勇者の話
「勇者とは何だと思いますか?」
少し前を歩くスノウ・ストロベリーが、白い息を吐きながら問いかけてきた。深々と被った赤い頭巾からは、彼女の表情を覗くことは出来ない。
「勇者?」
「ええ、勇者です」
下一面に広がる雪を見ながら、足跡を刻む。ザックザックと二人分の足音が森に響く。その音を心地よく感じながら、考える。
勇者の話は有名だ。
「確か、シンボルが出来る前の職業の1つだよな。魔獣を倒し、人々の生活を守る者。今のハンターの前身だ」
そう言うと、自分の頭の中に1人のハンターが思い浮かんだ。
不器用に笑顔をつくる人だった。傷つきながら武器を振るうその姿は、まさしく己にとっての勇者だった。荒々しさと優しさを兼ね備えた、とても優秀な。
目の前の少女は一体何を考えているのだろう? オレの脳裏に浮かんだ姿を、彼女も思い浮かべているのだろうか?
依然として前を歩くスノウは、ハー、と白い息を吐き出した。
「昔、母が言っていたんです。私達魔女の一族にとって、真に信頼できる人間は貴重だった。中でも勇者と呼ばれる人達は義理堅く、最後まで魔女を危険から守ってくれたって」
「危険? 魔女の一族は魔獣の住む地にでも暮らしていたのか?」
「違いますよ。普通の人にとっての危険は魔獣ですけれど、私の場合は………ほら……」
そう言って、スノウは口を噤む。こうして会話が途切れると、決まって1年前を思い出すのだ。まだ、出会ったばかりの、仲間と言うにはあまりに脆い関係だったあの頃を。
今はどうだろうか。少なくとも、あの頃よりは仲間と呼べる関係になっているはずだ。お互いを、理解できているはずだ。
ザックザック、と雪を踏む2つの音だけが聞こえる。
一定の間隔で、メトロノームが刻む音のように。けれど不意にその音は崩れ、スノウが隣に来たところで2つの音は重なった。
「その、あれです。勇者というのはつまる所、どっかの誰かのような愚か者ではなく、差別無く万人に救いの手を伸ばす人ってことですよ」
「ひどい言われようだな。その、どっかの誰かは」
「事実ですからね。仕方ありませんよ」
やっと覗えたスノウの顔は微笑んでいた。自分もそれに応えるように口角を緩め、ザックザックと白い世界に音を刻む。
今まで過ごした時を想い、たまに後ろを振り返りながら、それでも前に進む。1歩1歩は小さくても、その積み重ねは新たな景色を見せてくれるのだと、旅は教えてくれた。
辛いことは沢山あれど、無意味なことなど1つも無かった。
それは、これから先も変わらないのだろう。
白い世界はまだ続いている。雲の切れ間から太陽の光が射し、左手で顔を覆う。今の自分には、少し眩しい。不意に人差し指にはめられた指輪が目についた。
曰く、指輪とは約束や誓いを具象化した拘束具なのだそうだ。昔は紋章の力を宿し輝いていたその指輪は、今は見る影もなく指に収まっている。
誓いが果たされたからだろうか?
そんなことを考えていると、スノウが声をかけてきた。
「何を見てるんですか?」
「指輪だよ。こいつが力を失ったのは、これを作った人の誓いが果たされたからなのかなって考えてた。こいつとは付き合いが長いから、少し寂しいんだ」
そう口にすると、赤頭巾の少女はこう提案してきた。
「なら、何か誓いを立てればいいじゃないですか。すっからかんなその指輪にあなたが誓いを掲げれば、また力が戻るかもしれませんよ?」
確かに、それは良い考えだ。誓いが果たされたのなら、また違う誓いを掲げてやればいい。
では、どんな誓いがいいだろうか。今は無き、氷が形作った右手を握りしめながら、目を瞑る。旅の原点を思い出す。
雪の降る日に誓った、少女への約束を。
「よし。誓うよ、スノウ」
過去と未来を、
点と点を繋げて線にする。
「これから先に何があろうと、オレはお前の力になる」
少女は一瞬、目を丸くする。あの日の出会いを、少女も思い出したのだ。
それからクスリと笑った後で、オレに向けてこう言った。
「はい、お願いしますね。どっかの誰かの、愚か者さん」
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