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忘れられた名前  作者: 真地 かいな
第二章 慈愛紳教徒の救い
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第13話 行商人

 ミオの歌で気を取り直した一向は、足取りも軽くなって、旅を続ける。どこまでも続く草原も、その先には何かいいことが待っているような気分になっていたのだった。

 そんな一向を歓迎するかのように草原から、緑の香りを運んで、やわらかい風が吹いてきていた。風の精霊のシルフがその風に乗って楽しげに泳いでいるのがミオの目には見える。心なしかローザも楽しそうにしている。まだ飛ぶことの出来ないローザは、リオンの左肩をその居場所と定めているが、翼が自重を十分に支えることが出来るようになれば、この大空を楽しげに飛び回ることが出来るであろう。ローザはシルフ達に挨拶をするかのように、リオンの肩の上で声高に一声鳴くのだった。




「なんか、来るそ。」




 変わらない景色の中、小一時間ほど歩いてきた一向は地平線に浮かぶ小さな影を見つけた。今はまだ、その姿は良く見えないが、その影はティム達の進む街道をこちらに向かって進んでいるようであった。




「馬車のようだな。」


「危険だと思うか?」


「まぁ、大丈夫だとは思うが、用心するに越したことはないだろう。」




 ティムは旅慣れたセキの意見に従って、何時でも剣を抜けるようにしながら、歩き続ける。何事もなければ、ただすれ違うだけで終わるであろうが、もしも盗賊などの危険な輩が乗っていれば、ひと悶着あるかもしれないからだ。

 段々と大きくなってくる影はセキが言うようにやはり馬車であった。荷馬車のようで、荷物が濡れないようにその荷台を布で造られた屋根で覆っている。馬を先導する為に、馬車の前に座っているのは女性なのか、小柄であるが、大きめの帽子を被っている為どんな表情かはわからない。四人は、もしもの為に、少し歩みを緩めながら相手に気づかれない程度に臨戦態勢を取っていた。

 そんな四人の心配を余所に、馬車はちらりとこちらを見ながら通り過ぎて行く。四人は安堵のため息をもらしていた。


 しかし、四人を通り過ぎた馬車は、少し先で止まると、こちらに向き直って、近づいてくる。四人は完全に足を止め、その武器を握りしめて状況を伺い始めた。ゆっくりと近づいてくる馬車に乗っている人間が見えて来る。そこには遠目からでも凹凸のはっきりしたラインがわかる三十代手前といった綺麗な女性が乗っていた。女性は馬車を臨戦態勢になっている四人のすぐ目の前で止まると、ゆっくりと下りてきて、四人に近づいてきた。ティムはその女性を見て、剣を握る手を緩め、その美貌に釘付けになっている。




「こんにちは~。兄ちゃんら旅人さんやろ?」




 あまりに気の抜けた雰囲気に臨戦態勢を続けていた三人もその気を緩めて、下りてきた女性を見つめる。

大きめのキャスケットを目深に被ったその女性は厚手のコートに身を包んではいるものの、その前方は完全に開け放ち、冬も近いというのに、露出の高い服装でその美貌を惜しげもなく見せびらかしていた。その右目にはガラスで造られた丸いレンズを付けている。




「こんにちは、私どもは、王都ローレンスを目指して旅をしています。何かご用でしょうか。」




 帽子の女性の質問に対して、セキが丁寧な口調で返答する。そんなセキの赤い髪と瞳に女性の目線がいっていることにリオンが気づいていた。

セキの出生を考えれば、敵対心を向けてくる人間も多いだろうことを今更ながらに思いだし、緩めた心を引き締め直したリオンは、もう一度小剣の柄に手を持っていく。




「いやぁ、お嬢ちゃん可愛いなぁ。緋色の瞳なんてめっちゃ素敵やんかぁ。しかもその年でそんなに口が回るなんて、どんな育ち方したんや? 生まれは砂漠の国か?」


「あっいえ、私は孤児ゆえに出生はわからぬのです。拾ってくださった方はギブリスあたりで私を見つけたと言っていました。」




 そういいながら、自分の不用心に気づいたセキはローブの帽子を被り、自分の髪を覆い隠した。しかし、それでも帽子の女性は何か敵対するような動きは見せずに、その顔に笑顔を浮かべている。




「そんなに警戒せんでええよ。ウチはティターニア商会のマチルダっていいます。行商で色んなところを周ってるんやけど、お嬢ちゃんが可愛らしかったから、つい声かけてしもてん。見たところ冒険者やってるんやろ? 皆若いのに偉いなぁ。ちょっとウチの商品見ていかへんか?」




 そういって荷台の後ろに一向を案内した女性は、その荷台から色々な物を取り出し始めた。ティムは女性のコートから見え隠れしている豊満な双丘に目が釘付けになっており、口が無造作に開いたままになっていることに、自分では気づいていないようであった。




「あっそや、ウチ変な事聞いてしもて、お嬢ちゃんに嫌な思いさせてしもたからな。お詫びにこれあげるわ。」




 そういって、マチルダが荷台から取り出してきたのは、自分が被っているのと同じ型の帽子であった。




「王都に向かうんやったら、髪の毛とか隠せた方がええやろ。ローブを被っとくんもええけど、そんなんより、こっちの方が怪しくないからな。ええと思うで。」


「そんな、こんなものをいきなり頂くことなど出来ません。」


「ええから、ええから、さっきの不躾な質問のお詫びやって。貰ってくれなウチの気が収まらんわ。」


「まぁ、そういうことなら、有難く頂きます。」


「そう、そう。それでええんよ。」




 そう言いながら、マチルダはキャスケットをローブから出てきたセキの頭に被せた。そうしながら、ゆっくりと帽子の中に長く伸びた赤い髪を結い上げて入れ込んでいく。

 砂漠の国はここ二百年は鉱山都市ギブリスとしか戦争をしていないが、その前の戦火のせいで、王都ローレンスでも砂漠の民に対する悪感情は根強く残っている。マチルダの言う通り、特徴的な赤い髪を隠しておくことに越した事はないのである。




「うん。やっぱり、似合うなぁ。帽子も喜んどるわ。素材がええからなんでも似合うんやろうけど、この帽子は別格やね。皆もそう思うやろ。」


「セキ、とっても可愛いわよ。」


「うん、とっても似合ってる。」




 皆に褒め称えられることに慣れていないセキは恥ずかしそうに視線を下に移す。帽子を握りしめている表情は、とても嬉しそうに微笑んでいた。




「いやぁ、お嬢ちゃんだけやのうて、兄ちゃんらもエルフやんも皆可愛いなぁ。冒険者やったらこれからも会うこと多いやろうし、今日はいっぱいサービスしてあげるわな。

 特にそっちの兄ちゃんには特別なサービスもしてあげよっか?」




 マチルダが動く度に揺れる双丘を目、というよりも顔全体で追いかけているティムに向かって、マチルダは余計に自分の胸をアピールし始める。ティムは特別なサービスというものが良くわからないではいるが、それがいやらしい事を示していることだけは、はっきりとわかっている為、双丘に目を釘付けにさせたまま、力強く頭を何度も上下に動かして頷いていた。




「そんなものはいりませんっ!!」




 ミオはティムを無理やり自分の胸に引き寄せて、まだ胸を追っているティムの目を手で覆いながら、マチルダに抗議の目線を向けている。




「あらあら、お兄ちゃん男前やな。こんな可愛らしいエルフやんに惚れられて、ホンマ、ええ男は辛いで。ウチも惚れてしまいそうやわ。」




 ティムは目を覆われたまま、ミオの胸が意外と大きいことに気づいてその感触を楽しんでいた。そんなことには気づかないままミオは、マチルダの一言に鋭く反論する。




「いちいち、誘惑しないでください。大体あなたは何歳いくつなんですか。こんな年下に手を出すなんて恥ずかしいことですよ。」


「ウチは三万歳ぐらいやよ。」





 いきなり、飛び出したマチルダの一言にミオも言葉を詰まらせた。どう見ても三十手前にしか見えない女性が三万歳? いや、そもそも人間が三万年も生きられるわけがない。長寿と呼ばれるエルフですら数千年生きるのがやっとなのだから。その思いにたどりついたミオが声を発する前に、マチルダが話し始めた。




「ノリ悪いわ。誰もツッコンでくれへんなんて...。まぁ、ここらは皆そんな感じやからしゃーないわな。

 エルフやんも女性に年齢なんて聞いたらアカンよ。ウチの特別授業が必要なんはエルフやんの方かもしれんなぁ。」




 そう言いながら、今度はミオに誘惑のポーズをし始めるマチルダ。ミオはティムごとマチルダから離れて行った。




「ひどいわぁ。そんなに嫌われたらウチ泣いちゃうそ。


 まぁ、冗談はそろそろおいといて、お宅ら何か必要なモンでもあるか?

 今あるもんなら、なんぼでも都合するで?」


「いや、必要なものはこれといってないんですけど、マチルダさんの目に付いているものって何ですか?」


「いややわぁ。マチルダさんなんて他人行儀に呼ばんといてぇや。ウチらの仲やんか、気軽にマチって呼んでぇな。」




 自分で冗談は終わりと言いながらも、リオンの答えに冗談のように返すマチルダに対して、リオンは呆気にとられていた。マチルダはそんなリオンを無視してさらに話を続けている。




「この目に付いとるやつはワングラスっていうてな、こまいもんがよう見えるってもんなんよ。こんだけ透明度高いガラスを造ろう思たら、ちょっとした技術が必要になってくるからね、ギブリスのオッサンらには、よう造れんで。

そんなわけで、数量限定品でな、最後の商品も最近売れてしもたから、売れるもんはないんやわ。これはウチの大事な商売道具やからな。

 目付けてもろて、申し訳ないんやけど、これを売ることは出来へんねやわ。こんな上等なモンに気付いてくれるお兄ちゃんに何もできへんのも心苦しいしなぁ。


 せやっ、そこのドラゴンちゃんにぴったりのモンあるから、それやるわな。」




 マチルダは荷台をガサゴソと漁り、やがて革鞄にも入りきるかどうかといった大きさの袋を引っ張り出してきた。その中には、指でつまめる大きさのトゲトゲしたものが周囲に付いた丸い食べ物が入っていた。

 コンペートという名前のそれを受け取ったリオンは試しに一粒、ローザに与えてみる。ローザはリオンの肩の上で跳ね回るようにして喜び、二粒目をはやくくれと懇願していた。




「いやぁ、この子、ローザちゃんっていうんやね。可愛いわ。いっぱいあるから全部持っていき。」




 マチルダは、大きな袋ごとコンペートをリオンに手渡し二粒目を自らローザに与えながら、優しく頭を撫でていた。




「これ、そんなに旨いのか?」




 やっとのことで、ミオの腕の中から出てきたティムが、周りが止めるのも聞かずに袋の中から一粒つまんで、ためらいもなく口の中に放り込んだ。




「これって、人間が食べても大丈夫なのものなのかしら?」


「ティム大丈夫?」


「問題あらへんよ。むしろ、人間の為に作られたお菓子やからな。」


「甘っっめぇぇぇぇ。これすげぇうめぇぞ。皆も食ってみろよ。」




 砂糖など知らないティム達にとって、甘味といえば、野菜から染み出るスープなどでしか味わったことがない。砂糖菓子であるコンペートはティム達が味わったことが無いほどの強い甘味を持ち、一粒で皆の心を鷲づかみにしてしまった。




「ホントに美味しいわ。」


「凄く甘い。何で出来ているんだろう。」


「ティム、そんなに一人で食べるんじゃない、私の分がなくなってしまうではないか。」




 それぞれが感想を述べている間に、ティムは両手いっぱいに掴んだコンペートを次々と口の中に放り込んでいっていた。




「いいじゃねぇか。こんなにいっぱいあんだから。それによ、今後もマチさんに会えたら、いっぱい買えるんだろ?」


「気に入ってくれたみたいで嬉しいわ。ちなみに、在庫があればなんぼでも売ったげるんやけどな、まともな値段で売ったら一粒百ガルドぐらいはするもんやで。」


「そっ、そんなにするんですか? ちょっと、ティム、食べるのやめなさい。」




 四人で一泊の宿を取るのに相場で四十ガルドといった所である。コンペートの値段を聞いたミオはすぐさまティムの手から残りのコンペートを奪い取ると、袋に入れ直して、リオンのカバンの中に突っ込んだ。千個近くものコンペートが入れられた大きな袋には四人で一年近く滞在できるだけの十万ガルドを上回る価値があるのだから、無造作には食べられないと、自制心の高いリオンにその管理を委ねたのだ。




「そんなお金、僕たちは持っていません。」




 旅の費用にいくらかの資金は準備してきている面々ではあったが、それでも四人合わせて二万ガルドあるかないかといったところである。二万ガルドですら十分な大金ではあるのだが、村の必需品を売りさばき、意外と繁盛しているゴメスやハンスから、武具の手入れには金が必要だろうと持たされたものである。十万ガルドなんてものは、一生かかっても貯められない人間の方が多いであろう。




「お代はいらんて。初回サービス言うやろ。これから、ウチとこの店を贔屓にしてくれたらそれでええんよ。」


「それでも、こんなに大量には必要ありません。」


「そんだけ、ウチが兄ちゃんらのことを気に入ったって思ってくれたらええねん。それに、ローザちゃんがあんまりにも可愛いからな。いまさらそれを返してなんて言われへんよ。」




 ローザはめったに自分の居場所からは動かないくせに、今は、するするとリオンの体を滑り降りて、鞄の中にある好物を食べたくて仕方ないといった様子で、叩いている。




「さてと、サービスはここまでや。こっからはウチんとこの目玉商品のお披露目をさせてもらいます。気に入ったら買ってって。驚いたら、ティターニア商会のこと触れ回っていったってや。」




 いまだに、高価な品を無料ではもらえないと苦心するリオンを余所に、マチルダは再度、荷台を漁り出し、その中から銀色に輝くモノを探し出した。それは、剣の柄の様なものに、丸い筒が付いた、くの字状になったもので、筒と柄のつなぎ目のようなところには、何かを六つ入れれるような構造になっていた。




「さぁ、お立ち合い。そば行く人は見てってや。見えんでもこの声は聞こえるやろう。


これがティターニア商会のマチルダさんが紹介する最高の代物。現品限りの一点もの。魔法ガンや!! 早いもの勝ちやで。


 この商品、魔法を込めた弾を撃つと、そこらの子どもでも強力な魔法が撃ててしまうって代物や。

最近ギブリスあたりで似たような商品作り始めたみたいやけど、あれはアカン。火薬に火つけて鉄の玉を弾き出すいう代物やのに、火薬の精製もよう出来んから、五メートルも離れてしもたら、皮鎧ですら打ち抜けやれへん。あれを実用に耐えるもんにしたろう思たら、あと十数年はかかるやろう。

 そこんとこ見ると、ウッとこのは最上級品や、ギブリス製のガンがオモチャに見えよる。

何せ、弾交換の手間暇省く、六連式に加えて、こっちは魔法の弾を弾き出すんやから、そらもの凄いで。威力は弾に魔法込める人間の能力次第。使い方は魔法の石に込めた魔法を相手に向けて撃つだけっちゅうお手軽さ。さらに、魔法の石は何回でも魔法を込め直せるっちゅう代物やで。


 これを買わんで何を買うんや。これさえあれば強力な魔法があなたの旅のお供になります。

 どや、買わんか。」




 四人は言っている内容よりも、ここまでの口上を一気にいい上げたマチルダに感動して拍手を送る。それでも言っていることが良くわからないので、ただ他人事のように呆けた顔でマチルダを見ているだけであった。




「かぁ~っ、今ので心が動かんとは、兄ちゃんらも商売上手やな。

 ほな一発、でもんすとれーしょんでもやりましょか。」




 四人の表情から何を読み取ったのか、マチルダはおもむろに魔法ガンを両手で構えると、手近な木に向かってその取っ手を引き絞った。

キンッという甲高い音が聞こえたかと思うとマチルダが狙った木に向かって、魔法ガンから飛び出した小さな火の玉が飛び出した。

それは見事に枝の付け根に命中し、炎が舞い上がるとその枝ごと地面に落ちていった。




「どや?

 魔ガンの力をなめとったらアカンでぇ。


 いやぁ、これ言う時が一番スカッとするんや。

 さぁ、最高の品物やろ?

 一本たったの二千万ガルド!!

 驚いたやろ??」




 四人は魔法ガンの威力よりも、その金額に驚いていた。小さな城なら簡単に立ちそうな値段である。そんな大金を持っているはずもないのだが、パーティーの中にセキという魔術師がいる一向にとっては、魔法ガンは全く必要のないものに思えた。

 そんな四人に対してマチルダは、驚いた表情を求めて、笑顔で迫ってきている。




「セキ一発見せてやれ。」


「ファイヤー」




 セキが一部詠唱破棄の呪文を一言唱えると、魔法ガンから飛び出した四倍ほどの大きさはあろうかという炎の球がマチルダが撃った木を目指して飛んでいく。木は大きな炎に全身を包まれ、そのまま焼け焦げて炭屑と成り果てた。




「もう、無駄に自然を破壊しないでよね。」




 マチルダに見せる以上の意味を持たないその行為に対して、ミオが不機嫌さを表に出す。調子に乗っていた自覚のあったセキは素直にミオに謝っていた。

 マチルダは燃え落ちた木を見開いた目で見つめたまま、口をあんぐりと開け放っている。




「お嬢ちゃん、今幾つや?」




 やっとのことで、自分を取り戻したマチルダは、この強力な魔法を放った少女に、初めて奇異の目を向けた。今まで人前で魔法を使ったことのなかったセキは、髪や瞳の色でこういった目を向けられることはあっても、魔法のことでは初めてだった。少しとまどいながらも、問われた質問に素直に答える。




「おそらく、もうすぐ十になるころだと思うのだ。」


「そうか、十歳か...。

 いやぁ、そんなに若いのに、もの凄い魔力を秘めとるな。魔族かなんかかと思ってしまうわ。」


「魔族はずいぶん前に、この大陸を去ったのだぞ、サースランドにはいないのだ。」


「はっはっは、確かにあんまり見んわな。にしてもこのマチルダさんが呆気にとられてしまうとは思ってもみぃひんかったわ。こりゃただでは済まされへんな。」




 マチルダはまた、荷台を漁り始めた。今度は先ほどまでよりもずっと長い間荷台を漁っている。あまり、出したことが無いのものなのか、ここでもない、あそこでもないと独り言を呟きながら、馬車の奥の方を漁っている。品物を見つけ出したころには、ティムは退屈で座り込んだまま空を見上げていた。




「この本は何の本なのだ?」




 ようやく探し出した品物をマチルダから受け取ったセキは、その本を眺めている。いかにも昔の本といった感じで背表紙はボロボロになり、日焼けで文字は擦れている。分厚いその古ぼけた本の表紙には、八つの紋章が刻まれていた。




「こんな文字は見たこともないぞ。古代ルーン文字でもないのか。」




 中身をパラパラとめくって確認していたセキであったが、紙が劣化しており、慎重に開かないと破れてしまいそうであった。そこに刻まれていた文字はセキでも読めない、見たこともない文字だ。




「この本はある意味では、魔法ガンよりも価値のある代物なんやけどな、嬢ちゃんと同じようにこの本を読める人間がおらんことと、内容が内容だけに、買い手がつかんくてな。売れんもん持っとってもしゃーないから、お嬢ちゃんらにプレゼントや。エルフやんならこの文字も読めるやろう。」




 ミオはセキが見ている本を横から覗きこんでみた。この本は古代エルフ語で書かれているようで、解読は難しいが、時間をかければミオにもなんとか読めそうではあった。




「こんな、古代エルフ語で書かれた本をなぜ、マチさんが持っているのですか。」


「そんな、魔法ガンよりも高い物なんて、僕たちには買えませんよ。」


「いやいやいや、お代はいらん。あんなもん見せられてただで引き下がってしもたら、ウチの名前が廃ります。

それと、せっかくやから、残りの二人にも一つずつプレゼントや。」


「なんだよこれっ、花なんていらねぇよ。」


「いいじゃない。似合うわよ。」


「うむ。私もそう思うぞ。」




 マチルダがティムに準備したものは、小さな花を象った耳飾りであった。男らしさからかけ離れた品物を拒むティムだったが、面白がったミオとセキに無理やりつけられてしまっていた。




「兄ちゃん、時々ボーッとしてしまうことがあるやろ。この耳飾りつけ取ったら、そんなことも少なくなると思うで。役立つもんやから、大事にしいや。

 あと、エルフやんにはこれや。」




 自分は何がもらえるのだろうと、目を輝かせているミオに、マチルダは緑色の宝石で木の葉を彩り、風を示しているのか、木の葉の上を三本の白い線が刻まれている小さなブローチを手渡した。

 細かな細工に控えめに光り輝くそのブローチが気に入ったミオはすぐさま自分の左胸に取り付けている。




「僕たちがこれから常連になるといっても、こんなにして頂いたら、返って損失の方が大きくなるんじゃないんですか。」


「いやいやいや、兄ちゃんらだけやのうてな、兄ちゃんらがそれ付けて旅してもろたら、ウチの評判もあがるってなもんやからな。それで儲けはいくらでも作れるんや。

 それに、ウチはあんたらにもの凄い可能性を見たからな。将来への期待を込めてのプレゼントやと思うてや。」


「はぁ...。」




 そんなことで、商売が繁盛していくものなのだろうか。マチルダの言っていることが良くわからないリオンの気のない返事を気にもせずに、マチルダは言葉を続けていた。




「まぁ、意味なんてわからんでもええ。ティターニア商会の評判上げてもろて、出会った時には商品買ってもらえたらそれでええんや。

 ほでな、その本の入手先は言われへんけど、そこに書いてあることは全部真実やで。まっ、信じるかどうかは任せるわ。


ほな、ウチは買付に行く途中やからそろそろ、行くわな。サービスしすぎやって親方から怒られてしまうかもしれやんけど、また会える時を楽しみにしてんで。

 兄ちゃん、同じ町に泊まることあったら、ウチの部屋来てな。色々教えたるさかい。」




 マチルダは手早く荷物を片付けて、四人の言葉も聞かずに馬車に乗り込むと、颯爽と走り出してしまった。




「なんだか、嵐みたいな人だね。」




 リオンが呟いた一言に皆が同意していた。貴重な本等、無料で色々と手に入れた四人はだんだんと小さくなっていく馬車が見えなくなるまで送っていた。


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