第23話 警鐘
次の日の夜。
四人は、各自が分かれて行動した結果を報告し合っていた。
「僕はケーキを貧困地区の子ども達に持って行ったんだ。みんな喜んでくれてたよ。」
「あのケーキは旨かったもんな。俺も一緒に食いたかったぜ。」
リオンの表現はいささか控えめだと言えるだろう。
ケーキを見て喜んだ子ども達は、はしゃぎにはしゃぎ、レイカやユーリに怒られていた上、リオンは子ども達から感謝の気持ちで新しい呼び方をされるようになった。
「まぁね、皆気に入ってくれたのか、僕の事を貢ぎ親方って呼んでくれてたよ。」
微妙なネーミングに全員が大声で笑う。
「私達は、ウッドスネークや森猿を数匹狩ってきたのだ。」
「おうよっ!
それによ、帰りにくっさいオッサンに出会ったんだぜ。」
「ちょっと、そんな話は後でしなさいよ。今は報告会の時間よ。」
「いいじゃねぇか。」
「僕は聞きたいな。」
「ほらよ、リオンもこう言ってるんだしさ。」
「もぉ、あんまり脱線しすぎたら、夜が明けちゃうわよ。」
怒っているミオを横に、ティム達は怪しい魔術師の話でおおいに盛り上がった。結局はミオも話に乗ってきて、四人で笑い合っていた。
「それで、ミオの方はどうなのだ。
図書館にはあの本のことを調べに行っているのだろう。」
「ちょっとね、まだ皆に話せるほどではないの。
もう少し先まで読んでから、皆に伝えたいのよ。」
「なんだよ勿体つけやがって。」
何かに迷うような表情をしているミオだったが、どうしても今は話したくないようで口を開かない。いつかは話してくれるとのことで、今日は諦めて、ティムも引き下がることにした。
次の日も、報告会を開くことを決めた一同は、更け行く夜に夢の中へと旅立つのだった。
―――
「いやぁ、お前らなかなかやるな。」
今日は王都の南西、タドリ街方面近くの安全警備に来ていたティムとセキだった。
先ほどの言葉は、最初は砂漠の民で、しかも十歳の子どもと一緒に狩りに出ろなんて言われるもんだから、嫌な仕事を回されたと思っていた兵士団の男達の一人からティムとセキに向けた賛辞だった。
セキは王都周辺に出没する魔物退治の任にあたってから、ずっとこの男達と共に行動している
一行の目の前には、セキが丸焼きにした森猿と、ティムが見事に胴から頭を切り落としたウッドスネークが二匹転がっている。
「にしても、ここら辺の魔物はこいつらばっかだな。」
「そりゃそうさ。ここらは定期的に警備ルートにあがる地域だからな、強い魔物なんかの目撃情報でもあれば、騎士団の連中が出て来てすぐに片付けちまう。
繁殖力の強い、こいつらやゴブリンなんかがしぶとく残ってるだけだ。あとは、たまに山鳥がでてくるぐらいだな。」
「けっ、せっかく腕を磨こうと思ってやって来たのに味気ねぇぜ。騎士団が相手してるっていう、怪物でも出て来てくれねぇもんかね」
ティムの言葉に、兵士達の顔が一瞬強張る。
「ティム、それは失礼だぞ。強い魔物が出て来ないのも、兵士団の方々の日々の成果だ。それに、無力な民を守ろうとしている人達の前で、そういった発言は不適切なのだ。」
セキに失言を指摘されて、ハッと我に返るティム。
兵士団の男達は皆、自分達の街を守ろうと必死で任にあたっているのであって、決してティムの様に軽い気持ちで行っているわけではないのだ。
「すまなかった。俺も強くなりたいのは、仲間を守る為だ。それなのに、さっきみたいなこと言っちまって、すまん。」
「まぁよ。
わかってるようだからいいがよ、魔物に身内を奪われた奴の事を考えてみろ。口が裂けてもそんなこと言うもんじゃねぇぜ。」
リオンの事を顧みるティム。母を失ったリオンの前で口走っていたら...。後悔がティムを苛める。
ティムの後先考えない物言いに一悶着ありはしたが、その後は特に魔物に出会うこともなく、ティム達は、日が暮れる前には王都の入り口を拝むことが出来ていた。
「それじゃ、とっとと検閲を終えて、家に帰るとするか。」
一般の列とは異なるものの、兵士団でも再入都の前には検閲を受けなければならないのだ。
兵士団の男がティム達を連れだって、検閲の列に並びだす。
検閲を行っている兵士が、何やら大急ぎでティム達の検閲をすませると、そのまま王城に向かうように伝えられる。
「おかしいな。もぉ、報酬金も貰ったのだから何もないはずであろうに。」
いつもと違う指示に戸惑うセキ。
「どうやら何かあったのかもしれねぇな。おい小僧、お前の望み通り強い魔物と戦えるかもしれねぇぞ。」
兵士団の男に声をかけられたティムはばつが悪そうな顔をする。
「それの話は勘弁してくれよ。俺ももう絶対にそんなこと口にしないからさっ。」
ティムをからかって笑っている兵士だったが、目だけは真剣なままで、王城へと早足で向かう。
ティム達が王城に着くと、城門の兵士に騎士団の集団訓練等が行われる騎兵鍛錬場という広場に行けと指示される。
兵士団がめったいに入ることの出来ない騎兵鍛錬場が集合場所だと聞いた兵士団の男は、さらに嫌な予感が胸を過る。
ティム達が騎兵鍛錬場についた頃には、怪物退治に出払っていない国中の騎士や兵士達が集められたのか、五百人近くの人間がそこにいた。
「こんなに人数を集めて何をやろうと言うのだ...。」
あまりの人の多さに、セキも大きな不安を抱き始める。
ここまでの人数を集めねばならぬことなど、戦争以外には、まず起こらない。砂漠の民と戦争を行うことになったのであれば...。
周囲の屈強な男達とは違う意味で心配そうに悩み始めるセキだった。
不安な顔が多く見られる男達はティム達が騎兵練兵場に着く、随分と前から集められていたのだろう。
人を集めておいて何の音さたもないことに、兵達がざわめき始めていた。
しばらくすると、騎士団員のらしき人物が城から姿を現して、集められた兵士達は静かになっていった。
皆が見渡せる様に台の上に立ったその人物は騎士団でも上位の人物だというのが身に付けている装備品の装飾の美しさが物語っている。
「副騎士団長のレイオットさんだ。」
一緒に警備に当たっていた兵士の一人がティム達にもわかるようにそっと教えてくれる。
「私は、王都の騎士団で副団長を務めているレイオットだ。」
全員が沈黙に包まれ、話を聞く態勢なったことを確認すると、副騎士団長が話し始めた。
「皆、説明もなく集められたことに困惑している事と思う。
今、この場には王都に残っている戦力のほぼ全てが集まっている。
これだけの人数を揃える理由はなんなのか。
魔物の大群がこの王都めがけて迫ってきているのだ。」
聴衆が再度ざわめきたつ。
しかし、安堵の表情を浮かべている者もいる。戦場の経験が多い者ほど、副騎士団長の伝えた事実に楽観視している者が多いようだ。
それは当然といえば当然である。
統率された動きを見せない魔物達を相手にするのは、人間同士の戦争よりも楽なのだ。また、王都の周辺は日頃の魔物退治のおかげで強い魔物などたいしていない。
相手がどれほどの大群であろうとも、この人数で十分おつりがくるだろう。
しかし、セキの考え方は違った。
普段群れることが無い魔物、それが大群と呼べるほど群れることに違和感を感じていたのだ。
「魔物の数は目測で、千を超えている。」
「なんだって!!?」
「そんなバカな話があるかっ!」
「今日、警鐘やぐらに登ってたやつは誰だ! 見間違いだ!!」
ありえない数値に、安堵の表情を浮かべていた兵士達も叫びだす。
喧騒の中、副騎士団長は話を続ける。
「これは、私が自分の目でも確認したので、間違いはない。
しかも、その中には、最近問題となっている未知の怪物の姿も見られた。」
「終わりだ...。」
喧騒は副騎士団長の一言で一気に消沈する。
集まった男たちは、体付きからは想像も出来ないような絶望の顔を浮かべている。
ティム達も、それは変わらない。
「しかし、私たちは、そんな時でもこの王都を守らねばならない。
この王都に暮らす民が安全に暮らせるように、その魔物達の前に立ち向かわなければならない。
なぜなら、私たちがこの国を守る兵士だからだ!」
副騎士団長はの激励に、何人かが小さな声を挙げるが、大半の人間はすでに死ぬことが決まったような顔つきでいる。
その後も激励は続き、最後に、魔物達の到着は二日以上はかかるであろうから、各自、待機をしておくように、と伝えた副騎士団長は、城の中に素早く戻って行った。
一瞬の間、奇妙な沈黙がその場を包んでいた。
頭の回転が戻って来たものから、騎兵鍛錬場を去っていく。何かに責め立てられるかのように足早な者、トボトボと最期の時に向かうような者、皆それぞれの想いを胸にしながら、家路へ着く。
「お前ら、最悪の時に兵役しちまったな。なんだったら、ティムだったっけか、坊主の方は逃げてもいいんだぜ。どうせ、ここにいる大半の人間も明日には王都を離れるだろうしよ。」
後ろ向きな言葉だったが、兵士の口調からは投げ出したような気持ちはうかがえない。
「あんたはどうするんだよ。」
「バカな質問だな。俺は兵士だぜ、戦うに決まってるだろうがよ。
たとえ死ぬと決まっている戦でも、俺が戦った時間だけ、逃げる時間が出来るんだ。戦わないわけがないだろう。」
ティムの質問に対する男の答えに、ティム達と一緒に魔物退治をしていた兵士達全員がうなずいている。
「じゃぁ、時間稼ぎは一人でも多い方がいいよなっ。」
「ティムっ!!
それはあんまりだ!
お前はリオン達と王都から逃げろっ!」
セキは自分の巻き添えになってティムまで命を落とすことになるのが嫌だった。
そのやりとりは、二人がユリウスの店に戻るまで続けられたが、ティムの心は変わらなかった。
しかも、話を聞いたミオやリオンまで一緒に戦うと言い出すのだから、セキはどうしていいかがわからずに泣き出してしまった。
「私達がセキを置いて逃げ出すなんて、するわけがないじゃないっ!」
「一緒に生き延びようね。」
ユリウスも一緒に引き留めたが、三人の気持ちはピクリとも揺るがなかった。




