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剣の娘  作者: 風城国子智
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 雨が石畳を叩く音に、高い話し声が混じる。

 誰かが、侵入して来たな。リズミはゆっくりと微睡みから目覚め、そして面倒だという思いと共に大きく背伸びをした。

 村外れの荒野に聳え立つ、古い石造りの塔。隣国との境界線が村の近くを通っていた時には、絶え間無い戦乱や略奪、暴力行為から一時的に逃れ、そして応酬する為に使われていたものであるが、境界線が村からずっと離れた場所にある現在では、外も内部もすっかり荒れ果て、普通の大人は全く近寄らない場所と成り果てている。入ってくるのは、スリルを求める無謀な若者か、冒険好きの子供だけだ。しかし、夜になってからの侵入者は、珍しい。リズミはそっと、居室にしている小部屋――昔は、領主の一族が閉じ籠もるのに利用されていたらしい、この塔の中では一番マシな部屋――から意識を飛ばし、部屋の外の様子を窺った。

 意識体が目にした光景に、思わず、舌打ちが出る。

〈……あやつ、また来たのか〉

 塔の中にある螺旋階段を、手にしたランタンの僅かな明かりで恐がりもせず昇ってくるのは、ここには何度も来たことがある、少女。確か村にある女子専用の孤児院にいると耳にしている。この前の侵入時には、塔内の武器庫から保存状態の一番良い細身の剣を持って行った。その剣が、少女の腰で、細いベルト一本に支えられてゆらゆらと危なっかしく揺れている。同族のガサツな扱われ方に、リズミはもう一度深い溜め息をついた。

 と。

〈……おや〉

 剣を腰に下げた少女の背後に、もう一つ影を見つける。

「ほら、大丈夫。怖くないよ」

 少女が優しく手を差し伸べているところをみると、同じ孤児院の仲間だろうか? しかし本当に、小さくておどおどした影だ。不意に興味を覚え、リズミはその小さい少女の方へと視点を移した。次の瞬間。

〈……ネイディア?〉

 とうに昔の思い出になってしまっている、古い記憶が、震えるように蘇る。いや、彼女は、百年以上前にこの世を去っている。見間違いだ。動揺した息を、リズミは少しずつ整えた。……しかし、良く似ている。男の子のように短い栗色の髪も、ランタンの影でおどおどと動く華奢な身体も、剣を持つ少女の方を見上げる自信無さげな暗色の瞳も。

 リズミが観察しているのに気付いたかのように、小さな少女が不意に顔を上げる。少女と目が合って一瞬心臓が踊ったリズミだったが、すぐに気持ちを落ち着かせた。少女の目の前にいるのは意識体だけなのだから、普通の人間にリズミが見えるはずが無い。だが。少女はリズミ(の意識体)と目を合わせると、はにかんだようににっこりと、微笑んだ。まさか。……見えている? 鼓動が、早くなる。この子は、一体?

「ほら、セア。もう少し」

 足が止まってしまった小さな少女を促す、剣を持った少女の声に、はっと我に返る。

「この上が武器庫だから」

 どうやら少女二人は、上階の武器庫に行くつもりらしい。昔日に武器を蓄えた部屋は塔の各階にあるが、上階に行くほど装飾品を兼ねた物が多いことを、何度もこの塔に不法侵入している剣を持つ少女は知っている。おそらく先日の剣では満足せず、もっと他の、もう少しお金になるものを盗ろうというつもりなのだろう。全く。腹を立てる前に情けなくなってくる。彼女がこれ以上悪事を重ねないよう、自分の魔力で脅かしておこうか。リズミはそんなことを考えた。それにしても。彼女は何故、小さい、足手纏いになるような少女をこんなところへ連れて来たのだろうか? それだけが、疑問。

「ほら、頑張って。この塔から何か持って帰れたら、絶対、村の子達はあんたを虐めなくなるから」

 リズミの疑問は、すぐに解ける。

〈ほう〉

 ガサツなように見える少女だが、自分よりも弱い者への気遣いは持っている。それが、リズミには不思議で、しかし好ましく思えた。まあ、ここのガラクタ武器もぼろぼろの装飾品も、リズミの物ではない。リズミ自身、勝手にこの塔に居着いているだけだ。自分の小部屋を荒らされない限り、侵入者は無視しておこう。そう思い、意識を自分の身体に戻しかけた、丁度その時。

〈……え?〉

 セアと呼ばれていた、小さい方の少女が、踊り場の壁に指を這わせる。そこ、は。リズミが驚愕する前に、壁に隠されていた扉が音も無く横滑りした。

〈な、なんで〉

 何故、そこに隠し扉があると分かったのだ? あまりの驚きで、動くことを一切忘れる。だが、リズミはすぐに意識を取り戻した。……身を、隠さなければ。

「ここって……」

 リズミが魔法で身を隠してすぐ、カンテラの明かりがリズミの部屋へ入ってくる。

「すごい! 宝物がいっぱい!」

 ほどなく、剣を持つ少女の歓声が耳に入って来た。

 確かにこの部屋は、普通の少女が見れば「宝物が一杯」に見えるだろう。華やかなタペストリーが幾枚も掛かった壁に、豪奢な天蓋付きのベッド。名剣に宿った剣魔であるリズミに必要な家具しかない小部屋だが、なるべく自分に相応しい家具を選んで作り上げた部屋である。これまでにこの部屋に入って来たのは、知っている限りリズミ自身のみ。その部屋に繋がる、昔の魔法が掛かった隠し扉を開くことができるとは。この少女、ただ者ではない。リズミはふっと乾いた笑みを浮かべると、外の雨でびしょぬれのまま大切なベッドに腰をかけた二人にそっと、近づいた。

「綺麗な部屋ね。乾いて、落ち着いてて」

 剣を持つ少女が、声を上げて笑う。部屋を褒められるのは嬉しいが、ベッドを濡らされるのは困る。さっさと追い出すべきか、いや、小さい少女の方が、気になる。イライラする気持ちを抑えながら、リズミは少女達の話し声――喋っているのは殆ど剣を持った少女の方だが――に耳を傾けた。

「この帯なんか、持って帰ったら羨ましがられるかな」

 剣を持った少女が、不意に天蓋に掛かる紺色の剣帯を引く。それは、ダメだ。首を振りつつ床に落ちた剣帯の方へ向かう。この剣帯は、あの人の物。金糸の刺繍が美しく、血で少し汚れてはいるが、リズミにとっては命よりも大切なもの。だが。リズミが剣帯の方へ駆け寄るより早く、小さな少女が剣の少女の方へ手を伸ばし、首を横に振った。

「え、ダメ? なんで?」

 剣を持つ少女が、不思議そうな顔をして小さな少女の方を見る。それでも、小さな少女が首を横に振り続けるので、少女はふっと肩を竦めた。

「うーん、でも、壁のタペストリーは持って帰るには大き過ぎるし」

 仕方が無い。早く帰ってもらう為だ。リズミはマントを留めていた留め金をそっと外すと、小さな方の少女の膝にそっと乗せた。オークの葉を交差させた形の、白い金でできた留め金。これも、あの人の持ち物だが、何故かこの小さい少女には渡しても良いような気がした。

「あ、セア、それ」

 突然現れた美しい装飾品に、剣を持つ少女の目が丸くなる。

「綺麗ね。それなら、自慢できるかもよ」

 少女の言葉に、小さな少女は首を横に振った。

「あの子達に、見せたくない。取られるかも、しれない」

 小さな声で、呟かれる言葉。

「うーん、そうだよねぇ」

 唸る少女の声に重なるように、小さな少女は思いがけないことを言った。

「剣の戦士の、大切な物だし」

「剣の、戦士?」

 小さな少女の言葉に驚いたのは、剣を持つ少女だけではない。リズミ自身も、正直ドキッとする。この小さな少女には、生半可な人間では扱えないほどの大剣を背負った細板鎧姿のリズミも、リズミの正体すらも、おそらく見えている。リズミのその推測を、裏付けるかのように。

「ここに、いるの」

 小さな少女が、リズミが佇む方向を正確に見据えてにこりと笑う。その笑みは、やはり、彼女に瓜二つ。

「……私には、見えないけどね」

 小さな少女と同じ方向を見た、剣を持つ少女が、ふっと肩を竦める。

「でも、剣の術に長けた戦士だったら、剣の使い方を教えてもらえるかな?」

 ベルトから剣を外し、危なっかしそうに弄ぶ少女が、大きく息を吐いた。

「そうしたら、女王の城に衛士として行けるのに」

 この塔のある場所の、現在の領主は、ミーゼス王国。マース大陸中北部、ユール平原唯一の、女王が治める国。国を治める女王は高い尊敬を集めており、目の前の二人の少女達が暮らす孤児院も、女王からの寄付で成り立っているという。剣を持つ少女が「将来は女王を警護する王城の衛士になりたい」と願うのは、当然のことなのだろう。

「ね、セアも一緒に行けると良いね」

 不意に、剣を持つ少女が小さな少女を抱き締める。小さな少女が首を横に振ると、剣を持つ少女はにっこりと笑って言った。

「大丈夫よ。あなたは賢いし、読み書きできるし。衛士じゃなくって、女王の秘書になれるかもよ」

 少女達の小さな夢は、留まるところを知らない。話を聞きながら、リズミは思わず笑みを零した。この少女達の為に、少しは力になっても、良いかもしれない。……彼女達が、きちんと礼を尽くして頼めば、だが。


 それから二、三日後の夜。

 夕方から降り出した雨の音に、再び足音が混じったのを、リズミは期待を込めて聞いた。

 あの少女達が、来たのだろうか? いや、……足音は、一人だけだ。しかもやけに、遅い。リズミは再び、意識だけを部屋の外へ飛ばした。すぐに、あの小さな少女が、たった一人で明かりも持たずに塔の螺旋階段を昇っているのに出くわす。少女は俯き、そしてその小さな両腕には、先日大きな方の少女がベルトに引っ掛けていた剣が、あった。

 どうしたと、いうのだろう? 訝しみながら、意識を身体に戻す。すぐに、少女は踊り場の隠し扉を開け、リズミの部屋に入って来た。だが、部屋に入って来たのは良いが、少女は扉の傍から一歩も動かない。心配になって近づいたリズミは、水滴が床に落ちる音を聞いた。……泣いて、いる? でも、何故? そして。少女の身体からは、微かに何かが焦げているような匂いが、確かに、した。

 そっと、震える少女の肩に触れる。少女はびくっと身を震わせ、そしてゆっくりと顔を上げてリズミを見た。

 少女の、濡れた瞳から、全てを読み取る。昨日の昼、隣国の赤い旗を掲げた、傭兵より立派な鎧を身につけた小部隊が村に現れたこと。村にあった家畜も食料も全てその部隊に奪われ、更に村に火を点けられたこと。そして、孤児院に踏み込もうとした部隊員に抵抗したあの剣持つ少女が、無造作にその命を断ち切られたこと。

「剣の技、教えて」

 か細い声が、少女の口から発せられる。両腕に抱えた剣をリズミの方へ差し出した少女は、儚げで、そのくせ強い意志に満ちていた。

 技を教えるのは、問題無い。頷きそうになったリズミは、しかし、昔の苦い思いに引き戻された。この子には、彼女の、ネイディアのようには、なってほしくない。だから。

「二つ、頼みがある」

 そっと、それだけ、口に出す。

 目の前の少女ははっと瞳を見開き、そして不思議そうに首を傾げた。

「まず、留め金を返してくれ。教授料だ」

 その少女の目の前に、大きな掌を出す。すぐに、その掌に、温かい金属の感覚を覚えた。

「そして、だ」

 少女の暗色の瞳を見て、ゆっくりと息を吐く。留め金よりも、この約束の方が、大切。

「約束してくれ。剣の技を、復讐には使わないことを」

 リズミの言葉に、少女が俯く。少女が再び顔を上げるまで、長い時間が掛かった。それは、そうだろう。俯いて震える少女を、理解する。少女がここに来た原動力は、掛け替えの無い友人を殺された怒り。リズミの言葉は、それを否定しているのだから。

「……分かった」

 やっとのことで、先程よりも更にか細くなった声が部屋に響く。

 再び顔を上げた少女は、内面の意志で輝いて見えた。

「名前を、名乗っておく。俺の名はフワーリズミ。リズミって呼んでくれ」

「セア」

 リズミの名乗りに、あくまで小さく答える少女。

 大丈夫だろうか? 一瞬、不安がリズミを襲う。こんな小さな少女に剣が扱えるだろうか? 少女が復讐を忘れることができるだろうか?

〈ええい、ままよ〉

 自分が、セアという名のこの少女に興味を持っているのは、確か。この少女には何か特別な『力』がありそうな気も、する。それで何とかなるだろう。そこまで考えて初めて、リズミはふっと息を吐いた。

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