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剣の娘  作者: 風城国子智
10/18

一〇

 空を飛ぶ感覚に、思わず身を震わせる。

 遠くには、月の光に照らされた王宮のシルエットが、あった。

 ああ、これは。『森の魔女』の、誰かの記憶。

〈先代の『動く者』の記憶よ〉

 セア経由で、ジュリアの声が、響く。リズミが戸惑っている間に、視界の中の城は急速に大きくなり、やがて石壁に穿たれた一つの窓しか見えなくなった。

 頑丈な鎧戸の嵌った窓から、するりと簡単に室内に入る。暖炉の火と蝋燭で明るい、広い円形の部屋には、二人の婦人が見えた。二人とも、腹が大きく、床に敷かれた毛皮に座って編み物をしている。

「もうすぐ、逢えるわね」

 婦人の片方、紺色のマントを肩に掛けた方が、膨れたお腹を擦ってにこりと笑う。そのマントに描かれた紋章は、王家のもの。と、すると、この婦人は。

「急かし過ぎですよ、セレー女王」

 もう一人の、穏やかな顔をした婦人の言葉で、予想は確信に変わる。

 部屋の影に佇む人物には全く気付いていないセレー女王とお付きの婦人――顔が似ているから、彼女も王族の一員なのだろう――は、編み物をしながら話を続けた。

「女の子かしら? 男の子かしら?」

「女の子だと良いですね」

「そう?」

 穏やかな婦人の声に、セレー女王はその時だけ眉を顰める。

「そりゃあ、女の子なら、みんな喜ぶ、けど」

 暖炉の側に置かれた、鮮紅色の宝石が光る王冠を見やり、セレー女王は大きな溜め息をついた。

「……女王になって、『石』を守らないといけない運命なんて、私だけでたくさん」

「そんなことを言ってはいけませんよ、セレー女王」

 民の、為ですから。婦人の声に、女王は少しだけ、頷いた。

「そうね」

 その時、それまで固定されていた視線が、動く。

「セレー女王」

 自分の口から重々しい女性の声が響くのを、リズミは確かに感じた。

「そなたの運命を、告げに来た」

 いきなり部屋に現れた乱入者に、セレー女王は驚かなかった。

「『森の魔女』の予言なら、従う他はあるまい」

 溜め息をつく女王に、『森の魔女』はただ静かに告げる。

「そなたの従妹、エナが、女王位を狙っている。そなたも、生まれ来るそなたの娘も、殺されるであろう」

「まあ」

「エナは『女王の息子の娘』なのに」

 顔色を変える、女王と婦人。だがすぐに、女王はキッと眦を上げ、はっきりとした声で言った。

「そんなことは、させない。娘も国も、私が守る」

「落ち着け。お腹の子に障る」

 女王の言葉に笑った『森の魔女』は、セレー女王に一つの方法を教えた。……女王の生む娘と、お付きの婦人の生む息子を、取り替えること。

〈まさか〉

 ヴェシオの声が、響く。その声にリネアが頷いたのが、リズミにもはっきりと、分かった。

 月満ちて、同じ日に、セレー女王はセアという名の女の子を、お付きの婦人――彼女もまた、セレー女王の従妹、『女王の息子の娘』であり、セレー女王の兄の妻でもあった――はヴェシオという名の男の子を産んだ。その二人の赤子を取り替えたのは、産婆として城に派遣された『森の魔女』。更に、セレーに頼まれて、『森の魔女』はセアを、国境近くの北の村にある孤児院に預けた。おそらく、セアの運命が『力有る石』と交わらないよう、セレー女王の願いを込めて。

 そして、五年後、『森の魔女』の予言通り、エナはセレーを謀殺し、女王位に就いた。女王位に就くや否や、エナはセレーの王冠――『石』を封じる為に『森の魔女』達が作成した『女王の印』――から『石』を抜き取り、自分のものにした。

 エナの行為が『石』に操られた所為かどうかは、分からない。

〈あの女王は、若さと王位が欲しかっただけ。だから、今のところは僅かな損害で済んではいるが〉

 リネアの声が、舌打ちを誘発する。快楽の為に少女を殺すのが『僅かな損害』で片付けられることだろうか? セアの哀しみが、リズミの心に響いた。

 そして。

〈あのステンドグラスを作ったのは、我々の意を汲んだ細工職人〉

 運命に導かれた者の、理解の助けとする為に。そう、厳かに告げたリネアの言葉の中にある憂慮が、リズミの心を曇らせた。

 不意に、視界に森が入る。記憶の共有が、終わったのだろう。リズミは自分の頭を整理するように目を瞬かせた。リネアと『森の魔女』達、そしてセレー女王が案じている事柄を、リズミは深く理解していた。彼女達は『石』の暴走を、そしてそれが故に仲間達とこの国の人々が苦しむことを、恐れている。だが。

〈嫌だ〉

 リズミに取って大切なのは、セアだけ。セアを、ネイディアに生き写しのセアを、ネイディアのような運命に、巻き込みたくは、ない。

「運命を受け入れるしか、ないんだよ」

 我が侭のようなリズミの思考を読み取ったかのように、リネアがリズミを見る。

「初代女王シフルも、そしてネイディアも、そうした」

 リネアの言葉が、開きかけたリズミの口を封じた。

「ネイディア?」

 そして。リネアの言葉に、再びセアが首を傾げる。そう。セアは、……何も知らないのだ。リズミが、教えなかったから。

「そうか」

 セアの問いに、再びリネアがアンの手を取る。リネアのその行動を見て、ジュリアも、解いていた手をセアの手に重ねた。

「この王国の成り立ちも、教えよう」

 そのリネアの言葉と共に、リズミの意識は、再び深い霧の中へと落ちていった。

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