一五
議場から外に出ると、秋の眩しい光が目を射る。
目を瞑ってうーんと大きく背伸びをしてから、リズミは前に立っているセアをそっと、見つめた。
「これで、良いのかなぁ……」
これまでに何度も耳にした言葉を、再び呟くセア。気弱になっているセアの気持ちは、リズミには痛いほど分かっていた。
行きがかり上、セアがミーゼス王国の新女王となってから、どのくらい経っただろうか。いつの間にか夏は終わり、季節は秋になっている。この間、俄仕立ての女王とはいえ、セアは良くやっているように、リズミには思えた。
セアを支える人々の努力があったことも、否めない。内政をヴェシオ王子が、外政を元老院代表であるクライスが担当し、前女王エナが無頓着に投げ出していた王国を少しずつ立て直している。ミーゼスの都も、郊外の村々も、少しずつ良くなっていると、報告がある。それでも。セアにのし掛かっている責任は、重い。ただでさえ小柄なセアの背中は更に小さくなっているように、リズミには見えた。だが。リズミにできることは、見守ること以外、無い。それが、リズミにはもどかしかった。もう少し政治も勉強しておけばよかったか。リズミは思わず舌打ちした。
セアの右腕が、暮れかけた太陽の光を反射して紅く光る。その光に、セアが右手を失った時を思い出したリズミの心は、深く深く落ちた。セアやヴェシオ、ジュリアなど限られた人間にしか見えない剣魔であるリズミだから、セアが右手を失った件も、エナ女王がいきなり消えた件も、何らかの『魔法』が働いたと世間ではいわれている。そのことも、リズミには悔しかった。セアを傷つけたのは、俺だ。なのに、誰も怒らない。右腕を失ったセア自身も。それが、リズミにはたまらなく悔しかった。
「セア!」
肩を落としたリズミの後ろから、元気な声が響く。ジュリアだ。
「ここに居たの」
セアが女王になり、ジュリアは森の『動く者』の職務を辞し、セアの護衛の任に就いている。おそらく『森の魔女』達にそうするよう言われたからだろうと、リズミはふんでいる。
「また、落ち込んでたの?」
リズミを押しのけるようにして、ジュリアがセアの肩をぽんと叩く。
「大丈夫よ。セアはうまくやってるわ」
セアが「普通に呼んで欲しい」と頼んだから、ジュリアはセアに『様』を付けない。ジュリアの慰めに、セアは少しだけ顔を上げた。自分が魔物だからだろうか、リズミでは、今のセアの力になれていないような気が、する。それともやはり、女の子同士の方がセアには心地良いのだろうか? リズミは妙なところでジュリアに嫉妬した。……ジュリアに焼き餅を焼いても、どうにもならないことは重々承知している、のだが。
片眼だけ、ジュリアとセアから反らし、すぐ傍の整地された広場を見る。近衛兵達が合図に合わせて様々な動きを見せているのを、リズミはほっとした気持ちで眺めた。あいつら、結構様になっている。
と。目の端に、見知った影が映る。あの小柄な少年は。
「ポワン!」
リズミがセアに注意を促す前に、ジュリアが素っ頓狂な声を上げる。
「どうしたの、そんなに慌てて?」
ジュリアがセアの護衛となったように、『森の魔女』の使い走りだったポワンもセアの伝令頭となっている。すばしっこい少年だから適役だ、とリズミは思っている。そのポワンの顔が、紫色になっている。何かあった。リズミはすぐにそれを感じとった。それがセアに更なる心の痛みをもたらすことも。
「隣国が、動いた」
息の上がったポワンが、それだけ言う。
「隣国、って、もしかしなくても、アジーン王?」
何かと評判の悪い北の王の名をジュリアが挙げると、ポワンはこくんと頷いた。
アジーン王。その名を聞くと、苦い思いがリズミの胸に広がる。その王こそ、かつて、セアの村を焼いた、赤い旗の小部隊の隊長。
そっと、セアの方を見やる。セアの青い顔がますます青くなっているのが、リズミには痛々しく見えた。
「とにかく、議場へ。みんな待ってる」
そのセアのチュニックの裾を、ポワンが引く。
ポワンとジュリアに抱きかかえられるように議場へと向かうセアの後ろを、リズミも心急きながら付いていった。




