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春待福介の終幕  作者: ペポ
第1章 市内脱出編
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008 グランツ


 今日初めて藁科という人物に会った俺であるが、そんな俺でも今現在の彼が最高潮に機嫌が悪いであろうということがわかる。殺気が漲っている。あの視線だけでそこらの子犬程度なら殺してしまいそうだ。


「全員下がってろ。こいつを片付けて奴を追う」


 藁科がまた一歩俺に近づく。


 その距離、既に五メートルほど。


 俺の心臓がバクバクと鳴っている。


「……あ、あの一応俺、一般人なんですけど……」


「知るか、殺す」


「……えっと、あの子が何者とか全く知らないんですけど……」


「知るか、殺す」


「助けてください」


「知るか、殺す」


 話し合いの余地なし。


 おまけに俺の命乞いもシカトだ。


 ……どうしよう。


「……あ、あの、藁科班長。いくらなんでもそんなガキがあの研究所に絡んでいるとはとても……」


 藁科の後方にいる奴が、そうおずおずと切り出すが、藁科はそいつを振り返らずに冷たくあしらう。


「そんなことわかんねえだろ。可能性がある以上、始末しておくべきだ」


 なんてお仕事熱心な!


 こんな状況じゃなきゃ感心してしまいそうだ。


「ふぅー……」


 俺は大きく息を吐き出す。


 落ち着け。


 状況を把握しろ。


 藁科達はどうやら俺をここで始末するつもりらしい。だが、その中で一番やる気満々の藁科は見たところ武器を持っているという風でもない。加えてここは列車の車内。跳弾の危険がある以上、後ろの連中もそう簡単に拳銃とかは使ってこないだろう。さっき野外でカーチェイスをした時とは状況が違う。つまり戦闘はおのずと肉弾戦ということになる。平和主義の俺は別に喧嘩とかしたことは無いが、小柄な藁科より、野球で鍛えているこの俺の方に分があるだろう。向こうには数の利があるが、この狭い車内ではそれを有意に活かすことは難しいはず。あのチビ(藁科)が突っ込んできたところに俺の右ストレートをお見舞いしてやるぜ。


 俺の思考が落ち着いたところで、構える。


 来るなら来い。


 時間を稼ぐだけで十分だ。


 電車が止まったら窓突き破ってゴーアウェイだぜ。


「…………ふん」


 俺が構えたのを見て、藁科は両手をだらりと下に降ろした。


「?」


 すると藁科の両手が淡く光り始める。それはまるで深い森を連想させる深緑色。よく見れば、藁科の両手が光っているのではなく、両手から光が放出されているのだ。


「!?」


 違いが分かるだろうか。


 彼の両手自身が光っているのではなく、彼の両手から光のような物質がゆっくりと放出されているのだ。


 俺が驚愕していると、その光は両手から一直線に伸び、何やら棒のようなものを形作る。


 訳が分からない。


 なんだあれは?


 超能力の一種か?


 光はやがて収束し、彼の両手に収まる二振りの刀のようなものになった。刀にしては真っ直ぐだが。


 藁科は両手のそれを下段に構え言い放つ。


「……具象化『深緑一色リュウイーソー』」




 俺は訳が分からずその様を穴が開くほど見つめるだけだ。


 具象化?


 何それ?


「おお! 生で見るの初めてだ! 藁科班長の直刀『深緑一色リュウイーソー』!」


「戦闘班全体でもグランツの具象化ができる人間なんて三人しかいないんだろ! すげー!」


「渋くて素敵な色! かっこいいわ!」


 何やら後ろの面々のテンションが高い。


 俺は呆れながらも、その中に聞きなれない単語があったことに気付いた。


 『グランツ』。


 聞いたことない単語だ。


 が、話を聞く限り、あの変な深緑色の光は『グランツ』とかいうのに関係があるようだ。


 あ、あと、あの真っ直ぐな刀、直刀って言うんだ。


 教えてくれてありがとう。


「……ガキ、グランツを見るのは初めてか?」


「だったらなんだよ」


 さっきからガキって呼ばれ過ぎていい加減腹が立ってきたので、ぶっきらぼうな口調になってしまう。


「だったら死ぬ前に見られてよかったな。最近使える奴が増えてきたが、それでもまだ一千万人に一人ってとこだ。そう簡単にお目にかかれる代物じゃない」


 一千万人に一人って凄いな。


 超能力だって百万人に一人ってところだから、それよりさらに貴重ってことになる。


 てか、グランツって何?


 超能力とは違うの?


「その顔、グランツってなんだって顔だな。……これから死ぬお前が知る必要は、ない!」


 教えてくれねぇのかよ。


 瞬間、藁科が右手の『深緑一色リュウイーソー』を横薙ぎに振り抜いた。


 狙いは、殺すと言ったために当然首で、その位置は的確で、速さも申し分なく、ただの一般人なら自分に何が起きたか知ることなくあの世行きだっただろう。藁科だって、そう思っていたに違いない。だからこそ片方しか振らなかったのだろう。まさかただの一般人が避けるとは思うまい。


 が、俺はそれを避けた。


 藁科の、本気を出してはいないまでも、ただの一般人にはオーバーキル過ぎる一太刀を、俺はサッとしゃがむことで回避したのだ。


「……!」


 今度は藁科が驚愕する番だ。


 俺は一般人だが、『ただの』一般人じゃない。




 俺はそのまま数歩下がって藁科と再び距離を取る。事態を把握できていない藁科は警戒しているためかそんな俺に追撃を仕掛けてこない。好都合だ。いくら俺の『能力』を使ったって、絶対確実に避けられるとは限らないのだから。


 俺の能力、『予見』。


 たかだか一秒先が見えるだけとはいえ、戦いにおいてそれはかなり有利に働く。銃弾だろうが斬撃だろうが、回避することはそう難しくはない。


 当然、話し合いが決裂した場合にこういう展開になる事は読めていたが、俺自身がそう簡単に死ぬとは考えていなかった。『予見』を考慮に入れたここまでが俺の想定内。


 まぁ、まさかあんなチートな能力使ってくるとは思ってなかったけどな。


「……おいガキ、てめえ、何もんだ」


「……さぁ?」


 せいぜい不敵に見えるように笑って見せる。


 藁科からさらなる殺気と怒気が漲る。めちゃくちゃ怖い。まさに怒髪天といった感じだ。


 てかこいつ、沸点低すぎだろ。


 藁科がわずかに動いた。


 今度は先程よりも数段速い。


 が、俺には『見えている』。


「……!」


 “右手の直刀を先程同様横薙いで首を狙い、回避ししゃがんだ俺の心臓を狙い左手の直刀で下段に突き、さらに右手で上から下へと袈裟切りで肺を潰される”


 流れるように無駄のない動き。


 一般人相手にこいつ何してんだよ。


 きっちり回避した後の追撃まで用意し、しかもそのどの攻撃もが人体の急所を突いている。容赦を知らない奴だ。そんな光景に俺は冷や汗を流す。


 俺は『見えた』藁科の動きを回避しにかかる。横薙ぎをしゃがんで躱すと、続く突きに対して逆に藁科との距離を詰める。ギリギリで躱すことによって俺は藁科のがら空きの懐に入ることに成功。俺はそこに左ストレートを叩き込む。


「ぐっ……!」


 俺の渾身のストレートだったが、藁科を少しよろめかせるだけにとどまる。俺が右投右打だったからだけではないだろう。どうやらそれなりに鍛えているらしい。素人の俺の拳ではこの程度か。


 俺はその隙に再び藁科と距離を取る。


 あっ、追撃かければよかったか……?


 いや、どうせ大して効果ないんだし、せいぜいこいつを刺激しないようにしているのが得策だろう。


「あいつ、なんだ……!?」


「藁科班長の決殺の三連撃、“三暗刻サンアンコウ”を躱した……!?」


 驚きの声を上げる藁科の後ろの面々。


 決殺って、通りで急所ばっか狙ってくると思ったぜ。


 さて、ここから俺の中でプランはない。とにかく藁科の攻撃を躱し続けて時間を稼ぐ。俺に攻勢に出る手段がないのだから仕方がない。電車が止まったら、外に出てアインス達と合流してランアウェイ。


 完璧なプランだ。藁科はどう出る?


「…………」


 藁科はゆらりと深緑一色リュウイーソーを構える。


 “藁科の身体がブレる”


 『予見』で見た未来。


「……?」


 どういうことだ?


 瞬間、藁科の全身が、ブレた。


 俺はとっさに『藁科の影のようなもの』を回避するように動いた。その判断が生死を分けた。


 俺の首がたった今まであった場所を深緑の斬撃が通過し、俺の全身に冷や汗が噴き出した。


 俺はそのまま無様に尻餅をつき、しまったと思った瞬間には俺の首筋に深緑の直刀が突きつけられていた。否、一ミリほど食い込んでいる……。


 ちょっと、血出てるんだけど……。


 藁科は直刀を突き付けているのとは別のほうの手で俺の胸ぐらを乱暴に掴んだ。


「……最後に弁明の余地をやる。てめえはどこで、誰の仲介であいつと知り合った? 言え」


 藁科は恐ろしい目つきで深緑一色リュウイーソーの一振りを俺の首に押し当ててくる。


 一ミリが二ミリに……っ!


「さすが藁科班長! 最速の評判は伊達じゃないですね!」


「僕、速すぎて何も見えなかったです!」


 藁科に降り注ぐ称賛の声。


 そうか、俺が『よく見えなかった』のはこいつの動きが速すぎたせいか。さっきよりもさらに速かった。俺の能力は『予見』。俺が『それを視認しなければ』意味がない。高校野球で鍛えた俺の動体視力は人並みを越えているだろうが、それでも当然追えないものはあるわけで、それがつまり藁科だったのだろう。『最速』だという藁科に、俺の『予見』はあまり意味を為さない。ある意味、俺の『天敵』だと言っても差しつけない。


「言わねえのか? ならここで死ぬだけだ」


 藁科の目を見ればわかる。こいつは本気だ。


 まだ死にたくない。


 考えろ。


 ……別に、清嶺地のことを言ってしまってもいいんじゃないか?


 あの手紙も証拠として差し出して、俺は単なる偶然で巻き込まれてしまっただけだって、言ってしまえばいいんじゃないか?


 別に俺が清嶺地やカルマンを助けなきゃいけない義理なんてない。まして命に代えて、なんて。


 言ってしまおうか。


 ……いや待て、早まるな。


 言ってしまってもいいのだろうか?


 藁科は言っていたじゃないか。


 『その女に関わった時点でお前らの処分は決まってる』。


 つまりここで俺が清嶺地のことを話そうと話すまいと、俺の『処分は決まってる』わけだ。


 だったらどうする?


 言うか、言わないか。


 天秤にかけろ。


 清嶺地のことを話して死ぬか、話さずに死ぬか。


 後悔しないほうを選べ。


 ……フッ、決まってる。


「……弁明なんてない。あんたに話すことなんて、これっぽちもないんだよ」

 話さずに死のう。


 だってそのほうが、カッコイイじゃないか。


「……そうか。あいつと関わった時点でてめえの死は決まってる。……死ね」


 藁科は俺の胸ぐらから手を離し、首に突きつけていたほうの直刀を振りかぶる。


 俺は死を覚悟した。




 が、死は訪れなかった。


 ガラッ!


 藁科の手が止まる。


 車両の前方の扉を開けて現れたのは、赤い髪の少女、カルマンだった。


「……どうなってるの?」


 カルマンが、無様に尻餅をついた俺と、その俺に直刀を振りかぶる藁科の姿を捉えた。


「ちょうどいい。てめえもここで――」


「――離れて」


 藁科の言葉を、カルマンは遮る。


 その言葉の強さに戦慄した俺は、カルマンの右手を見て、さらに戦慄するのだった。


 カルマンの右手からは、赤い光が溢れていた。それは彼女の髪の色とは少しだけ違う、圧倒的なまでの紅色だった。その光は彼女の手からするりと伸び、彼女はそれをガシッと掴んだ。


「春待から、離れて!」


そしてそれを、思い切り横薙いだ。


 バキィッ!!!


 彼女の振り抜いた真紅の光は、さながら鞭の如く、嵐の如く、藁科含むメロディーラインの面々を、その電車の車体の上半分ごと弾き飛ばしたのだった。


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