一八
アジーン王を倒したという報告に、ミーゼス王国全体が歓喜に沸いた。勿論、王にさんざん悩まされてきた他国も、いやユール平原全体が歓びに浸っているだろう。
……ただ一人を、除いて。
「あれで、良かったのかしら?」
リズミの背で、セアが何度目かの問いを発する。
〈ああ。勿論〉
そしてセアの質問と同じだけの回数答えて来た言葉を、リズミは再び口にした。
〈皆喜んでる〉
「でも、隣国はどうするの? 王を失ったのよ」
〈何とかするさ。皆、そうしてきた〉
やっと、王宮内のセアの自室に辿り着く。リズミはセアを、女王のものというには少し粗末なベッドの上に横たえた。北の戦場から、戦勝に沸き立つ都への帰還、そして元老院への報告。めまぐるしい日々にセアの身体が限界に達していることを、リズミは敏感に感じ取っていた。だから。
〈さあ、しばらく寝るんだ〉
そっと、セアの髪を撫でる。
セアはリズミを見てこくんと頷くと、無理矢理眠るかのように目を閉じた。
そのセアを置いて、部屋を出る。ジュリア経由で『森の魔女』達に何か心を落ち着かせるような薬湯を作ってもらった方が良いかもしれない。リズミはふっと息を吐くと、廊下を静かに歩み始めた。
と。
〈……おや〉
少し歩いたところで、見えない気配とすれ違う。この気配と魔法は、……ヴェシオだ。
〈なるほど〉
ヴェシオも、セアのことが心配なのだろう。好きな者同士、しばらく二人っきりにしておいた方が良いだろう。リズミはにやりと頷くと、再び廊下を歩き出した。だが。……この、胸騒ぎは? ヴェシオに、嫉妬しているのか? ……いや、違う。リズミはくるりと向きを変えると、セアの部屋まで廊下を一飛びで走り、ノックもせずにその扉を開けた。
〈なっ……〉
薄暗さに目が慣れる前に、血の匂いが鼻腔に届く。本能のまま、リズミは、セアのベッドの傍で呆然としているヴェシオの胸倉を掴み上げた。
〈この野郎! セアに何をした!〉
重い物が床に落ちる音が、響く。その音で、リズミは全てを理解した。ヴェシオも、エナ女王や過去の人々と同じように、『力有る石』の魔力に囚われてしまったのだ。だから、ヴェシオは無理矢理、セアから『石』の嵌った義手をもぎ取った。
「この野郎!」
怒りに、我を忘れる。リズミはヴェシオの細い身体を床に叩き付けると、剣の切っ先をその胸目掛けて振り下ろした。
血の匂いが、濃くなる。
はっと我に返ったリズミが見たものは、呆然と床に尻餅をついているヴェシオと、リズミの胸でぐったりとしているセア。
「セ、セア?」
頽れるセアの身体を抱き止め、強く揺らす。
「リズミ……」
セアは薄く目を開けると、苦しそうに息を吐いた。
「ご、めん、なさい。で、も、リズミ、も、ヴェシオ、も、どっちも……」
その先が、聞こえない。ぐったりとリズミに凭れ掛かるセアを抱いたまま、リズミは床に座り込んだ。
リズミの怒りの切っ先から、セアがヴェシオを庇った。その為に、セア自身が犠牲となった。それだけのことを理解するのに、かなりの時間が掛かる。泣くこともできず、リズミは呆然と、床に転がるセアの義手を見つめた。
と。リズミの横で、セアの義手が、静かに光る。唖然とするリズミの前で、義手は平らな帯に変わると、目を閉じたセアの額に巻き付いた。王冠のようなその金属と、血の気の無い額を飾るように光る『石』から、目を逸らす。
そして。
〈この国のこの後は、お前が何とかしろ〉
まだ床に尻餅をついて震えているヴェシオに吐き捨てるようにそう言うと、リズミはセアを抱きかかえて部屋を出た。
目指すのは。
昔、初めてセアと出会った、古びた塔の小部屋に、清めたセアの身体を横たえる。青白い顔をしたセアは、それでも、ただ静かに眠っているようにリズミには、見えた。
そのセアの、栗色の髪を、そっと撫でる。結局、リズミ自身が、『復讐』という醜いモノを、ずっと心に飼っていた。その結果が、これだ。
「ごめんな」
外の雨音が、耳を打つ。
リズミはただ静かに、セアの栗色の髪を撫で続けて、いた。




