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忘れられた名前  作者: 真地 かいな
第一章 はじまりの話
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第5話 規格外

 キィィィィ



 鎧を着込んだゴブリンが奇声をあげながら迫ってきた。




「ちっ、しゃ~ねぇ。ハンスやるぞ!」


「こっち側は俺が見てやる。くたばるなよゴメス」


「けっ、あたぼぉよぉ。」




 ゴメスはハンスに返事をしながら、背中に担いでいた愛用のハンマーを振り回す。無造作に振り回したかのような一撃で飛びかかってきた一匹は吹き飛ばされていった。


 ゴメスの一撃はゴブリンが着込んだ鎧など意に介せずに、体中の骨が砕けるような音を響かせて飛ばしていく。

 ライは三匹のゴブリンが固まっている中心に向かってに突っ込んでいく。ハンスも後追ってかける。

 ウィンドウ・ハンドを強敵とみて、あわてて逃げようとするゴブリンをライが頭からかぶりついた。噛みつかれたゴブリンは、ライの口からはみ出した手足をバタつかせて抵抗するが、右に左に振り回された後、遠くの茂みに投げ飛ばされる。

 ハンスは二刀に構えた細剣レイピアで、残った二匹を相手取っている。右の細剣でゴブリンのナイフを受けると左の細剣を一振りして、もう一匹のゴブリンに近寄らせないようにけん制すると、ナイフの一撃を浴びせてきたゴブリンの首を突き、その命を絶つ。




「森の精霊ドライアドよ、お前たちの力をみせておくれ。」




 メオロの願いに樹海の木の葉が音もなく揺れ動く。

 小さな刃物と化した木の葉たちが数匹のゴブリンに襲い掛かった。風に舞う木の葉達に視界を遮られた上、いきなり体中に痛みが走る。怯んだゴブリンの一匹の喉にメオロの投げナイフが突き刺さり、ドス黒い血飛沫が木の葉を染めた。




「...すげぇ。」




 ティムとリオンは、メオロの精霊魔法で動きを止めたゴブリン達に、それぞれ止めの一撃を加えながらも、父親たちの勇猛な戦いぶりに目を奪われていた。

 家では呑気に茶をすすり、愛妻家をきどっているゴメスも工房に入るとおとこの顔になるのだが、戦場での顔はそれ以上に漢らしく見える。

 頼もしい父親たちはティムとリオンに尊敬の念を抱かせた。




「気ぃ抜いてんじゃねぇ!!」




 目を奪われて呆けていた二人にゴメスの怒号が投げつけられる。

 その声にハッとして振り返ったティムの目に新たに現れた集団が目に入った。

 ティムの顔が青ざめていく。




「多すぎる...」




 伏兵との戦闘音に見張りのゴブリン共が気付かぬはずがなかった。

 坑道に潜んでいた多量の仲間を引き連れてこちらに向かってきていたのだ。


 錆びついたナイフや剣、ピッケルなどで武装したゴブリンが三十匹は向かってきている。少なくとも二十数匹はいるとのことであったが、道すがら出会ったゴブリンの死体が五匹、伏兵に潜んでいたゴブリンが十匹程度、残りは十匹もいればいい方だと思っていたティムに辛い現実が突きつけられていた。




「オーク...」




 向かってくるゴブリン共の最後尾に続く巨大な体を見たティムが、さらに突きつけられる恐怖に絶句する。

 最後尾に位置する影は、二メートルはあろうかという身長に、隆々とした筋肉の鎧を貼り付けている。腕周りだけでも一メートルはありそうな巨体だが、右腕には馬でも一振りで二分しそうな巨大戦斧バトルアックスを、左腕には長細い岩石の塊のような棍棒を持っていた。

 その岩石棒は長細いといっても、軽く人間の子どもぐらいのサイズはあり、一薙ぎでゴブリンを五匹はひき肉に変えてしまいそうである。


 巨大な影はオークではなかった。

 筋肉の体の上には尖った耳と鼻を付けていて、体格の割には細い首を持っているソレは、ティムが勘違いしてしまっても可笑しくはないほどの規格外の巨大ゴブリンであった。




 ティムは自分の全身が震えているのを感じていた。「死」今のティムにはそれしか考えることが出来なかった。初めて出会った恐怖の前に、日ごろの訓練など意味を成さず、自分がガタガタと震えているということすらも気づいていなかった。




「ティム!!」




 そんな隙だらけのティムを狙ったゴブリンだったが、いち早く気付いたリオンに阻まれてしまった。

 リオンはティムに声をかけるが、なんの反応も返ってこない。

 焦点の合わない目を見開き、口は血の気が引いて紫色になっている。剣を握る手に力はなく、曲げられた指にかろうじて引っかかっているような状態だ。


 リオンがティムの体を揺すって反応を促しても、その目は虚ろのまま変わらない。ティムの頬を涙がつたっていた。


 そんなことをしている間にも、二人を狙ったゴブリンが少しずつ周りに集まってきていた。




「父さん! ティムがおかしい!」




 ハンスに窮地を伝えながらも、ティムに繰り出されたゴブリンのナイフを小剣で受け止めるリオン。

 ナイフが握られたゴブリンの腕を左手で掴んだリオンは、掴んだ腕をゴブリンごと持ち上げて、腹を突き刺し、近寄ってきていた別のゴブリンに放り投げた。

 腹を刺されたゴブリンは仲間の上に倒れむ。重症ながらも生きていた為に、のた打ち回わっていたゴブリン。体の上で暴れ回られ立ち上がれなかったゴブリンは重症の仲間を投げ飛ばして止めのピッケルを喰らわせていた。




「メオロ!! ティムを頼む!!」




 メオロが得意とする精霊魔法の中でも木の精霊ドライアドの力の中には、緑の力で精神を安定に導くものがある。それを知っているハンスはメオロにティムを任せることにしたのだ。

 ハンスはメオロにティムを任せて自身は、ライと共に、新たに坑道から湧き出てきた軍団に向かって走る。

 ゴメスはその新たな集団すでに戦っていた。

 ゴメスはひときわ目立っている規格外の巨大ゴブリンに向かっている。前に群がるゴブリン共を愛用のハンマーで吹き飛ばしながら進んでいくゴメス。

 ハンスとライは翼のように広がりつつある集団の、右翼と左翼をそれぞれ討ちに走っていた。




「木の精霊ドライアドよ、森の香で彼の恐怖を鎮めたまえ。」




 メオロの声に、戦場に場違いなほどの穏やかなそよ風が吹いてきた。

 深緑の香をまとったその風は、ティムの体を包み込み、頬をそっと撫で、全身を優しく愛撫しながら抱きしめるように広がっていくと、そのままティムの体に浸み込んでいった。


 しかし、ティムには変化がない。


 メオロは再度、精霊への願いを唱えると、ティムの体を揺すりだした。

 一瞬ティムの目が戻ったきがしたが、やはり虚ろなままのティムから返答はない。




「メオロさん、ゴメスさんたちが危ない!!」




 リオンはゴブリン共がティムとメオロに近づかないように、けん制攻撃を繰り出していた。

 けん制を主としながらも、一匹ずつ確実に数を減らしていたリオンだったが、ふと目に映ったゴメスが窮地に追い込まれていた。


 巨大ゴブリンの近くまで来ていたゴメスは、ゴブリンの数の多さの前に進めなくなっており、囲まれてしまっている。あの状態で巨大なゴブリンを相手にするとゴメスでも無事で済むかはわからない。




「リオンさん、少しの間お願いします。」




 リオンの言葉に、状況を悟ったメオロは、リオンへの言葉尻に続けるように精霊への願いを唱えていた。





 ゴメスは焦っていた。

 自分が思っていたよりも数の多すぎたゴブリン共は、何度、吹き飛ばしても周りから消え去ることはなかった。この状況であのデカブツとぶつかれば、俺はあの世に行くかもしれない。そんなことを考えながら、この状況を必死にくつがえそうとハンマーを振るっていた。




「木の精霊ドライアドよ、その手足で彼らの自由を奪っておくれ。」




 メオロの願いは即座に叶えられた。

 樹海を形作っていた大木たちが自らのツタを手足の様に動かしたかと思うと、ゴブリン達を縛り上げだした。

 ゴブリン達は宙吊りになっても、もがいている。しかし、ゴブリンの体の自由を奪うツタはもがくほどに、深く締め付けて、抵抗させない。

 自分の周囲のゴブリンが吊るされていくのを見たライは、ハンスの指示も仰がずにゴメスの周りの集団へ体ごとぶつかっていっていく。




「ゴメスさん!!

 これで手一杯です!!」



 願いを唱えたメオロも、自身の周囲のゴブリンで、ゴメスらに手を割く余裕を失っていた。


 しかし、ゴメスにはそれで十分だった。



 ライはその強靭なアギトや爪を用いて引っ掻き、押しつぶし、噛み砕いていた。ゴメスの前には道が開いていたのだ。


 ゴメスは巨大ゴブリンを見据えて前に出た。

 あと五歩ほどで巨大ゴブリンがハンスの射程距離に入る。ゴメスは一端立ち止まると、両手で握ったハンマーを右肩まで振りかぶり一気に距離を詰めた。


 巨大ゴブリンは早かった。

 ハンマーをかかげた敵がこちらに向かってくることを見て取った巨体は、右手に構えた巨大戦斧バトルアックスで、ゴメスに向かって強烈な一撃を放った。なんとかハンマーの柄で受けとめたゴメスだが、その速さは巨体の持つ印象とはかけ離れていて、何より強靭な肉体が放った一撃は重かった。

 毎日の鍛冶仕事で鍛え抜かれた筋肉を持ってしても受けとめるだけが限界で、それだけですら筋肉がミシミシと悲鳴を上げている。


 巨大戦斧が離れると共に、それまで、強大な力を受け止めていいた筋肉が、ゴメスに大きな疲労を訴えかける。


 しかし規格外のゴブリンは止まらない。

 今度は左手に構えた岩石棍棒を振り下ろしてきた。

 受け止めれば、さきほどと同様にこう着状態となり、こちらから攻撃することが出来ない。ゴメスは、後ろに下がって、それを避ける。

 目標を捕らえることが出来なかった岩石棍棒はそのまま地面を打ち砕く。地面が弾け、破片が周囲に飛び散った。


 ただの攻撃ではこのゴブリンを倒せないと悟ったゴメスは距離を取って、力を蓄え始めていた。

 砕かれた地面の破片がゴメスの頬を割く。


 が、それすら気に留めずにただ、ヘソの下三寸…丹田と呼ばれるその場所に全身の力が集まっていくのを意識している。


 ゴメスの鍛え抜かれた筋肉が軋み出した。全身に英気が満ち、筋肉がわずかに膨れ上がる。




「だぁっっ!!」




 ゴメスが吼えた。




 体中を駆け巡り、丹田に貯まった己の力をエネルギーに変えて吐き出した。英気が殺気となって周囲にばら撒かれる。

 近くにいたゴブリン共は恐怖に震えて足をもたつかせていた。


 ゴメスは体中を駆け巡る英気を懐かしく思っていた。

 かつて毎日のように戦場に身をおいていた時代、自分の最も得意としていたこの技は、剣をハンマーに持ち替えたあの日から一度も使っていない。それでもその技は、久方ぶりのゴメスの意思にしたがって当時の様にみなぎる力を与えてくれている。

 ゴメスが戦場の中でただ生き続けることだけを目的として剣を握っていた頃は、生を求める意思とは裏腹に、強敵にめぐり合うたびに筋肉が震え、恐怖と快楽という相反する感情が、体中を駆け巡っていた。


 もう二度と抱くことはないと思っていた感情が久しく見ない強敵を前に、体の芯から沸き起こる。

 こいつを倒す。

 その体から放たれる殺気とは対照的に、ゴメスの心は静かに凪いで、目の前の強敵だけを見据えていた。




 巨大ゴブリンが近づこうとするのが見える。ゴメスはハンマーを頭の上まで大きく振りかぶり、有り余るパワーを乗せて地面に叩き付けた。


 大地が揺れ、巨大ゴブリンの前進が止まる。

 周囲のゴブリン共は振動でバランスを崩し、ハンスに、ライに、その命を刈り取られる。


 巨大なゴブリンは揺れる地面に戸惑いながらもゴメスに向かって、岩石棍棒を振り下ろす。ゴメスはその岩石棍棒に思いっきりハンマーをぶち当てる。

 長年金属を打ち据えてきたハンマーの衝撃に岩石製の棍棒はひとたまりもなく、粉々に砕けて弾き飛ぶ。

 飛んできた破片が不運にも命中したゴブリンは体にコブシ大の陥没を残して息絶えた。


 残った巨大戦斧を両手で握り、負けじと振りかぶる巨大ゴブリン。ゴメスにはその軌道がハッキリ見える。自身のハンマーをそっと、巨大戦斧の軌道上に置いて待つゴメス。

 金属同士が激しくぶつかり合う軽重な音が辺りを包む。ゴメスは衝突の力を利用して回り始めた。

 自分の体を軸として一回、二回と回転していく。回るたびに遠心力が加えられスピードが増す。

 四周目、気づいたときにはゴメスのハンマーが、巨大ゴブリンの右腕ごと、わき腹にめり込んでいた。




「くそっ!!」




 回転力を抑えきれずによろめきながらゴメスはうなった。


 ゴメスと同等以上のパワーとスピードを持つ化け物を相手に、長時間打ち合っていてはこちらが追い込まれる。

 ゴメスは、今の一撃で全てに決着をつけるつもりだったのだ。

 長い間、戦場を離れていたことにより、自分では気づかないほどの些細な変化が積み重なって、ゴメスは一秒を競る戦場で一番行ってはいけないミスをした。

 思い込みに払う代償は大きかった。



 もう一撃、この一撃で全てを決する。

 ふらつく体を両足でふんばり、ハンマーを振りかぶって前に踏み出したゴメスであったが、ゴブリン共の血だろうか、全体重を乗せて踏み出した足が血で滑る。

 愛用のハンマーの重さに耐え切れずに後ろ手をついたゴメス。あせった頭で立ち上がろうと必死になるが、血だまりの中、地面に突き出した右手をまた滑らせた。


 遅かった。


 痛みでうめいていた巨大ゴブリンは最大の好機に痛みを堪え、落とした戦斧を左手で拾い上げるとゴメス目掛けて振り下ろした。


 咄嗟に頭を庇おうと、ゴメスは握っていたハンマーを離して左腕を突き出した。


 出してしまった。


 激痛が走った。戦闘で気が高ぶっていなければ容易に意識が飛ぶほどの叫びが体中を駆け巡った。

 ゴメスは、薄れゆく意識を必死につなぎ止め、前を向く。




 ゴォォォォォン




 ゴメスは宙を飛んでいた。


 前を向いたときにはすでに、巨大ゴブリンの肩が視界をおおいつくし、無防備な状態でその体当たりを受けてしまった。

 衝撃で、必死に引き止めていた意識がゴメスの手から抜け落ちる。



 吹き飛ばされたゴメスの体は無残に地面を転がっていった。


2013.12.25改稿 様式変更、誤字脱字修正

2014.01.29改稿 追加・修正、大筋変更なし

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