一六
とって返した議場には、クライスとヴェシオが居た。
「やはり、来たか」
「すぐに、国境近くの人達を避難させ、て」
あくまで落ち着いた声で話すクライスに、息が整わないままにセアは声を掛けた。
「火を放たれたら、みんな……」
昔日の、自分が暮らしていた村で起きた悲劇を思い出していることは、確実だ。
〈落ち着け、セア〉
倒れそうになるセアを、リズミはそっと後ろから支えた。
「分かっている」
セアの言葉に頷いたのは、ヴェシオ。
「アジーン王の残酷さは、平原中に鳴り響いている」
「刈り入れの季節ではあるが、あの御仁なら刈り取るよりも火を放つ方を選ぶだろう」
クライスはヴェシオの言葉を継ぐと、穀物の刈り取りを急がせることと女子供を都に逃がすことを、傍らの伝令に命じた。
「で、アジーン王は何か言っているか?」
クライスが、セアの後ろにいたポワンに尋ねる。
「はい……」
ポワンはらしくなく、一瞬だけ言い淀んだ。
「どうした」
ヴェシオの促しに、ポワンはセアの方に顔を向けてから、唾を飲み込んで声を出す。
「王位簒奪者であるセアから、エナ女王の権利を取り戻しに来た、と」
「なんと」
セアとリズミを除く、議場にいた全ての人間が息を吐く。セアは、俯いて唇を噛み締めたままだ。
「王位簒奪者は向こうじゃないの!」
ジュリアのはっきりとした声が、静まった空間を震わせた。
確かに、セアの母である女王セレーを謀殺し、自分の出生を偽って王位に就いたのがエナ女王。それは、議場にいる全ての人間が確認済である。だが。
「おおかた、エナ女王に事寄せてのことだろう」
普段は穏やかな老人であるクライスが舌打ちしたのを、リズミは確かに聞いた。
「セレー女王が亡くなられた時にも、あの王は北の村を三つも焼いた」
その村の一つが、セアの居た村だ。
「しかし、生きていたとは、エナ女王」
「しかも最悪なところに逃げ込んで」
ざわめきだした議場の中で、セアだけが一人、俯いたまま。
〈セア〉
リズミはそっと、セアの肩に手を置いた。
「どうする、セア?」
言い辛そうに、ジュリアが問う。その問いに、セアは義手の掌に埋め込まれた鮮紅色の『石』をそっと撫で、そしてリズミの方をちらりと見てから、本当に小さな声で言った。
「私が、行かなければならない、と思う」
そうだろうな。『石』を見やり、溜息をつく。リズミが切った『石』の残りはおそらく、エナ女王が持っている。それを取り戻し、『力有る石』を滅することができる『担い手』がこの地に現れるまで守り、次の女王に渡すのが、セアの役目。だが。……こんな小さな少女に、そんな重責を背負わせて良いのだろうか? あの時、『石』を切らず、エナ女王の手を切り落としていたら。何度目かの後悔が、リズミの心を過ぎった。
セアの言葉に、議場が静まりかえる。
「セアが?」
ヴェシオの当惑に、クライスが仕方無さそうに頷いた。
「それしかないだろうな」
「精鋭の訓練はできているわ、幸いなことに」
リズミを見上げたジュリアが、会話に割って入る。リズミが辛うじて覚えていた、昔日の大国の戦法を、城を守る近衛兵達に教えて欲しいと言ったのはジュリアだったが、おそらくジュリアの後ろにいる『森の魔女』達はこの事態を予測していたのだろう。リズミはジュリアに見えないように小さく肩を竦めた。そこまで予測できるのなら、起こることを全て教えてくれたって良いようなものだ。
それはともかく。
「ならば、必要な物を言ってくれ。準備させる」
ジュリアの言葉に、クライスが頷く。
「僕も行くよ、セア」
横からそっと、ヴェシオが声を上げた。そのヴェシオの、セアを心から心配する表情に、何故か嫉妬を覚える。……ジュリアやヴェシオのことをやっかんでも不毛なことは、重々承知してはいるのだが、それでも。
「え、でも……、都のことは? 村だって、南にも西にも東にもあるし、北から逃げて来た人々のことだって」
ヴェシオの言葉に、顔を赤らめつつも当惑するセア。セアとヴェシオが互いに想い合っていることは、議場の連中は皆知っている。いや、国中で知らないのは当のセアだけだろう。だから。
「良いでしょう。国のことは、我々に任せなさい」
クライスが、議場を代表し、セアに向かってにっこりと微笑む。
その微笑みを、リズミは、嫉妬と安堵が入り交じる心で見ていた。




