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忘れられた名前  作者: 真地 かいな
第一章 はじまりの話
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第2話 日常

「そろそろ休むもうぜ」


「お昼ちゃんと持ってきてるわよ。」


「ライ、お腹空いたかい。」




 森の中を歩いていた三人と一匹は、木々の間で、ちょうど良い空間があるいつもの広場に着くと、かなり早めの昼食をとることにした。

 周囲に魔物の気配がないかを注意しながら鼻を鳴らすライの頭を撫でながら、リオンは手頃な場所に腰を落として休む。ティムは皮袋の水を飲みながらミオが準備してきた干し肉を受け取っている。


 ミオはエルフ族の常とは異なり、肉を食べる。エルフ族が肉を食さないのは、消化機能等の理由ではなく、宗教観とかの精神的な理由が近いそうだ。そもそもエルフ族が人間の世界を訪れることはめずらしく、その上、森の奥深くとはいっても、人間の集落にエルフ族が暮らすことはほぼありえない。ミオの父はエルフ族が火を嫌うため、エルフの里では出来ない鍛冶術を学ぶために里を出たのだった。


 そんな理由がなければ会うことがなかったかもしれない美しい少女をリオンは誰にも気づかれないように、そっと見つめていた。干し肉を渡す時にティムの手と自分の手が触れ合って、頬を染めている姿もとても可愛らしく映る。


 ミオの気持ちが自分には向いていなくてもリオンは気にしない。三人でいるこの時間が大好きで、幸せそうなミオを見ているのが大好きだからだ。ティムはそんな両者の想いなどどこ吹く風で、干し肉を口でくわえながら自分の荷物を漁っている。




「リオン」




 干し肉をライに食べさせていたリオンがティムに向き直る。




「これやるよ。大した物じゃないけど、俺の自信作だぜ。」




 リオンはコムル村で唯一の鍛冶屋の一人息子である。もちろんティムの父がミオの父に鍛冶術を教えているのだ。


 ミオの父母が住んでいたエルフの村でも、エルフの常通り、火を好まない。必ず炎を扱う必要がある為、ただでさえ敬遠されがちな鍛冶屋を営む者は今はおらず、新たにそれを手掛ける者も出てこなかった。必要な農器具や調理具、護身具等は近くの人間の村まで買い付けに行っていたのだ。しかし、いつまでもそういったものを自給できないようでは、有事の際には大変な事になるのではないかと考えていた村の長老より、直々に、半ば強引ではあるが人間に関心を強く持っていたミオの父にお願いできないかとのことで、村の期待を背負って鍛冶術を教わりに来たそうだ。基本的には森の中での生活を好むエルフは樹海の中にあるコムル村で鍛冶術が営まれていたことを大層喜んだそうである。




「これを僕に?」


「…まだ慣れないのか?」


「ティム、無理やりは駄目よ。」



 そんな二人のやりとりを見てミオが言う。



「ううん、僕は強くなる為に毎日訓練しているんだ。

 ありがたく使わせてもらうよ。」




 リオンは、ナイフよりも大きく、普通のソードよりもやや小ぶりな小剣ショートソードを見て手を引っ込みかけた。


 リオンがまだ幼かった頃、目の前で母を魔物に殺されてからというもの、争いというものを好まない。


 一時期は血を見ると発狂し、武器を見ただけで嘔吐した。リオンを父が過保護に育てるには十分な理由であった。強くなりたい、自分の力で大事な人たちを守りたい。そう思えるようになるまで、父親の庇護のもと何年もかかった。剣を初めて手に取った日には父親に怒られた。それは相手を傷つけるためのものだから、お前が持つ必要なんてないと。それでも剣を握ることを譲らなかったリオンに「お前を守るのは俺の仕事だ。お前は、母を殺した魔物に成り下がるのか。」とまで父はのたまった。今思えば、母を失ったことは父にとっても何か心に刻むものがあったのであろう。今ではティムとの格闘訓練を毎日のようにこなしているリオンではあるが、突然目の前に武器が出ると身構えてしまうことも多い。


 いつまで、過去の亡霊に悩まされなければならないのだろうか。リオンは自分自身に嫌気がさしていた。




(それでも、もぉ二度と僕の目の前で大事な人を死なせるわけにはいかない。もぉ二度と、、、)




 受け取った小剣を持ってきていた物と交換に腰に差し、自身の決意をもう一度確かめた。




 くぅぅ~ん、、



 そんなリオンを気遣うように、ライが体をすりよせてくれていた。



 一行は昼の休憩を終えた後、目的地までの道中に、角の生えた小さなウサギ系の魔物である一角ラビットや食べられる種類の木の実や草を採取していた。




「一角ラビットに出会えるとはついてたなぁ。今日は肉入りのシチューが食えるぞ。」


「ちょっと、私にもちゃんとわけてよね。」


「エルフのくせに肉なんか喰うなよな。」


「私は特別なエルフなの。美味しいものにえり好みなんてしないわ。」


「ただの食いしん坊じゃねぇかよ…。」


「慈愛の神よ、彼の魂を御身の園へ導きたまえ。」




 毎日のように森に入ってはいても、獣にはなかなか出会えることはない。幸運にも手に入れた美味なる肉に二人は浮かれている。そんな二人を他所に、リオンは母を殺めた魔物の類にまで祈るのであった。



 休憩を取った広場からあれこれしながら進み、ついに目的の場所が見えてきた。三人が最近見つけたお気に入りの秘密基地だ。


 緩やかな崖の下、そこにこれまた何万年もの時間をかけて育ったのであろう、巨大な大木がそびえたっていた。その大木の下あたり、ミオでも少し背伸びをすれば手が届くような位置に人一人が入れるほどのウロがある。そんなウロが秘密基地への入り口だった。




「今日は十分狩ったし、後は楽しもうぜ。」


「うん」


「全く、本当にお子ちゃまなんだから。」


「ミオお姉様は来ないのかい?」


「いくわよ。」


「はははっ」




 そんなお姉さん風を吹かすミオをいつものようにティムが茶化しながら、なんだかんだ言いながらミオも大層気に入っている秘密基地への道を進んだ。


 大人でもかがめばやすやすと通れる広さの大木のウロは逆側に筒抜けになっている。そこには壊れて穴の開いた壁があり、穴をくぐると、石でできた通路の真ん中に出るのだった。こういった怪しげな場所に迷いなく足を踏み入れることが出来るのが子どもの強みかもしれない。


 ウロを通った通路の右側は袋小路になっているが、逆側に少し進むと大きめの部屋が一つだけある。通路は特に天井に穴が開いているわけでもないのに、それを形作る石材の一つ一つが、わずかに光を放ち、視界を得るに十分な光が生まれている。


 それにしてもこの建物を昔使っていた人間は、どうやって出入りしていたのであろうか。部屋の中には壁沿いに三つの本棚と机が一つ置いてあるが、出入り口のようなものは、ティム達が入ってきた、壊れて出来た穴しか見当たらない。そんな得体の知れない部屋の中、机の上に本が一つ置いてある。


 表紙が光沢を持っていてとても綺麗な本だった。以前にどんなことが書かれているのか気になった三人が開こうとしたのだが、どれほど頑張っても、開くことはおろか、そこから動かすことも出来なかった。




「さてと、今日は何を読もうかしら。」


「そろそろ、その机の本でも読んでみたらどうだ? お姉さん。」


「はいはい。」




 綺麗な表紙の本を指しながらティムがからかうが、三人ともいまさらその本をどうにか出来るとは考えていない。

 ミオはもはや定位置となった、その机に座った。そこで三人の内、誰も見たことがなかった文字で記された本を片手に見始めるミオ、この部屋の本は全てが、その見たこともない文字で書かれていた。ミオには、その文字を読むことは出来ないのだが、挿絵を眺めているのが好きなようだ。


 ライはそんなミオのそばで眠りにつく態勢に入っていた。




「ライももう歳だもんねぇ。」




 最近いつも眠そうにしているライを見るともなく、ミオがつぶやく。ミオはライの頭を優しくなでると、今日見ると決めた本を開いた。




「よっしゃ、いっちょやるか。」


「お手柔らかにね。」





 ティムとリオンはいつも通り、試合形式の戦闘訓練に取り掛かる。使う獲物は持ち歩いている金属製の物だ。


 冗談にも遊びとは言えない雰囲気で向かい合う二人。普段のリオンは争いが嫌だのなんだの言いながら、戦闘訓練となると、いつもの頼りない雰囲気を脱ぎ捨て、目の前の敵をどう切り崩すかを考え始める。ティムの方も真剣そのものの顔つきで、長剣ロングソードを正眼に構えて相手の様子を注意深く探っている。



 このまま、こう着状態が続くかと思われたその時、ティムが気合い一閃、一気に間を詰めて切りかかる。振り下ろされた長剣を、わずかに体をひねっただけでリオンは避ける。

 リオンは、力を込めた一撃を放った直後で下半身に力が入らないティムに体をぶつける。

 ティムがさらにバランスを崩した隙にリオンの拳が顔めがけて突き出される。素早く体制を立て直したティムは突き出された拳の内側に体をねじ込ませると、拳の風を頬に受けながらリオンの腰めがけて長剣を切り上げる。

 リオンは小剣ショートソードで下からの斬撃を受けようとするが、わずかばかりパワーが足りない。自身の腕を小剣に添えて体重をかけて勢いを止める。

 そのままティムの脇腹を蹴飛ばし、首を薙ぎにいく。その攻撃は長剣でやすやす受けとめられ、互いにすぐに距離を取る。




「バカみたい。」




 左腕から血を流すリオンと、脇腹の痛みに顔をしかめるティムを見ながらミオがつぶやく。




 二人は、端から見れば真剣の殺し合いをしているように見えるこんな訓練を、もう何年も続けている。事実二人が無傷で訓練を終える日はない。

 一度はティムの刃がリオンの腹に刺さり、生死の境を踏み越えかけたこともあった。その時は訓練場所が村から近かったこともあり、風の精霊の力を扱えるミオの母により、一命を取り留めたのだが、村の大人たちからこっ酷くお叱りを受けた二人は、以後、訓練を禁じられている。


 大人たちは二人が無傷で帰ってくる二人を見て訓練を続けていることに気づいていなかった。あの事件より本気で心配したミオが、真剣に、本当に真剣になって、母から教えてもらった精霊魔法で二人の傷を癒しているのだった。

 大人たちは精霊魔法によって生まれる治療痕があるのは、森の中で魔物と遭遇しているからだと勘違いしているのだ。魔物に付けられる傷ももちろんあるのだが、訓練での傷には及ばない。


 リオンが瀬戸際で命が助かった日から、ミオは毎朝の祈りを続けているのだった。口では悪態をつきながらも心配そうな面持ちで訓練の成り行きを見守るミオは、いつでも回復魔法をかけられるように準備を怠らない。




「リオン、やっぱお前は村の誰よりも強いぜ。」


「その言葉は、僕が一度でも勝ち越してから聞きたいな。」




 そう、二人の力は僅差ではあるが、総じた勝敗で見るとリオンがティムに勝ち越したことは一度もない。

 背の高さを活かして体重の乗った重い一撃を放つティムに対し、リオンは技と手数で対抗する。総じてみれば、均衡している力量なのだが、均衡しているからこそ、体格に優れたティムが勝つことが多いのだ。



 適度な距離を保ちながら見合っていた二人であったが、リオンが仕掛けた。

 一足飛びに距離を縮めて、小剣で突きに行く。ティムは長剣で突き返しにかかる。小剣ではリーチで負けるが、もともと離れた所から突き出した刃が当たるとは思っていない。

 リオンは小剣がティムの体にたどり着く前に横にワンステップ、そのまま後ろ回し蹴りを足の付け根へと叩き込む。ティムも即座に対応する。


 リオンは刃で傷つけることが怖いのか、対人戦の場合、小剣での攻撃はフェイントに使うことが多いのだ。そんな性格からくる攻撃のパターンを利用し、ティムは勝ち星を重ねている。


 痛む足を気にせずにむしろ前に出て体重を乗せて切りかかる。パワーで劣るリオンはこの攻撃をまともに受けることが出来ない。

 リオンはすぐさま、後ろに跳んで距離を取る。それすら読み切っていたティムが、さらに距離を詰めて肩を薙ぎにいく。

 その一撃は受けきれないと見たリオンが小剣で斬撃を受け流しにかかるが、体が後ろに流れたままだ。




「でぇぃや!」




 気合いと共に小剣に叩き込まれた一撃。衝撃を受けきれずに倒れこむリオン。

 ティムは倒れ込むリオンの小剣を蹴り飛ばし、その胸に長剣を突きつける。




「また、俺の勝ちだ。」


「風の精霊よ、彼らの生命の営みを促したまえ。」



 勝敗が決したことを見て取ったミオが、それぞれの負った傷を癒す。




「もう一度だ。今度は負けないよ。」





 二人の訓練は一日に十数試合行われる。風の精霊に感謝の意を述べたミオは、いつもながら、未だ終わらない様子にため息をつきながら、定位置の机に腰を下ろした。


 ミオは訓練の様子に気を配りながらも、本に描かれた何かしらの儀式を行うための魔方陣の図に目をやる。

 精霊魔法には存在しないそういった図を見ながらこの部屋に昔住んでいたであろう者のことを考える。おそらくこれは古代魔術なのであろう。王都ローレンスにはそういった古代魔法やルーン文字を学ぶための学院があるそうだ。

 そこに通う人間はどんな人だろうか。


 きっとおじいちゃんに違いない。そう確信するミオだった。


2013.12.25改稿 様式変更、誤字脱字訂正

2014.01.29改稿 追加・修正、大筋変更なし

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