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春待福介の終幕  作者: ペポ
第1章 市内脱出編
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003 逃走


「それじゃあ、彼女のことをよろしく頼みます。彼女は皆からは『アインス』と呼ばれているけど、それじゃあ味気ないから僕は彼女を『カルマン』と名付けたんだ。フランス語で『紅』のことね。そう呼んであげてくれると嬉しいな」


 清嶺地は言った。


「僕はまだやらなくちゃいけないことがあるから、残るね。……あとは、任せたよ」


 そう言った清嶺地は赤い髪の少女を僕のほうへと誘った。


 そしてドアが閉められた。


 僕は赤い髪の少女と二人きりになった。




「…………」


「…………」


 お互いに無言。


 これからどうしよう。


 逃げるっていっても、どこへ?


 その前に、どうやって?


 いや、そんな問題より、この赤い少女だ。


 困ったときは話し合い。


 レッツ コミュニケーション。


「ああ、えぇと、とりあえず、よろしくな。俺は春待福介。地江西高校に通ってて、部活は硬式野球部。ポジションはピッチャーで右投右打。好きな食べ物は肉全般。趣味はマンガを読むこと。……よろしくな!」


「…………」


 俺の懇切丁寧な自己紹介に対してこの態度。


 彼女の顔に表情らしい表情はない。


 いや待て。


 何と言ってもこの子はまだ中学生くらいだ。人とコミュニケーションするのが苦手なんだとしたら、彼女よりも大人である俺が歩み寄ってやるべきじゃないのか?


 そうだ。さっき清嶺地から彼女の名前も教えてもらったんだ。そこを突破口にして彼女との信頼関係を結ぼう。


「なあ、お前、皆から『アインス』って呼ばれてるらしいけど、清嶺地の言う通り俺もお前のこと『カルマン』って呼ぶな。……ところで『カルマン』っていうのは『紅』って意味だってさっき清嶺地に聞いたけど、『アインス』ってどういう意味なんだ?」


 俺が『カルマン』という名で呼ぶと、彼女は俺と目を合わせてくれた。やっぱりちゃんと名前で呼ばないと反応してくれないということなのだろう。コミュニケーションの第一段階クリアだ。


「『アインス』って名前、私あんまり好きじゃない。意味も知ってるけど、言いたくない。お願いだから『アインス』って呼ばないで」


 彼女の顔は真剣そのものだ。事情も何も知らない俺がおいそれと踏み込んでいいものではないのだろう。俺はとにかく『アインス』ではなく『カルマン』と呼んであげさえすればいいのだ。


「オッケー」


 俺は努めて笑顔でそう答えた。


 彼女、カルマンの口調はまだどこか堅い。俺に対して警戒しているというか、俺がのことを認められていないという感じがする。まぁその辺りはこれからだ。会話ができただけでもコミュニケーションの第二段階はクリアという所だろう。彼女と打ち解けて話をする、第三段階はまだ早い。今日会ったばかりなのだ。これからゆっくりと認め合っていけばいい。


 それにしても。


 『アインス』


 どういう意味だろうか?


 なんとなくドイツ語っぽい響きだが、それは俺の何となくの感想であり、本当のところはわからない。だいたい、俺の知ってるドイツ語っていったらビールかフランクフルトくらいだし。


 ……ただのドイツの名産品でドイツ語かどうかは知らないが。


 あとはほら、ヒトラーとか。


 これはドイツの名産品ですらないが。


「なあカルマン。俺達はこれからどうすりゃいいんだ?」


「とにかく、ここを離れる。追ってくるのは『メロディーライン』だけじゃないし……」


 ん? 


 『メロディーライン』だけじゃない?


 どういうことだ?


 俺がそのことを尋ねようとするが、その前にカルマンは俺が近くに停めていた宅配用の原付に歩み寄った。


「おいおい、それに二人乗りは厳しいぜ?」


「問題ありません」


 そう言ってカルマンは原付の後ろに取り付けられたピザを収納・保温しておくための『あの箱みたいな部分』を力づくで取っ払った。


「……えっ!?」


 何が起きたの!?


 『あれ』取っちゃったの!?


 このガキ、なんて怪力してんだ!


「早く行きましょう」


 カルマンは平然としていた。


「……オッケー」


 さっきのを聞くのは後だ。今はとにかくここを離れたほうが良いらしいし、そっちを優先しよう。


 俺は清嶺地にもらった手紙と大金を懐にしまうと、原付にまたがった、カルマンもその後ろに乗り込んで俺の身体にしがみつく。


「…………!」


 なんかちょっとドキドキするな。


 こんなガキ相手なのに。


「じゃ、じゃあ行くぜ」


「どうぞ」


 俺がエンジンをふかすと、原付は走りだした。


 清嶺地が留まった、国を代表する巨大な研究所を残して。




 ――と思った矢先、俺達が原付で走り出すのと同時に、凄まじい轟音と共に研究所が爆発した。


 ドゴォーーーン!!!




 俺は思わず転びそうになったが、なんとか体勢を立て直して走り続ける。


 背筋がゾクリとした。


「ホントに爆発した!? 清嶺地の言ってた通りだ! じゃあ、これやったのテロリストの連中なのか!?」


 俺は間抜けにもオタオタと訳の分からない発言を繰り返す。そんなことは今はどうでもいいだろうに。


「早く、構わず走ってください」


 カルマンの一言で俺は我に返る。


 そして恐怖が一気に体を支配した。


 『テロ』。


 そんな言葉が脳裏に浮かぶ。


 俺達がつい数分前にいた場所で起きた惨劇。


 信じられないがこれが現実。


 それを理解した俺の脳は思考を停止する。


「う、うわぁぁぁぁ……!」


 俺は一瞬バランスを崩してまた転びそうになったが、奇跡的にバランスを保った。そのまま田舎道をハイスピードで進む。


 再び振り返ると、研究所は燃えていた。


 鳴り響く警報音と人の声。


 それは悲鳴か怒声か。


 俺には判断できない。


 だが一つわかるのは、あの声の中に清嶺地のものがあるだろうということだ。


 俺は原付を止めた。


「どうしたんですか!?」


「戻る」


 決めた。


 戻ってあいつ助けないと。


 状況が一切わかんないけど、清嶺地が危険な状況にあるってことだけはわかる。


「だめです。私達は逃げましょう」


「なんで!」


「蛍がそうやって指示したからです!」


 俺はまた何も言えなくなる。


 蛍というのは清嶺地の事だろう。確かフルネームは清嶺地蛍。


 そうだ。清嶺地はこの状況を見越してカルマンを俺に預けたのだ。それをむざむざと現場に戻れば、彼の覚悟が無駄になる。


 彼の犠牲が、無駄になる。


「『僕は抜け道から逃げるから構う必要がない』、と言っていましたので」


「ふっざけんなよ!」


 めっちゃ保身的な奴だった。


 犠牲にとか、なっていなかった。


 まあ何はともあれ清嶺地が無事そうならよかった。だとしたらこんなところで立ち止まっている意味はない。さっさとあのやばそうな現場からおさらばするのだ。


 そう思い俺は再び原付を走らせた。


 が、しかし俺は既に判断を誤っていたのだ。




 パァーン!

 銃声が一発、背後から。




「……っ!?」


 息が詰まる。


 追いつかれた!?


 誰に!?


「春待、全力でお願いします!」


 なぜか呼び捨て。


「してるよ!」


 受け答えに若干の苛立ちが含まれる。


 わかっているのだ。これでもさっきから全速を保っている。しかし原付が出せる全速なんてたかが知れている。もし車か何かを持ち出されていたらアウトだったのだ。加えてさっき俺の立往生。あれが決定的だった。


 後ろを振り返ると、案の定黒い車が数台俺らを追いかけてきていた。


「あいつらがテロリストか!?」


「おそらく」


 んな無責任な!


 だいたいここは日本だぞ。平気で銃とか撃ってきやがって。常識もクソもない連中だ。


 考えろ。


 冷静になれ。


 先の先の先まで読め。


 俺の『能力』じゃ背後から飛んでくる銃弾を避け続けることは出来ない。だったら、このまま運を天に任せて走り続けるのはバカのやることだ。


 状況を変えろ。


 自分の都合のいい方へ。


 パァーン!


 再び銃声。今度も運よく逸れたようだ。まああの動く車体から同じく動く目標を狙うなんて言うのは難しい事なんだろうな。そんなことが出来るのは次○大介くらいのものだ。それでも運悪く命中なんて可能性もある。下手な鉄砲でも数を打てば当たるのだ。早くこの状況を打開しなければ。


 アンラッキーで死ぬとかカンベンだからな。


「ちょっと揺れるぞ! しっかり捕まっとけ!」


「はい!」


 アインスが先程にも増して強く俺の腰にしがみ付いてくる。


 あぁ、ほら、またドキドキしてる。


 俺がそんなことを考えながらふと彼女の手を見下ろすと、白く、そしてギュッとするように俺の腰のあたりの制服を掴んでいた。


 彼女もこの状況が怖いのだ。


 当然だろう。


 表面には出さないからなんてことは無いのかと思っていたが、そんなわけはなかったのだ。


 ここは俺がしっかりしないと。


 振り返るとテロリストの乗った車は既に十数メートルしか間がないほど肉薄していた。


 あと少し、もう少し先だ……。


 『あそこ』まで行けば俺らの勝ちだ。


「カルマン! 頭低くしとけ!」


 自分も頭を伏せる。銃弾を避けるほか、空気抵抗を減らして少しでもスピードを出そうというわけだ。まあこんなの気持ち程度しか効果はないだろうが、やらないよりましだ。


「……ここだ!」


 俺は真横に広がる田んぼに、否、田んぼと田んぼの間の『おぜ』目掛けて原付を勢いよく左折させた。ガタンと大きく揺れたが、俺の原付はおぜにしっかりと着地し、田園の中をそのまま突っ切る。当然、車は追ってこれない。


 背後の道路上に急ブレーキで止まった黒い車からは数人の男達が下りてきて、おぜを爆走する俺達向かって拳銃をぶっ放してくる。が、既に俺らは拳銃の射程圏外だ。ざまぁみろ。


 数十メートルに及ぶおぜを走りきると再び農道に合流した。先ほどまで走っていたのとは別の道だ。しかしおそらくこの道も先程までの道とそのうち合流するのだろう。道は繋がっているものだからな。となればテロリストは俺達の先回りとしようとするだろう。そうなってしまえば終わりだ。


 そうなってしまえば、の話だが。


「まあ、俺の勝ちかな」


 目の前に交差点が見えてきた。この交差点を左折すればこの田園風景広がる盆地地帯から抜け出すことが出来るのだ。が、テロリストが走っている道からではそれが出来ない。つまりテロリスト達はその道をしばらく行った後、今俺達が走っている道に合流して、この交差点まで到達しない限りこの盆地からは抜け出せないのだ。


 俺達が逃げおおせるのには決定的なタイムラグ。


 俺達の逃げ切りは確定だ。


「この不便は道のせいで配達に時間がかかったんだよなぁ」


 『目的地までかなり迂回したルートを通らざるを得なかった』というのはそういうことだったのだ。まさか配達の為におぜを通るわけにもいかなかったしな。


「春待、凄い」


「当たり前だ。天才軍師様だぞ」


 カルマンがまたも俺のことを呼び捨てにしたのは気にしない。俺様は寛容だからな。別に可愛い女の子の呼び捨てが嬉しいとかじゃないからな。


「さぁ、行こうか」


 俺達の逃亡生活が始まる。


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