18. 13年後の夏。2020/07/31
――13年の月日が経ちました ――
今年の夏も暑くなりそう。
桐ちゃんとカミィは13歳になった。ふたりともピカピカの中学1年生。
「誕生日おめでとう」
「「おめでとう」」
「おめでとう」
「おめでとう」
今日は三人の誕生日。桐ちゃんとカミィ、怜の誕生日会で家族と特に親しい人たちで集まっている。
怜は二人の1年後に生まれた弟でなんと、誕生日が同じだ。
近くの公立中学に通う双子は見目麗しい優等生になりました……とはいかず……どうしよう、なんだか問題児になってしまった。
カミィ、ヤンチャぐらいで収めたいと思っていたのに、近隣の子供を束ねるガキ大将になってしまった。最近、ガキ大将は見なくなったという話なのに、カミィの場合はこのへんの地域を支配下に置いているらしい。
他の子供たちからは『ボス』と呼ばれている。精霊の国では皆が穏やかで大人しいから、一緒にすごした短い期間でもカミィの言動はすごく目立っていた。だからこそ、大人しめに育てようと思ったのに、もって生まれた性格は変わらないのかもしれない。
人間の子供社会は弱肉強食で強いものが頂点に立つ。カミィは毎日あちこち出歩いて楽しそうだ。
そして桐ちゃん、見た目はお嬢さま風に育ったのに『裏ボス』と呼ばれているらしい。この二人、強い。いえ、そういうふうに育てたけど……物理的に強すぎる。
カミィは絶世の美形だったはずが……ちょっと太目のまま大きくなったせいか、よくアメリカ映画とかで出てくる「そばかすの悪ガキ」を思わせる見た目になっている。よく見れば整った顔だけど、カモフラージュのそばかすが妙に似合って何かしでかしそうな顔に見える。
実際、色々と悪戯を仕掛けては大人からよく叱られている。カミィにかぎっては育ちより氏。
「今日から12歳と13歳だね」
「大きくなったものだ」
寛ちゃん、嬉しそう。相変わらずのマイホームパパというか、親ばか。子どもはたくさん欲しいといっていたけど、結婚した翌年の夏、8月1日に男の子が産まれた。 寛ちゃんたちは今では双子のカミィと桐ちゃんの13歳を筆頭に、12歳、7歳、5歳と5人の子持ちになっている。
「本当に大きくなりましたね」
渡会君が感慨深げに二人を見た。元勇者の渡会君は現役で医学部に合格し、今では寛ちゃんと同じ総合病院で医師として働いている。渡会君、もう31歳なのね。月日がたつのは早い……。
彼は13年前に大学に合格してから時々、家に遊びに来てくれるようになった。渡会君みたいな素直な良い子に、どうしたら育つのかしら?
「渡会君、爪の垢もらえるかしら?」
「い、いやですよ。というか、爪の垢なんてありませんよ。一応医者ですし」
「カミィに飲ませるなら、トラック一杯分の爪の垢を集めなくてはいけないな」
寛ちゃんが真面目な顔で言った。
「えー、俺ばかりじゃなくて、桐ちゃんもいっしょに色々やってるんだよ」
カミィが口をとがらせて訴えてきた。
「私は、カミィの後ろで震えているだけ」
桐ちゃんがすました顔で答える。
「桐ちゃんが震えるトコ、一度でいいから見てみたいものだ」
弟の駿があきれた声をだした。
本当に二人とも逞しく育ってくれて……。
桐ちゃんとカミィと保育園で一緒に育った幼馴染の子、京華ちゃんと龍君もお誕生日会に来ている。
同い年の4人は赤ちゃんの時からいつも一緒。
でも、京華ちゃんがとてもクールで知的すぎて。とても同い年には思えない……。
この同い年の4人組に引っ付いている一つ下の怜、この子は寛ちゃんの本当の子供だけど……これがまたひと癖ある子で天然をよそおった腹黒タイプだと思う。おまけに頭がよすぎるし、カミィのおバカぶりと足して2で割りたいぐらい。
この普通でない4人に囲まれた龍君はごく普通の子で見ていると安心する。この子がこのグループの良心のような気がする。
実際、龍君は折りに触れ大人から頼みごとをされたり4人への伝言を言付かったり何かと大変。
大人たちは彼に「がんばれ!」と心の中でエールを送っている。でも、仲の良い幼馴染がいるというのは良いものだと思う。
ところで私、この13年の間に結婚しました。
もうお相手を見つけるのは無理じゃないかと思いつつ、出会いをもとめてフラフラではなく、あちこち出かけていたら巡り会えた。
菜っちゃんといっしょに初夏のバラ園を見に行った時に、会社の別の部署の先輩がお友達と一緒にバラ園に来ていて、そのお友達が……あのケーキの美味しいサルルサの店員さん。
一緒にお茶をしてその後、4人であちこち出かけるようになった。
そして、なぜか遊園地で菜っちゃんと先輩たちとはぐれた時、告白された。
コビトの直撃を警戒して視ていたら、タキシードをきた彼のコビトは頭の上できれいに一礼してそのままの姿勢で待っていた。
返事を待っているのね……初めての経験とこれまで好きにならないように気持ちを抑えていたので、思わず涙が出てしまった。そして、あわてて慰めてくれる彼と私は……幸せな恋人同士になった。
彼はオーナーパティシエなので普段はお店に出ないのに、たまたま、お店に出るとよく私が買いにくるのに出会ったそうだ。
「運命だったのかな」という彼の言葉に私はただ肯くだけだった。
25歳で結婚したので結婚して11年目。子どもはいない。でも、実家に同居しているので桐ちゃんとカミィがいるし、寛ちゃんの子供も「カーさま、カーさま」と呼んでくれるので子沢山の気分だし、いつまでも新婚気分でいられるのは、それはそれでいいなぁと毎日を楽しんでいる。いつの間にか、母様がカーさまになっているのは慣れてしまった。
ちなみに、菜っちゃんと先輩もそのまま結婚した。男の子と女の子、二人の子持ち。時々会ってお茶をしているけどサルルサのケーキをすごく喜んでくれる。
実は先月、彼と二人でひと月かけて日本一周旅行をした。サルルサのケーキは、彼が主体で作っていたけど、いっしょに働いている弟も腕をあげたので……という事で全てを任せて楽しく旅行してきた。
そして、どうやら……何となくだけど……私にも子供ができたかもしれない。
「カーさま、なんだかマナが濃い……」
桐ちゃんが私をみて呟いた。
「すごい、前よりたくさんマナが出てきている……」
カミィも驚いたようにこちらを見た。
「本当だ」
「すごい濃厚」
「こんなにマナが出て、大丈夫?」
京華ちゃんと龍君、怜も心配してくれる。
なぜ、この3人がマナのことをわかるかというと、桐ちゃんとカミィが……3人を精霊の国に連れて行ってしまい、ちょっとしたアクシデントがあって3人は……人間と精霊が混ざった状態になってしまったから。
おかげで3人は、精霊の国へスムーズに行き来できるようになった……。いえ、そんなに簡単に異世界に行き来してはよくないのでは……と思う。彼らの場合は精霊と人間が混ざったので、寿命が延びて不老の状態で好きな年で若さをとめられるから不都合はない……し、魔法が使えるようになって何かあった時にはきっと力になってくれる。でも……人様の子を巻き込んでしまって……ごめんなさい。
ここのところ、私からかなり濃厚なマナが出てきている。多分、お腹に赤ちゃんがいるような気がするのでそのせいかもしれない。
精霊であるカミィと宝玉の桐ちゃんは、マナを必要とするけど人間に精霊が混ざった3人はマナがなくても平気みたい。マナの量が増えて濃くなったみたいだけど私の体調は変わらない。
今日は皆でお出かけ。
そして、
信じられないものを見た。
コビトが人の体に食い込んでいる。コビトは人の頭の上で踊っていたり腕にぶら下がったり肩に乗っているけど、人とコビトは別物だ。それが、そのコビトの片足は……少年の頭に刺さっていた。頭からコビトが生えているように見える。
コビトは必死に足を抜こうともがいている。その顔が悲壮で何とかしてあげたい。
コビトがこちらを見た。泣きそうな顔で私たちを見ている。
少年のほうは落ち込んだ顔で何かを考えている。
「カーさま」
桐ちゃんが私を見る。私は驚きのあまり固まっていた。
「あれ、抜いてやればいいんじゃないの?」
カミィがそう言うと、つかつかとその少年に近寄ってコビトを掴みスポッと抜いた。
カミィは、考える事もなくまるで雑草を抜くみたいに簡単に抜いた。まったく、止める間もなかった。やっぱり、カミィはカミィ。でも、今回は結果オーライ。
コビトは小躍りしている。
少年の頭の上で喜びの踊り……あれは、喜びの歌……周りのコビトも一緒になって踊っている。コビトが一緒に踊る時は踊りが揃うので見応えがある。
いや、いや、いったい何がどうしてコビトが人に刺さったりしたの? コビトがしゃべれないのが本当に残念。
何があったの!?
「おい、なにか最近変わった事はなかったか?」
カミィが偉そうに少年に問いかけた。
「ボス……」
少年が困ったようにこちらを見た。私たちがいると話せないという事? 仕方ない。
「カミィ、その子をつれてカラオケに行きましょう。二部屋借りるから、子どもだけで話すといいわ」
今日はショッピングセンターに桐ちゃんとカミィ、怜を連れて買い物にきていた。私の旦那さまも一緒。今更だけど旦那さまの名前は早乙女蓮という。私は乙女小路から早乙女になったけど、どちらの名前にも乙女がついている。いくつになっても私は乙女のまま……。
私たち夫婦と子供3人で色々と服を買ったりして、そろそろ帰ろうかと話している時にコビトの刺さった少年を発見した。蓮はコビトが視えないけど、私たちの様子から何かがあったのと察してくれて黙ってついてきてくれた。
カラオケ店に入る。何か秘密の話がある時は喫茶店よりもカラオケのほうが個室だし、一応は防音なのでいいかなと思う。話が済んだら歌も歌えるし……。
「…………」
「…………」
隣のはなしが気になる。
「そんなに気になるなら、姿を消してこっそり話を聞いてくればいいよ」
「でも」
「改めて人づてに聞くより、直接聞いたほうがよくわかるよ。僕は歌の練習をしているから大丈夫。戻ってきたら愛の歌を捧げてあげよう」
「……」
――もう、この人は真面目な顔でさらっとこういう事をいうから……大好き。
ということで隣の部屋へこっそり潜入した。もちろん、ドアの開け閉めはしない。透明なままドアをスルリと通り抜ける。桐ちゃんとカミィと怜には分かったみたいだけど、知らぬ顔をしている。
「で、なにがあった?」
「参謀……」
参謀というのは、怜の呼び名らしい……。
「いいから、言ってみろ」
「実は……」
少年は最近、魔法が使えるようになったそうだ。小説を読んで自分にもひょっとして超人的な力が潜んでいるかもしれないと思って、家の台所で「冷たい氷よ、丸いビー玉のように現れよ」と唱えてみた。
魔法は具体例なイメージが必要なので小さな丸い氷を頭に思い描きつつ、一応もし本当に魔法が使えた時のためにコップを抱えて呪文を唱えた。
そうしたら、コップの中にカランコロンと氷が現れたので、すごくびっくりしてドキドキしながらジュースを入れて飲んでみると冷たくて本物の氷だったので嬉しくてヤッターと叫んだ。
それからは魔法の修行の為、お風呂場で小さな火を灯したり水を出したりしたが、空を飛ぶための翼を出そうとして背中から翼が少し出てきた感触がしたら、すごい頭痛がして一日寝込んでしまった。
大きな魔法を試そうとするとひどい目にあうことがわかったので、小さな魔法をあれやこれや試していたが、最近、体の調子が悪くて、ひょっとして魔法は自分の生命力を使っているのではないか、命を少しずつ削っているのではないかと心配になって悩んでいるとの事だった。
「今は、どうだ?」
「ん、あれ? なんだか体が……」
「で、どうなの?」
桐ちゃんが少年の顔を見ながら聞くと
「あ、あれ……なんだかすっきりしている。そういえば、さっきボスが頭をポンってしてから……モヤが晴れたみたいになって……なんだか、治ったみたいだ」
「そうか」
「ありがとうございます。さすがボス」
「ちょっと、魔法を使ってみろ」
「えー、もういやですよ」
「いいから、使ってみろ! もう使えないと思うけど」
カミィに言われた少年がしぶしぶ「小さな火よ、我が指先にともれ」と唱えた……何事もおきなかった。少年のコビトは腰に手をあてて肯いている。
「よし、おまえ、もう魔法は使うな! もう使えないと思うが、もしまた使ってしまったらすぐ、俺のところにこい!」
「はい。また助けてくれるんですね」
「ばか。命が削れていくから二度とやるなよ。もし、他に魔法が使えるというやつが出たらすぐ連れてこい」
「はい。わかりました」
少年、なぜカミィが頭をポンとしたら楽になったのか、何も聞かないのね。
その後、少年がいつから魔法が使えるようになったのか、どこか変わったところに行っていないかという聞き取り調査を怜がしっかりとしていた。
聞き取りのあと皆でカラオケを始めたので、私もこっそり蓮のところへ戻った。
「おかえり、何か分かった?」
「うん、実は……」
蓮には私が宝玉に人間が混ざった精霊女王であること、桐ちゃんが私の宝玉の一部からできた事、カミィが本当は精霊である事なども話している。そして、人に付いているコビトのことも蓮には話していた。
「向こうの世界では、魔法を普通に使っている?」
「えぇ」
「向こうの世界にあってこちらの世界にないものは……」
「マナ!」
そうです。私に多分赤ちゃんができたと思われる頃から、私から濃いマナが出るようになった。マナがあると魔法が使える。
「でも、どうしてコビトが人に食い込むのかしら?」
「コビトはいやがって、その少年も具合が悪くなっていたのだろう?」
「ええ」
「なら、こちらの世界の人にとっては、良くないということだ」
「そうね」
「精霊の国に移住しようか」
「えっ」
蓮さんが精霊たちと話がしたいというので魔法陣をだして転移した。魔法陣はペンダントにして持つようにカミィが工夫してくれたので、何時でもどこでも移動可能になった。
魔法陣の中に二人で転移した。私が一緒だと人であっても精霊の国に入れる。
「姫さま」
「お帰りなさいませ」
魔法陣担当の精霊が嬉しそうに挨拶してくれた。
「また、一段とマナが濃くなりましたね」
「え、気が付いていたのですか?」
「もちろんです」
最長老のリヨンが駆けてきた。
「姫さま、いらっしゃいませ。また一段と……」
「ひょっとして、どんどんマナが濃くなっていますか?」
「えぇ、これはたぶん姫さまの人間の部分がお腹の赤ちゃんに移っているからではないでしょうか」
「それって、赤ちゃんは人間になるってこと?」
「いえ、多分精霊に人間が混ざった状態になると思うのですが……」
「そうですよね。この子からは精霊の波動を感じますから……」
「人間と精霊の混ざった状態といえば、桐さまとカミィの連れてきた子供たちもそうですね。姫さまもそうでしたが、姫さまは人間の部分が薄くなりつつあります」
「精霊の混ざった子供たちは大丈夫でしょうか?」
「精霊の拒否反応がないのですから、特に問題はないのでは?」
「まぁ、そうですよね。私もそうでしたし……。でも、私のマナが濃くなったせいで、あちらの世界で魔法が使える人がでてきてしまったのです」
「姫さま、こちらに移られたほうが良いのでは」
「そうですよね」
私がそういいながら蓮をみあげると
「もちろん、僕もついていきますよ」
蓮が優しく笑いかけてきた。嬉しい。
カラオケに戻り今後の話をした。蓮が生活の拠点を精霊の国に置き、日本の皆さんには海外に行ったという事にすればいいのではと言う。
パティシエなので海外に修行にいってそのままあちらに居ついてもおかしくないし、弟も独り立ちできる腕になったと思うので、お店はすっかり任せて自分は精霊の国でケーキ屋さんをしたいそうだ。
精霊の国では通貨がないので、お金の心配をせずに食べたいものを好きなだけ食べてもらえるのは嬉しいと。
今晩にでも家族と相談することにした。家族と別れて暮らしても魔法陣があるし、時々皆が精霊の国に遊びに来てくれるといいかなと思う。桐ちゃんとカミィについては精霊の国にしょっちゅう出入りしているので何時でも会える。それと……桐ちゃんは中1の始めぐらいから、もう私が側にいなくても大丈夫になった。
次回「精霊の国へ」
【精霊の観察、あるいは考察】
精霊のフライとピピンは今日も一緒にいた。
目の前には小さな鉢植え、中くらいの鉢植え、大きな鉢植えがあった。
「うーん。これはこれで綺麗なんだけど」
「ボンサイっていうんだ」
「これ、たくさん作ると、ミニ庭園ができないか?」
「ミニだとお昼寝できない」
「僕らが小さくなればいいんだよ」
「そうか!」
「そういえば、大きなほうは変化が出てきたね」
「花びらが少し、大きくなってきたんだ」
「おう、あの花びらはやわらかそうだ」
「匂いがかなり薄いけど」
「薄い方が寝やすい」
「でも、あの微かな匂いはもう少し、あってもいいと思うんだよな。眠りをさそう匂い……」
「じゃぁ、いくつか種類をわけよう」
「おま、簡単にいうな」
「二人でかかれば、なんとかなるさ」
「そうか、そうだね」
そうして、精霊の手によって桜の花の品種改良が行われていった