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春待福介の終幕  作者: ペポ
第1章 市内脱出編
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002 国立地江第二科学研究所の研究員

 男は清嶺地蛍セイレイジケイと名乗った。最初言われただけでは字面が分からなかったが、漢字を聞くと何となく厳かな感じがする名字だなと思った。


 そして清嶺地の後ろにくっついている少女。入院患者が着ているような白い服、と言うか布を纏っている。柘榴石を彷彿とさせる美しい色合いの髪はあまり手入れされていないようだが肩甲骨辺りまで伸びている。髪と同じ色をした瞳には、なんというか、あまり意志が感じられなかった。が、例え意思が感じられなくても、魅力的なほど綺麗だった。


 そんな女の子をだ、まだ中学生くらいだろうと思われるどうみても日本人ではない女の子をだ、この清嶺地という男は俺に預けて、あまつさえ逃げろと言っているのだ。


 意味が分からない。


「頼む、もう君しか頼れる人がいないんだ……!」


「いや俺らたった今知り合ったばかりですよ……?」


 何が『君しか頼れる人がいない』だ。


 口から出まかせにもほどがあるだろう。


 あぁ、もし預かってうちに連れて帰った場合、親はどんな目で俺を見るのだろうか。なんせ相手は中学生みたいなガキだ。まず俺が親父に殴られるのは必至だろうなぁ。お袋は泣きながら俺に対して自首を勧めてくるんだろうよ。信用ないなぁ。

なんてことを考えている俺だが、もちろんあくまでそうなった場合というだけの話だ。当然、事情の説明が必要だ。


「事情はこれからかいつまんで説明するから……! ただ、もうあまり時間がないからかなり手短にいくけど」


「時間がないってどういうことだ?」


「後およそ十分くらいでこの研究所は『メロディーライン』のやつらに爆破されるからね、それまでにこの子を安全なところまで逃がしてもらわないと」


「……!?」


 ちょっと待って、話が全くよくわからない。


 妄想にしたって性質が悪い。


 『メロディーライン』っていったら最近結成された国際テロ組織の筆頭じゃないか。なんでそんなものが絡んでくるんだよ。なんでそんものがこの研究所をテロってくるんだよ。しかも今。


「いいかい、十中八九この子はテロリストに狙われるだろうから、なんとかこの子を守り逃げてくれ」


「……??」


 いくない!


 だから、なんで?!


 なんでこの女の子がテロリストに狙われてるのさ。


 俺がチラリと赤い髪の少女を見ると、不審げな目で俺の事を見ていた。あ、ちょっと可愛い。


 まさかテロリストが全員ロリコンだとか。


 『テロリスト』ならぬ『ロリスト』。


 国際的『ロリスト』集団。


 ……とんでもない変態集団だ。


 ふざけてないで話に戻ろう。


「さっさと説明するよ。君は近年どれだけ科学の力が進歩したのか想像つくかい?」


 まさかの質問形式!?


 時間がないんじゃなかったのか!?


 俺が答えあぐねていると清嶺地はチラッと時計を見る。


「……まあなんだかんだでこの子が生まれたのさ」


「あんた今時間見て説明するの諦めただろ! なんだかんだってなんだよ! なんでこの子狙われてるのか全く分からなかったわ!」


 俺は怒鳴った。


「いやごめんごめん。でも、もう本当に時間がなさそうだ。詳しいことはこの手紙に書いてあるから、道中ででも読んで欲しい。逃走用の資金として百万くらい用意したから、自由に使って――」


「――待てって!」


 俺がさらに声を荒げたことで、清嶺地は喋るのをやめた。ここで止めなければ俺はなし崩し的にこの少女を預かることになってしまうだろう。それはたぶん、良くない。俺にとっても、清嶺地にとっても、この少女にとっても。


「あんた言ってることがむちゃくちゃだよ。ただの宅配のバイトの高校生に、少女を預かってくれとかテロリストから逃げてくれとか、意味わかんないっつうの。そんなこと、信じられるわけないじゃん。だいたい俺がそれをする必要とかないし、俺である必要もないだろ? 他あたってくれよ」


 俺はそう言った。


 周りはとても静かだった。


 あと数分でこの研究所が爆破されるなんてまったく信じられない。まさに荒唐無稽。


「そうだね。僕の言ってること、そう簡単に信じられるわけないよね。うん、その通りだ。でもそのことについては、時間もないし、僕を信じるか信じないか、それしかないと思うんだ」


「…………」


「でもどうして君なのかっていう質問には答えてあげられるよ。僕は君のバイト先の店長と顔見知りだっていうことは聞いてるかな? 僕と彼は高校・大学と一緒に過ごした仲なんだよ」


 あのごつくていかつい店長が大学……


 想像つかない。どちらかっていうとガテン系のバイトしてましたとかのが似合いそうだ。このひ弱そうな研究員と一緒にいるところなんて想像できない。


「だから、彼がどういう人物なのかって言うことについては、他の人よりも多少わかっているつもりなんだ。彼がバイトとしてでも自分の店に雇った人物なんだ、彼の店の従業員は全員信用できる。彼は人を見る目はあったからね。それで僕は今日彼の店からピザを注文したんだ。そのピザを届けに来た人物が誰であれ信用してすべてを賭けようってね」


「…………」


 なるほど。


「……ってそれ完全に運任せじゃねぇかよ!」


 なんてテキトーな。


 うちの店だって明らかに常軌を逸したやつとかいるぞ。


 具体的には赤髪の鼻ピアス中学生とかトサカ頭の超長身女子高生とか。


 そんな店信用していいのか?


 俺はダメだと思うぞ。


「運任せ、実にしっくり言葉だね。そう、そんな感じで君が選ばれたという訳だ。おめでとう」


「おめでとうじゃねぇよ!」


 とんだ非常識野郎だ。


 天才的な研究員っていうのは多かれ少なかれ異常性を持ってるっていうことなのか?


「まあ真面目な話、本当に時間がないんだ。もういつ『メロディーライン』の連中が来てもおかしくない。頼む、この子を連れて逃げてくれ」


 清嶺地は頭を下げた。深々と。


「…………」


 俺は迷っていた。


 いくら信用できなくて、しかも無関係な話とはいえ、このまま帰るのはモヤッとする。それにもしこの話が本当だったとしてこの少女がこれから殺されるんだとすれば、それを知っていて見過ごすのは寝覚めが悪い。俺はもともと聖人君子じゃないし、困っていたら誰も彼も助けるわけじゃない。基本的に自分のためにしか動かない。情けは人のためならず、という感じだ。


 だが……。


「わかりましたよ」


 俺は清嶺地の頼みを聞いてやることにした。


 俺の寝覚めが悪くならないように、仕方なくだ。


 ホントに仕方なく、だ。




 俺はまだこの時、自分がこれから世界を巻き込む巨大な運命の渦に飲み込まれるであろうということを知らなかった。


 ただ少し、嫌な予感はしていた。


 が、気にしないことに決めたのだ。


 その結果、この少女との出会いが俺の運命を大きく変えてしまうということを、知る由もなかった。


※2014/11/12 加筆・修正しました。

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