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忘れられた名前  作者: 真地 かいな
第一章 はじまりの話
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第9話 四人の戦い

「本当に遺跡なんてあるんだろうな。貴様ら私を騙したら承知しないぞ。」


「騙すわけないだろ。そんなことして何の得があるってんだよ。なぁリオン。」


「そうだね。」




 リオンはティムの家からずっと押し黙ったままだった。たまに返す言葉も、話の内容をよく聞かないまま適当に答えていた。

 まだ心の中がざわついてしまい、他の事にかまけている余裕のないリオンは、今度もまた、ティムの問いかけに色のない返事を返す。




「リオン大丈夫?」


「うん」




 気遣うミオにもリオンは素っ気ない態度で返していた。

 今のリオンには、左肩に乗っかってじゃれてくるローザですらうっとおしかった。




「貴様はこの中ではマシな奴かと思っていたが、いつまでもウジウジとうっとおしい奴だな。私の魔法で焼き払ってやろうか。」


 ドンッ


「痛いっ、貴様はエルフのくせに乱暴だぞ。」




 ミオがセキの頭をどつく。

 ティムとミオは何か思うことがあるのだろう。今はリオンをそっとしておくことに決めたようであった。


















「クレイジーボアだ!!」




 四人は、いつもの場所で休憩をとった後、もう少しで遺跡の入り口がある木が見えてくるといった所まで来ていた。

 そんな時に、ティムが魔物の姿を見つけて叫ぶ。

 ティムとミオが見合わせる。二人とも顔色が変わっている。二人はすぐ後ろにいるリオンに振り返った。


 リオンは震えていた。

 

 母の命を絶ったクレイジーボアの姿に幼い頃の記憶が揺さぶられる。さっきまでのふてぶてしい態度は一気に消え去り、心に刻まれた恐怖心で、目を見開き、足が震えている。




「セキ、魔法で仕留められるか。」




 嫌なタイミングで会いたくなかった魔物に会ってしまった。

 リオンが使い物にならないと判断したティムがセキに叫ぶ。


 クレイジーボアは獲物を見つけると、その名の通り、狂ったように突進を繰り返してくる猪である。遠距離からならば、まっすぐに突っ込んでくる猪を避けるのも可能ではあるのだが、近距離であれば、なかなかそう上手くはいかない。

 剣しか知らないティムや、攻撃魔法を覚えていないミオの二人だけでは、やや荷が重い相手なのだ。

 しかし、遠距離から強力な火力で相手を仕留めることの出来る魔法があれば、この猪との戦いが断然楽になる。




「お師匠様、お師匠様、お師匠様.........」




 頼りのセキまでもが震えていた。

 まだ十にも満たず、母の腕の中でぬくぬくと眠るような歳の子である。つい先日の戦闘で得た恐怖心を拭うには時間が足りなかった。

 セキは亡き師匠に、必死になってすがり、頭を抱えてうずくまっている。




「くそっ、ミオ援護してくれ。」


「わかってるわ。」




 悪態づくティムに一言答えるミオだったが、その声もやや震えていた。どうしても二人で切り抜けなければならなくなったこの戦いに、焦りを感じてしまっていた。


 ティムは父親に注意されたばかりであったのに、ただ突っ込んでいくことしかできなかった。

 なるべく、猪の意識をこちらに集中させて、猪の進路上に怯える二人がこないようにしなければならない。

 ティムは、その思いが強すぎて、剣を抜くことすら忘れて猪に突っ込んでいく。


 一人突っ込んでいくティムの為にミオは精霊への願いを唱えるべく、自身の霊力をため込んでいた。焦る気持ちとは裏腹に、なかなか霊力が貯まってくれないが、願いを伝えるだけの霊力が練りあがると同時に思いっきり叫んだ。




「お願いアイツを足止めして!!」




 猪は既に動き始めていた。

 一瞬遅れて猪が先ほどいた場所に方々の草が伸びてくる。しかし、その体を捕らえようとした手も、猪が走り去ることを見送ることしかできなかった。

 ただ真っ直ぐに駆けてくるティムを獲物に定めた猪は、口の両脇にそびえ立つ、良く砥がれた牙を煌めかせて、いななきながら走って行った。


 ミオの魔法で足止めされると思っていたティムは一瞬たじろいだ。


 すでに横に逃れる期をいっしている。すぐに剣を抜こうとするのだが、慣れない幅広剣バスターソードがなかなかさやから離れてくれない。

 やっとのことで、長い幅広剣を抜いた時には、猪がすぐ目の前まで来ていた。




ボゴォォン




 およそ、人間にぶつかった音とは思えぬ衝撃音があたりに響きわたって、ティムは猪に跳ね飛ばされた。

 ティムは樹を背にして崩れ落ちていた。その腹からは、研ぎ澄まされた刃に裂かれたように、大量の血を流している。




「ティム!!」




 ミオの悲鳴にリオンは我を取り戻す。まだ体中が震えている。


 それを無理やり、自分の意識下に引き戻したリオンは、ローザが必死に尻尾で頬を叩いていたが、それすら気にかけずに周囲を見渡す。

 目に映るのは、動かないティム、腹からは多量の流血。そのティムにミオが駆け寄っているところだった。


 猪は自慢の牙で獲物を割いた後、減速して、少し離れた場所で止まっていた。ゆっくりと体を向き直らせ、動かぬティムに再度の突撃を繰り出そうと、後ろ脚で土をかきあげている。


 リオンは身近な石を拾い上げると、猪に向かって投げつけた。セキを巻き込まない距離まで舞い出たリオンは猪の気を引くために、さらに何度も石を投げ続けている。




「こっちだ!! 来い猪。お前なんか怖くなんかないぞ。」




 リオンは心の傷が疼くのを必死になってこらえていた。別に忘れたわけではない。無我夢中ではあるのだが、心の傷はそんなに簡単には消えてはくれない。リオンが少しでも気を抜いてしまえば、すぐにでも闇の中に引きずり込もうと身構えているのだ。


 リオンはティムとミオの事だけを考えようとしていた。


 今、自分が動かなければ、剣を握った意味が無くなってしまう。昔、猪に恐怖したのは事実だ。だが、今の自分まで、猪に恐怖する必要なんかない。うずく心に涙が流れるが、そんなことは気にしてなんかいられない。リオンは必死に石を投げ続けた。




 リオンの努力の甲斐あって、猪はうざったい石が飛んでくる方向に向き直り、新たな獲物に向かって駆け出した。

 その直線的な動きをギリギリまで惹きつけたリオンは躱すと同時に、右手に握ったティム特製の剣で切り付けていた。

 まだ空を飛ぶことの出来ないローザが、振り落とされないようにリオンの肩に必死にしがみついている。




 ブヒィィィン




 猪が、切られた背中の痛みで吼える。止まった先で、背中の痛みに前後の足を跳ねさせて怒りに任せて暴れまわっている。


 リオンはその隙に、地面に屈みこんで、必死に自分の世界に籠ろうしているセキに近づく。




「セキ!! しっかりするんだ! また同じことを繰り返したいのか、目の前で人が死ぬところなんか、何回も見ているんじゃない!!」




 猪は手負いになってからが、恐ろしい。今はまだ、怒りに我を忘れて暴れまわっているが、なりふり構わずに突進してくる猪を避けつつ攻撃を繰り返すのは、身軽なリオンにも難しいのだ。


 頭と同時に振り回される牙から避けるためには、どうしてもリオンの攻撃範囲以上の距離を開けなければならないのだから。


 ミオは今も必死にティムの命を食い止めようと頑張っている。今は、自分が持っている武器がリーチの短い小剣であることが憎らしかった。

 だからこそリオンは自分よりも若いセキに頼るしかなかった。


 リオンは自分と同じように魔物に親を奪われた少女を必死になって呼び続けた。




「セキ、怖いのはわかるけど、逃げちゃ駄目だ。丸まって泣いてるだけじゃ、恐怖は去ってなんかくれないんだ。師匠の意志を引き継ぐって決めたんだろっ? 目を覚ませよ。覚ましてくれよ。ここには師匠はいないんだからっ!!」




 リオンは自分でも無理な注文をしていると思いながら、必死になって叫び続けた。何度も肩を揺さぶり、名前を呼んで頬を叩いた。


 そのどの行動がセキの心に届いたのかは知れない。しかし、揺さぶられるセキの瞳に光が指した。




「心に秘めたる我が炎よ、今こそこの世に出づる時。たぎる炎に怯えるなわが共としてそばにおけ。」




 我に返ったセキは未だ震える唇で、さっそうと呪文を唱え始めた。

 今にも倒れそうな幼子をリオンは後ろからしっかりと支えている。リオンの手にセキの震えが伝わってくる。

 セキも自分の中の恐怖と戦っているのだ。


 セキの口から紡がれていく言葉たちは、セキ自身に向けられている様にも聞こえた。そんな言葉を続ける度に、森がざわめき、赤い髪が浮き立っていく。

 敵を見据えるその瞳には真っ赤な炎が宿っていた。




「荒ぶる炎よ、その身をもって我が敵を焼き尽くせ。【ファイヤー】」




 最後の言葉を紡ぎ終えたセキの前に渦巻く炎の球が現れた。

 セキはその炎の球を、まだ暴れていた猪に向けて飛ばした。

 飛んでいった炎の球は、見事命中して猪の全身を包み込むとさらに温度を上げたように激しく燃え上がった。 猪は苦渋の声をあげ、その身を焦がす炎を消そうと、土の上を必死に転がりまわっていた。しかしそんな猪の努力むなしく、炎の勢いが薄れることはない。


 猪の声も聞こえなくなった頃には、元の顔もわからぬほどに黒コゲになった猪と、近くに飛び火した小さな炎だけが残っていた。




「これが魔法…」




 リオンは空いた口が塞がらなかった。

 ある程度の傷を与えて、動きを鈍らしてさえくれれば、後は自分でどうにかしようと思っていたのだ。

 まさか、止めを刺せるとは思っていなかった上に、それを作り出したのが自分よりも幼い少女であることに驚きを隠せなかった。




「私、古代ルーン魔法なんて初めて見たけど、物凄いものなのね。」




 驚きの表情を浮かべながら近づいてくるミオ。その肩を借りながら、ティムも自分の足で歩いてくる。




「すげぇな。」




 まだ痛むのか、傷跡を抑えながらティムが呟く。

 ミオの目は飛び火した炎を見つけて、渋くなっていた。

 人間と同じような生活をしてはいても、エルフは自然を無残に破壊する炎が許せないのは変わらないようだ。




「あの時も、私が戦えていたなら…」




 セキが泣き崩れていた。

 師匠を失った時のことを思っているのだろう。

 確かにこんな魔法使いが二人もいれば、ゴブリンの群れからも、逃げ出すことぐらいは出来たかもしれない。あんな規格外のゴブリンがいなければ、無傷で殲滅することも出来たであろう。


 リオンは泣き崩れる少女を優しく抱きしめた。何も言わずただそっと頭を撫でている。腕の中で少女の声は一層大きくなっていった。






「良かった。生きていたんだね。」


「ギリギリこいつで防げたんだ。おかけで腹の中身まではブチまけずに済んだぜ。」




 セキも落ち着き、四人はそのままひと息ついていた。ティムの手には父親から引き継いだ幅広剣が握られている。




「腹の中身なんて…、冗談でもそんなこと言わないで!!」




 必死に治療していたミオは、泣きそうな声で叫んだ。

 実際、自身の精霊力をシルフに引き出してもらう前ならば、命を取り留められたのかすら、怪しい。それほどの傷であった。

 同時にミオは、自身の精霊魔法で猪を足止め出来なかったことを悔いていた。願いがもう少し早ければ、傷を負うことすらなく猪を片づけられていたかもしれないのだから。




「悪りぃ。

 まぁこいつのおかげで助かったんだから、帰ったら、親父に礼の一つでも言っとくか。」

 



 クレイジーボアではなくても、猪系の魔物の体当たりは強烈で、そこらの木々ならば、一撃で簡単にヘシ折れてしまう。

 そんな突進を受けても幅広剣は欠けてすらいなかった。




「それにしてもセキ、本当にありがとう。さっきはキツイこと言ってごめんね。」


「うむ。そんなことはどうでも良いのだ。むしろ、引き戻して頂き、感謝する。」




 無理に戦闘に引き戻したことを詫びるリオンであったが、すでに何時もの様子に戻っていたセキは気にも留めていなかった。むしろ、感謝の言葉が返されて、リオンはドタついていた。

 ドタつくリオンの肩ではローザがピイピイ騒いでいる。先ほどからの乗り心地の悪さに怒っているのかもしれない。




「リオン、セキ、本当に助かった。お前らがいなけりゃ、俺は死んでたかもしれねぇ。

 本当に、ありがとう。」




 いきなり改まったティムの態度にセキが目を白黒させている。

 リオンも同じようにちょっと間、驚きの表情を見せたが、すぐに元に戻る。ついさっきまで、自分がふてぶてしい態度を取っていた理由を思い出したのだ。


 戦闘中にはすっかり消えてしまっていた心のモヤモヤも、こうして時間がたつとまた戻ってきていた。

 自分がいなければ、ティムがやられていたかもしれない。それは事実だろうと、リオンは考えていた。

心のモヤモヤはまた、戻ってきてしまっているのだが、今、もう一度誘われたら、付いていくと答えよう。そう思っていた。





 しかし、ティムの口から、リオンの求める言葉が発せられることはなかった。













「本当に遺跡だ、しかも状態が良い。」


「当ったり前だろ、まだ疑ってたのか。」




 四人は遺跡の通路を歩いていた。

 セキは遺跡については、通路にすら興味があるらしく、何度も立ち止まっては、自ら光を放っている石を眺めている。遺跡探索の旅を重ねてきたセキ曰く、ここまで状態の良い遺跡は珍しいそうだ。


 そもそも、長い年月のせいなのか、遺跡が建物の形を有していることが少ないのだが、奇跡的にも残っている建造物は遺跡荒らしにあっていたり、価値の解らない者によって破壊されたりと散々な状況らしい。

 しかも、この遺跡のように建造物自体に魔法がかけられているというものは、セキですら、ほとんど見たことがないそうだ。遺跡がある場所もわかりにくいためか、遺跡荒らしにもあっていないなど、神の奇跡に等しいのだろう。


 セキは今も、石に触れて偉大な魔法の感触を確かめている。



 ティムの傷はやはり、深かったらしく、ミオの魔法によって傷口は塞がっているが、戦闘などは出来そうにはない。

 遺跡探索が目的であったし、この遺跡内に魔物が出てきたことはないため、今日はここで泊まることを決めていた。




「お父さん、心配しないかしら。」


「大丈夫だろ、俺たちも子どもじゃねぇんだし。」


「成人しているのは、リオンだけだと思うのだが。」


「んなことよか、もっと上手に焼けなかったもんかね。せっかくの御馳走がもったいねぇ。」


「いいじゃない、それでも十分な量があるんだから。」




 四人は先ほどセキによってこんがり焼きあげられた猪の肉を食べていた。全身が黒焦げで、外側の肉を食べることは出来なかったのだが、内側の肉は程よく火が通り、滴る肉汁が実に旨い。

 少し獣臭さが気になるところではあるが、リオンが採取していた香草と一緒に食べると全く気にならなくなるどころか、香草の僅かな酸味と相まって旨味が増し、四人ともが、食べる手を休めることが出来なくなってしまっている。


 そんな四人に貪られても、こんがり肉はまだ三分の一も減ってはいないのだから、それでも文句をつけるティムは贅沢というものだろう。


 そんな焼き豚を作った本人は、肉をかじりながら、部屋中を歩き回って調べていた。ミオが見つけた本棚のスイッチを見たときは、その魔法に感心して、仕組みがどんなものかと、ちょこちょこと周りを回っていた。




「でも、もったいねぇよ、こんなにうめぇのに。」


「もぉっ、いつまでもグチグチ言わないでさっさと食べる! 食べたらもう一回傷を見るわ。」


「わぁ~ったよ。」




 リオンは焼き豚を食べながら、幼いドラゴンの為に、木の実をすり潰してやっていた。ドラゴンは肉が好きだということなので、焼き豚も食べやすいように、ペースト状になるまで、すっている。

 思っていた通り、ローザはその味が気に入ったらしく、もっと欲しいとリオンの周囲を跳ねまわってオネダリしていた。



2014.01.29改稿 加筆・修正、大筋変更なし

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