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忘れられた名前  作者: 真地 かいな
第一章 はじまりの話
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第4話 ゴブリン部族の移住先

 カンッ、カンッ、カンッ




 ティムの父、ゴメスが営む工房からは、早朝という時間に関わらず、今日も金属を叩く軽快な音が響いていた。


 小さな頃から鍛冶を教わっていたティムは、朝から工房の炉に火を灯し、父の仕事の準備を手伝っている。

 準備が終わると朝食までの空いた時間で、余っている鉱石を用いて自身の腕を磨くのが毎日の日課となっているのだが、今日は特に念入りに打ち込んでいるようだった。




「出来た!!

 さっすがに俺が作るもんは一味も二味も違うねぇ。」




 鍛冶術において、自身の父には足元もおよばないティムではあるが、そこは鍛冶屋の一人息子である。ゴメスの教えが良かったのか、ティムは露店で売ればなかなかの値が付きそうな完成度であるそれを見つめて自画自賛にふけっていた。


 先日、あの隠し部屋で見つけた革鎧レザーアーマーに自家製の金属製の胸当てを付けるため、熱心にハンマーを振るっていたのだった。

 ティムは自作の金属板を取り付けた、その革鎧を着込み、自身の傑作である長剣ロングソードを腰に下げると、自分の体をしげしげとながめだした。


 木綿の服に革鎧、腰ベルトに下げた長剣はティムを一端の冒険者の姿へと変えた。冒険心溢れる少年のティムは、この姿を皆が見たときのことを思い、ひとりニヤニヤと怪しげな笑みを浮かべている。

と、ゴメスが工房に入ってきた。


 ティムよりも身長の高いゴメスは、鍛冶で鍛えた鋼のような筋肉を全身にまとっており、ティムが受け継いだ鋭い眼光を放つ、つり目に短くそろえた髪と口髭も手伝って、そこらの冒険者なら黙って道をゆずるようなおとこらしい風貌をしている。

 その風貌で、愛用しているハンマーはティムの胴体ほどの大きさがあるものだから、この親父なら古代魔法の遺物、魔法生命体であるゴーレムとタイマンを張っても、勝てそうな気になってくる。




「なぁ~にバカなことやってんだ。暇なら仕事手伝えや。」




 ゴメスは、いつも通りのバカ息子を一瞥しながら、その日に製造予定である商品の制作準備に取り掛かる。




「いや、まぁ、、、

 そっ、それより親父見てくれよこの鎧!!」


「あん?

 その鎧、お前が作ったのか? 

 ふんっ、まぁまぁだ。」




 息子が作ったその革鎧をしげしげと眺め、触り、鼻を鳴らしてそう評価するゴメス。


 ゴメス自身が修業時代に褒められたことなどないからか、こんな口ぶりではあるのだが、十分に売り物になる革鎧を息子が作ったのだと知って口元を弛ませているあたりが、親心なのだろう。




「ちぇっ。

 あっメオロさん、おはよっス。」


「何かあったのか!?」




 ミオの父であるメオロが血相を変えて工房へと駆け込んできた。


 細長い印象や端正な顔立ちという特徴がエルフ族の常ではあるが、メオロは、エルフ族の中でも特に背が高く、ゴメスよりもやや高いため、工房に入るときにはいつも少し屈んでいる。

 メオロ曰く、小さい動物がいることに気づかないことが多いし、他の皆が普通に通っているからと言って油断していると、思っていたよりも天井が低くてぶつけてしまうことがあるそうだ。

 今回、工房に入って来るときにもやや頭をこすっていたのに気付いたティムだったが、空気を読んで何も言わないことにした。



 普段はあまり表情の変化がなく、鍛冶を教わるときにゴメスがどんなに悪態をついても眉一つ動かさないメオロだったが、明らかに焦っているとわかる表情で工房にやってきたのだ。

 人の考えを読むことがかなり苦手なゴメスでも、メオロの表情を見た瞬間何かあったことがわかったのもその為だった。




「ミレーヌに急患として旅人が連れてこられたのですが、ゴブリンの一団に襲われたと言っています。」


「ゴブリンだとっ!?」




 ミレーヌとはミオの母であり、回復系の精霊魔法を得意とするエルフである。


 ゴブリンは尖がった耳や、顔半分ほどを占める大きな目と、これまた尖った鼻に細長い筋張った手足を持ち、出っ張ったお腹が特徴的で、裸のものが多い魔物だ。

 ゴブリンの中には布や、鎧などを身に着けているものも少なくはない。身長は、大人の腰に届く程度しかないのだが、やっかいなことに手先が器用であり、その四本の指で人間の作った武器等を扱うことが出来てしまう。さらには集団で旅人襲い、人間の女を巣に連れ帰っては、捕らえた女を人形のように弄ぶ。

 その結果、人間の女であっても、ゴブリンを繁殖させるという体系をとるため、人間の村の近くにゴブリンが現れれば村人総出で早急に駆除されてきた。

 その見た目は黒に近い色の物が多く、闇に紛れるのに適しており、集団で夜襲を行うのが大体だ。




 コムル村の周囲には現在はゴブリンの姿はなかった。

 以前は少数の部族が生息していたのだが、全身に筋肉の鎧をまとい、武の心得があるゴメスや、精霊魔法で主に補助系の魔法が得意なメオロ、魔物使い(ビーストテイマー)であるリオンの父、ハンスが中心となって、村の男衆で殲滅させたそうだ。


 そんなコムル村の周囲では最近とんと話にも上がらなかったゴブリンに、ある程度の備えは必ず行っているであろう旅人が襲われて、ミレーヌの治療が必要なほどの怪我を負ったとなると、ただ事では済まない。

 ゴブリンの部族間の縄張り争いで敗れた部族が、一族ごと移住して来た可能性が高いのだ。

 一部族となると少なく見積もっても、十匹は軽く超えるであろう。




「数は?」


「はっきりとはわからないそうですが、二十匹は超えているそうです。

 怪我人曰く、自分を逃がすために一人残っているとのことで、出来れば助けて欲しいとも言っていました。」


「一人っ!?

 そうか…わりぃがその願いは叶えられねぇな。」


「ええ。

 二十匹以上のゴブリンに囲まれたのであれば、もはや命はないでしょう。むしろ、一人でも生き残れたことが奇跡です。」


「…。

 ティム、ハンスを呼んできてくれ。悪いがメオロは村長に事の次第と、とりあえず俺たちが偵察に行くことを伝えといてくれ。」


「わかりました急いで行ってきます。」




 二人の話を聞いていたティムは、メオロが返事をするより早くに工房を飛び出していた。リオンの家に駆け出したティムの鼓動は、初めて出会う冒険の臭いに喜びを感じていた。








「どうしたのティム。」


「二十匹以上のゴブリンが村の近くに出たらしい。親父が偵察に行くからハンスさんを呼んで来いって。」



 ノックもせずにリオンの家に駆けこんだティムは、リオンと一緒に卵を見つめて、くつろいでいるハンスに向かって、一気にこれだけのことをのたまった。




「すぐに用意しよう。

 ライっ出掛ける準備をしなさい。」


「僕たちも行くよ!」


「自分の身を自分で守れるというのならば好きにしなさい。」




 同行を求めるリオンの言葉に、了承するハンス。

 当時は剣をにぎるリオンをどうにか止めようと必死であったハンスだが、ティムとリオンの剣の腕は村の中でも上位を争う。戦力は一人でも多い方が良く、二人の技量に、ハンス、メオロ、ゴメスがいれば、二十匹のゴブリンと正面から相対することになっても、逃げることぐらいは簡単だろうとの判断だ。

 リオンも手に抱えていた卵をお手製の巣箱に戻し、父からもらった革鎧を着込むとティム製の小剣ショートソードを掴んで、二人の後を追った。






 鍛冶工房ではゴメスとメオロ、村長が待っていた。

 村長は年甲斐もなくあたふたとしており、ゴメスがなだめて、俺に任せておけと胸を張っている。




「おう、そろったか、それじゃぁさっそくゴブリン共の顔を拝みに行くぞ。」




 すでに、身支度を整えて待っていたゴメスとメオロは、ハンス達の到着と同時に森に向かって村を出る。


 一行はコムル村の近くにある坑道へと向かっていた。

 ゴメスを先頭として、ハンス、メオロ、ティム、リオン、ライが続いており、ゴメスは愛用のハンマーを背中に背負い、ハンスは二本の細剣レイピアを腰に下げている。メオロは精霊魔法を主体とするため、護身用の武器ぐらいしか持ってはいないのだが、その精霊魔法は森の中ではかなりの戦力となるそうだ。ライは隊の一番後ろで鼻をピクピク動かして周囲に注意を払っていた。




「坑道の近くで襲われたんだよな。」


「はい。

 獣道を目印に逃げて来たとのことですので、モグラさんの坑道の方向で間違いないと思います。」



 モグラとは、ゴメスの仕事仲間であり、村唯一の鉱石堀りである。

 その仕事柄、坑道で一日を過ごすことが多いため、村人からはモグラの愛称で呼ばれている。

 愛称ではなく本名にさん付けでの呼び方が主であるメオロだが、モグラの本名は誰も知らない。本人すらも忘れたと言ってのける始末だ。




「坑道か…、ゴブリンの住処は洞窟が多いから、そこを新たな住まいにするつもりかもしれないな。」




 ハンスの言葉にティムの顔が歪む。


 村にはもちろん女性も多い。モグラのこともあるだろうが、普段は女の子の扱いはしていないがミオだって確かに女であり、ティムの大事な友人でもある。

 コムル村から半日もかからない距離にある坑道。そんな近くにゴブリンの巣が出来るとなれば、怖くて女、子どもは村から一歩も出歩けない。ティムは心の中であせりが募っていくのを感じ、先ほど冒険心に心が疼いたのを恥じていた。




「今回の目的はあくまでも、偵察だ。

 この人数で二十匹のゴブリンを相手にすることも、出来なくはないだろうが、こっちにも被害が出ないようにしたい。

 それを肝に銘じておいてくれ。

 …止まれっ!!」




 皆に指示を伝えていたゴメスが急に歩みを止めた。

 そこには五匹のゴブリンの死体とローブを羽織った四十代ぐらいの男性の死体があった。

 生前は厳格であったであろうと思われる顔は、その表情すら読み取れないほどに刃物で刻まれていた。魔術師が好んで身に着ける紺色のローブにも何か所も刻まれた跡が残っており、服が血で染まっていた。




「ひどいな…

 おそらく亡くなった後にもさんざん弄ばれたのでしょう…」




 メオロが男性の目を閉じさせながら、冥福を祈る。

 他の面々も倣って祈りを捧げる。




「気の毒だが、今は人数を割けない。帰りまでこのままだ。」


「ゴメスわかってる。だから、気にするな。」




 ハンスがゴメスの肩に手を添えて囁いていた。このまま放置するのは気が咎めるが、今は優先させることがある。それはティムやリオンも理解していた。




「坑道まであと少しです。ここからは余分に注意していきましょう。」




 五匹ものゴブリンを一人で葬り去り、大事な旅の連れを守り切った勇者。

 そんな偉大な人物の亡骸を置き去りにしたまま、一行は歩み出した。周囲に気を配りながら、モグラの坑道に向かって歩く一行は、余分に疲労感を感じていく。




「いやがった。」


「やはり坑道に巣食うつもりだろうな。」


「見張りが多いですね。」




 先頭に立っていたゴメスに倣って、藪に隠れて坑道の様子を覗う一向。

 坑道には、やはりゴブリン共がいた。見張りの人数は多めの七匹で、それぞれがナイフや小剣を手に持っており、革鎧を着込んでいる者までいる。ピッケルをかついでいる者もいるのは、すでに坑道の中を荒らしまわったからであろう。




「全員が武装しているとはやっかいなこったなぁ。

 まぁ、今回は偵察だ、全体で何匹程度いるのかを確認も出来ていないが、気づかれる前にすぐに帰るぞ。」


「なんでだよ親父! この面子なら問題ないだろ。」


「バカ野郎が!

 さっきの話を聞いてなかったのか。

 数もわからねぇところに突っ込めるか。少なくとも二十匹はいるってんだから、こっちも無傷じゃすまねぇんだよ。」


「ティムさん、ゴメスさんの言うとおりです。

 私は回復系の魔法を、あまり得意とはしていません。今、無闇に戦えば命を落とす者も出てくるかもしれません。」




 ゴメスの言葉に不満の表情を浮かべるティムをメオロも諭すが、ティムの表情からはそれでも引く様子が覗えない。




「ティム、一回引こうよ。僕は誰にも死んでほしくない。」


「リオン…。

 わかった従うよ。」




 血気盛んなティムもリオンの思いやる気持ちに引き下がることをようやく決めた。先ほど勇敢な者の最期を見たばかりだということも、意志を曲げることを手伝ったかもしれない。




「駄目だゴメス!! 囲まれた!!」




 撤退が決まった瞬間、ハンスが叫ぶ。


 一向が潜んでいた藪の周囲から数十匹のゴブリンが現れた。何匹かは武器を片手に走り寄ってきている。


2013.12.25改稿 様式変更、誤字脱字修正

2014.01.29改稿 追加・修正、大筋変更なし

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