表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
剣の娘  作者: 風城国子智
9/18

 視界に、河と丘が映る。

 この、河と、あの、丘は。夕日に照らされた、既視感のあるシルエットに、リズミはごくりと唾を飲み込んだ。丘の上の尖塔の形から、目の前の丘が、先程まで魔物と戦っていた場所、王宮だとすぐに分かる。何故、自分達は、王宮の外に? そうだ、セアは? 急に慌てたリズミは、しかしすぐに、尻餅をついたような格好で、やはり呆然と、影になった王宮を見つめるセアを、自分の傍に見つけた。セアの横には、同じく呆然としているヴェシオが居る。

〈大丈夫か、セア?〉

 リズミの言葉に、セアが顔を上げて首を横に振る。だか、おそらく先程の大女の所為なのであろう、セアの衛士用脚絆に血が滲んでいるのが、見えた。怪我の具合は分からないが、とにかく、手当てしなくては。河原で傷を洗おうと、リズミはセアを抱き上げた。

 と。

「ちょっと力が足りなかったかな、やっぱり」

 リズミの後ろ、叢になった場所がざわざわと揺れると同時に、明るい声が耳を打つ。この、声は。振り向いて初めて、リズミは、背後が森であることに気付いた。この、森は。

「ようこそ、『魔女の森』へ」

 リズミの前には、セアの同室者、ジュリアの、明るいが油断の無い笑顔があった。

「私は『動く者』。『森の魔女』の意を汲み、行動することが定め」

 不可視のはずのリズミを見たジュリアが、森の奥を指し示す。

「普段は男性は入れないんだけど、今は緊急事態だから」

 危険だ。警告が、リズミの脳裏に響く。この森に棲む『森の魔女』達と関わることは、セアにとって危険だ。だが。

「セアの怪我の手当、必要でしょ」

 ジュリアの言葉に、頷かざるを得ない。

 呆然とした顔のセアを抱き上げたまま、リズミはジュリアを一瞥すると、覚悟を決めて森の中へ入った。


 セアの運命がどうであれ、セアを守りたい気持ちに、変わりは、ない。


 しばらく歩くと、木々が開ける。

 青や黄色の、ぼうっとした不思議な明かりが、リズミの目を射た。

 ここにも、二度と来ないと、思っていた。だが。……これも運命だと、いうのだろうか?

「ようこそ」

 木の影が、動く。現れたのは、黒いベールと黒いローブを纏った小柄な影。

「我が名は、リネア。この森を『統べる者』」

「統べる、者?」

 リズミの腕の中に居たセアが、小さな声を発する。

〈この森の、頭領だ〉

 リズミも小さな声で、セアの疑問に答えた。

「よく知ってるわね」

 そのリズミの後ろから、ジュリアの声が響く。振り返ると、ヴェシオの手を握ったジュリアの姿が見えた。

「この者は、昔ここへ来たことがあるからな」

 ジュリアの言葉に『統べる者』リネアが微笑む。

「ふーん」

 ジュリアは驚いたように口を開くと、ヴェシオを広場の真ん中に運んだ。

「諸々の話の前に、セアを治療しなくては」

 『統べる者』リネアが、後ろを向く。すぐに、影の中から、濃い色のローブを纏った背の高い女性が進み出た。

「誰?」

「私達の仲間の一人。『視る者』」

 リズミより先に、いつの間に傍に現れたジュリアがセアの問いに答える。

「さ、セアを下ろして」

 ジュリアにいわれるまま、リズミはセアを、柔らかい苔の上に下ろした。

「セアには魔法が効き難いから、注意して」

 ジュリアの言葉に、ローブの女性が頷く。

「ここに飛ばすのに、何人の『視る者』の力が必要だったか」

 ぼやくようなジュリアの言葉を、リズミは聞き逃さなかった。ジュリア達が、セアを、助けた? 何の為に? その答えを推測し、リズミはぐっと唇を噛んだ。セアを、運命に巻き込んだ。今すぐ、セアをここから連れ出さねば。焦りに似た考えのままに、セアを抱き上げようとしゃがみ込む。だが。リズミの行動は、ジュリアのきつい視線に遮られた。

 セアの傍に跪いた女性の右手が、草の上に腰を下ろしたセアの脚に触れる。すぐにローブの女性は立ち上がり、ジュリアに向かって首を縦に振った。どうやら、セアの怪我は大したことにはなっていないらしい。良かった。リズミはほっと胸を撫で下ろした。

 対して、セアは。

「ごめんなさい」

 不意に、セアが謝罪する。誰に、謝っている? 訝しむより早く、リズミはジュリアを睨んだ。先程のジュリアの言葉に、セアは自責の念を抱いたのだ。

 だが。

「謝ることはない」

 ジュリアがセアに何か言う前に、『統べる者』リネアの優しい声が響いた。

「その『力』が、必要なのだから」

 やはり。ジュリアに睨まれて動けないので、殊更大仰に息を吐く。そんなリズミを無視し、『統べる者』リネアは広場の真ん中に呆然と立ち尽くすヴェシオの前に立った。

「話の前に、確かめておきたい」

 リネアが、ジュリアを手招きする。

「この中で一番力が強いのは、ジュリア、そなただ」

 リネアの言葉に、ジュリアはふっと微笑むと、リネアの手招きのままにヴェシオの横に立った。

「この封印が、解けるか?」

 ヴェシオの顔下半分を覆う、金糸の刺繍が光る黒布をその節くれ立った指で示しながら、リネアがジュリアに問う。ジュリアは整った眉を顰めると、ヴェシオの顔に掛かった布に細い指を掛けた。すぐに。

「無理です」

 布から指を離し、ジュリアが溜め息をつく。

「そなたはどうかな、フワーリズミ?」

 全く唐突に、リネアはリズミを指差した。

〈俺か?〉

 ヴェシオの顔を覆う布に何らかの強い魔法が掛かっていることは、何となく察していた。だが、それを外せとは。一体何を考えているのだろうか? 首を傾げつつ、リズミは渋々ヴェシオの横に立ち、件の布に手を掛けた。リズミの腕力なら、こんな薄い布ぐらい、軽々と裂くことができる。

 だが。

〈……え?〉

 破くことも、布をヴェシオの顔から外すことすらできない。リズミは呆然と、その場に固まった。だが。この布に掛かっている『力』には、覚えがある。リズミはごくりと唾を飲み込んだ。女王が身に付けている鮮紅色の『石』の力、だ。

「さて、セア」

 呆然とするリズミの横で、リネアは今度はセアを手招きした。

「そなたなら、外せるはず」

「私、が?」

 半信半疑のセアの声が、リズミを慌てさせた。ダメだ、セア。来てはいけない。自分の力を、証明しては、いけない。だが、リズミの警告が聞こえなかったのか、セアは脚の怪我を庇ったまま立ち上がり、おもむろにヴェシオの後ろに立った。そして。布を固定していた紐の結び目を、セアはいとも簡単に、解いた。

 次の瞬間。ヴェシオの影が、一気に伸びる。

〈はいっ?〉

 リズミ達の前には、小さな少年ではなく、少し細いが堂々とした美丈夫が立っていた。

「……あ」

 その美丈夫の口が、動く。

「俺、は……?」

「封印が解けたな」

 これが、本来のヴェシオ王子。リネアはそう言うと、口の端を上げた。

「これではっきりした。セアが、正規の女王、だ」

「え」

 リネアの言葉に、セアとヴェシオが同時に声を上げた。

「そんな」

「嘘よ」

 ヴェシオの驚愕に、セアの否定が混じる。

 混乱する二人に、リネアは辺りを見回して言った。

「誰か、説明できる者は?」

 リネアの言葉に、森中の影が動く。しばらく経ってから、小さな影がセアとヴェシオの前に現れた。

「アン!」

 影を見て、セアが驚きの声を上げる。長過ぎるローブを纏ったその少女は確かに、セアが王宮から救った少女。

「彼女は『記す者』」

 ジュリアがそっと、セアに告げる。『森の魔女』の使い走りであるポワンが連れて来たのだということも。

「ここに来たばかりだけど、才能が分かったから」

 『森の魔女』達の行動を脳裏に記録し、覚え、次の世代に伝えるのが『記す者』の役割。『森の魔女』達の中でも、重要な存在。ジュリアはそう、セアに告げると、セアの右手を取った。ジュリアのもう片方の手は、アンの小さな手を握っている。魔女達は互いに手を繋ぐことで、記憶を共有することができる。アンのもう片方の手はリネアが握り、リネアは、ヴェシオの手に自分の手を重ねている。誰かに奪われる前に急いで、リズミはセアの開いている左手を強く握った。

 セアのことを、知りたい。何があっても守る為に。それが、リズミの偽らざる思い。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ