第16話 英雄ガルドの像
一行が王都に着いたのはゴブリンと戦った、二日後の朝だった。
ゴブリン戦の次の日、馬車の上ではたいして出来ることもなかったティム達は、馬番をやりたがった。
ユリウスの馬は何度もこの道を通っており、道順はすっかり覚えてしまっている。その為、馬番と言ってもほとんど座っていることしかやることがなく、たまに馬に活をいれるぐらいがその仕事だが、サボることをしないユリウスの馬にはそれすら必要がなかった。
それでも、未知の体験に関して好奇心旺盛な彼らにとっては、良い暇つぶしであった。手綱だけはしっかりと握っておけと、言われていたので、代わる代わるに馬番を行うと、皆がしっかりと手綱を握り、そこから見える景色を楽しんだ。
馬の歩調や、馬車の振動に合わせて揺れる景色は荷台から後方を見ている時よりも馬車と一体になれた気がして新鮮だった。
ティムは無意味に馬に活を入れて、トーイから怒られていた。
王都へ向かう、なだらかで長い上り坂が馬にとっての最後の踏ん張りどころだ。後ろに繋がれた馬車の荷重に耐えながら、ゆっくりと登っていく。
門の前には兵士が立っており、王都に入ってくる旅人達の検閲を行っている。
まだ早朝の時間帯にも関わらず、門前には長蛇の列が出来ていた。
その多くは近隣の町に住む慈愛神教徒の一団で、王都の教会での洗礼は慈愛神教徒にとって教義を深める意味もあり、教会へと巡礼に来る教徒達が後を絶たない。
今では、その為の乗合馬車等も準備されており、慈愛神教徒であれば、誰もが相場の半額以下の値段でその馬車に乗ることが出来る。
そういった一団に紛れて本来なら税の係るような品物を隠し持って入国審査を通り抜けようとする商人がいるものだから、検閲の時間はうなぎのぼりにかかってしまう。
全ての荷物を騎士たちが検め、あやしい人物や税金逃れが出ないようにしているのだ。
列の中には魔術師風の姿も見える。
王都の魔術学院は、この大陸最大の魔術研究機関であり、最高の学び舎でもある。
他の国や地域で、魔術を教える場を設けている所もあるのだが、それを教える者は皆がこの学院から卒業の印を受けた者であった。その印を持たない者は相手にもされず、そもそも、まともな魔術を使えない。
魔術の道を目指すものにとっては、この学院で学ぶことが最大の目的となってしまっているのであった。
最難問と呼ばれる学院の入門試験は騎士の入団試験よりも難しいと言われており、その希望者は年間に数千を超える。そこから十数人にまで振るいをかけられるのであるが、卒業までいたる者は、入門者の五分の一にも満たないという。
学院に入れただけで、一生が困らないというような風潮もあり、王都に住まう貴族の三男などの溜まり場と成り果ててしまっている現状もあるのだった。
ユリウスは王都の王宮御用達の店ということもあり、そういった審査を列に関係なく優先的に受けられ、その内容も軽い。
四人だけで王都に着いた場合には、もしかしたら、セキが敵国からの間者と勘繰られて、入国に戸惑ってしまっていたかもしれない。
そう思うリオンは、ユリウスの馬車に乗せてもらえた幸運を改めて感謝するのであった。
「おはよう。入国手続きをお願いします。」
「やぁ、ユリウスさんですか。また、外地に素材集めですか。」
「そうなんですよ。都にいると武器屋から仕事がなくなることがありませんからね。大変です。」
「嬉しい悲鳴ですね。それじゃ、軽く中を覗かせてもらいますね。」
「よろしくお願いします。」
魔物との戦で前線を担っているのが王都である。
毎日のように訓練や戦闘で使われる装備品の数々は、一般の装備品よりも五倍以上も早くに摩耗するというのだから、その都で武具を扱う店が繁盛しないわけがない。
門番を担う兵士団の中でユリウスの顔を知らない者はおらず、その兵士も、軽く挨拶をすませると、さっそく荷台の検閲にかかる。
「この子達は、誰ですか?」
「私の旧友の子どもたちなんだが、王都見物の為に連れてきたのですよ。
まずかったかな。」
「まぁ、ユリウスさんに限って、奴隷を連れてくるようなことはないとは思いますので、今回は見逃しますが、次回から外地の者を連れてくるときは、ちゃんと申請してからにするか、他の者と同様に一般検閲の列に並んで下さいね。」
「あぁ、すいません。ありがとう。」
そういうと、兵士は荷物の封を開けることもなく、入国の許可を出した。
一般検閲との時間を比べると、とんでもなく短縮された作業にセキは驚きを隠せないでいた。
これで、自分たちが危険人物であれば、国が窮地に落とされるということもあるだろうに。
この国では、砂漠の民を除いて、基本的には人間への警戒は少ない。なぜなら、王都に次いで戦闘を得意とする鉱山都市ギブリスを遥かに上回る数の兵士団を持ち、その戦力も毎日の魔物との戦闘により強化されているため、そこらの国から戦争を吹っかけられたとしても、どうとでもなると思っているのだ。
その上、国の長であるベロトワ・ローレンスⅦ世が、人間の始まりは物流の始まりであるとし、人間のみの出入りであれば、法的にもかなり寛大な対応をしているのだから、末端の兵士に油断が出るのも当然かもしれない。
しかし、その方策もあってか、王都には様々な国の品物が出入りし、王都を囲う広大な平原で作られた余剰の穀物類を輸出することによって、豊潤な利益を得ているのであった。
「皆さん、着きましたよ、ここからは、歩いて私の店まで歩いて行きましょう。」
王都へ入ってすぐにある広場の隅には、馬車が数十台停められるほどの広さがとられた一帯がある。
そこは様々な村や国からの乗合場でもあり、個人で馬車を保有する人物達の停留所でもあるのだ。
ユリウスは契約している場所に馬車を停めると、馬を預けにいくトーイを残して、四人を自分の店へ案内するのだった。
王都の町並みは四人が思っていたよりも狭いような印象を受けるものだった。
実際にはその敷地面積は、コムル村の十倍以上もあり、その人口はさらにその上をいく。所狭しと立ち並ぶ家々が視界を狭めて、そう感じさせるのだった。
「王都は石造りの家がほとんどなんですね。」
リオンは街道にしても家にしても、全てが石材で造られていることに驚いていた。
コムル村では地震の影響を恐れて、木材で住まいを建てるのが普通である。タドリでもそうであったのが、王都に来た途端に変化したのが不安になったのだ。石材の放つ、重々しい雰囲気も視界を狭める印象に、一役買っているのだろう。
「地震の時とか、大丈夫なんですか?」
「そうですね。
他の国でも石材造りの建物なんて、神殿や王宮、高熱を扱う武器屋ぐらいなものですから、驚くのも無理はないでしょうね。
この国では、人が多く集まっていることもあって、色んな研究が行われているのですよ。
その為、石材であっても簡単には崩れないような組み方がされているので、百年に一度の大震災でもない限り、一つだって崩れることはありませんよ。」
「王都には、とても高度な技術があるのだな。」
ユリウスの話に興味を持ったセキは手近な建物にすり寄ると、その組み方を凝視し始めた。
「ほらセキ、ちゃんと着いてこないと迷子になっちゃうわよ。さっ、一緒に行きましょう。」
熱心に石組みを眺めていたセキだったが、ミオが差し出してきた手に一瞬躊躇しながらも、その白くか細い手をギュッと握りしめる。
人と手をつないで歩くなど、とても久しぶりのことで、師匠以外とは有り得なかった。様々な所で、砂漠の民として差別されてきたセキにとって、何も考えずに差し出されたミオの手は孫悟空に差し出された、三蔵法師の手、以上の価値があった。
いつもならば、数十分の時を興味の対象へ注いだであろうセキだが、今回は素直に皆と一緒になって、歩き始めた。
「にしても、この通りはでっけぇな。」
「ここは、騎士団が通るメインロードでもありますからね。一度に百を超える騎馬隊が出る時には、一種のお祭り騒ぎにもなりますよ。」
「ひゃくっっっ!!
騎士ってそんなにいんのか?」
「騎士だけでも四百人近くは常駐していますよ。小間使い等を合わせると、王城だけで軽く千人を超します。国全体では一万人ぐらいはいるんじゃないでしょうか。」
人を数える際には聞いたこともない単位にティムは良くわからなくなってしまう。最終的には、コムルよりも相当多い、それがわかっていれば問題ないと自己解決してしまっていた。
「凄いわね。そんなに人間がいたら色んな問題とかもあるんじゃないかしら。」
「ミオさんの言う通り。そもそもが戦闘を生業としている国ですからね。そこには孤児や粗忽者などもいっぱい居ます。
ちょうど、あの路地を曲がった辺りはそういった親なしの子ども達が多く住んでいます。」
そういって指差された路地は、メインロードとは異なり、王都の華々しさが全く見られない。
奥の方で小さな子どもが二人、寝ているような気がするが、遠すぎて良くわからなかった。
「あのあたりはスリとかも、かなり多いですので、あまり近寄らない方がいいと思いますよ。」
そう言いながら、ユリウスの目が、辛そうに細くなっていくのをリオンは見逃さなかった。
孤児の多くは魔物との戦争で親を亡くした者であるが、そこには、ユリウスと同郷の者も多くいる。
ユリウスにとってはなんとか解決したい問題の一つなのであろう。
旧知の国王と何度も話をして、王宮内では砂漠の民排斥派が主流であるにも関わらず、法による差別の禁止まではこぎつけてみせた。しかしそれでも本質的な解決にはなっておらず。苦しむ同郷の者を想ってユリウスの心はひどく傷んでいた。
「それでは、あそこに私の同郷がいるかもしれないのだな。」
幼いセキに胸中を悟られ、ユリウスは体をビクつかせる。
セキは旅の中で何度も見てきた。
迫害された砂漠の民は村人として住むことは許されず、たとえ許されたとしても、遠く離れた地でひっそりと生活していかなければならない。ユリウスの言う通り、未だに排他的な風潮の残る国であれば、法律がどうであろうとも、砂漠の民が住む場所は限られているであろう。
セキのミオの手を握る力がギュッと強まった。
そんなセキの頭をユリウスは優しく、撫でながら、慰めていた。
それでもセキは、薄汚れた通路の奥に寝そべる子どもの姿をじっと見つめ続ける。
ユリウスはメインロードに沿って立ち並ぶ途中の商店で今日の御飯の素材を買い集めると、それ以外には寄り道もせずに自分の店まで向かっていった。
王宮や、慈愛神教の教会、魔術学院などが存在する王都の中心街、ユリウスの店はそんな中心街へと続く入り口のすぐ近くであった。
貴族以外の者が住まう外周街の中では一等地とも呼べるその場所には、二人で住まうには広すぎる店が建っていた。
その店の中央には店の紋章と、砂漠の風と大きな文字で書かれた看板が付いている。
貧困地区に住む同郷の者には、この店が暗闇に射す一筋の光に見えるであろう。
そんな店の中は、至る所に武具が並べられた棚があり、そのどれもに高額な値札が付いていた。商品達をもっと見たいと言うティムを無理やり引き連れて、一行は客間として用意されていた二階の部屋へと上がっていく。昼食が出来るまではこの二つの客間で暇をつぶしていて欲しいとのことであった。
「それで、これからどうするよ。」
「まずは、御飯でしょ。名物の麺料理を作ってくれるっていうんだから、とっても楽しみだわ。」
「私は、御飯を頂いた後は、教会に行こうと思う。」
「さっそくかよ。」
「それが私の責務だからな。これが終わった後には、私は英雄となっている事だろう。」
「あら、教会も中央街にあるんでしょ、なら途中まで私も一緒に行くわ。王立図書館も中央街にあるんですって。」
「ふ~ん。皆やることがあっていいねぇ。まっ、俺も中央街には用があるんだけどよ。」
「英雄ガルドの石像のことでしょ?」
「当ったり前じゃねぇかよ。せっかく王都に来たってのにアレ見ずには帰れねぇぜ。リオンも一緒にいくよな?」
「僕はいかないよ。
ちょっとユリウスさんに聞いておきたいことがあるから。」
「なんだよ聞いておきたいことって。そんなんよか、ガルドの方が大事だろ?
なんたって、伝説のドラゴンスレイヤーだぜ?」
「ちょっとね。」
「けっ、つまんね~やつだな。」
「まぁ、とりあえず、私たち三人は一緒に中央街に行きましょうよ。
それから三人で石像を見た後はティム、あんた、セキに付いてってやんなさいよ。」
「なんで?」
「王都も砂漠の民に対しては排他的だってユリウスさん言ってたでしょ?
そんな所でセキを一人に出来るわけないじゃない。」
「あぁ、そっか。
わかった、じゃぁセキよ、リオンなんかほっといて、一緒に石像見ような。」
「うむ、迷惑をかける。
私もガルドの石像には興味があるから、それを見てから教会に向かうとしよう。すまないが同行よろしく頼む。」
「任せとけって。俺がいればそこらの奴なんか近寄れるかってんだ。」
「セキ、ティムが無茶なことやらかさないように、見といてね。」
「そっちの方が大変そうだな。」
「なんでだよっ!!」
こうして四人は王都で買い物を楽しむこともなく、ユリウスの手料理を食べた後、それぞれの行動へと移って行く。ユリウスが出してくれた麺料理は、茹でた乾麺に野菜や燻製肉を甘辛く味付けしたものを絡めた料理で、食欲溢れる若者たちの胃袋を刺激して余りある一品だった。
一番気に入っていたのはミオで、リオンのニ倍の量はお代わりしていた。
「皆さん行ってしまいましたね。それで、リオンさん、お話しとはなんですか?」
「ユリウスさん、僕は仲間のことをもっと良く知っておきたいと思っています。馬車の中で、僕はセキに辛い思いをさせてしまった。砂漠の民についてもっと良く知っておきたいんです。教えてくれませんか。」
「そうですか...。
リオンさんは優しいですね。話すよりも見た方が早いでしょう。これから、貧困地区に炊き出しに行くのでご一緒しませんか。」
「はい。よろしくお願いします。親方!!」
「あの、親方はちょっと...。」
一方ティム達 ―――
「広いなぁ。でっけぇなぁ。」
「さっきからそればかりだな。」
「だってよこんなにデッカイ街見たことあるか? しかもここにコムル村よりも相当に多い人間が住んでんだろ?
すっげぇな。」
「ティムには、語彙力が少ないという意味だ。
この街は王都と言われるだけあって、華やかに発展してきているということは私も実感している。」
「そうよね。あまり自然がないことが私には少し辛いところだけど、こんなに便利な物がたくさんある街なら住んでみてもいいかもしれないわね。」
ミオはこの街に入ってから精霊の姿を見ていない。自然界に住まう精霊達にとってはこの街は居づらいのだろう。
それは妖精族にとっても同じことなのであろうが、それでも精霊よりはマシである。妖精族は多少窮屈であっても、好奇心の方が勝れば、何日も滞在することも可能であった。
三人は王立図書館前の広場まで来ていた。
そこは国民が安らげるような公園になっており、その広場の中央に英雄ガルドを象った石像が建てられているのだ。
その日も多くの人々が安らぎを求めて、鳥に餌を与えたり、談笑に華をさかせていた。
ガルドの石像をは中央に設けられた噴水の真ん中に立っている。あまりに興奮したティムは噴水の中にまで入ってしまい、びしょ濡れになって石像に登り、見回りの兵士にこっ酷く怒られていた。
「あんたってホントにバカよね。」
「あん?
へっくしゅん。」
「何呆けた顔してんのよっ。あんたの事に決まってるでしょ。他にどこにバカがいるってのよ。」
「なっ、なんで俺がバカなんだよ。」
「普通、噴水の中に入る奴なんている? しかもたかが石像を見るためだけになんて、バカとしか考えられないわ。」
「なんだとっ、あの英雄ガルドの石像だぞっ、お前も子どもの頃に、親から何度も聞いただろ。あの風のドラゴンを一人で倒した伝説の英雄の話を。」
「残念だけど、私が幼いころに聞いた物語は、妖精王と女王の恋話ぐらいだわ。」
「なっ、それでも、あのガルドだぞっ!
あの石像が持ってる剣を見ろよ。あの剣は炎を切り裂く力を持っていた魔法の剣だって話だ。すっげぇだろ。」
「別にどうでもいいわ。」
「・・・・・・。」
「私は、興味があるぞ。」
「セキっっっ! 良かったぜ。一人でも味方がいてくれて。」
「見聞では、ガルドは背が低く毛むくじゃらで、横に大きな体をしていたとあるのに、あの石像は、凛々しい顔立ちの清潔感溢れる美男子の姿をしている。
やはり、石像というのは多少、美化されたものになるのだということがハッキリしたぞ。」
「なんか、セキの興味って俺のと違くないか?」
「そんなことはない。
私もティムと同じように石像に飛びついて、その製作方法を知りたいものだ。あんなにも大きな一枚岩を傷一つなく滑らかに削っていく技術は相当に凄いものだと思うぞ。」
「うん。私も違う気がするわ。
まぁ、私はこれから、図書館に向かうから、セキはティムのことよろしくね。」
「任されよう。存分に知識を深めてくるのだ。戻ってきた時には、本の内容を聞かせてくれ。」
「もちろんよ。じゃあね。」
ミオはずぶ濡れのティム達を置いて、一足先に目的の図書館へと去って行った。
「さてと、それじゃあ我々も行くとしようか。」
「もぉなんでもいいぜ。好きにしな。」
一瞬でも味方だと思ったセキとの想いのすれ違いが、ティムの心から、やる気を奪ってしまったらしい。
ティムはびしょ濡れのまま、肩を落としてトボトボとセキの後ろに付いて行くのだった。




