000 聖戦
蝉の鳴く声が響く。
息を潜める俺達。
じっとりと全身に汗が滲む。
他の皆は配置についただろうか。
「……目標に動きなし。どうする?」
「予定時刻までまだ四十秒ある。それまで待とう」
「了解」
俺の隣で静かに辺りの様子を窺っているのは、友達の須藤。長髪痩せ型。主に俺の作戦の伝達役を担っている。須藤は携帯に素早く何やら打ち込み、すぐに胸ポケットにしまった。
俺達二人の他に、五人の勇士がこの作戦に参加している。全員、高校生活という荒波に共に揉まれる同志だ。俺は彼らのほうが、朝の天気予報よりもよほど信じられる。この信頼こそが俺達のチームの強さの所以であると、俺は考えている。
「十七時二十一分ジャスト、予定時刻になったぞ。全員配置についたはずだ」
「よし、作戦開始」
「……今回も頼むぜ、天才軍師」
そう言い残して須藤は移動を開始した。
俺は鬱陶しく瞳にかかる前髪を乱暴にかき上げてから、一呼吸おいて移動を始める。
「任せろ」
俺は自信満々に呟いた。
目標は公園の一角にいた。
年齢はおそらく俺達とそう変わらない。
少し日に焼けた健康そうな肌の色。
男。
彼のいる場所は公園の中でも開けた場所で、中央に鎮座する噴水をバックに広場全体を見渡すように位置取り、彼は缶を踏みつけていた。三百六十度どこからでも目標が確認できる位置に缶を蹴っ飛ばしたのも作戦のうちだ。
そう、俺達は缶けりという名の戦いの最中なのである。
高校生になって何やってるんだとよく言われるが、クーラーの効いた屋内でゲームをピコピコやってるよりずっと経済的だし体に良いと、俺は思う。
健康第一。
……話を缶けりに戻そうか。
一見すると彼の周りは噴水以外何もなく身を隠すことは難しいが、さらにその広場の周りは木々に囲まれており、彼からおよそ二十メートルほど離れた位置ならば身を隠すことはそう難しくはなかった。
時刻は十七時二十一分。
目標からは前方にあたる木々の間を、複数の人影が走り抜けた。
「……? なんや~?」
訝しがる目標。
フハハハ、作戦通りだ。
木々の間を行ったり来たり。俺の仲間が林の中を駆け回る。目標はその様に気付いているだろうが、二十メートルの間隔と木陰という薄暗さをおかげでそれが誰であるかわからないだろう。
「……二人? 誰や~?」
そう、わかるまい。
今木々の間を縫い駆け
回っているのは須藤と佐々木。どちらも平均的身長の痩せ型。加えてこのチームには同身長で痩せ型の人間が二人の他にもう一人いる。俺だ。つまり、あそこにいるのが三人のうちどの二人かということは、その距離ではわからないのだよ……!
『それ』が誰であるかわからなければ、捕えることは出来ない。
缶けりの定石だ。
「……ちぃっ、しゃーないな~」
目標は一歩、また一歩と空き缶から離れ、彼らに近づく。
ここまで作戦通り!
よし、次の作戦だ!
「よし来たぁぁぁ!」
「うおらぁぁぁ!」
「やあぁぁぁ!」
「とぉぅっ!」
空き缶を中心にした四方向、そこから叫び声とともに一目散に目標に、『缶』につっ込む四人の同志。デブの近藤、マッチョの三宅、ノッポの石田、チビの水野。そう、彼らは目標を囲むように待機しており、そして今、一斉に飛び出してきたのだ。四人同時なら、全員の名前を言い切る前に誰かが缶を蹴ることができるだろう。よくわからない叫び声も、彼の動揺を誘うための作戦だ。たぶん。そう信じてる。
これぞ缶けりの定石にして必勝法だ。
「一気にきたな~」
目標は彼らに気付くとすぐに空き缶の元に戻り、空き缶を踏みつける……のではなくわざわざその手で触れた。そして動揺することなく名前を言う。
「近藤三宅石田水野みっけ」
「……!?」
速い!
自分の前に同時に現れた四人を把握し、先ほど出会い覚えたばかりの名前を思い出し、それを言葉にするまでが、あまりにも速い。こいつ天才か……!?
「いやー、まさかいきなり四人も特攻してくるやなんてな~。さすがにわいもびびったで~」
そう言いながらも彼の表情には余裕の色が見て取れる。そんな目標の周りには無残に散った四人の戦士の姿が。目標は四人の肩を順々に叩きながら健闘を称えている。実に親しげ。四人はされるがままにされながら、目標と何やら話し込んでいる。
……が、甘い。
今この瞬間、目標の視界は狭い。
既に見つかった四人が彼の周りにたむろっているためだ。
――作戦通り。
四人を見つけた油断からか、彼は少しだけ空き缶から離れていた。少しだけだが、俺にはそれで十分だ。
いまだ木々の間を駆け続ける須藤と佐々木。目標の注意はそちらにしか向かないはずだ。
そこで俺は仕掛けた。
目標からは完全に死角となっている場所。
目標が無意識のうちに選択肢の中から消してしまっている場所。
須藤と佐々木とは目標を挟んで逆側、つまり『噴水』の中から俺は仕掛けた。すでに空き缶は目の前。
「……まさか噴水の中を通ってくるとは思うまい。水音が立ってしまうだろうからな。だが、近藤たちの話声で水音に気付かなかっただろう……!」
今までのはすべてが陽動。
この俺のアタックこそが本命。
俺は目標足元近くにある空き缶を思いっきり蹴っ飛ばそうとして噴水から足を上げた。
「――知っとるで。あんたらがそういうやり方すること」
目標は顔から笑みを崩さずにそう言った。
俺は動けなくなった。
負けを悟った。
彼は俺のほうを素早く振り返り、その細い糸目をさらに細め、そして今度は空き缶を踏みつけながら言った。
「春待福介みっけ」
彼は笑顔だった。
※2014/11/3 加筆・修正しました。