四
それから、しばらく経った、ある日。
再び、城壁警護の任についていたセアの視線が叢へと動く。
また、あいつか? とっさに叢へ足を踏み入れたリズミだったが、目の前に現れた者にまた違う意味で驚いた。今度の影は、小さな少女。あちこちが裂けた生成り色のドレスに血が滲み、ドレスから出ている手足にも蚯蚓腫れや引っ掻き傷が見える。この傷は、……誰かに、折檻を受けたのか? でも、誰に?
「あ、あの、……大丈夫?」
セアも心底驚いているようだ。跪いて、震える影の方へ手を伸ばす。セアが差し出したその手に、影はぶるぶる震えながら後ずさった。
と。
「探せ!」
「まだ城からは出ていないはずだ!」
太い声が、耳に入る。リズミはとっさに魔法を使い、セアと少女を隠した。
二人を隠してすぐに現れた者達の服装に、驚く。彼らは、女王の近衛兵であることを示す紺色のマントを羽織っていた。磨かれた剣を吊す、金糸で刺繍が施された紺色の帯も、リズミには見慣れた形。その近衛兵が、こんな小さな少女を捜しに? 疑念が、つのる。少女自身は見窄らしいが、着ているドレスは良い生地を使っている。この少女は、一体何者なのか?
視線を感じ、振り向く。しゃくり上げる少女を抱き締めたセアの瞳も、リズミと同じような疑問の色を浮かべていた。
とりあえず、少女の手当が先だろう。近衛兵の姿が見えなくなってから、リズミはセアから少女を受け取った。手当てできるのは、セアの部屋しかない。とりあえず、そこへ行くか。リズミはセアに頷くと、転移の魔法を使おうと、した。
そのとき。
「セア!」
不意に現れた声に、はっとする。再びセアに少女を預けると同時に、ジュリアが、セアとリズミの前に現れた。
「どうしたの、その子……」
セアにすがりついている少女を、上から下まで眺め回したジュリアが、はっとした表情を見せる。近衛兵を、呼ぶか? 呼ぶのであれば、セアに対する日頃の恩はあるが、当て身で対処するしかない。そう思い、リズミは拳を作った。
だが。
「逃げて来たのね、その子」
ジュリアは微笑んでセアに近づくと、セアの傍で身を屈め、少女の頬に軽く触れた。
「名前は?」
優しい声が、響く。
「アン」
ジュリアの声に、少女は小さな声で答えた。
その声に、ジュリアは再びにこりと笑う。そして。
「うーん、些細なことに拘るなって、言われているんだけど」
不意に難しい顔になったジュリアは、姿勢を戻すとセアを真っ直ぐ見つめた。いや、ジュリアの視線は、セアにではなく、その後ろにいるリズミにも注がれている。この少女、は。リズミは初めて、ジュリアに対して警戒心を持った。
「ま、なんか変な者が付いてるし、大丈夫でしょ」
そう言いながら、ジュリアはポケットをまさぐり、レース編み用シャトルを一つセアに渡す。
そして。
不意にジュリアが、リズミに対して不敵に笑う。
次の瞬間、景色が変わった。