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16.  事情説明と偽装工作。2020/07/31

 さて、地下鉄の駅……周りの人々は驚いている。そうよね、突然光に包まれたかと思うと人が一瞬、消えて、また現れたのだから……。


「きーちゃん……」

 あー、菜っちゃんの焦ったような声が聞こえる。突き落とされて光に包まれて……普通の人なら混乱すると思う。階段を駆け下りて私に手を差し出しながら、


「きーちゃん、大丈夫? ケガは?」

 と聞きながらまじまじと私を見ている。光の粒も辺りを漂っているし。


「大丈夫だよ。ありがとう」

「真紀さん、だよね。突き落としたの?」


 菜っちゃんは私の手を握りしめながら階段の上を睨んだ。


  真紀さんはボーッとした顔でこちらを見ている。私の側にいた渡会君がスーッと真紀さんの所にいくと、手をひいて私たちの前に連れてきた。


「ほら、なにかいう事あるだろう」

「ごめんなさい」


 真紀さんはおびえたような顔をすると、つぶやくように謝った。真紀さんの上のコビトは頭の上でペコペコ頭を下げている。

  渡会君のコビトは彼の頭の上で仁王立ちをして真紀さんを見ていた。

 

  周りの人はしばらく此方を見ていたけど、そのまま少しずつ動き出した。不思議そうにこちらを見たり首をふっていたりする人もいたけど、ありえない出来事に遭遇するとなかったこと、見なかった事にする人も多い。週末の金曜日はみんな疲れているし……。スマホを操作している人もいたけど、写す暇もなかったと思う。


  ちなみに皆さんのコビトは踊っていた。こちらを向いてドドンパでお揃いの踊り。時々コビトがお揃いで踊りだすのはなぜなの? 宙に浮いているカミィがドドンパにあわせて体を揺らしている。音楽、聞こえてないはずだしドドンパも知らないよね。


「怪我もしていませんし、謝ってもらったからいいですよ」

「でも、きーちゃん」

「大丈夫、菜っちゃん。でも、念のため今日はもう帰るね」

「それはいいけど。本当に大丈夫なの?」

「大丈夫だって! どうせ今日は実家に帰る予定だったし……」

「そうか。ひとりじゃないなら安心だね。送っていくよ」

「大丈夫だよ。駅まで迎えにきてもらうし……」

「あの、ひょっとして寛さんも帰ってきているの?」

「そうそ。ちょっと早めの夏休みらしいよ。彼女には明日会いにいくのですって」

「えー、寛さん彼女いるの?」

「言ってなかった?」

「うん。今度、折をみて紹介してもらおうと思っていたのに……」


  菜っちゃん、みるからに萎れてしまった……ごめんね、気がつかなくて。寛さんというのは父の弟の子供でつまり従兄弟。28歳だけどクールな雰囲気のイケメンです。


「とにかく、そういうことで。ごめんね、菜っちゃん、心配かけて。」

「ううん。ところで、気のせいかもしれないのだけど……なんだか一瞬、きーちゃんとその男の子が光に包まれたような気がしたの……で、消えて、また現れて……」

「うん」

「ごめん、そんなことないよね。私も疲れているのかもしれない……」


「菜っちゃん……」

 どうしよう、なんといえばいいのかなぁという私の沈黙を菜っちゃんは別の意味に取ったみたいで


「最近、コンタクトの調子が悪いみたいなの。明日休みだしちょっと病院いってくるね」

「き、気を付けてね」

「ありがとう」


 菜っちゃんは微妙な顔をしつつ真紀さんのほうを振り向くと


「真紀さん、やっていい事といけない事があるでしょ! これは、りっぱな傷害事件だよ」

 強い口調で言った。でも


「ごめんなさい。ごめんなさい……」


 小さくなって何度もつぶやく真紀さんに毒気を抜かれたみたいで

「どうする?」

 と私に聞いてきた。


「うん、だから何ともないし、真紀さんも色々あってちょっと精神的に混乱しちゃたんだよ。ほら、反省しているみたいだし……」

「まぁ、確かに」


 みるからに小さくなった真紀さんは、まだ「ごめんなさい」と呟いている。


「ねぇ、彼女大丈夫かしら?」


「俺が送っていきます」

 渡会君が声をかけてきた。


「えぇ! あなたは?」

「通りすがりの高校生です」

「え!」


「ごめんなさい。たまたま近くにいただけなのに巻き込んでしまって」

 私が知らない顔で渡会君にそういうと


「大丈夫です。では、失礼します」

 渡会君と渡会君のコビトは一礼をして真紀さんの手をひき立ち去って行った。


「ねぇ、あの子、さわやかだったけど……大丈夫かしら? 知り合い?」

「大丈夫だよ。さぁ、私たちも帰ろう!」

「そうだね。ほんとうに大丈夫?」

「うん!」

「何かあったら電話してね」


 なんとか地下鉄の関門を乗り越えた。まだ、こちらを見ている人はスルーして後は実家に一直線。

  菜っちゃんと手を振って別れた後、上をみるとカミィが胡坐をかいたままプカプカと空中に浮かんでいた。足の間に桐ちゃんを抱えて何となく楽しそう。

  人々に付いているコビトを見て体を揺らしていたから一緒に踊っているつもりなのかもしれない。つまり、こちらの世界にきた精霊には踊るコビトが視えるという事。手で合図をするとそのままプカプカと浮いたままついてきた。紐のついていない風船を持って歩いている気分。


  電車を乗り継いで実家のある駅に着いた。そのまま歩いていく。飲みにいかなかったので時間的にもまだ早いし、人通りも多いし駅から10分ほどなのでちょうどいい距離。家に電話しよう。


「はい、乙女小路です」

 あれ、寛ちゃんが出た。


「桔梗です。もうすぐ、お家につきます」

「今日、飲んでくるんじゃなかったの?」

「うん、その予定だったけど……ちょっと色々あって……相談にのってくれると嬉しいな」

「ああ、いいよ。途中まで迎えにいくよ」

「いいよ。近いし」

「だ~め。女の子なんだから」


  そういうと寛ちゃんは電話を切ってしまった。そのまま迎えに来てくれるつもりかな。そんなに遠いわけでもないのに親切。

  寛ちゃんは小さい時に両親が交通事故で亡くなって、お母さんのお姉さんに引き取られた。

  そこでひどい目にあって乙女小路の家に逃げてきた。それからずっと一緒に暮らしていたから、従兄弟といっても兄弟みたいなものかな。

  今から家に帰って色々説明するのは……長くなりそう。


「久しぶり」

「元気だったか?」


  寛ちゃんは私の顔を見ると、にっこり笑ってぽんと軽く頭を撫でた。私たちの頭の上ではカミィと桐ちゃんがプカプカ浮いている。寛ちゃんには全く見えていないようだ。


「元気だよ~」

「うーん」

「何?」

「特に悩んでいるようには見えないから相談って何かな、と思って」

「えーとね、とんでも事件なの」

「ふむふむ、で何なんだ?」

「うーん、ちょっと長くなるからお家で話すね」


  私と寛ちゃんは軽い世間話をしながら家まで歩いた。寛ちゃんは後期研修医で、今は大学の医局に所属して大学病院で働いている。

  若手の研修医はとんでもなく忙しいけど、その医局では夏休みはきちんと交代で取ることになっている。ので、我が家にたまに帰ってくる。

 さて、実家についた。


「ただいま~」

「お帰り」


 我が家はかなり広い家に母と弟が二人で暮らしている。父は海外でお仕事中。


「ご飯、食べるでしょう?」


 母が声をかけてきた。食後のほうが話はしやすいけど、その前に話をしないと食いしん坊カミィのメンタルが心配。


「うん、ちょっとその前に大事な相談があるの。いいかな」

「ご飯食べながらじゃだめなの?」

「お茶のほうがいいと思う。なるべく手短にすませるから」


 ということで居間に全員が集まった。母と弟と寛ちゃんと私、と見えてないけどカミィと桐ちゃん。


「実はね私、異世界に行ってきたの」


「フゥー」

 弟があきれたようにため息をついた。


「それは……大変だったな」

「そうね……」


 寛ちゃんと母も微妙な顔をして肯いた。

 この、いたたまれない空気どうしよう。


「それで、精霊のカミィと桐ちゃんを紹介するね。カミィ、桐ちゃんといっしょに出てきてくれる?」

 カミィと桐ちゃんが空中に姿をあらわすと


「ふぇー」

「うそ! だろ」

「なにこの美形!」


 皆、びっくりしている。それは驚くよね。

 


「カミィと申します。」


  カミィがにっこりと挨拶すると母がジーッと目を見開いてカミィを見つめた。カミィ、中身はどうあれ外見は絶世の美女ならず絶世の美形なのでこの反応も解るけど……。


「お母さん!」

「あ、ぁそうね。えーと、今晩は。ええ!! この子、きーちゃんにそっくりじゃないの!」


 私の声に母がカミィから目をはずし、桐ちゃんをチラっとみて驚いたように声をあげた。


「あ、ほんとだ」

「いつの間に子ども産んだの?」

「そっくりだ」

「うわぁ、うり二つだなぁ。大きさは違うけど大と小、いや……極小か」

「もう! みんな落ち着いて!」

「いや、だってきーちゃんの子供? なのか?」


 みんなが桐ちゃんと私を何度も見比べている。それはまぁ、こんなに似ていたら私が産んだと思われても仕方がないのかもしれない。


「私が産んだわけではないけど、この子は私の一部なの」

「クローンみたいなものか?」

「私の一部に別の魂が入った精霊……かなぁ」


  その後、カミィが宝玉を落として云々あたりは省略して、本来宝玉から精霊女王として生まれるはずだった私が、世界の狭間からこちらの世界に魂と宝玉の大部分と一緒にきてしまい人間として生まれた事、宝玉の欠片としてあちらの世界に散らばっていたらしい桐ちゃんが、私があちらの世界に行った事がきっかけとなって宝玉の形となり私の手のひらで孵化して赤ちゃんになった事、私と桐ちゃんは一緒にいなくてはと感じる事などを話した。


  そして、あちらの世界とこちらの世界が何かしら繋がっているらしい事と、精霊の言い伝え『来るべき災厄の時、世界と人々は宝玉の乙女に救われる』『宝玉の乙女がすべてを許し、最後の審判がおこなわれる』を伝えると


「ハルマゲドンか……」

「来るべき災厄……、宝玉の乙女」

「なんだか……、なんだか……どうしましょう」


 皆して頭を抱えてしまった。雰囲気も暗い。


「とにかく、この世界かあちらの世界かわからないけど救われるのだから大丈夫!」

 私が大きな声を出すと


「そうか、救われるのか」

「助かるのね」

「良かった……」


 なんだか、世界の終りがやってくるかもと思ってしまったみたい。それは、恐いよね。


「でも、そうなると」

「この赤ちゃん……桐ちゃんか……大切に育てなくてはいけないよな」

「世界の為に?」

「でも、こんな小さな赤ちゃんに……」

「女の子なのに」

「なんとか、ならないのかしら?」

「みんなで助けられるといいな」

「そうだよ」


「あの、私も及ばずながらお手伝いできればと思います」

 カミィが控えめに声をだした。そうしていると本当に楚々とした美人。


「この精霊、カミィさんは? どうするんだ?」

「こんな美形が歩いていたら皆、ついてくるわよ」

「男? だよな……でも、女といわれれば……」


 カミィの説明にまた時間を取られてしまった。

 

  事情があって少年時代をまともに過ごしてなかった為(ほとんど土の中に潜っていたという事は内緒)改めて人生をやり直してみたい……という事と、桐ちゃんの側にずっと付いているためには双子にするのが一番良いのではという旨の説明をした。

 寛ちゃんは自分が小さな頃に不幸な目にあったせいか、まともな子供時代をもう一度できるのなら、それはいいことだと諸手をあげて賛成してくれた。


「でも、すでに大人になってしまっているのに、その意識のまま赤ちゃんが……できるのか?」

「カミィの意識を夢うつつの冬眠状態にして、まっさらな意識を上に持ってくるの。で、年齢とともにその人間としての意識と、年齢に応じたカミィの意識が混ざるように魔法をかけるわ」

「そんな事ができるのか」

「ファンタジーの世界ではそういうのもありなのよ」

「そうか、すごいな」


 ――実は精霊たちと一生懸命考えた。危険がせまった時にはキーワードで本来のカミィが表にでて、危機管理もできるように。赤ちゃんから育てる事で、向こう見ずな性格のカミィもヤンチャくらいにおさまるように育てなおしたいという考えもあるし。


  という事でカミィと桐ちゃんは我が家に受け入れてもらえた。ので、まずは晩御飯。

  今日はみんなで集まるのでちらし寿司。(私は帰ってからさらに食べる予定だった)ちらし寿司は大量につくるのでカミィがたくさん食べても大丈夫。ハマグリのお吸物や筑前煮、鶏のから揚げ、ポテトサラダ、お浸し、大根のとりそぼろ餡かけ……。


 若くてよく食べる二人がいるので食卓の上には沢山の料理が用意されていた。気持ちよいほど料理が消えていく。それでもカミィの食べっぷりに皆、びっくりしていた。カミィは鶏のから揚げがとても気にいったみたい。


「本当に赤ちゃんになって大丈夫なのか?」

 寛ちゃんがよく食べるカミィをみながら目を泳がせた。


「なんか、目の前で食べるたびに悪いような気がしてくるような……」

「大丈夫、今だけだから。それに、精霊は本来、食事をしないの」

「じゃあ、何を食べて生きているんだ?」

「マナと光で、あっ、こちらの世界にマナはないよ! ね? どうしよう」


「大丈夫です。宝玉さまからマナをいただいていますから」

 カミィがすました顔で言った。


「えっ、私からマナがでているの?」

「えぇ、ですから私も桐さまも十分生きていけます」

「そ、それは良かったな」


「でも、赤ちゃんがその、生理的現象がないとおかしくないか?」

 弟が聞きにくい事を聞いてきた。


「そちらも大丈夫です。きちんと食事をいただくとそれなりに生理的現象はおきるようになっていますから」

「じゃぁ、その辺は大丈夫として、カミィ、本当に赤ちゃんになってもいいのね」

「もちろんです。望むところです。宝玉さまに育てていただけるなんて、お母さまとお呼びしてもいいのでしょうか」


 カミィの輝くような期待にみちた顔をみて……皆、納得したようだ。そこで……カミィを赤ちゃんにしてみた。ふっくら赤ちゃんになったカミィを見て


「これならちょっと顔の整った赤ちゃんで通るわね」

 母は少し残念そうだった。


「あーそれで、きーちゃんにいきなり子供ができるというのは、無理があると思う」

 寛ちゃんが言った。


「そうだよ、お腹ペッタンコじゃないか。今はちょっと膨らんでいるけど……」

 弟の駿がわたしのお腹を見ていいやがった。失礼な奴。


「遠縁かもしれない人が、双子を家の前に置いていったというのはどう?」

「変だろ」

「きーちゃんと顔がそっくりすぎるわね」


「つまり!」

 寛ちゃんがコホンと咳払いをした。


「俺の子にすればいいと思う。俺ときーちゃん、なんとなく顔が似ているし」


 えーと、寛ちゃんはイケメンですが、眼鏡を取って女装すると女性に見える。忘年会で女装した写真は美人だった。つまり、寛ちゃんはどちらかというと女顔で、私が男っぽい顔をしているわけではない。


「寛ちゃんが産むほうがおかしいよ」

「いやいや、俺、結婚しようと思うんだ」

「「「おめでとう」」」

「ありがとう。それで、彼女が産んだ事にすればいいと思う。」

「それこそ、無理じゃない?」

「いや、偶然、たぶんだが偶然がうまく重なっているからうまくいくと思う」


  寛ちゃんがいうには、寛ちゃんの彼女は隣の県で保育士をしていて……そこのお局さまがきつくて、ついにこの5月の始めに保育士を退職したそうだ。彼女は隣の県の保育士の公務員試験に合格したので、彼氏である寛ちゃんとも遠距離恋愛? で離れて暮らしていた。

  隣といっても地理的に遠いし、お局さまの要求に応えるのと寛ちゃんと会う時間をつくるので忙しくて、以前の友達とは一切あってないし、お局さまのターゲットになってしまった為、あちらでも孤立して友人ができなくて、さらに複雑な家庭環境のため家族、親族との交流が一切ないとの事。退職後は人に疲れたと山間の貸別荘で引きこもりになってしまっていた。


  寛ちゃんと会っているところを見られたくなかったため、二人とも変装してこっそり会っていたので寛ちゃんの友達も彼女にあった事はない……。


「なんだか、秘密の交際だね」と私が言ったら、とにかく二人で一緒に居たいというのが最優先だったので、寛ちゃんも仕事と勉強の合間を縫うようにして会っていたそうだ。

  研修医って休みの日でも病院に行って患者さんの様子を見ないといけないし、勉強もかなり大変なのに恋の為なら人は頑張るんだね。

 彼女は母親と諸事情で音信不通にしている為、妊娠していなかった事を誰にも知られることはないと……。

 うーん。


「今回、この近くの関連病院の先輩が腰を痛めて変わってほしいとの要望が医局にあって、俺がこちらの病院へ勤めることになったんだ。で、ちょうどいいから結婚してこの近くに住もうかなと思っていたのだけど、双子を彼女が産んだ事にして同居したらどうかな?」

「どこで、赤ちゃん産んだことにするの?」

「あっ、それお母さんの知り合いの、ほら、お産婆さん」

「引退して故郷に帰ったのよね」

「そう、そこ神奈川の田舎だから、そこで産んだ事にしてもらうといいわ」

「母子手帳は?」

「月曜日にもらってくる」

 寛ちゃんが自信ありげに言った。


「本人でなくていいの?」

「代理人で大丈夫だ。事情があってもらうのが遅れたといえばもらえる」

「その前にお産婆さんに会いにいかないと」

「ちょっと、待って。彼女の気持ちは?」

「今から電話で事情説明して明日、きーちゃんとカミィさんと桐ちゃんと会いにいけばいいんじゃないか。姿は消せるのだろう?」

「そうね。直接見てもらったほうがいいわね。でも、彼女の気持ちが優先よ」

「もし、断られたらどうすんだよ?」

 弟がボソッと言った。


「そのときは、仕方ないから拾った事にしよう」

「たぶん、うちの家族構成だと里子ですんなり申請が通ると思うし、その後の養子縁組も問題なくできると思うわ」

 法律事務所でパートをしている母が言った。そこの弁護士の先生に頼むつもりかも。


「むしろ、そちらのほうがいいかも」

「いや、後々のことを考えると実子のほうがいいと思う。万が一だが余所にとられてしまう事もありえるからな」

「そうだ、俺の子だと女性に置いて行かれた、という手もあるな」


 寛ちゃん、とんでもないことを言い出しました。彼女がいるのに……。


「……」

「寛ちゃん、どうしても自分の子にしたいの?」

「ああ、この子たちに幸せな家庭をあたえたい」


  寛ちゃんはどうやら自分に重ねて使命感に燃えてしまったようで……、私の子だと思うのだけど……。ともあれ、今日連絡するところは連絡して、明日彼女に会いにいってからお産婆さんに会いに行くことになった。


  そして……結論からいうと、寛ちゃんの彼女はとても喜んで同意してくれた。

「世界平和のために、私で何かお役にたてるのであれば嬉しいです」って言っていたけど、ちょっと違っているような気がしなくもない。


  お産婆さんもカミィと桐ちゃんを見て協力してくれることになった。もうお歳なので驚かせるのは心配だったけど、カミィと桐ちゃんを見て眼福だと喜んでもらえたので、良しとしよう。なんというか……美形はお得だと思う。


 まず寛ちゃんと彼女の深雪さんの婚姻届を出してから、カミィと桐ちゃんの出生届けを出した。カミィと桐ちゃんの誕生日は、8月1日。そして土曜日、二人は赤ちゃんになったカミィと桐ちゃんを連れて実家に引越してきた。

  寛ちゃんの職場には、彼女が複雑な家の事情を抱えていたので子供が生まれるまで秘密にしていたという事にし、結婚式はいずれ、父を交えて海外ですると伝えた。

  二人ともいわゆる式場で行う結婚式はあまりしたくないとの事なので、落ち着いたら食事会を職場の人を中心にすることにした。その前に婚礼写真は撮りに行ったけど、今は写真だけの結婚式をする人も結構いるらしくて、二人の仲の良い写真はもう居間に飾ってある。


  私も家を出て一人暮らしをしていたけど実家に戻った。

  ちょっと遠くなるけど、早めに家をでるようにすれば通勤に問題はないと思う。我が家は一挙に母、弟、寛ちゃん、深雪さん、守唯カミィ、桐ちゃん、私プラス海外勤務の父で8人の大家族になった。


「乾杯」

「乾杯」


 今日は、皆の引越しが終わったので引越し祝い。


「お疲れ様」

「大変だったね」

「怒涛の一週間だった」


「ちょっと前には考えもしなかった大家族だよな」

 弟が感慨深げに言った。大学生だけど夏休みなのでとても役にたった。


「これから、よろしくお願いします」


 寛ちゃんのお嫁さんの深雪さんが可愛らしく挨拶してきた。彼女はホンワカしていてとても可愛い。思わず苛めたくなるお局さんの気持ち、ちょっとわかるような気がする。


「こちらこそ、いきなり子持ちということになって申し訳ないのですが、よろしくお願いします」

「いいえ、二人ともほんとうに可愛くて……」

「いや、ほんと、可愛いよ。子供はたくさん欲しいな」


  寛ちゃん、お顔がにやけている。カミィが完全に赤ちゃんになってしまったので、双子のお世話は母と私と深雪さんとでする事になったけど……寛ちゃんと弟の駿がすごく面倒をみてくれて私たちの出番がないくらい。


「あ~あ、明日から出勤かぁ」

「子供たちのために頑張って稼いできてね」

「よし、パパ、頑張るぞ」

 寛ちゃんが嬉しそうにしている。


  そのあと、呼び名を決めるのが大変だった。母が『おばあちゃん』は絶対にいやなので、お母さんと呼んでほしいと言うし。寛ちゃんはパパと呼んでほしいみたい。そうしたら深雪さんがママ。

 では、本来の親? である私はお姉さん? 


「おばさん」

 駿がぼそっと言ったので抓ってやった。


「いたっ! だって一応そうじゃないか」

「おじさん」

「俺は、まだ若い」

「私は本来の親だし、カミィもお母さまと呼びたいみたいだったし、母さまでいいわ」


「お母さん、母さま、ママか……母親が3人というのはいいな」

 寛ちゃんが楽しそう。


「じゃぁ、おれは父さまでいいよ」

「20歳で子持ち?」

「いいんだよ。ひとりだけおじさんなんていやだ」

「なんか変だけど、目くらましになってかえっていいかもしれないな。でも、兄さんというのもいいんじゃないか?」

「兄さん、兄さんか、それもいいな」


「そうね、でも、お父さんが帰ってきたら、お祖父さんと呼んであげましょう」

 母が笑いながら言った。


「お父さん、すぐ気づくかな?」

「自分だけ、おじいさんって?」

「3日に千円」

「いや、さすがに1日に2千円」


  かわいそうに、蚊帳の外の父は賭の対象にされてしまった。ともあれ、父が帰ってくるのはお正月なのでどんな反応をするのか楽しみ。

 ちなみに、家族にコビトのことは内緒。コビトが頭の上で踊っているって知らないほうが、精神的に平和でいられると思うから。


次回「平和に生活しています。」


【コビトの観察、あるいは考察】


桔梗の家族にもコビトは付いている。しかし、家族のコビトは桔梗に向かって踊らない。彼らはまったりノンビリ日々を過ごしている。

駿のコビトは時折、駿のポケットに入り込んでそこから外を眺めている。そして、桔梗と目が合うと軽く手を振ってくる。他の家族のコビトは頭の上で寝そべっている事が多いが、朝はラジオ体操をし、音楽が流れてくると、それにあわせて体を揺すっているが、特に桔梗に向かって踊りでアピールしてくることはない。


ただ、ラジオ体操を誰かが始めると、他のコビトも一斉に合わせてくるので、桔梗はそれを微笑ましく見守る事にしている。


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