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E-scape.  作者: 雪つむじ
2/5

その2

ピピピッ。ピピピッ。

「う……ん……」

ピピピッ。ピピピッ。

「ん……もう……五分……」

ピピピッ。ピピピッ。

「うるさいなぁ……」

ピッ。

「ん……静かになった……」

これで、もう少し。

「いつまで、寝ているんですか」



ふかふかのふとんには、魔法がかかっている。

でも、その魔法は、いつか解けてしまう。

今、まさにその魔法が解けていくところを、目の当たりにしている。

「おはようございます。よくお休みのようで」

二つあるベッドのうちの一つに腰かけながら、そう言って足をぶらぶらさせているその子は。

「……誰……」

かすかに痛む記憶の中では、見たことのあるような、見たことのないような。

むしろ。

「ここ、どこ」

クリーム色の壁。ベッドが二つ。大きな窓。カーテン。ドア。ドア。テーブル。

人。

自分の部屋にしては、家具が少なくて。

部屋の中にはせっけんの匂い。

誰かと一夜を共にしたにしては、物足りなさでいっぱいだ。

「どこだかは、わからないですけれど、それほどムーディーな場所じゃないってことは確かです」

ベッドの上の子は、足をぶらぶらさせながら。

「とりあえず、昨日はありがとうございました。誰かがいて、ほっとしました。少しだけ」

顔を上げて、真っ直ぐとこちらを見直して。

やや濡れた髪。ピンク色の肌。

昨日。あぁ、そうだ、昨日の夜は。

「昨日の夜。車の中で……」

頭を搔き上げようとして、ふと目に入った手首には、赤く擦れた跡。

手首をさすりながら見ると、その子の手首にも、赤く跡があった。

「痛い?」

「いえ、別に」

そうか、この子にはそんな趣味があったのか。

ではなく。

「この部屋、出なきゃ」

少しフラフラする足を叱咤しながら、ドアへと近づく。

「あ、今ドアを触ると」

「え?」

バチッ。

「……つ」

一瞬の出来事だった。

静電気なんて比じゃない。

ドアノブから火花が散って。指と、指先と、爪の先から、稲妻のようなものが出て。

激しい痛み。しびれ。手を抱えて、悶えて、苦しむ。

床を転がる。

「なんか、外に出られないみたいで。夢みたいですよね」

なんか、じゃない。この痛みは、現実だ。

「一気に、目が、覚めた……」

朝一番の脂汗をかきながら、ベッドに這って戻る。

「まぁまぁそんなわけで、出られないんです。そっちのドアは平気ですよ。シャワーも使えました」

心配するそぶりもなく。

そのまま、あおむけにベッドにごろんと転がる。

ピンと張られたシーツにしわが広がる。

「とりあえず、やることのないのはいいことですよ、久しぶりの休暇だとでも思って」

そう言って伸びをする。

なんともまぁ。

「どうやったらその結論が出てくる。出られないんだぞ。この後、何されるかもわからないんだ」

「だったら。だったらなんだって言うんです。ここで騒いだら、外に出してもらえるんですか。家に帰れるんですか。だったら最初からそうしてますよ!」

天井に向かって、精一杯の叫び声。

「……ごめん」

何で謝るのかわからない。けど。

「いいんです。すいません」

互いに、気まずい沈黙。

「……シャワー、どうぞ」

腕で覆った表情は、見えなかった。



頭から、熱いシャワーを浴びる。

少しでもいい。何か思い出せれば。それか、良いアイディアが出れば。

いいアイディア?

ここからどうやって出るか。出て、どこへ行くか。

警察?連絡手段は。そもそも、やっぱり問題として。

「ここは、どこなんだ」

部屋を見た限りでは、どこかのホテルのよう。あくまでも、部屋の作りは。

どこのホテルに、ドアノブに電流が流れている部屋があるっていうんだ。

待てよ。電流か……

「流れなければ、良いんだよな」

そうか、流れなければ、良いんだ。

「少し、頭が働いてきた。やる気出てきた」

ぐぐぅ。

そういえば。昨日の夜から何にも食べてない。

「おなか、空いたなぁ……」

何か、食べるもの、あったかな……



「なんですか、これは」

シャワーから戻ると。

テーブルの上には、サンドウィッチとコーヒーが用意してあった。

「たぶん、朝ごはんです。おひとついかが?」

「うん、ありがとう、ひとつ頂く」

じゃなくて。

「そうじゃなくて、これ、どうしたの」

「あぁ、さっき、運ばれてきました。そこのカートで」

「カート?」

指さされた方を見ると、さっきまではなかったカートが、部屋の中に一つ。

「誰か、運んできたの」

「いいえ、カートが一人で」

「一人で?」

こりゃすごい。

サンドウィッチそっちのけで、カートをまじまじと見る。

人が一人乗れそうな大きさのカートは、天板が何枚かはめ込まれ、食事その他運搬用として絶賛運用中のようだ。

そして、斜めになった部分に液晶の入力パネル。

「なんだろ、コレ」

入力パネルに触れると、ピッという音とともに、メニュー画面が表示される。

「ゴキボウノモノヲオエラビクダサイ、はぁ、これで注文できるの」

「何してるんですか。遊んでないで食べてくださいよ」

「いや、遊んでるわけじゃないし」

「そんな、おもちゃを見つけたようなキラキラした目で。遊んでないなんて言い訳、通用すると思いますか」

「いいじゃないか、別に。好きなんだから、こういうの。勝手に来たんでしょ。自律型だよ?すごくない?」

「そのすごさの感動の度合いがわからないです」

「わからないかなぁ」

イスに座って、サンドウィッチを食べる。

「うん、おいしい」

空腹時には、食べ物は何だって幸せに感じる。

「食べ終わったら、そこのカートに乗せれば回収していくみたいです」

へぇ。

「一緒に、出られないのかな」

「はい?」

「いや、カートの後ろについて、出ていったりとか、できないかな」

「さっき入ってきた時は、ドアの開き方はカートのサイズギリギリでしたよ。それに、ドアは自動ドアで、入ってきたらすぐに閉まりました」

「いやいや、取っ手のある構造の自動ドアって、おかしくないか」

デザイナーに文句だな。

「とりあえず、カートが自動で動くなら、手はあるよ」

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