その2
ピピピッ。ピピピッ。
「う……ん……」
ピピピッ。ピピピッ。
「ん……もう……五分……」
ピピピッ。ピピピッ。
「うるさいなぁ……」
ピッ。
「ん……静かになった……」
これで、もう少し。
「いつまで、寝ているんですか」
☆
ふかふかのふとんには、魔法がかかっている。
でも、その魔法は、いつか解けてしまう。
今、まさにその魔法が解けていくところを、目の当たりにしている。
「おはようございます。よくお休みのようで」
二つあるベッドのうちの一つに腰かけながら、そう言って足をぶらぶらさせているその子は。
「……誰……」
かすかに痛む記憶の中では、見たことのあるような、見たことのないような。
むしろ。
「ここ、どこ」
クリーム色の壁。ベッドが二つ。大きな窓。カーテン。ドア。ドア。テーブル。
人。
自分の部屋にしては、家具が少なくて。
部屋の中にはせっけんの匂い。
誰かと一夜を共にしたにしては、物足りなさでいっぱいだ。
「どこだかは、わからないですけれど、それほどムーディーな場所じゃないってことは確かです」
ベッドの上の子は、足をぶらぶらさせながら。
「とりあえず、昨日はありがとうございました。誰かがいて、ほっとしました。少しだけ」
顔を上げて、真っ直ぐとこちらを見直して。
やや濡れた髪。ピンク色の肌。
昨日。あぁ、そうだ、昨日の夜は。
「昨日の夜。車の中で……」
頭を搔き上げようとして、ふと目に入った手首には、赤く擦れた跡。
手首をさすりながら見ると、その子の手首にも、赤く跡があった。
「痛い?」
「いえ、別に」
そうか、この子にはそんな趣味があったのか。
ではなく。
「この部屋、出なきゃ」
少しフラフラする足を叱咤しながら、ドアへと近づく。
「あ、今ドアを触ると」
「え?」
バチッ。
「……つ」
一瞬の出来事だった。
静電気なんて比じゃない。
ドアノブから火花が散って。指と、指先と、爪の先から、稲妻のようなものが出て。
激しい痛み。しびれ。手を抱えて、悶えて、苦しむ。
床を転がる。
「なんか、外に出られないみたいで。夢みたいですよね」
なんか、じゃない。この痛みは、現実だ。
「一気に、目が、覚めた……」
朝一番の脂汗をかきながら、ベッドに這って戻る。
「まぁまぁそんなわけで、出られないんです。そっちのドアは平気ですよ。シャワーも使えました」
心配するそぶりもなく。
そのまま、あおむけにベッドにごろんと転がる。
ピンと張られたシーツにしわが広がる。
「とりあえず、やることのないのはいいことですよ、久しぶりの休暇だとでも思って」
そう言って伸びをする。
なんともまぁ。
「どうやったらその結論が出てくる。出られないんだぞ。この後、何されるかもわからないんだ」
「だったら。だったらなんだって言うんです。ここで騒いだら、外に出してもらえるんですか。家に帰れるんですか。だったら最初からそうしてますよ!」
天井に向かって、精一杯の叫び声。
「……ごめん」
何で謝るのかわからない。けど。
「いいんです。すいません」
互いに、気まずい沈黙。
「……シャワー、どうぞ」
腕で覆った表情は、見えなかった。
☆
頭から、熱いシャワーを浴びる。
少しでもいい。何か思い出せれば。それか、良いアイディアが出れば。
いいアイディア?
ここからどうやって出るか。出て、どこへ行くか。
警察?連絡手段は。そもそも、やっぱり問題として。
「ここは、どこなんだ」
部屋を見た限りでは、どこかのホテルのよう。あくまでも、部屋の作りは。
どこのホテルに、ドアノブに電流が流れている部屋があるっていうんだ。
待てよ。電流か……
「流れなければ、良いんだよな」
そうか、流れなければ、良いんだ。
「少し、頭が働いてきた。やる気出てきた」
ぐぐぅ。
そういえば。昨日の夜から何にも食べてない。
「おなか、空いたなぁ……」
何か、食べるもの、あったかな……
☆
「なんですか、これは」
シャワーから戻ると。
テーブルの上には、サンドウィッチとコーヒーが用意してあった。
「たぶん、朝ごはんです。おひとついかが?」
「うん、ありがとう、ひとつ頂く」
じゃなくて。
「そうじゃなくて、これ、どうしたの」
「あぁ、さっき、運ばれてきました。そこのカートで」
「カート?」
指さされた方を見ると、さっきまではなかったカートが、部屋の中に一つ。
「誰か、運んできたの」
「いいえ、カートが一人で」
「一人で?」
こりゃすごい。
サンドウィッチそっちのけで、カートをまじまじと見る。
人が一人乗れそうな大きさのカートは、天板が何枚かはめ込まれ、食事その他運搬用として絶賛運用中のようだ。
そして、斜めになった部分に液晶の入力パネル。
「なんだろ、コレ」
入力パネルに触れると、ピッという音とともに、メニュー画面が表示される。
「ゴキボウノモノヲオエラビクダサイ、はぁ、これで注文できるの」
「何してるんですか。遊んでないで食べてくださいよ」
「いや、遊んでるわけじゃないし」
「そんな、おもちゃを見つけたようなキラキラした目で。遊んでないなんて言い訳、通用すると思いますか」
「いいじゃないか、別に。好きなんだから、こういうの。勝手に来たんでしょ。自律型だよ?すごくない?」
「そのすごさの感動の度合いがわからないです」
「わからないかなぁ」
イスに座って、サンドウィッチを食べる。
「うん、おいしい」
空腹時には、食べ物は何だって幸せに感じる。
「食べ終わったら、そこのカートに乗せれば回収していくみたいです」
へぇ。
「一緒に、出られないのかな」
「はい?」
「いや、カートの後ろについて、出ていったりとか、できないかな」
「さっき入ってきた時は、ドアの開き方はカートのサイズギリギリでしたよ。それに、ドアは自動ドアで、入ってきたらすぐに閉まりました」
「いやいや、取っ手のある構造の自動ドアって、おかしくないか」
デザイナーに文句だな。
「とりあえず、カートが自動で動くなら、手はあるよ」




