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忘れられた名前  作者: 真地 かいな
第二章 慈愛紳教徒の救い
25/26

第25話 千魔戦争


 ティム達は、自身の武器の最終確認を行っていた。

辺りは暗く、すっかり夜中であるのに、大勢の人間がそこに居た。その場にいる者は皆、国から支給された装備品や愛用の剣を携えている。

 



 昨日、ティムとセキが騎兵鍛錬場から戻ってきて程なく、志願兵を募る兵士が砂漠の風の扉を叩く。

結局ティム達の意思を曲げることが出来なかったセキやユリウスは、ティム達が志願するのを見守ることしか出来なかった。




 志願兵が集っているのは馬車の乗合場である広場だった。ティム達は志願兵の中で少し浮いていた。

ティム達にも装備品の支給はあったのだが、慣れた装備品で戦いたいと、金属製の鎧を断り、コムル村から愛用している皮鎧に身を包んでいるのだ。

月夜の光に照らされて回りの金属鎧が光るのに、ティム達には影が差したままで、どこか、頼りない様にも感じてしまう。




「お前たち、本当に良かったのか。」




 セキの声はくぐもり、今からでもティム達が逃げたいならば逃げて欲しいという思いが伝わってくる。




「しつこいぜ。」


「そうよ、私たちは自分の意思でここにいるの。」


「大丈夫、死にはしないよ。こんなに多くの人が志願するような街だ。皆で守り切ろうよ。」




 集まった数は五百を超す。

騎士団や兵士団の正規兵の数と合わせれば、数の上では、魔物群と同等であった。

 未知の怪物の存在だけが不確定要素ではあるが、これだけの数がそろえば、同数の魔物など大勝して当り前といったところであろう。



 この世界の魔物も弱くはない、が絶対に勝てないと言うほど強くもないのだ。

 不意の事故や多勢に無勢を別にして、一対一で、ちゃんとした装備を揃え、相手に適した戦い方をすれば、大の大人であれば十分に戦うことが出来るのだ。




 血気に盛る志願兵は、勝利を信じて、あるいは王都を死に場所と決めた人々から見送られ、決戦の地へと向かう。

 明日の正午、魔物達が王都を訪れる前に、西の平原で迎え撃つためだ。




 先行する騎士団の騎兵に続きながら、志願兵の一団が長い列を成して進む。


 以後、歴史上では勇者の行進と呼ばれるこの長い列は、冬の夜風に吹かれ、白い息で手を温めながら戦地へと旅立つのだった。





―――


 徒歩で四時間ほどでたどり着く西の平原。

 決戦の地は一言で言えば、何もない所だ。


 遮るものが何もないその平原は、振り返れば、丘の上にそびえ立つ王都の姿がハッキリと見える。


 行軍の後、わずかな休息をとったティム達は、南北に長く広がるような陣形を取った列の中で、その時を待っていた。



 あと数十分もすれば、西のなだらかな丘から魔物群がその姿を現すだろう。



 ティムの近くには、ミオとリオンが立っている。三人ともが何も話すことなく、群衆の奇妙な沈黙の中で、緊張しながら目前に迫る戦いをただ待っている。

 周囲には量産型の金属鎧で体を覆った、正規兵が指揮する主に志願兵が集められた一団が整然と、並んでいる。


 南北に伸びた隊列で一番数多いこの一団は作戦上での殲滅部隊で、近距離武器を得意とする兵士や志願兵が中心だ。

 ティム達はそんな殲滅部隊のちょうど真ん中の隊に組み込まれていた。



 セキは一人だけ皆とは異なる一団にいる。

 遠距離から魔法攻撃を行う魔術学院が中心の三十名ほどの騎馬隊だ。セキは魔術師であるために、この魔術師隊に組み込まれたのだ。




「お前、石の子なんだろ?」




 緊迫した空気の中で、沈黙に耐えきれなかった魔術師の一人がセキに向かって話しかけている。

 一つの集団の中で異物として存在しているのを十分に自覚しているセキは、投げかけられた侮辱の言葉にも反応せず、無視を決め込んでいる。




「なぁ、お前、心臓の代わりに石ころが入ってるって本当かよ?」




 セキは沈黙を守りながらも、この戦闘に組み込まれるほどの上位の魔術師が、そんな有識の者が投げかけてくる質問が実に低能な事に落胆していた。


セキが想像していた魔術学院は師匠の様に誠実であらゆる知識に精通しており、何よりも人の心を大切にする者の集まりだ。


それなのに最初に投げかけられた言葉がこれである。




「メルキス、止めなさい。戦闘の前ですよ。それに、一人の人間に対して石の子とは失礼だということを覚えなさい。」




 メルキスと呼ばれた男は、スッと姿勢を正して列に戻る。

 おそらくは貴族の子孫らしきメルキスであったが、魔術学院での規律は守られているようで、カント学院長の言葉には素直に従うようだ。



 カント学院長は、メルキスがきちんと列に戻ったことを確認すると、再度口に出して与えられた役割を確認する。




「私たちは、遊撃部隊です。作戦は騎士団によって魔物群を二分し、それを一つずつ歩兵で固められた殲滅部隊が全力で殲滅していくというものです。

 私たちの部隊は、残った一方を殲滅部隊の邪魔にならないように、遠距離から魔法でけん制、もしくは死滅させることを目的としています。


 行動としては、基本的には固まって行動、一度魔法を放てば距離を置き、もう一度魔法を放つを繰り返して魔物達の気を引きます。


 これは、魔術学院に集う私達の能力を高く評価された作戦です。私達の魔法が想定以下の威力しか持たなかったり、動きが緩慢であれば、殲滅部隊は自ら二つに分けた魔物群に挟撃され、あっけなく駆逐されるでしょう。


 号令は私が出しますので、決して聞き逃さないようにしてください。」




 魔術師達から短い返答が返される。

 カント学院長はそれを聞くと集団の先頭に立ち、小声でまた作戦を繰り返し唱えている。


 それが余計に魔術師たちの緊張を高め、じわじわと出てくる汗を手に握りしめさせた。





 魔物群が現れたのはちょうど太陽が中天に差し掛かった時だった。


 戦を知らせる角笛が西の平原に響き渡り、それぞれの部隊長が兵士に激励を送る。




「時は来た!!

 我らの戦いの時だ!

 目の前には千の魔物がいる。それでも我らは前へと踏み出さねばならない。

 それはなぜか!!

 我らの王都を守る為だ!!


 王都では、我らの勝利を信じ、帰りを待つ家族がいる。

 我らの故郷を蹂躙せんと歩を進める魔物達を、この場で屍に変えるのだ!!


 一匹たりとも我らの後ろに逸らしてはならぬ。決して、引き返してはならぬ。


 我らが負けは、家族の死へとつながるからだ!!」




 ティム達の部隊長が声を限りに激励する。その一言一言に、オーという掛け声が兵士団からあがる。

 血気に盛り、打ち鳴らされる丸楯ラウンドシールドが角笛の音をかき消すように広大な西の平原を包んでいく。




「弓隊つがえ!!」




 殲滅部隊よりも前線、最前線に立つ騎士団の一隊。

その一隊はベロトワ王の号令で、近づく魔物に第一撃を加えようと、弓を引き絞り始めていた。




「まだだ、十分に敵を引き付けろっ!」




 現れた魔物は、陣形も隊列すらもなく、それぞれの歩みに任せて、ズラズラと広がり進んでくる。




「放てっっっ!!!」




 王の号令で、数百本の矢が放たれる。


 弧を描いく矢は空を覆い、一直線に魔物群めがけて飛んでいく。


 魔物群の先頭を占めていたゴブリン達が急所を貫かれ、倒れていく。




「二陣つがえっ!


 放てっ!!」




 ギリギリまで魔物達を引き付けて、今度は先ほどよりも水平に放たれた矢が、魔物達の命を奪っていく。





「まだですっ。まだ動いてはいけませんっ。」




 第一陣の矢を合図に動き出そうとした魔術隊をカント学院長が声で制す。



 第二陣の矢が放たれ、騎兵隊が魔物群の中央を二軍するように突破していく。


 前線では、魔物群と弓を槍に持ち替えた騎士団との衝突が始まっている。




「いまですっ!!!」




 カント学院長の号令を合図に、各自が魔力を高め、呪文を唱える。



 いくつもの火球が魔術師隊から放たれて、騎兵隊に切り分けられた一方の魔物群に向かっていく。


 魔物に接触すると同時に火柱をあげる火球は、その一隊に焼け焦げた魔物の死体の山を築き上げる。


 近くの殲滅部隊から歓声が上がる。




「お前なかなか、やるじゃねぇか。」




 魔術隊の中でもひときわ大きな火球を放ったセキをメルキスが見直したように眺めていた。




「離れるぞっ!!」




 カント学院長の号令で跨る騎馬の踵を返した魔術隊はその場を離れる。


 魔物が追おうと走り寄ってくるが、徒歩の魔物は騎馬の速さに敵わない。




 作戦は大いに成功した。

 乱戦にもつれ込んだ殲滅部隊も、二分した魔物群に数で勝るローレンス軍が押しているのが、遠目からでも見て取れる。



 離れた所から、セキは慣れない騎馬の上でティム達の姿を探すが、敵と味方が混ざり合った乱戦状態の戦場では、なかなか見当たらない。


 どうか死なないでくれ。セキは慈愛の神に祈りながら、次の魔法を唱え始める。






 ティム達は乱戦まっただ中にいた。

 魔物と味方の怒号が交り合う中で、三人とも無事に戦っている。


 乱戦の中でも、ミオの精霊魔法は狙いたがわず、魔物の足を掴み、肌を裂き、眠りに誘う。

 旅の道中、シルフに教えてもらいながら、熱心に練習していた物が花咲いていた。


 ティムもリオンも志願兵の先頭に立ち、迫りくる魔物を切り裂き、突き刺し、確実に名を上げていく。




 その歩みの速さに任せるだけの魔物群、次の集団は森猿とウッドスネークの混合だった。




「あいつらが来る前にゴブリン共を殲滅しちまうぞっ!!」


 おぉぉぉ!!




 先頭で活路を開くティムの号令に、その殲滅隊が怒号を返す。ティムは隊の一憂を左右するほどの戦果をあげていた。




―――――


 「ハウンド種だぁぁ!!」




 西の平原に隣接する森の中から突如現れた、ハウンド種の一団に、遊撃を繰り返す魔術師隊は狼狽した。




「全力で駆けなさい!!」




 カント学院長は素早く指示を出して、森から離れていく。魔法を唱える暇なく、一気に距離を縮める狼種は魔術隊最大の強敵なのだ。


 


「カント学院長!!

 そっちに逃げてはいけないのだ!!」




 セキの声は駆ける馬の足音にむなしくかき消される。


 カント学院長は、殲滅部隊にむかって逃げてしまっている。セキの馬も周りに歩調を合わせてそちらに向かう。セキにはそれを止めるような馬術はない。



 セキの忠告が誰にも届かないまま、魔術隊は南端にいた殲滅部隊の中に入っていく。


 横からいきなり現れた魔術隊と狼種に、殲滅隊は慌てふためく。


 カント学院長はその状態になって初めて、自分の過ちに気付いた。

 遊撃隊が引き付けていた魔物群れをそのまま、殲滅隊にぶつけてしまったのだ。



 狼種は、素早い動きで乱戦の中を駆け巡り、味方の殲滅部隊を蹂躙していく。

 ゴブリンとの戦闘に集中していた殲滅部隊は、その背中や首を引っ掻き、噛みつかれて息絶えていく。




「馬を捨てろっ。各個撃破だ!!」




 カント学院長は失敗を挽回しようと、次の指示を与える。




「違うっ!

 もう一度離れてから、他の奴らを引き付けないと!!」




 今度は、戦闘の怒号や打ち合う金属音でセキの声が消えていく。



 馬を乗り捨てた、魔術師たちは乱戦の中に入り込み、突出した機動力を自ら捨ててしまった。




 乱戦の中で、攻撃範囲の広い魔法は、見方まで巻き込んで炸裂する。

 魔術学院長の若さが、集団戦闘経験の少なさが、裏目にでてしまった。




「ティム! リオン! ミオ!!」




 セキは一人、馬上のままで、乱戦の中、その生存を信じ切って仲間たちを探す。


魔術師と旅慣れている者でなければ、戦闘の連携などそうそう出来るものではない。


 セキは自身の仲間を頼って、声を限りに叫んでいた。



 明かに優勢だったローレンス軍は、狼種が入り込んだ一角から崩れ始めていた。

 狼種に気が動転したまま、森猿やウッドスネークが乱戦に加わり、その一角から戦況が逆転しだしたのだ。



 そんな激戦の中で、快勝を続け、続いてきた森猿や蛇までも壊滅しようとしている隊があった。




「セキっ!! どうしたっ!」




 その一隊の先頭で剣を振るっていたのがティム達だった。


 セキから話を聞いたティム達が戦線を離れようと、周りを見渡す。

 部隊長の姿は周囲にはない。すでに息絶えたか、見えないところで善戦しているかだ。




「しかたない、僕とミオが行く!

 ティムは残って!

 ここまで崩れてしまったら意味がない!!」


「わかった!!

 気を付けて行ってこい!!」




 リオンは、セキから手綱を奪うと、コムル村での牧場生活で馴らした馬術を発揮する。リオンとセキとミオの三人を乗せた馬のくせに、リオンの操馬技術のおかげで、振り落されずに、森側の戦線までたどり着く。



 到着すると同時に、ミオの精霊魔法が魔物達を眠りへと誘う。




「今のうちに隊列を整えて下さい!!

 ハウンド種はけん制だけで、まずは周りの敵から確実に減らしていくんです!」




 リオンは馬を走らせながら、戦術を伝えていく。崩れた隊列の中でも、なんとか生き延びてきたローレンス軍は無力になりつつある魔物達に活気を取り戻し、生き残り同士で固まりながら、隊列を組み直していく。




「リオン!!

 ハウンド種は早すぎて、精霊魔法が当たらないわっ。」


「わかった、馬を下りて戦うよ。」




 リオン達は馬を捨て、狼種に向かっていく。リオンは得意の速度を活かし、狼種の爪を避けながら、その機動力を削ぐために、四肢への一撃を放っていく。




「ミオっ!

 速度が落ちた奴から、魔法をかけていって!!」


「やってみるわ!」




 命を奪われるほどではないまでも、リオンに四肢を傷つけられた狼種はその速度を半減させた。


 そこまでくれば、ミオの精霊魔法も相手を捉えることが出来る。その足を縛り上げ、その場で身動きを取れなくさせる。




 リオンはどんどん狼種の速度を奪っていくが、この一帯の戦況は芳しくない。ミオの精霊魔法が効いている近くでは、活気を取り戻した殲滅部隊が無力な魔物達を殲滅しているが、リオンが来るまでに味方が減りすぎていた。


 多くの魔物が周囲を取り囲むように迫り寄り、徐々に窮地に陥っていく。




「魔術師隊!!

 何をしているのだ!!

 今こそ魔法を唱える時だろうがっ!!」




 セキが怒号を発する。

 乱戦の中でも、生き残りが集まって隊列を組み直したおかけで、味方を巻き込まずに魔法を放つチャンスが出来ているのだ。


 しかし、魔術師達の目にはそんな機会よりも、また味方を巻き込んでしまうのが恐ろしく、隊列の隅で固まり縮こまってしまっていたのだ。




「遊撃を続けるリオンに当たらぬようにだけ注意して、周囲の魔物を殲滅するのだ!!」




 魔術師たちは、言われるがままに、南端の兵士達を孤立させるように周囲を囲いつつある魔物達に魔法を放ち始める。




「何をしているのだ!!

 今は馬上ではないのだぞ!

 最大魔力で攻撃しろっ!」




 セキは違和感を感じていた。学院の魔術師達の魔法威力が小さすぎるのだ。

 さきほどまでは、馬上にいた事が精神集中の妨げになったのだと感じていた。


 しかし、セキの声を聞いても魔法の威力が上がらないことを見ると違うのかもしれない。




「くそっ!!

 学院の力はそんなものなのか...。」




 セキは渾身の魔力を込めて、呪文を唱え始める。

 ティム達との旅の道中でも、周りの動植物に配慮して全力の魔法を唱えたことはなかったが、今回は状況が違いすぎる。




「我が敵を焼き払え! ファイヤー!!」




 セキの呪文に呼応して、大の大人を飲み込んでもまだ余裕のある大きさの火球が飛び出した。


 学院の徒が唱える魔法が一匹の魔物を焼き殺すのに精いっぱいなのに対して、セキが唱えた一直線に進んでいく巨大火球は、進路上にいた数十匹の魔物を消し屑に変えていく。

 それでも勢いは衰えず、森の木にまで到達した火球は、そこでやっと火柱を上げる。




「なんだっ、今の魔法は!!!」




 ティム達ですら見たことのない、巨大な火球の魔法を、学院の魔術師たちが知っているはずもなかった。魔術師たちは悲鳴のような歓声を上げながら、幼い才能を見つめる。


 セキはそんなことには、構うことなく連続で巨大な火球を生み出していく。


 セキは実力で、その場の学院の徒達に存在を見せつけていた。



 魔法の活躍によって、森側の一帯も、なんとか状況が安定してきた頃、前線である西の丘から巨大な怪物が姿を現し始めた。




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