001 思いを馳せる
辺りは一面薄暗い。
夏の夜は一年の中で最も騒がしくて、俺は毎年不眠に悩まされる。カエルの合唱もセミの断末魔も蚊の暴食も、勘弁してくれよ!
今さっき刺されたうなじの辺りが凄くかゆい。
でも今すぐにはかけない。
なぜなら俺は現在原付の運転中だからである。
正確には、原付を用いたピザ配達のバイトの最中なのである。
「なんか凄い田舎に来たな……」
今日の配達先は特別だ。本来うちの店舗の配達圏外の場所だが、店長の古い知り合いだとかなんとかでいつもの三倍は遠い場所まで配達に向かっている。店長の知り合いだったら店長が行ってくれよと言いたくなる。なんで俺がこんな片田舎に……。
辺り一面に広がる田園風景。
街灯なんてものはなく蛍の時期も既に終わり、道を照らすのは月の明かりと原付のライトだけだ。そんな薄暗い道を延々と走っていると、自然と昼間のことが思い出されてきた。
缶けりで俺らのチームに勝った、糸目で健康的な肌の色をしたあの男の事が。
「――いや~、陽動に次ぐ陽動。幾重にも張り巡らされた罠の数々。ほんま見事やったな~。作戦知った時は鳥肌立ったで~」
こいつ、物言いがほんと大袈裟だな。
俺は濡れた身体をタオルで拭きながら、苦虫を噛み潰したような顔をする。
「嫌味にしか聞こえねぇよ。なんか俺の作戦なんか全部お見通しって感じだったし」
実際、こいつの動きは速いとかそういう次元ではなかった。もっとこう、『俺と同じ』ような、つまり『その先を知っている』かのような動きだった。
「お前何者だ?」
俺は尋ねる。
「わいか? わいは織斗っちゅうんや。好きなもんは辛いもんと塩っ辛いもん。嫌いもんは甘いもんと酸っぱいもん。球技ならだいたいなんでもできるで。先週大阪らへんからこっちに越してきたばっかでぜんぜん知り合いとかおらんけど、まあよろしく頼むで~」
と、彼は笑顔で答えた。
彼、織斗はその糸目も手伝って常に眼元が笑っているような印象を受ける。
いや名前とかそう言うことじゃなくて、俺が聞きたいのはどうやって俺らに勝ったかって話なんだけど……。
てゆうかこいつの関西弁合ってるのか? なんかすげぇ違和感とかあるんだけど。
大阪らへんから来たとかぼかして言ってるし、正直かなり怪しい。
「わいの話はええやろ~。それよりあんたや。あんたも超能力者やったんやな」
「……っ!?」
なんで……バレた?
そんな疑問が瞬時に俺の頭を埋め尽くす。
「わいもあんたと同じ超能力者やさかい、心配せんでもええで~。能力はあんたとはたぶんちょっと違うがな。わいのは物質に残る残留思念を読み取る、いわゆる『サイコメトリー』っちゅうやつや。これがいろいろ便利な能力でな~……」
それから織斗は『サイコメトリー』がいかに凄い能力なのかということについてまさにマシンガントークで自慢してきたが、たいていは聞き流した。
それより俺は、自分と同じ超能力者に出会えたことによる衝撃でしばらく思考停止状態だった。
俺以外の超能力者、初めて会った。
もちろん世界中に何人かいるって話は知ってたけど、こうやって直接会うのは初めてだ。
そんな俺に織斗は言った。
「……まあ何はともわれ、わいとあんたは数少ない超能力者同士、これからお互いいろいろ肩身狭い思いするやろーけど、助け合いの精神でいこうや~。――ってことで今日から友達な」
織斗は屈託ない笑顔で俺に右手を差し出した。
俺はあの時織斗の手を握った。
何か考えての行動じゃない。手を差し出されたから握っただけだ。別にあいつの友達になろうってわけでは決してなかったが、それでも織斗はそんな俺の気持ちを露知らず、嬉しそうに帰って行ったのだった。
その後俺達もテキトーに喋った後解散した。
そして今に至る。
宅配ピザのバイト中。
いい加減対向車も無くなってきた田舎道を、ひたすら走る原付にまたがりながら今日の敗因について推測する。
「彼はサイコメトリーの超能力者だった……」
つまり物に残った残留思念を読み取ることが出来る。
織斗はその能力を何に使ったのか。
少し考えれば簡単に答えは出た。
無論、空き缶に対してだろう。
俺らは今朝から同じ空き缶で缶けり三昧だった。その空き缶の残留思念を読み取り、俺らの作戦や手口を知り得たのだ。
そりゃあ勝てるわけないだろう。
俺の天才的な作戦もバレバレだったのだから。
加えて俺の『能力』は今回まったく役立てられなかった。これも織斗のせいだろう。彼は空き缶から俺の『能力』がなんたるかを知り、その『能力』があまり有効でないような動きで応戦したのだ。
俺ができたのは、負けをいち早く知ることだけ。
悔しい。
次会ったら是が非でも勝ってやりたい。
「……てか目的地まだかよ」
一人愚痴る俺。
出発前に地図を見て来たから道順は頭に入っている。もうすぐのはずだ。が、それでもいつもの三倍近く遠い場所までの配達に、少なからず嫌気がさす。
目的地は『国立地江第二科学研究所』。その研究者用第三ゲートまで配達すればいいはずだ。
『季節のキノコとスイス産チーズのピザ』を一枚。
……いや足りなくね?
『国立地江第二科学研究所』っていったら日本を代表する研究所のうちの一つだ。おそらくたくさんの人間が昼となく夜となくわけわかんない研究に精を出していることだろう。俺も親父が研究者だからなんとなくわかる。俺の親父は地方の小さな研究所勤めだが。親父の話は置いといて、そんなたくさんの人がいる研究所にピザ一枚って少なくないか?
ケンカとかにならないのだろうか?
……なるわけないか、いい大人が。
それでも俺は、なんとなくこの宅配に違和感を感じていた。
バイトの俺は黙って原付を走らせるだけだが。
店を出発してからおよそ二時間。
実は直線距離ならばそれほどでもないだろう距離なのだが、ここら一帯の田舎道の交通の便が悪く、目的地までかなり迂回したルートを通らざるを得なかったためにこれほどの時間がかかってしまった。
頑張れよ国土○通省。
そして長旅の末ついに目的の研究所に到着した。俺は研究者用第三ゲートを探すため研究所の外周に原付を走らせる。三メートル近くはあるだろうかという灰色のコンクリの外壁に有刺鉄線。加えて所々に監視カメラが仕掛けられており、敷地内からは番犬の遠吠えが聞こえる。侵入者を一切寄せ付けないような造り。それだけ危険かつ大切な機密事項を取り扱っているということだろう。俺はそんな物には一切興味がないが。
研究所の内部は静まり返っている。
俺がしばらく原付を走らせると、研究者用第三ゲートという表札を掲げる小さな門が現れた。俺のそのすぐそばに原付を止めた。
「ここか……」
確か呼び鈴を鳴らせばいいんだよな?
これだけ厳重な警備をしているところにピザを届けたことがないので柄にもなく緊張してしまう。
何という場違い感。
この研究所を訪れるには大変な努力を重ねなければならないような気がする。それこそ学会で論文をたくさん発表して、某有名な科学雑誌にだって掲載されるような人物だけが足を踏み入れることを許されるような場所のような気がしてならない。
それをこの俺が、ピザの配達なんかで訪れてしまってもいいのだろうか。
「…………」
考えすぎだな。
ピンポーン。
呼び鈴を鳴らす俺。
さっさとバイト終わらせて家帰って寝よう。
そういえばこんなでかい研究所の呼び鈴も『ピンポーン』なのか……。
「……ハイ、少々お待たせシテしまい申し訳ございマセン。係りの者がスグニ向かいますのでもうシバラクお待ちクダサイ」
コンピュータの音声。
こういう所は何となく研究所っぽい。
これで出迎えに来るのがロボットとかだったら面白いんだけどな。現代の科学力ならそれくらい余裕だろ?
ガチャッ。
周りの設備に比べてかなり見劣りする、というかアナログな鉄製のただの扉が開いた。
扉を開けて出てきたのは一人の男。
なーんだ、期待して損した。
「……ああ、やっとピザが届いたんだね」
男はマンガによく出てくる『実験に失敗して爆発しました』みたいな髪型をして、薄汚れた白衣をまとっていた。が、不思議とあまり不清潔な印象は受けなかった。男が疲れていながらも温厚そうな顔立ちをしていたからかもしれない。
「彼が言うにはお宅の店は『いつでも最速の旨さを、あなたに。』をモットーにしているんだろう? 配達にこんなに時間かけちゃ駄目じゃないか。せっかくのピザが冷めちゃうよ。途中でサボってたんじゃないだろうね?」
出会いがしらにとんだ言いがかりだ。
この研究所なんて俺らの店の配達圏外なんだよ。冷めてたって腐ってたって知るもんか。
『彼』というのはこの人と知り合いであるといううちの店長の事だろう。文句があるならその『彼』に言ってくれよ。
「でもまあとりあえずピザ届いたし、オッケーだね。お腹すっごく空いてたんだ……」
はいはい。
「『季節のキノコとスイス産チーズのピザ』が一枚で1740円になります」
「はいどうぞ」
男は代金をぴったり支払うと、その場でピザの箱を開けて貪り始めた。
モギュモギュ……
くぅー……。俺だって腹減ってるのに、よくもまあ目の前で美味しそうに食べてくれるな……!
さっさと帰ろう。
で、コンビニでアイス買って食おう。ファ○チキも買って帰ろう。
そう思って帰ろうとした俺を、男は引き止めた。
「ああちょっと待ってくれるかい? 折り入って君に頼みがあるんだけど、話聞いてくれる?」
「…………?」
モギュモギュ……
「お断りします」
「なんで!?」
なんでって、それが人にものを頼む態度か? 何頼みごとの最中にピザ頬張ってやがる。会社なら一発でクビだぞ。俺は社会人じゃないから本当かどうか知らんけど。
「そんなこと言わずに頼むよ……。もう君に賭けることにしてたんだから」
彼の顔にはふざけたような笑みは一切なく、その頼みが真剣なものだということが伝わってきた。
頬には相変わらずピザがモギュモギュしてるが。
それでもその真摯な表情が俺の心を揺さぶった。頼みの内容くらい聞いてやってもいいんじゃねぇのか?
「……この子を連れて逃げてほしいんだ」
俺が決めかねているのもお構いなしに、男は、今まで彼の背後に隠れていたのだと思われる少女を俺の前に優しく誘った。
柘榴石のように真っ赤な髪と瞳を持つ、女の子だった。
※2014/11/4 加筆・修正しました。