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春待福介の終幕  作者: ペポ
第1章 市内脱出編
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004 清嶺地の手紙


 盆地を出てからおよそ一時間。


 時刻は既に午後は九時を回っている。


 俺達はそのまま最寄りの駅へと向かった。


 『西地江駅』。


 地江市に存在する三つの駅のうちの一つで、この辺りだと割と規模の小さいほうになる。物品の調達には少し不便だが、逃走中の身としてはあまり大きな駅は気が引ける。


 当然、俺はバイト先へは寄らない。さっきの爆発や銃撃を見て、そんな暇はないと判断した。この原付はしばらく駅に放置してしまうことになるが、観念してもらおう。一応鍵は俺が持っておく。もしかしたらまた使う機会もあるかもしれないしな。回収されてしまうだろうか? いや、配達に行った俺が戻ってこないってところから俺の原付だと分かるとは思うが、さすがにすぐに捜索願を出したりはしないだろう。ありがたい。


 まあ俺はクビだろうけどね!


 俺達は駅の駐輪場の隅に原付を止めた。


 一応、目立たないようにという配慮からだ。


「さて、電車までまだ少しだけ時間があるな」


「お腹空いた、春待」


 こいつ……!


 状況わかってるのか?


「なぁ、カルマンよ」


「何?」


「俺はな、年上に対しては敬語というものを使うべきだと思うんだ」


「はい、春待」


「でな、年上の人を呼び捨てで呼ぶのはどうかと思うんだよ」


「はい、春待」


「……つまり、俺のことを呼び捨てで呼ぶのはどうなんだ?」


「はい、春待」


 受け答えになってねぇよ。


 直す気もないみたいだし、バカにしてんのか?


「でも清嶺地博士が言ってた。私みたいな可愛い女の子が呼び捨てで呼べば、大抵の男の人は言うことを聞いてくれるって」


 あいつ何教えてやがるんだ……!


 まさにその通りだが。


「まあ俺の呼び方なんて何でもいいんだけどさ、少しは言葉使いとか気にしたほうが良いぞ」


「はい、春待」


 ホントにわかってるのかわかってないのか……。


 カルマンは俺のほうを見て笑顔を浮かべる。


 俺が見る、初めてのカルマンの笑顔。


 ……仕方がない、許そう。




 俺達はとりあえずこの駅から行ける限界のところまで行くことにした。大きな駅だとテロリストの仲間がいる可能性もある。その点、終点までの切符を買っておけば、状況に応じて途中下車なんてことも可能だしな。


 駅のホームで待っている間、俺達は清嶺地から貰った手紙を読んでみることにした。


 俺は今だってまったく状況が分からないまま逃亡生活を強いられてるんだ。早く自分の置かれている状況というものを知りたい。俺はやや乱暴に封を切り、若干薬品のような匂いのする便箋を取り出してカルマンにも見えるように広げてやった。




 ***




「親愛なるこの手紙を読んでいるそこの君へ




 僕の名前は清嶺地蛍。


 生物学・遺伝子工学を専攻する研究者です。


 この手紙を読んでいるということは、僕はもうこの世にはいないでしょう――




 ***




「なんだって!? 抜け道から逃げたんじゃないのか!?」


「続きがあります。静かに読みましょう、春待」


 動揺した俺を窘めるカルマン。




 ***




 ――というのは嘘です。一度書いてみたかっただけです。




 ***




「嘘かよ!」


 清嶺地は今日少し会っただけの男だが、手紙やカルマンの話からすると、かなりふざけた性格をした男だったようだ。


 俺は構わず続きを読む。




 ***




 さて、僕がこの手紙を託したということは、君はカルマンことアインスを連れて逃亡生活を送ってくれるということでしょう。本当にありがとうございます。


 本来ならばその役目は僕のものでした。僕がしなければいけないものでした。


 しかし、僕には他にやらなければならない事柄があります。僕自身が責任を取らなければならないことは、カルマンの事だけではないのです。僕は、カルマンならばもう僕が居なくても大丈夫だと判断し、君の元に預けました。彼女はとても優秀な子です。おそらく君ともうまくやっていってくれることでしょう。




 さて、ここからが本題です。


 なぜ彼女はテロリスト達から狙われているのか。


 彼女はいったい何者なのか。


 君が疑問に思っているだろうことについて、この手紙だけで十分な説明ができるとは思っていません。


 だが、何も知らずに逃げ回るよりマシでしょう。


 僕もできる限り、君に理解してもらえるように努めます。


 準備はいいかい?




 ***




 前置きが長いな。


 というよりカルマンを俺に任せることになった経緯というか言い訳というか釈明といった感じだ。


 まぁ、そんな部分はどうでもいい。俺が気になっているのはその先の部分だ。




 ***




 彼女――カルマンは厳密には人間ではありません。


 我々科学者が現代の科学、主に遺伝子操作技術を結集して作り上げた人工生命体、人造人間。


 我々はそれをホムンクルスと呼ぶことにしました。


 本来ホムンクルスとは錬金術によって生成される人工生命体のことを指しますが、そこは気にしないでください。


 我々は増長していました。


 ついに科学が空想の錬金術を凌駕したと。




 君はホムンクルスがもともと何かを知っていますか?


 小説か何かで取り上げられているものを見聞きしたことはあるかもしれませんね。最初に精製したとされているのはかの有名なパラケルススで、彼の著書の中でその精製方法が明かされています。彼は人の精液と血液を用いることでホムンクルスを精製したと記していますが、彼以外にそれに成功したものはなく、我々から見ても科学的な根拠も再現性も欠いた荒唐無稽なものだと言わざるを得ません。


 我々は錬金術などという非科学的なものに頼らず、己の信じる科学の力を用いることで彼以来の偉業を成し遂げたのです!


 その成果が彼女。


 世界初のホムンクルス。


 一作目アインス


 人外の身体能力や頭脳を持つ、人間を超越した存在。


 それが彼女なのです。




 正直、彼女のスペックについて詳しく説明しておきたいのは山々なのですが、ここでは割愛します。


 僕が言いたいのは、そんな彼女にも普通に接してあげてほしいということです。


 彼女は生まれてこのかた研究所を出たことがほとんどありません。研究所の中で来る日も来る日も検査や実験に追われ、そこに彼女の意思などなかったのです。僕はそれが不憫でなりませんでした。彼女がこのようになった責任の一端は僕にあるというのに。


 だから僕は彼女に名前を付け、時に外の世界を散歩させてあげたりしました。それが僕にできる唯一の事だと思ったのです。




 さて、とりあえず彼女の話はこれくらいでいいですかね?


 最後にテロリスト『自由を奏でる革命戦線 メロディーライン』について少しだけ触れておきましょう。


 彼らの目的は世界平和。


 テロリストというものは大抵そういった大義名分を掲げるものです。


 その実態は、反科学体制組織、といったところです。


 現代社会の科学主義的な考え方に異議を唱え、それを武力を持って制圧しようとしている危険組織なのです。


 彼らにとってカルマンは、まさに許されざる、打ち倒すべき存在、その象徴なのです。




 君がこれから彼女と逃亡生活を送るにあたって、おそらく彼女を殺そうとするメロディーラインと、逃げ出した彼女の奪還を図る日本政府の妨害があるでしょう。それらから逃げることは正直、かなり難しい。それでも、あの研究所で大人しくメロディーラインに殺されるのを黙って見ている事なんて僕にはできなかった。


 だから、お願いします。


 彼女を、カルマンを逃がしてください。


 彼女に、自由な生き方を教えてやってください。




                      清嶺地蛍




 追伸




 もし困った時には、アルゴル・エルロンドという男を訪ねてみてください。きっと力になってくれることでしょう。




 それでは。




 ***




「……………………」


 正直何といっていいのかわからない。


 理解できなかったことが多すぎるし、まだまだ疑問なことが多すぎる。


 だけど一つだけ納得したことがあった。


 人ではないから。


 この世界の何とも違うから。


 彼女の持つ鮮やかで柘榴石のような色合いの髪は、今まで見た何物よりも美しいと思ったのだ、と。

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