第14話 鉱山の町 タドリ
タドリ町は王都ローレンスと森までの丁度中間地点に当たる町で、山間に面したこの町は王都ローレンスで使用される鉱石の産地として有名である。近くに大河を有する王都ローレンスの方が鍛冶術には向いていることもあり、発掘された鉱石類は、種類ごとに分けられてそのまま王都に運ばれていく。
タドリ町は大陸の北西に位置する魔窟山脈と呼ばれる、大量の魔物が住処としている山脈からは遠く離れており、そこから溢れ出てくる魔物についても、王都ローレンスの騎士団が定期的な見回りを実施している為、町の近くで魔物の姿を見ることはあまりない。その為か、この村には戦闘を生業としている人間はほとんどおらず、人口のほとんどを鉱山行を生業とする家族が占めているのであった。
森を出て五日目、そろそろタドリ町が見えて来てもいい頃であった。
四人は日に日に冷たくなっていく風を受けながら、景色の変化に乏しい草原を歩き続けている。
セキは先日マチルダからもらった帽子がお気に入りになったようで、休憩をとるたびに脱いだ帽子をいろんな角度から眺めるのが趣味になっていた。
ローザもマチルダからもらったコンペートの虜になっているようで、休憩の時には一粒もらえるのを覚えてしまい、四人の足が緩んでくるとリオンの体を下って行き、砂糖菓子の入った鞄の上で今か今かと、期待に目を輝かせるようになった。
何もこの甘い砂糖菓子の虜になっている者はローザだけではない。皆がこの強い甘味をもたらすコンペートの虜になっているのである。今は自制心の強いリオンによって管理されており、休憩の時に一人に一粒だけ渡されるのが恒例となっている。もし、ティムにでも渡そうものなら、この一粒百ガルドという高価な菓子も瞬く間に消えてしまっていただろう。ミオは自分の人選が間違っていなかったことを、口の中ですぐに溶けていくのをもったいなさそうに味わいながら考えていた。
「はやく、町に着かないかしら、そろそろちゃんとしたベッドで眠りたいわ。」
「なぁ、タドリ町の宿で一泊何千ガルドもとられるなんてことはねぇよな。」
「相場が四十ぐらいなんだから、それはないと思うよ。高くても四人で六十ぐらいじゃないかな。」
「だってよ、こんなにちっこい菓子が一粒百ガルドもするんだぜ? 都会の物価は俺たちが思っているよりも高いんじゃないのか。」
ティムにはこんなに小さな菓子が一粒百ガルドもするなんてことが未だに信じることが出来ない。そのせいもあって、旅慣れてない自分はお金の価値を理解していないのではないかという思いにかられているのだ。それは、リオンもミオも変わらないであろう。
「それは...僕にもわからないけど。」
「セキ、タドリってどんなとこだ?」
「私も、旅の道中に一度立ち寄っただけだが、物価は皆が思っているぐらいだったと思うぞ。そして鉱山で栄えている町でな、昼間は町中が働きに行っているので、ほとんど人は見当たらなかったぞ。」
セキの答えに旅慣れない三人が安堵の表情をもらす。やはり、価格としておかしいのはマチルダが扱っている商品の方であったのだ。
「鉱山って、男の人だけが行くんじゃないんだね。」
「そこまで、人口は多くないからな。鉱山での仕事は町ぐるみで行われているように思えた。女、子どもでも、採掘後の石屑の中から鉱石をより分ける作業など、やることは山積みなのだろうな。」
「ふーん、コムル村では採掘仕事をしているのなんて、モグラさんぐらいだったから、良くわらかないわね。」
「モグラさん、ほとんどの作業は一人でこなしちゃう上に、何週間も村に帰らずに鉱山に籠りっきりのことも多かったもんね。」
「まぁ、行ってみればわかるだろうよ。」
「そうだな。人の話を聞くよりも、見た方が早いし、確実だ。」
少しの休憩を挟んだ四人は、再度、タドリ町を目指して歩き始めるのであった。―
――
四人がタドリ町に着いた頃には、すっかり日が暮れてしまっていた。昼間は人影を探すのも難しいと言われるタドリ町ではあるが、夜になると採掘作業を終えた鉱夫達で酒を扱う店舗が賑わい。町のいたる所から親方がどうだの、今日の採掘で掘り当てた鉱石は自分の方が大きかっただのの声が聞こえてくる。
草原を歩き疲れた四人は、町を入って一番近くに見える、一際大きな喧騒が聞こえてくる、大岩亭という看板がかかった宿屋の戸をくぐった。
大岩亭は、一階が酒場を兼ねている宿のようで、大柄な男たちがわずかな燻製肉を酒の肴に、話に花を咲かせている。入り口近くの席には疲れて眠につく子どもを連れた女性達の姿も見える。
リオンはコムル村以外の町の生活が珍しく、喧騒の中の酒場をぐっと見回していた。
セキと同じぐらいの年の男の子が母親の膝の上で寝息を立てている。入り口近くでは、小さな女の子が母の皿に盛られた料理が食べたくてせがんでいる。
酒場の真ん中の方では酒の飲み比べが始まったようだった。大きなガタイの男に、負けないくらい大きなガタイの女が勝負を挑んでいる。その隣の机では、慈愛神教徒の一団が一層騒がしくなる喧騒を迷惑そうにながめている。奥の方の机には、ワングラスを二つ付けた壮年の男性とリオンと同じぐらいの年の男の子が静かに夕飯を食べている。右隅の方にはリオンが初めて見るドワーフまでいる。タドリ町の名の由来でもある名物の、豪快に一匹丸ごと焼き上げられた鶏肉にかぶりついて、酒を大ジョッキでぐいぐいと飲み干していく。
リオンはこんなにも豪快に食事を行う人間はゴメスしか見たことがなかった。それが町の作法であるかのように、手づかみで肉を食い、皆が皆、大ジョッキで酒をあおっている。リオンは違う町に来ていることを実感していた。
「おっちゃん。四人で二部屋、一泊泊まりたいんだけど、いくらだ。」
ティムは酒場のカウンターの中にいる店主と思える人物に今日の宿を頼んでいた。セキは長い髪の毛をしっかりと帽子の中に終い込み、誰とも目を合わさないように、ずっと下の方を見ている。ミオもこういった雰囲気が珍しいのかリオンと一緒になって酒場の喧騒を眺めている。
「四人で一泊、三十八ガルドだ。夕食付きなら五十四ガルド。酒代は別だ。」
「じゃぁ、夕食付で頼む。酒はいいや。」
ティムは鞄からお金を取り出して、五十四ガルド丁度になる金銭をカウンターに差し出す。
「まいど。にしても兄ちゃんら、若いな。四人だけで旅してんのかい。」
「あぁ、王都目指して旅してんだ。四人で初めて村を出て旅立ったんだぜ。」
「はぁん。若いってのはいいね。夢を追いかけるのに躊躇がねぇ。」
店主は髪の薄くなってきたあたまを掻きながら、若い旅人を眺めていた。
「まぁ、夕食はすぐ出来るからよ、それまでに部屋に荷物でも置いてきな。」
「ありがとさん。んじゃ、頼むぜ。」
ティムは渡された鍵の一つをミオに手渡すと、リオンと自分の部屋に向かっていった。
「ティム、人ってこんなにいるんだね。」
「そだな。皆、親父みてぇな体付きしやがる。」
「そうだね。町ってすごいな。」
「すごいか? コムル村にも人間はいっぱいいたじゃねぇか。なんも変わんねぇよ。」
「うん。そうだね。」
二人は部屋に着くと歩き疲れて凝り固まった全身を大きく伸ばして、しばしくつろいだ。二人が酒場に戻った時には、すでにミオ達が喧騒の続く中で確保したテーブルに付いていた。
二人が陣取ってくれていた席に座るティムとリオン。二人の到着を目で歓迎するミオは、マチルダから貰った古ぼけた本の難解な古代言語と格闘している。
「どうだミオ読めそうか?」
ティムの問い掛けにミオは力なく首を振る。
「もはや使われなくなった古代語を解読するのは骨が折れるからな。時間がかかるのはしかだがないのだ。まして、ミオにとっては初めてのことだろうから、尚更だな。」
セキは古代ルーン文字を学ぶのに費やした時間を振り返っていた。師匠が普段から古代語を話すような特異な人でなければ、今でも辞書を片手に解読に苦心することとなっていただろう。日頃使わない言語を辞書もない状態で、初見の、しかも人が手書きして癖のある文字を読み解くことは、本当に難しいことなのだ。
ミオは普通のエルフ語ならば日常生活で使用しても、なんら問題がないほどに読み書きが出来る。古代語であっても、古代エルフ語は、エルフ達の祭りや神事などで未だに使用される頻度が高いため、母であるミレーヌから教わってきていた。それでも儀式ばった形式しか知らないミオにとっては、口語として崩され、文法からも逸脱して書かれている本の読解にはかなり労力を費やすのであった。
「かなり難しいわね。こんなに難しいものだなんて思ってもみなかったわ。こんなことを簡単にこなしてしまうセキは本当に凄いと思うわ。」
「私は育った環境が違うのだのと思うぞ。そもそもが魔術を学ぶ為に、古代ルーン文字の解読は必須であるのだからな。日常生活に不必要であったミオが苦心するのも当然なのだ。
ミオの言葉に少し照れながら応えるセキ。帽子を改めて深くかぶり直しながら、古代語の解読について話す。
特に生まれた時から人間の村で育ったミオにとっては、古代エルフ語など、母との勉強の中でしか見たことのないものであった。
「僕は二人共凄いと思うよ。今やっているようなことをティムがやったら五分で投げ出すだろうし。」
「なんでそこで俺が出てくるんだよ!!」
全員が同意する中でティムだけがそんなことはないと必死になって否定している。皆からバカにされてティムが少しヘソを曲げ始めた頃に、店主が準備した夕食を運んできた。
「お待ちどうさん。兄ちゃん達、仲良さそうだな。いいこった。若い時には色々あんだろうが、そのままでいなよ。」
「どこが仲良さそうなんだよ!!俺一人だけバカにされてるってのに。」
店主に非難の目を向けるティムは本気で怒っているようだった。トゲトゲしい雰囲気を向けるティムの目を真っ正面から受けながら、店主は何事もないかのように、干し肉と野菜のスープ、パンと水をテーブルに並べていく。一人ひとりの前に順番に料理を並べながら、薄くなった頭を上げると、その空気を簡単に笑い飛ばす。
「ガハハっ。まぁ、兄ちゃんももう少ししたらわかってくらぁな。
おっと、そういやエルフさんは肉は食えたのか? なんなら、作り直してくるがよ。」
「ありがとうございます。私はお肉も食べますので大丈夫ですよ。」
「そうかい。そんじゃまっ、楽しんでってくんな。」
気をきかしてくれた店主だったが、肉はミオの好物であった。すでに皿の上にあった干し肉を口に運ぼうとしていたミオを見た店主は微笑みながら去って行った。お客の子どもにでも落書きされたのか、薄くなった頭の後ろには、拙い描写で笑顔が描かれていた。
「ティムそんなに怒らなくてもいいじゃないか。」
「うっせぇ。俺はバカじゃねぇ。」
「誰もバカだとは思ってないよ。ただ、ティムは今みたいに短気なとこがあるから、考え込むようなことは、嫌うだろうなって思っただけだよ。」
「まぁ、確かに考えるのはミオやリオンに任せてきたからなぁ。」
腕を組んですね続けていたティムだったが、リオンの言葉で機嫌を取り戻してきたのか、腕を解いて、運ばれた食事に手を付け始めた。
リオンの言い回しがバカを遠回しにしたものにしか思えないセキは、それで機嫌を戻したティムが理解できなかった。
「ミオ、食事の時ぐらい、本を閉じときなよ。」
ミオはティムが拗ねるのはいつものここと我関せずを通しており、一人、片手で食事を口に運びながら、本と格闘し続けていた。リオンに窘められ、ちょっと舌を出してすぐに本を閉じる。
ワイワイ騒ぎながら食事を勧めていた四人に小さなお客さんが現れた。
「お兄ちゃん、これ美味しいの?」
「この野菜スープのこと? 食べてみる?」
「うん!」
リオンは自分の頭の位置ぐらいにある椅子に必死になって登ろうとしていた小さな女の子を、自分の膝の上に抱き上げた。女の子は、膝の上に乗って、食べかけのスープをたどたどしい手つきで食べ始める。思ったよりも美味しかったのか、その手は止まることなくスープを口に運んでいた。
「おい、リオン、ローザにも分けているのだろ、自分の分がなくなってしまうのではないか。」
じっと見ていたセキがリオンの食べた量が少なすぎることに気付いて心配し始める。リオンはパンと干し肉を一切れ、スープを半分ほど食べただけで、残りの干し肉はコンペートと一緒にローザに与え、スープも小さな女の子に食べつくされようとしていた。
「いいんだよ。こんなに美味しそうに食べてくれたら、見ているだけで、僕は満足だから。」
リオンの返答に言葉を詰まらせるセキ。自分の分をリオンにあげようにも、すでに全部食べてしまっていた。ティム達の方に目をやるセキだったが、二人もほとんど食べ終わっていて、リオンの行動はいつもの事だからというように、特に気にする様子も見せずに自分たちの食事を続けている。
「こらっ、ミリア!! 何であんたは人様のモンを食べてるの。そのスープもさっき母さんの分を食べたばかりでしょうが。夜中にお腹痛くなっても知らないからね。」
女の子の母親らしき人が凄い剣幕で怒鳴ってきた。当の本人は、スプーンを口くわえながら、母親に向かって最高の笑顔を送っている。
「お母さん。美味しいよぉ。」
「美味しいよ、じゃありませんっ!
どうも本当にすいません。この子が迷惑をかけてしまいまして。」
「いいんですよ。小さい子ってあんまり関わったことがなかったので、とても楽しかったです。
それよりも、お腹壊さないかが心配です。」
「誰に似たのか、この子は食い意地ばかりはってて、いつも吐くまで食べてしまうですよ。まぁ、いつもの事なので大丈夫ですよ。」
母親は、何度も謝りながら、すでにスープを食べきってリオンのお腹にもたれかかっていた女の子を抱き上げると、入り口近くにある自分たちのテーブルに向かって行った。
「リオンあんた、損な性格よね。」
「そうだぜリオン。お前、このままじゃ身ぐるみ全部誰かにやっちまうんじゃないか。」
「何言ってるのさ。二人とも昔は僕の分の御飯をきっちり食べてたじゃないか。今さらだよ。」
「なんだ、昔からそんなことばかりやっているのか。じゃぁ、リオンがこうなったのは、ティム達の責任でもあるのだな。」
「そんな昔の事覚えてないわ。」
「別の誰かじゃねぇのか。」
「村に子どもは僕たちしかいなかったっていうのに、他の誰かなわけがないだろう。」
ティム達はどこまでも幼少時代のことを、忘れ通したいらしく、しらを切り続けていた。
次の日の朝、ティム達が起きてきた頃には、昨日の喧騒が幻だったかのような静けさが、酒場を包み込んでいた。しかし、酒場に残った酒臭さや、大岩亭の前にあった、酔っ払いたちの置き土産が、昨日が幻ではないことを表していた。
「うわぁ。朝から見たくないものを見ちゃったわ。」
「この町は酒を飲む人間が多いからな。ある意味ではこの置き土産も、この町の文化の一つだと言えるだろうな。」
セキはそう言いながら、地面の上の物体から昨日食べた物がどんなものだったかを推測しはじめた。
「セキってやっぱり、変わってるわね。」
久しぶりに、セキの奇行を見たミオはありえない行動に顔をしかめながら顔をそむける。なるべく置き土産を見ないようにしている、ミオは今日の予定を確認し始めた。
「それでどうするの。馬車に乗る? それとも歩いていくのかしら?」
タドリ町からは三日に一回ほどの頻度で王都までへの馬車便が出ている。本来は町で採れた鉱石や特産物を運んだり、王都から購入した物品を持って帰ってくるために、町人が行っている運送業ではあるのだが、お金を払うとその馬車の空いた空間に乗せて一緒に運んでくれるのだった。
「まぁ、急ぐ旅じゃねぇけど、せっかく今日出る馬車があるってんだから、とりあえずは値段ぐらい確かめとくか。」
「そうだね。」
四人は、店主から聞いていた停車場に向かうために、村の中央に向かって歩き始めた。町人達が鉱山に出払ったタドリ町は昨夜とはうって変って、ゴーストタウンかのような静けさを見せていた。
またしても、昨日のことが妖精か何かが見せた幻だったのではないかという不安にかられながら、人のいない道を歩いていく四人は、前方の開けた場所に停まっている一台の馬車を見つけて安堵するのであった。
「良かった。ちゃんと馬車があったわ。」
「本当に昼間は人がいなくなるんだね。」
「ちょっと、聞いてくらぁ。」
「頼んだぞ。」
ティムは馬車の前方にいた、若い男に向かっていった。
「それにしても、ティムもリオンも汚いわね。ちゃんと宿で体拭いたの?」
「えっ、どういうこと?」
「やっぱりね。宿にはお湯が入った桶と、タオルが各自に用意してあったでしょ? あれは、体を清潔にするためのものなのよ。」
「そうだったのか、僕たち飲み水だと思ってたよ。冷えた体を温めるのにちょうどいいから、親切の行き届いた宿だと思ってたんだ。そういえば、飲んだ後にはローザが水浴びしていたから、ローザの方が正しかったんだね。」
リオンの言葉に呆れながら、人間よりも賢いローザを誉めてやるミオ。そんなこんなをしている間に、馬車の男と何やら話をしていたティムがミオ達の所に戻ってくる。
「ダメだ。ありゃ、個人の馬車だったよ。馬車便は朝早くにもう出発しちまったらしい。」
「そうなのか。それじゃ、何を話していたんだ。」
「いやぁよ、あの馬車も王都に戻るらしいから、乗っけてくれないか聞いてみたんだけどよ。直接王都に戻るんじゃなくて、一回どっかに寄ってから戻るそうだから、徒歩とそんなに時間が変わらないそうなんだわ。」
「そっか、じゃぁ、仕方ないね。」
「うむ。もともと急ぐ旅ではないからな。王都まであと五日、もうひと踏ん張りしようじゃないか。」
「そうね。それじゃ、さっそく行きましょうよ。」
旅の疲れも溜まってきた頃だっただけに、馬車を逃したことを少し残念に思いながら、四人は、徒歩での旅を続けるのだった。




