキに盛られたイチゴだった。

 甘く美味しいが故に、最後まで残してしまう限定的な特別感。子供の頃からショートケーキを食べる時は、必ず最後にてっぺんのイチゴを食べていた。

 少し離れた街灯。その下を赤い頭巾を被った娘が通る。時折、右腕を擦りながらブツブツと何かを呟いている。

 3日前からその娘は夜な夜な街を闊歩している。誰とも連まずただ1人でだ。

 本来なら無条件で食い付く獲物なのだが、今回は慎重にならざるを得なかった。何せ、そうやれとのお達しがありましたからねえ。最後の最後に捕まるなんて結末は笑えない。


 バイザーを起動。赤頭巾の娘が付けている携帯端末をスキャンする。一昨日、昨日と変わらず、罠を匂わせるような類いのメールは無い。登録されている相手も愚か者、蛮族、探偵の3人だけだ。

 ……いやあ、どれだけ個性的なお友達がいるんだか。

 まあ少なくとも、オレを捕まえようって奴らの仲間じゃないだろう。差し詰め、家出をした反抗期の少女、と言ったところですかね。親に支配されず、誰もいない夜の街を歩いていたいって気持ちも分からなくないが、少々不用心過ぎる。これでは張り合いがないではないか。

 いや、そもそもこの依頼に張り合いを求めてはいけない。楽して安全に獲物を攫う。ショートケーキの最後の1口が小さなイチゴでも、文句を言ってはいけないのだ。


 赤頭巾の娘が細道に入る。見失なわぬよう、オレも早足で後を追う。この道には街灯がなく、事を起こすに最適の場所だった。

 長かった。心の空くような想いに気づいてから8年経った。そしてようやく、この空虚な心の穴を埋められる。さあ、最後のピースはすぐそこだ。赤頭巾の娘に触れ、今そのピースを拾い上げよう。

「『絡まれ』」

 何の前触れもなく赤頭巾の娘が呟く。言葉の真意は分からない。だがその瞬間、警告が頭の中で響いた。3年前のあの日と同じ、理性からの警告。

 引き返せ、引き返せ、引き返せ。

 世界がスローモーションになる。赤頭巾の娘がオレの方をゆっくりと振り向く。

 オレのことが、視えている? いや、そんなのは有り得ない。

 『隠匿の指輪』がオレの姿を隠している。『消失の指輪・原典オリジナル』で体臭まで消している。気づかれる要素は限りなくゼロ。視るどころか察知する事すら出来ないはずだ。

 なのに、その有り得ない事が現実に起きている、のか?

 警告が目障りな騒音に変わる。

 引き返せ、引き返せ、引き返せ引き返せ引き返せ!!

「……っさいなぁ」

 ここまで来て、引き返せるわけがないだろうに。気づかれたとしてそれが何だという。この手でアイツの意識を消失させれば、依然問題はないのだ。

 娘はオレの方を振り向いてから、その場を一歩も動いていない。まるで感情の無い人形のように、右腕を押さえながら立ち尽くしている。

 動かないのは好都合だ。大きく一歩を踏み出し、一気に距離を詰めようとした時だった。

 オレの体は意に反し、茶色いタイルに倒れ込んだ。足に何かが引っかかったような、そんな違和感があった。

「『姿、見せて下さいよ』。隠れてる意味、もう無いですし」

 酷く冷たい声だった。この道の暗がりよりも深い闇を孕んでいるように感じた。

 どこがショートケーキに盛られたイチゴだ。触れようとすればその身に危険が及ぶ。それはイチゴではなく赤い炎だ。

 ゆらゆらと揺れながら炎がオレに近づいてくる。動こうとするがうまく足が動かない。何かに絡まったような感触がある。

 まずいな。この場に留まるのはまずいが、あの赤頭巾の娘に接近される方がもっとまずい。

「ま、待ってくれ。分かった、姿を見せる」

 姿を隠し続けるのは得策では無いと判断。『隠匿の指輪』を解除して姿を現す。ただし、解除した瞬間右腕は『消失の指輪』で存在感そのものを消した。

 これは、もしものために取っておいた最終手段だ。なにせ、この『消失の指輪』は『原典』だ。その効果はコピーとは一線を画すが、代わりに消してしまったものは完全なゼロになる。もう2度と元に戻る事はない。

 今後の生活の事を考えたら使いたくはなかったが、もうそんなこと言ってる場合じゃなかった。

「驚いた。オレの姿を捕らえたのは、アンタが初めてだよ。勘か、それとも本当に視えていたのか? もしよければ、何でオレがいるって分かったのか教えて欲しいんだが」

 赤頭巾の娘の動きが止まる。そう、それでいい。

 存在感を消すってのは、視界には入るが気にならなくなる程度の事。言うなれば、影が薄いってやつの延長線上だ。

 打開策が見つかった時にすぐ行動に起こせるよう、右腕の存在感をわざわざ消したのだから、その前に近づかれたら意味がない。

 頭を動かせ。情報を引き出せ。何とかこの場で突破口を切り開くしかない。

「簡単な話ですよ。貴方は透明人間だったかもしれませんが、幽霊ではなかった。地に足がついているのなら、私の糸が知らせてくれる。気づきませんでしたか? 私の周りに糸が張り巡らされているのを」

「そいつは、気が付かなかったな……」

 そう言って、左手で地面をなぞる。糸と触れた感触が指に伝わる。オレが糸の上を歩けば、振動で感知されるって寸法だった訳か。

 だが、赤頭巾の娘がやっていたのはそれだけではない筈だ。右手でそっと足に触れたが、そこにも何重もの糸が絡まっていた。

 音の反射でものを感知するエコーロケーションという方法を聞いたことがある。それに倣うなら、糸に伝わる振動でものを感知するって方法は理解出来なくもない。ただ、歩いている人間の足に何重もの糸を絡ませる事が、果たして出来るのだろうか? いや、無理だ。どう糸を設置しても、ここまで綺麗に絡まりはしないだろう。

 ならば答えは1つ。この赤頭巾の娘は、何か紋章の指輪を使っている。

「その糸、どうやって操ったんだい?」

「貴方に教える義理はないです」

 そりゃそうだ。同じ立場ならオレだって教えない。

 しかし、こうなるといよいよヤバい。正直、携帯しているナイフで糸だけならどうにかなるが、糸を切ろうとした瞬間こいつはその振動を感知して何か仕掛けてくるだろう。そうなった本当にお手上げだ。せめて他に意識を向けさせなければ。

 今、分かっている情報は2つだ。この赤頭巾の娘は糸を使うこと。そして、その糸を自在に操れるということ。この条件から、何の指輪を使っているのか考えるのだ。


 1番最初に思い浮かんだのは『幻覚の指輪』。読んで字の如く対象に幻覚を見せる指輪だ。糸が足に絡まっている感覚そのものが幻覚である可能性を考えた訳だ。だがそれだと、オレの姿を視れる説明にはならない。よってハズレだ。


 次に思いついたのは『支配の指輪』。パクタンで魔女の一族が使っていた、人形を操作するための指輪だ。その『原典』であるならば糸をも操り、俺の足に絡ませることも可能だろう。

 だが、指輪の『原典』は世界に1個しか存在しない。『支配の指輪・原典』は、所持していた魔女の一族のトップ【ロスト】が行方不明の状況だ。現実的に考えて、こんな小娘が持っているとは考えずらいだろう。よってこれもハズレだ。

 ………いや、待てよ。確か魔女の一族のトップ【ロスト】には娘がいた筈だ。『魔女の嵐』復興当初に顔写真や年齢等が記された手配書が出回っていたのを覚えている。流石に人相は覚えていないが、年齢は確か5。10年経ったから今は15歳か。この赤頭巾の娘、正直背は低いが年を問われれば15に見えなくもない。オレと同じようにインフェカに逃げ延びていたのなら、ここにいるのも筋が通る。


 本当に、こいつが魔女の娘なのか?


 これ以上悩んでいる時間もない。一抹の望みだが、試してみる価値はある。

「いやあ、それにしたって驚いた。まさか、こんな所で魔女と会えるとは」

「……な!?」

 赤頭巾の娘が驚いた様子を見せる。欠陥だらけで苦し紛れの推理が、期せずして実を結んだ。

 そして、赤頭巾の娘が驚いている今この瞬間こそ、最大の好機! 

 右手で腰に装備してあるナイフを掴み、素早く足に絡まった糸を切断する。


 このナイフは実際に未開の地でハンター達が使用しているサバイバルナイフだ。どんなに上等な糸を使っていようが、こいつの前では毛糸同然だった。


 続けてナイフの刃を地面を撫でるように動かし、オレの周りの糸を切断する。その時になって初めて、赤頭巾の娘は異常事態に気がついた。後ろに下がって距離を取ろうとするが、

「遅い!」

 一気に距離を詰め、ナイフを構える。無論、殺す気はない。こいつは大切な最後の獲物なのだ。生け捕りで奥方の元まで連れて行く。動けなくさせるために狙うは膝、太ももの辺りだ。力を込め、一気に突く。


 普通の人間ならここで終わっていた。もしナイフを持った男が突進してきたら、手や腕で上半身を守り、反射で目を閉じてしまうからだ。だが、この赤頭巾の娘はしっかりと目を見開き、右腕でナイフを払い除けたのだ。


 キンッ!


 肉の抉れる音ではなく、金属同士のぶつかり合う音が路地に響く。

 火花が暗闇の中を走る。

 こいつ、腕に何か仕込んでいるのか!?

 疑問と同時に、右腕に糸が絡みついていくのを察知する。このまま立ち尽くせば先程の二の舞になってしまうだろう。

 軽く舌打ちをする。追撃を諦め、ナイフを逆手に持ち替えながら強引に糸を切り離す。そのままの勢いで距離を取り、体勢を立て直した。


 いつの間にか息が上がっていた。最大の好機を逃した今、状況は最悪。張り詰める緊張感が徐々に体力を奪っていた。

 赤頭巾は余裕そうな表情を浮かべながら、右手を開いたり閉じたりしている。目を凝らして見ていると、何故か小指と薬指が動いていないようだった。

 1つ、不思議に思った。一体、この糸はどこから出ているのか? たった今糸を切ったことにより動かなくなったアイツの小指と薬指。関連性が無いと思う方が不自然だろう。何より、オレのナイフをあのか細い腕で防いだのだ。生身である筈がない。

「もしかして、その腕は義手かい?」

 一瞬、鋭い眼差しを向けられる。

「貴方に教える義理はない……と言いたい所ですが、まあいいでしょう。貴方の言う通り、この腕は義手なんです。貴方が糸を切ってくれたおかげで少しばかり動かなくなっちゃいましたけど」

 先程とは違い、赤頭巾の娘は少し抵抗感を示しつつ問いに答える。どんな心境の変化があったのかは分からないが、そこには異様な気味の悪さがあった。

「……自分で聞いといて何ですがね。アンタ、何でオレの質問に答えたんだい?」

 赤頭巾の少女は、親の敵でも睨むようかのような目つきで答える。

「貴方は私をあの名で呼んだ。だから、もう、絶対に逃がさないので」

「ああ、そういう……」

 気づかぬ内に、オレは地雷を踏んでいたらしい。

 ナイフを持っているのはオレなのに、逆にナイフを向けられているような感覚に陥る。1つ選ぶ動作を間違えただけで、死がそこにあるように思えた。

「嫌だなあ、そんな顔して。オレは元々争いごとなんて苦手なんだよ。まったく、本当に何でこんな状況になっちまったのかねえ」

 これは多分、選ぶ相手を完全に間違えたからだ。最後の最後で魔女を引き当ててしまう辺り、オレは本当に運が無い。

 ……いや、望んだ光景まであと1歩って所で、オレは何を弱気になっているんだか。引いても死んでも、そこにオレの夢はない。

「しかし、まあ……………。やるしかないよなあッ!」

 意を決して、再び赤頭巾の娘めがけて突進する。

 糸で動きを止められる前にナイフで刺す、または直に触れて『消失の指輪』で意識を消す。引くという選択肢がない以上、勝ち目はこれしかない!

「探偵さん!」

 ここに来て、隠し球であろう第3者の名前が呼ばれる。

 普通に考えれば協力者がいることくらい分かったはずだ。だが、人間は窮地に立たされた時に正常な判断が出来ない生き物。オレの場合、目の前の相手に神経を尖らせすぎて、協力者がいるかもしれない、という当たり前の事を失念していたのだ。

 突如、右前方から足音が近づいてくる。姿はなく、オレに向かって走ってきているという事は理解出来た。

 オレと同じ『隠匿の指輪』を使っているのか、それとも何か別の手段を用いているのか。そんなことはもう些細な問題だった。

 音を聞く。1歩、また1歩と近づいて来る。焦るな、まだ立て直せる。姿の見えない透明人間は走っているので、幸いにも足音は大きい。そいつが近づいてきた所で、ナイフを右に振り、突き刺す。不可能ではないはずだ。

 今にでもナイフを振り回したい気持ちを抑え、機を伺う。聞いている足の音よりも、自分の心臓の音の方が大きく聞こえる。それでも音を聞き漏らすことなく透明人間を引きつける。

 そしてついに、ナイフが届く距離までそいつが踏み込んだ音を聞いた。

 貰った!!


 右手で逆手に持ったナイフを右に振るう。それと同時に、空を切る音が耳に届く。


 バカな、有り得ない! タイミングは完璧だったはずだ。存在感そのものを消しているのだから、そもそも”避ける”と考える事自体思い浮かばない筈なのだ。

 混乱する頭と、次の一撃を与えるために力が入る右腕。その両方を落ち着かせたのは、皮肉にも左側頭部への強い衝撃だった。

「がっ!」

 無様にも、2度目の転倒。頭を強打され、その衝撃でバイザーが吹き飛ばされた。ナイフがオレの手を離れ、あられもない方向へ転がっていく。

 視界がグニャグニャと歪む。体の自由が効かない。殴られたであろう箇所を手で触るよりも早やく、オレの左手を透明人間が押さえつける。

「ふー、怖かった。まさか、しゃがむのが正解だとは思わなかったよ」

 しゃがんだ、だと? オレの右腕の動作が見えていたのか? ……駄目だ、思考が追いつかない。

「ドンピシャでしたね、探偵さん」

「スノウちゃんが注意を引きつけてくれたおかげだよ。おかげでしっかりと観察することが……って、凄いな、これ! 『消失の指輪・原典』じゃないか! 相当なレア物だよ!」

「そんなこと言える状況ですか……」

 指輪の種類がバレる。絶対絶命ってやつですかね。ここから形成逆転出来る手段が全く思い浮かばない。意識もおぼろげだ。

「うん、そうだね。……それじゃあ、お願い」

 透明人間がそう言うと、赤頭巾の娘はオレに近寄り、右腕の義手でオレの頭に触れた。

「『これから質問をするので、正直に答えて下さい』」

 言いませんよ。

「ええ、もちろん」

 オレの意思とは関係無しに言葉が口から出る。

 『支配の指輪・原典』は万物を支配する万能の指輪だ。命令されたが最後、人だろうが物だろうが、それを強制させられる。

ああ、これは最も恐れていた事態だ。

「『貴方は、なぜ人を攫っていたんですか?』」

 夢のためだ。

「そりゃあ、とびっきりの上客から依頼があったからですよ」

 口が勝手に動く。嫌な感覚だ。飛んで火に入る夏の虫にも、少しくらいの慈悲はあっていいと思うんですけどねえ……。なんて、そんな事はもう、どうでもいいか。

「『その上客とは誰のことですか?』」

 すいません、奥方。オレはどうやら、最後の最後でしくじってしまったらしい。油断するなってアンタの言葉をちゃんと守っていれば、こんな事にはならなかったのに。

 夢がもうすぐ叶うってんで、気づかない内に浮かれていたみたいだ。

「お前達もよく知る人さ」

 けど、安心して下さい。火に入る虫は黙して焼かれるのが世の常でしょう。

 奥方達の事を喋る前に、舌を咬んで死ぬ事くらいはしときますから。

「何せ、この街のし」

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