第7話 出会いと...別れ
その日の夜、ゴブリンとの死闘を終えた一行は、心身ともに疲労してはいたのだが、無念な最期を迎えた旅人の為にコムル村で行われている、しめやかな式に参列していた。
リオンの家から村のほぼ中央に位置する風の精霊を祀った神殿をはさんで丁度反対側、海に面したその場所はコムル村の墓地であった。
コムル村では火葬が営まれているのだが、墓地にはそれ専用の火葬炉がある。
鍛冶屋のゴメスがより早く高温になるようにと色々と改良を加えてはあるのだが、煙になった魂が神の息吹の風に乗り、異界の郷土へ旅立てる。
昔から語り継がれる言い伝えをコムル村の村人たちはずっと守ってきていた。今でもその風習を引き継いでいる村人達により、無念の内に散った旅人の魂は煙になろうとしていた。
火葬炉の前にはまだ十にも満たないような年の子が立っている。
この村の住人ではなく、故人と共に旅をしてきた、故人に縁ある唯一の人間であった。
体はもちろん、おそらくその心の容量も小さいであろうが、その子どもは泣き崩れることもせずに、毅然とした態度でその時が来るのを待っている。
故人が少しでも安全に異界の郷土へ旅立てるようにと、式では多くの参列者が集い順番に火葬炉に想いを込めた薪をくべていく。
火葬炉には既に火が入っており、参列者が故人を悼みながら薪を置いていく間に内部の熱が高温となっていく。火葬炉から二十歩ほど離れた距離にいてもかなりの熱さになっているが、五歩も離れていない場所にいる幼子は、とてつもない熱さと戦っているだろう。
火葬炉が外に熱が漏れにくい耐熱加工がしてあったとしても子どもが簡単に堪えられるような熱さではない。
過去には葬儀中に意識を失う大人もゼロではなかった。ただ最期のくび木を切るだけならば、もっと離れた場所で参列者が待っていれば良いのだが、生前に慕われていた故人ほどそうはならない。
故人の人柄に魅せられていた縁者達は、じっと、少しでも長く触れ合うように棺の傍を離れないのだ。
幼子が腰までも届きそうなほどに長く伸ばした髪は、はぜる炎に照らされて、灼熱のような赤に染まっている。
故人はあの子どもにどれほどの愛情を注いでいたのだろか。幼子はそれでもじっと立ち据えていた。
「皆様、お忙しい中、突然の訃報に、こうしてお集まり頂き誠にありがとうございます。
名も知らぬ旅人の為にこのような立派な式を設けて頂き、ご参列頂けたことに感謝の意が絶えません。
特に故人の遺恨を晴らして下さった皆様方には厚く御礼申し上げます。」
最後の参列者が列に戻ると幼子が御礼の意を述べ始めた。
見た目の年齢からは想像も出来ないほどの口上に式中にもかかわらず、驚きの声がわずかに流れている。
こういった場でも恥ずかしくない教養を故人にもらった幼子は、ゴブリン退治の当事者たちに深々と頭を下げると、挨拶を続ける。
「私の魔法の師匠であり義父であった故人、アルバートはその生涯をサースランドから失われた歴史の探求に捧げ、古代遺跡に残るわずかな痕跡を求めて、世界中を旅していました。
救世の道中、孤児であった私の身を受け、ここまで育て上げるという深い愛情をも持ち合わせていました。
私は故人の唯一の子どもとして、道半ばの探求を引き継いでいこうと思っています。
根無しの旅の為、故人の亡骸をこの村コムル村に残すこととなりましたが、私の傷を癒して下さったミレーヌ様が私に代わって故人を悼んで下さることを快く承諾して下さり、安心して究明の道を歩むことが出来ます。
コムル村の皆様からは返す言葉がないほどのご厚意を賜り、再度、感謝の意を述べさせて頂きます。」
幼子はそう言って、再度村人達に向かって頭を下げる。深く下げられた頭は、なかなか上がらなかった。
ようやく頭を上げた幼子は手向けの言葉を故人に送る。
「慈愛の神よ、どうぞ御身の住まう異界の郷土へと、智と愛深き人、アルバートをお迎えください。」
幼子は最期の言葉の後、村人の協力を得ながら、棺を炉へと導いた。
天に向かって立ち上るアルバートと共に、コムル村の長かった一日を、神の息吹がそっと宥めていった。
「リオン、明日一緒に行きたいところがあるんだ。昼過ぎに家に行くからな。」
ティムが別れ際に明日の予定を組み立てた。
家に向かって走り去っていくティムは父親と共に無事の帰還のお祝いにと、母の涙と抱擁に迎えられていた。
ティムの母は、ゴメスの腕に一瞥やるも、生きていたことが何よりの果報で、抱きしめる腕を離さなかった。
リオンは母を思い出していた。
立ち昇る煙の下で泣き崩れ、最期の言葉も話せなかった、幼い自分を思い出していた。
幼かったリオンはつらい現実から逃げたくて、棺から遠く離れた場所で一人、泣いていた。
陽はとっくに沈み、故人を抱く火葬炉と村人の松明の灯火が、神の息吹に揺さぶられ、リオンの心を揺さぶった。
別れを知るリオンだからこそ、今日の幼子の姿を称え、視線で慈しみ、心の中で涙を流した。
別れがあれば出会いもあると、言葉で無理やり心を支え、去りゆく人を心に刻んだ。
そんなリオンの背中には大きな手が添えられていた。
家に帰ろう。
父の言葉はとても温かかった。背に添えられた父の手は帰り着くまで離れることは無かった。
次の日の朝、いつもは雄鶏の鳴き声と共に目が覚める二人なのだが、昨日の疲れが残ってか、ハンスとリオンが起きた時には太陽はとっくの昔に顔を出していた。
「おはよう。」
リオンは枕元に持ってきていた巣箱の卵に朝の挨拶を告げた。
昼過ぎには来ると言っていたが、どこに行こうと言うのだろうか。
ティムの昨日の言葉を思い出して、そんなことを考えながらも、手元に手繰り寄せていた卵を愛おしげに撫でていた。
「はやく生まれておいでよ。」
ティムやミオには何年間も放置されていた卵から何かが生まれてくることは無い、と言われているが、リオンには確信があった。
どれくらいの年月をあの透明な容器の中で過ごしていたのか、なんてことは皆目見当も付かないが、この子は生きている。
その生命力を確かに感じているのだった。
昼を迎え、ティムとリオンはミオの家を訪ねていた。
リオンの家を訪れたティムは、魔術師の男の子に三人が秘密の訓練場にしている遺跡の話をしようと言うのだ。
師の志を引き継ぐのであれば、あの遺跡の話も聞きたがるだろうとのことであった。
「こんっちゃ~っっス。」
「ミレーヌさんこんにちは。」
出迎えてくれたミオの母に二人は挨拶をして、さっそく昨日のあの子に会わせて欲しいと、事情を話して取次ぎを願った。
幼子の体のケガはミレーヌの介抱の甲斐あって、既に傷跡も消えているのだが、歳が歳のため、心の傷を心配しているミレーヌであった。
しかし、歳の近い者と自分の興味がある話をするのは、いいことだと考えて、二人を快く招き入れてくれた。
「よぉ、バカ息子。」
「親父? 何してんだ!?」
「ゴメスさんは腕のケガが悪化しないように私の治療を受けているんですよ。」
ミレーヌが応える。
包帯がはずされ、あらわになった腕は先に続いているはずの場所が無い。もちろん一日で何かが変わるわけはないのだが、片手の父親の姿にティムの心はまたもや痛んだ。
「親父...すまねぇ。」
「まだ成人もしてねぇ子どもがいちいち気にしてんじゃねぇよっ。
仕事のほうもメオロが手伝ってくれるわけだし、一本無くなろうが、まだもう一本残ってやがんだ。
たいした問題じゃねぇよ。」
「今までお世話になった分をこれで返せます。せいぜい夫をこき使ってくださいね。」
「おうよっ、毎日、夜になっても足腰がたたねぇようにしてやるぜ。がははははっ。」
腕がなくなったことがたいした問題じゃないだなんで、そんなはずがないだろうと、顔をしかめるティムを気遣わしげに見ていたミレーヌが話を冗談にうながした。
下品な方に話を持っていったゴメスは自分の冗談に自分で笑い、部屋中に豪快な笑い声を響かせた。
「セキさん、お客さんが参られました、お通ししてもよろしいですか。」
「ミレーヌさんありがとうございます。お願いします。」
自分を訪ねて来るなんていったいどんな用件だろう。といぶかしげな目がミレーヌにうながされていたティム達に向けられていた。
「赤眼!!?」
「っっっなんだ!!
文句でもあるのか!?」
ティムが初見にいきなり叫んだ。
礼を重んじない発言に対して、赤毛の幼子は明らかに怒っていた。
「ごめんなさい、君の瞳が珍しい色をしていたので、反応してしまったんです。」
リオンはすぐに失礼を詫びたが、叫んだ当人はまだしげしげと、全身を目線でなめ回していた。
明らかに二人よりも幼い顔立ちにミオよりも頭ひとつほど小さな身長。魔術師が好んで、身に着ける濃紺のローブとは対照的にな緋色は、瞳だけではなく、綺麗な長く伸ばした髪の毛もそうだった。セキは、その髪の毛を自身の腰ほどまで伸ばしている。
昨日は炉の炎に照らされて赤く見えたのだと思っていた髪の毛であったが、炎の方が照らされていたのではないかというほどに鮮やかな緋色をしている。
瞳は炎が灯っているように見えるほど、ギラリと輝き、セキの生来の目つきの悪さが、炎の印象に拍車をかけていた。
その赤眼が忌々しい親の敵でも見るように、礼をわきまえずに視線でなめ回すティムに向けられていた。
「貴様っ!! いつまで見ているつもりだ!!」
「おぉ... 悪りぃな。」
怒りを抑えられないといった口調に、やっと目線を外したティムは、一言だけ詫びをのべると、下がろうとしていたミレーヌにミオを呼ぶようにと頼んだ。
今回この少年には、物見に来たわけではなく、故人の遺志を引き継ごうとしている少年に感動して、情報を提供するために来たのだ。
ティム達は、話をするのには二人でも特に問題はなかったが、ミオを仲間外れにすると後から何を言われるかしれないので、ミオが来るまで間作りをすることにした。
「ちょっと、お前に話が合って来たんだ。」
「何だ!? 生まれの話ならば、貴様なんぞに話すつもりは微塵もない!!」
セキは自分の風貌に何か思うところがあるようであったが、二人はそんな話を聞くつもりはなかった。
このサースランドでは、赤眼で、こんなにも鮮やかな赤髪の人間がいる地域は一カ所しかない。その地域が問題だった。
大陸の北東にその地域は存在する。南西の端にあるコムル村とはちょうど反対側に山々が連なる大きな活火山帯がある。
それらのすそ野には、広大な砂漠が広がっており、その砂漠の中で希少なオアシスの周辺に暮らす部族が赤髪の者を排出することがあるのだ。
その部族の出の者以外にも一部分に緋色を秘めた者はいるのだが、瞳まで緋色の者は砂漠の民以外にはいないと言われている。
その出生に少年の人生がうかがえる。
砂漠の民は、暮らす地域の特性のせいで、水も食料も少なく、わずかな緑の地を求めては、隣国の王都ローレンスや鉱山都市ギブリスと戦を行っている。最近では、王都ローレンス周辺で魔物が多発しているため、砂漠の民も接近を逃れ、鉱山都市ギブリスと戦をすることが多いようである。
砂漠の民は、そういった国であるために、砂漠を一歩でも離れれば、迫害の対象となってしまうことが多い。戦争の惨禍に見舞われた国民にとっては敵国の民が憎いのは当たり前のことであり、両国もこういった人種差別を積極的に取り締まろうとはしていない。
むしろ、国政に参加するような高位の人物たちが悪感情を持っていることが多いのだ。
コムル村は戦争の被害を受けたことはなく、砂漠とも遠く離れていることもあって、そんなことで迫害するような輩はいない。
それどころか、戦争の惨劇に見舞われるのは、参加した両国どちらも変わらないのであるから、そういった迫害が行われることが信じられない。と平気で言う住人もいるだろう。
戦争に巻き込まれずに育ち、平和ボケした村人たちは、とても幸福なのかもしれない。
「セキさん、ティムも悪気があってやっていたわけではないんです。どうか許してやってください。」
リオンは昨夜の粛々と故人を追悼していた少年の雰囲気からはかけ離れた、今の猛々しい態度に少し驚いた。しかし、少年の出自を思えば、奇異の目に対して過剰に反応するのも頷けるため、誤解を解こうと優しく話しかけた。
「まぁ、ここは田舎だからな、多少のことは許してやろう。以後気をつけろ。」
年下の高慢な態度にティムは一瞬ムッとするが、ティムにもセキの出自はわかるため、ここは抑えて何も言わない。
「僕たちは、この村の近くにある遺跡の話を君に伝えたくて来たんだよ。旅の目的が遺跡の調査だって知ったから、きっと知りたがるだろうと思って。」
「遺跡っ!? あるのか、この近くに。」
「まぁ、ミオが来るまで待てよ。」
やはり、遺跡には興味がある様で、ティムに向けていたトゲトゲしい視線を外して、リオンに話をせかすセキだったが、ティムが待ったをかける。
ちょうどその時、ノックもせずにミオが入ってきた。
「あんたたち、女と見たらすぐに会いに来るのね。」
なぜだか、ミオはいきなり怒っている。
その言葉が、ティムに向けた苛立ちであることをリオンは知っているが、それよりも言葉の意味に驚いていた。
「女だぁ??」
「ごめん、僕も男の子だと思ってた。」
ミオに言われて、もう一度良く見てみれば、確かに幼い体にゆったりと羽織られたローブの胸部あたりが、まだ成長途中の胸の僅かな膨らみをかたどっているように見える。 ...ような気がする。
女の子など、ミオしか知らない二人だったが、ミオと比べると明らかにメリハリの少ないセキを少年と見間違えるのも仕方ない。高めの声も第二次成長期をまだ迎えていないような体つきなので、疑ってすらいなかった。
驚き、謝罪する二人であったが、セキはそんなことはどうでもいいからと、ミオの到着に、遺跡の話をうながす。
「そんなことより、あんたたち、けがは大丈夫なの?」
女の子が目的で来たのではないことがわかり、気を良くしたミオだった。いきなり思い出したかのように、二人を気遣い始める。特にティムの方を重点的にしげしげと眺め、目立った傷がないことを確かめると安堵の息を漏らした。
その様子にやっと待ち焦がれた話が聞けると思っていたセキは憤慨している。そんなセキを無視してミオは続ける。
「良かった。二人とも付いていったって聞いた時は心配でしょうがなかったんだから。」
良く見るとミオの目は腫れていた。きっと泣いて心配していたのだろう。腫れた目を見たリオンは優しいエルフに優しく微笑んだ。
「僕たちは大丈夫だよ。」
「本当に?? 念のために回復魔法でもかけましょうか?」
「いや、大丈夫だって言ってるだろうが、そんなのいらねぇよ。」
ややおせっかいが過ぎるミオをティムがうっとおしそうに追い払う。
「そんなことはどうでもいから、早く話を聞かせてくれないか。」
「そんなことですって!? あんたっっ...」
「まぁまぁミオもセキも気を静めてよ。僕らはセキに遺跡の話をしに来たんだから、話そうよ。」
どうやら、セキとミオはそりが合わないようだった。険悪なムードが続いたが、展開が進まなくなりそうなので、リオンは勝手に話し始めた。
「ちょっと、見せてみるがいい。」
隠し部屋で見つけた革鎧の話で、セキはティムが着込んだままの革鎧に大いに興味を抱いた。
着込んだままの革鎧を軽くたたいたり、撫でたり、耳を当てたりしている。
「ちょっ...あんた! 何してんのよ!!」
「古代の代物だ、何かしらの魔力が付与されているかもしれないから確かめているのだ。」
「それは...そんな顔を埋める必要なんてないでしょうがっ!!」
「うむ、その通りだ。
少し、動いている心臓の音が心地よくてな。」
(めんどくさいなぁ…)
リオンが心の中で本音を呟いていた。
セキは突飛な行動を恥ずかしげもなく続けている。それぐらいならば、実害がなければ特に気にも留めないリオンなのだが、 ミオの顔が紅潮し、ピンと尖った耳がいつもよりも天に向かって伸びているように見える。
(あっ、ミオの耳可愛いなぁ。)
この二人の言い合いに関わるとめんどくさそうなので、聞き流しているリオンは、顔を真っ赤にして罵倒する姿にすら、溢れ出ているエルフの可憐さに見とれていた。
「二人ともうるさいんだよ! セキっ、いいから続けろ。
で、どうなんだ、何か魔法が掛かっているのか。」
二人の言い争いを制したティムは、自分の革鎧への未知なる期待に目を輝かせいる。
「残念だが、何もかかってはいないようだ。」
「そうか。」
「もしかしたら、あの遺跡にはまだいいものがあるかもしれないじゃない!」
ティムが明らかに残念そうにうなだれているのを見て、ミオが元気づけようと声をかける。
「あるのかっ!?」
「行ってみなければ、わからないことぐらいわからないものかね。バカじゃあるまいし。」
投げられた雑言にミオとティムが同時にピクリと反応する。
「バカだとっ!?」
「まぁ、他にも本だとか色々と役立ちそうなものも多いようだ。貴様らに案内させてやろう。」
「ふざけんじゃないわよっ。モノには頼み方ってもんがあるでしょうが。アンタの子守なんかやってられないわ。」
また、言い争いが起りはじめた。今度はティムも一緒になって言い争っている。
リオンは関わり合いにならないように、家に残してきた卵の事を思い描いていた。一体どんな子が生まれるのかな。
初見をそんな風に過ごした、四人だったが、明日、遺跡に向かうことは覆らなかった。
「アンタおちょくるのも大概にしなさいよっ。」
「ふむ。おちょくっているつもりはないのだが。エルフという種族はなかなかに興味深い生き物の様だ。」
「二人とも大概だよ...」
日が暮れ始めた頃だったが、未だに続く言い争いからティムはとうに抜け出していた。
二人に聞こえないように呟いたリオンの声を聞き逃さなかったティムは、目が合わせて苦笑するのだった。
その後も夕食の声がかかるまで語り合った四人は、たった一晩で新たな友との友好を深めたのだった。
2014.01.29改稿 加筆・修正、大筋変更なし