015 事件の真相
「ちょっと待てや福介。そう決めつけるのはまだ早いんちゃうか~?」
織斗は服装が浴衣から昨日の服に着替えられていた。俺が地道に聞き取りしている間に、こいつ着替えてやがったな。
「決めつけるのはまだ早いってどういう意味だ、織斗」
俺の推理が間違ってるっていうのか?
「いやまだわいの推理披露してないやんけ」
そんだけかよ!
めっちゃ私的!
「まあまあ落ち着けや福介。聞き取りん時に怪しかっただけじゃ、証拠としては弱いやろ。あのおばはんは冤罪で、真犯人は他におるかもしれんやろ~?」
「根拠は?」
「そのほうがおもろいやろが」
こいつ……!
仲居さんも白髪外国人も呆れている。こいつに任せてホントに大丈夫なんだろうかって顔に書いてあるぞ。
「まあわいに任せとき。わいの圧倒的推理力で事件を見事に解決してみせたるわ」
自身に満ち溢れた織斗の表情。何かに気付いたのだろうか。
俺と仲居さん・白髪外国人が見守る中、織斗はゆっくりと割れてしまった壺に近づいた。壺は無残にも台座の下に大小様々な破片となって転がっていた。そこからでは元がどういった壺だったのか想像すらできない。それがどんなに素晴らしい壺であったのか、今では知ることもできない。織斗はおもむろにその中の破片の一つに『触れた』。
「あの人は何をやって……」
仲居さんが疑問に思うのももっともな話だ。日本中探したってこいつと同じ能力を持った人間なんて十人もいないだろう。それほどに『超能力』は貴重な能力。
そう、今織斗が行使しているのは彼の持つ超能力『サイコメトリー』。物に残る残留思念を読み取る能力だ。織斗がその力を使えば事件が瞬く間に解決してしまうことは明白だった。『サイコメトリー』を使えば、昨晩から今朝にかけて壺に何が起こったのか、その全貌を知ることは容易だっただろう。むしろ織斗はなぜ最初から使わなかったのか、大いに疑問だ。
「サイコメトリーですか。珍しい」
おや、白髪外国人は知っているらしい。外国だともう少し超能力が知られているのかもしれない。その辺、日本はとても遅れている。
「あーあ、なるほどなー。だいたいわかったで」
壺からの『読み取り』を終えたらしい織斗がそう言った。
「犯人は誰なんですか!?」
「落ち着きなはれ、仲居さん。犯人はわかってるで」
織斗がそう言い切る。
俺はその様を息を呑んで見守る。
「あのド派手なおばはんも確かに犯人みたいなもんや。でもな、もっと元凶とも呼べる奴がおるんや」
織斗のその言葉に仲居さんは身を乗り出す。
「だ、誰なんです!?」
「……福介や」
織斗は俺の名を告げた。
「なぜわかった!?」
動揺を隠せない俺であった。そりゃあサイコメトリーで見たからに決まっているだろう。
織斗に指差される俺。俺を指差す織斗。
「福介、何やってるんや」
「違う! わざとじゃない!」
「知ってるけども、アホやろ」
呆れ顔の織斗。サイコメトリーで『見た』織斗は、全てを知っている。俺が昨晩何をしたのか。
「え、どういうことなんです? 春待さん。あなたが犯人ってどういうことなんですか?」
状況を飲み込めない仲居さんが俺に尋ねてくる。
バレてしまっては仕方がない、ここは一つ正直に話してしまうことにしよう。
「織斗、俺は結局昨日、お前が寝た後に部屋抜け出して旅館を散歩してたんだよ。やっぱ旅館やホテルの中は散策のし甲斐があるからな。で、俺がロビーを散歩してたら、暗さと俺の眠さで足元がおぼつかなくて、フラッと壺にぶつかって、落として割ってしまったんだ。誠に申し訳ない」
ぺらぺらと真実を語る俺。
潔いったらないね。
「何やってるんですか!」
だからって許されるわけないよね。
仲居さんキレてるよ。
「どうやら福介は小賢しくも割れた壺をもとの形っぽくして、地面に置いておいたらしいで。粉々に割れたとかではないんやな……。そんで運の悪いことに今朝やってきたおばはんが地面にかろうじて立っていた壺に躓いて再び割ってしまったんやな。そんで自分が割ってしまったと勘違いしてしまったんや。道理でおばはん怪しい訳やで~」
織斗が昨晩の出来事を語っていく。
てか小賢しいとか言うな。直るかもって思っただけだ。無理だったけど。
「そして今日そのことが明るみになって捜査することになった時、福介はすぐにわいの『サイコメトリー』を使うことを提案しなかった。使えば簡単に解決できたのに、や。福介はわいの超能力を知っていたのに提案しなかったっちゅうところから、わいは福介を疑い始めたんやな。で、わいが別々に捜査しようと言い出すと、案の定わいが戻る前に解決編を始めよった。わいがいないのが好都合とばかりにな。それでだいたい確信したで。福介は事件の真相の発覚を恐れている。つまり犯人やとね」
織斗の言葉に力を失くしてその場に崩れ落ちる俺。
「ごめんなさい……」
こんな時は謝罪するに限る。
こっそりと周りを見渡すと、仲居さんは俺を避難の目を向けているし、白髪外国人は興味深そうな目で織斗のことを見ている。
俺も内心、織斗の観察力と推理力に驚いた。別に周到なトリックを用意したとかじゃないけど、簡単にはバレないんじゃないかと思っていたからだ。
探偵には観察力と推理力と知識が必要だとかの有名なホームズ先生がおっしゃっていたけど、織斗の奴は案外そういった能力に長けているのかもしれない。加えて『サイコメトリー』だ。おそらくあのふざけた性格さえなければ一流の探偵にも成れる器なのかもしれない。
「ごめんなさいじゃありませんよ! 壺どうするんですか!? 謝ったって返ってこないんですよ! ごめんで済むんなら警察いらないってんですよ!」
仲居さんがものすごい剣幕でまくし立てる。
確かにそうだ。
俺はロビーの床に散らばる壺の破片を見た。俺とマダムによる二度の損傷で、壺は見るも無残な姿だった。原型などなく、ただの大小の欠片に成り果てており、おそらく修復は不可能であろうことは想像に難くない。
「代金は払います。いくらですか?」
「値段なんてつけられませんよ! それほどの歴史的価値のあるものだったということです!」
お? つまり弁償の必要はないと?
「ですが仮に値段をつけるとしたら十二億は下らないでしょう!」
仲居さんはきっちりお金を請求するつもりのようだ。おそらく壺の価値なんてわからないだろうに、十二億とは大きく出たものだな。彼女のお金に対する執着心の一端を見た気分だ。
そして当然、俺が清嶺地に貰った逃走資金を含めたって払えるわけの無い金額だった。
「そんなに持ってるわけないでしょ!?」
「割ったのはあなたなんですから、きっちりしっかり弁償してもらいますよ!」
「どうやって!?」
「どうしましょう!」
俺と仲居さんはかなりヒートアップ。誰かが止めてくれないと、このまま不毛な争いを続けてしまいそうだ。
「……盛り上がってるところ悪いけど、この壺、『偽物』やで」
織斗の一言で俺と仲居さんの争いに終止符が打たれた。
俺と織斗は部屋に戻ってきた。
結局、織斗のサイコメトリーによって壺が偽物だと分かったため仲居さんも必要以上に絡んでくることはなくなり、俺はその場で仲居さんに壺の弁償代を支払うことになった。
七千円ナリ。
十二億に比べてずいぶん落ちたものだ。
ともあれ、これで事件は解決。
仲居さんは仕事に戻り、白髪外国人は一足早くチェックアウトしてしまった。俺達もそろそろチェックアウトしなければならない。忘れてしまいそうだが、一応追われている身なのだ。
織斗は既に着替えてしまっていたので、俺だけが着替える。一昨日から着っぱなしのバイトの制服。
……そろそろ着替えたいなー。
「カルマンと貝塚、そろそろ起きたよな?」
俺らが朝食食べて壺事件に関わっている間も、二人は起きてこなかったようだ。
どんだけ朝弱いんだ。
もう九時回ってるぞ。
「起こしに行ってきたほうがええんちゃうか~? 出発の準備もはようしてもらわんと困るけんのう」
「それ広島弁入ってるからな」
などと織斗とテキトーな会話をして、カルマン達を起こしに行こうした瞬間だった。
バァーン!
鍵をかけてあったはずの部屋のドアが力づくで破られて、何者達かが侵入してきた。
「動くな! 大人しく一作目を渡すのだ!」
敵襲だった。