第12話 風の森
サースランド大陸の南西にそびえ立つ巨大な森の中、そろそろ冬に近づき紅葉を付け始めた森の木々は、気の遠くなるほどの年月を重ねてそのほとんどが十メートルを超える背丈まで育っている。風の森と呼ばれるこの森には、北西の端から大陸の縁をなぞるように南西に向かって切り立った崖があり、そこには神の息吹と呼ばれる猛風が吹き荒れている。風の森がある大陸の南西部につくころには、さえぎる崖もなだらかになってくるために、神の息吹が森の中を吹きすさぶのであった。木々の高さが高さなだけに、その下方に出来た空間には風を遮る葉は少なく、そこを歩く者達にとっては厳しい風が吹きすさぶ。コムル村を覆い隠すように存在する森が風の森と呼ばれる所以であった。
そんな森の中を外套を身にまとった四人の旅人が王都ローレンスを目指して歩いていた。
「寒くなって来たな。」
「もうすぐ冬がやってくるのだから、それは当り前だろう。」
「そうだね。そろそろ村も冬支度をしているんだろうな。」
「冬を超えるまで、村にいた方がよかったかもしれねぇな。」
「この森の中、山越えをしなければならないのだから、雪が降る前に村を出ようと言ったのはティムではないか。」
「そうよ、それにそんなに長い間、村に留まっていたら、私の気持ちが変わったかもしれないわよ。」
「ミオはいいよな。エルフなんだから、森の中の変化に乏しい景色も楽しめるもんな。」
「感じる寒さは変わらないわよ。」
「そうだよ、それに今からそんなことを言ってて、ティムの望むような冒険なんかに立ち向かえるの?」
「わかってるって。ただ、風が冷たくなってきたから言ってみただけだろ。」
「皆も同じなのだから、弱音を吐く前に足を進めるしかないのだ。」
セキの一言で森の中を吹きすさぶ風にぐちぐち文句を言っていたティムも押し黙って歩き出す。四人がコムル村を離れて四日が立っていた。森の中で山を登りその頂きに向かって進む四人は、頂上付近に近づくにつれ、遮る木々の量が減る為に強く吹き付けてくる風に体力を消耗していっていたのであった。
「もう少し歩いたら、温泉地帯に着くはずだから、そこで一回休憩してもいいかもしれないね。」
「いいわね。私もそろそろ体の汚れを落としたいわ。」
「う~む。風呂かぁ...。」
「なんだよ。セキは風呂が嫌いなのか。」
「いや、嫌いなわけではないのだが、師匠もあまり風呂に入る人ではなかったのでな、少しめんどくさいのだ。」
「駄目よ。セキだって女の子なんだから、いつも綺麗にしてなきゃ。」
「女の子とはめんどくさいものなのだな。」
実際、旅の間に、枯葉やら土やらでどんどん汚れていく四人ではあったが、その中でもミオだけは少しの間にも丁寧に身辺の清掃を行っているため、それほど煤汚れてはいないように見える。セキなど、顔の土すら払っていないのだから、年齢のせいで男女の区別が難しいのが、いっそう難しくなっている。
「まあ、この風の中歩き続けても体力が奪われていくだけだからな。今日はそのあたりで休もうぜ。」
「僕もそれがいいと思う。」
そうして、目的地も決まり、やる気を取り戻した四人の足取りは早かった。夜が更けるまでにつければいいと思っていた温泉地帯に、予定よりも大分早くにたどり着いていた。
「じゃぁ、先に温泉に行ってくるから、御飯の準備お願いね。」
「うん、魔物には十分に気を付けてね。」
「うむ、気を付けて行ってくるのだ。」
二人が温泉に入っている間に男二人は食事の準備に取り掛かる。今日の晩御飯は、リオンの牧場で作っているバターで野草と木の実を炒めたものと、塩漬けにしたクレイジーボアの肉と海藻を入れるだけの、塩スープであった。リオンは水場で軽く洗ってきた野草を手ごろな大きさに千切ると、ティムが砕いた木の実を炒っていた鉄鍋にバターを溶かし込み、放り入れた。もう一方の火では、スープを作る為の湯を沸かしている。
「それで、ティムはミオのことをどう思ってるのさ。」
「なにが?」
「好きかどうかってこと。」
「あぁ。リオンはミオが好きなんだよな。」
「そうだよ。でも、ミオはティムのことが好きだからね。ティムはどうなのかなって思ってさ。」
「別に。」
「別にってどういう意味さ。」
「そのままの意味だよ。別に何とも思ってねぇ。ミオなんか、まだまだ子どもだろ。そんなのに好きだのなんだのって感情なんか持てねぇよ。」
「ミオは子どもじゃないよっ!」
「なんだよ、お前は、俺とミオがくっついた方がいいのかよ。」
「そうだよ。僕はミオに幸せになって欲しいんだから。」
「それくらい、俺が幸せにしてやるって言えないもんかね。」
「ミオが僕のことを好きなら、僕は人生をかけてそうするよ。でも、ミオが好きなのはティムじゃないか。」
「んなのどうでもいいよ。」
「なんだよその言い方。」
「ホンット、ときどきお前がよくわかんなくなるぜ。」
「ミオが幸せになれなかったら、ティムのことを恨むからね。」
「まぁ、俺がミオのことを万が一にも好きになった時には、最高に幸せにしてやるよ。」
「その言葉が聞けて嬉しいよ。」
リオンは頃合いに焼きあがってきた料理を鍋を一振りしてかき混ぜると、火から下した。ティムの方も湧き上がってきた湯の中に一口大の大きさに切り分けた塩漬け肉を入れている。あとは、水で戻した海藻と隠し味に胡椒の実を擦ったものを入れて完成だ。出来上がった食事を前にして、二人は雑談を続けながら女性陣が温泉からあがってくるのを待っていた。
一方の女性陣は岩場に囲まれて、風が入ってきにくくなっている場所に自然に湧き出ている温泉に入っていた。
「セキ、背中を流してくれない。」
「うむいいぞ。しかし、ミオの肌は綺麗だな。」
「あら、セキの肌の方が綺麗じゃない。こんなに柔らかくて潤った肌なんて羨ましいわ。」
「そういうものなのか。」
「そういうものなの。ありがとうね、今度は私が流してあげるわ。」
「よろしく頼む。」
「やっぱりセキの肌はみずみずしいわね。この痣は昔からあるの?」
「ああ、その二つの痣は、師匠が私を拾ってくれた時からすでにあったそうだ。」
「ふーん。なんだか、もったいないわね。」
「師匠は、いずれ親かもしれない人物に会った時にはこの痣で確かめてみるといいと言っていた。私にとってはとても大事な物なのだ。」
「そっか。そうなんだ。」
「うむ。ミオ、頭も洗ってくれぬか、私では全体を均等に洗うのがなかなか難しいのだ。」
「いいわよ。後で私のも洗ってね。」
ミオはなんだか子どもらしいことを言うセキが嬉しかった。いつも本当に自分よりも年下なのかわからないような知識と物言いに戸惑いを感じていただけに、その感慨は大きい。
「ミオでも自分では洗えぬのか。」
「セキに洗ってもらいたいの。」
「そうか。ならば、私も全力を尽くそう。」
「ありがとうね。」
「むっ、ミオの乳房が頭に当たるぞ。なかなかに気持ちの良いものだな。私もあやかりたいものだ。」
「ちゃんとご飯を食べて、ぐっすり眠ったら自然に大きくなっていくわよ。セキはまだ幼いんだから焦らないの。」
「御飯を食べれば育つのか。」
「いっぱい栄養を取ったらね。」
「なるほど、ミオは私の知らないことを知っているのだな。」
「セキは人生経験が少ないだけよ。そっちも年齢と一緒に自然と身に付いていくわ。」
「焦らないというのも、なかなかに難しいものだな。」
「そうかもしれないわね。私も昔は、早く大人になりたかったものよ。今も、かな。」
「そうなのか。」
「そうなのよ。」
女性陣が入浴の談笑に花を咲かせている頃、話すのも飽きてきた男二人は、風呂の前に軽く汗を流そうと、打ち合いを行っていた。ティムは思うところがあるのか、今日はあまり打ち込んでこずに幅広剣でリオンの小剣を反らしたり避けたりと防御の練習に励んでいるようだった。二人の体が温まってきたところで女性たちが帰ってきた。
「ただいまぁ。」
「おせぇよ。料理が冷めちまうだろうが。」
「リオン御飯をくれないか。今日の私はいっぱい食べるぞ。そして寝るのだ。」
「うん。一回温め直すから少し待っててね。」
「腹減ったぜ。」
リオンはローザが食べやすいように砕いていた木の実を食べさせている間にも、セキはいつもの二倍はお代わりして、満腹になったお腹を苦しそうにさすっていた。ミオは先ほどの言葉に素直に従っているセキに年齢通りの可愛らしさを見た気がして、優しく微笑みながら、食べ過ぎたら胸よりもお腹の方が出てくると教えている。ティムは満足そうに満点の星空をボケーッと眺めている。
交代で見張りに立つ順番を決めた後、四人は寒さに震えないように十分な暖を取りながら眠りについた。虫の鳴き声が透き通った空気の中を響き渡り、森には魔物などいないかのような、やわらかな風が吹いていた。―――
昨日、温泉で疲れを取った四人は、朝早くから山登りを再開して、風の森の頂きにたどり着いていた。
「なぁ、ちょっとそこの木に登ってみないか。」
「遊んでる時間などないのだぞ。さっさと先に進もう。」
「いやさ、ここらへんが山頂だろ? 今は木が邪魔で見えないけどよ。木の上に登ったらコムル村が見えるかもしれねぇじゃんか。」
「そうだね。僕も見てみたいな。」
「そういうことならば、いいだろう。」
四人は協力しながら、一番大きくて、幹がいろんな所で突き出ている登りやすそうな木を見つけると。颯爽と登って行った。セキも体をゆったりと覆う魔術師のローブでは登り辛そうではあったが、ミオやリオンの力を借りてなんとか上まで登ってきた。
「あそこらへんが、コムル村なんだよな。」
「何にも見えないね。」
「でも、ここらかの景色は綺麗ね。」
木の上から自分たちが歩いてきた方角を眺める一向。赤や黄色に紅葉してきた木々たちがその頭でなだらかなカーブを造りながら、地平線に広がる海まで続いている。あの大陸の縁を流れる大河が海に注ぎ込むあたりにコムル村があるはずではあるが、ここからでは木々に隠されて何も見えない。三人は、それでもその場所に愛おしい何かが見えているかのように、故郷のある方角をじっと眺めたいた。故郷という感覚がないセキも残してきた師匠がいるであろう海岸あたりをじっと眺めている。ここから山を下り始めれば、木に登って振り返っても海すら見えなくなっていくであろう。誰も、一言も発することなく、神の息吹に体が冷めきってしまうほどの長い時間、四人はその景色を眺めているのだった。
長い間、木の上にいた四人の体は冷め切っていたが、山を下り始めると登る時よりも体力を使うようで、すぐに体は温まった。山を越えたおかげなのか、心なしか風の勢いも弱まってきた気がする。それでも、木の上で時間を費やしてしまったおかけで、日が暮れ始めた風の森をさらう風は、厳しい冷気を運んできていた。四人は外套にしっかりと身を包みながら、少しでも歩きやすいように獣道を選びながら山を下っていく。
「それにしても、良くもこんな獣道を簡単に発見できるものだな。」
「森での生活には、とても大切なことだからね。」
「上手い肉が食いたけりゃ、獣道を探せってな。」
「慣れてみれば、意外と簡単にわかるものよ。」
「生活地域による違いはこういった所にも出てくるのだな。」
「セキはずっと旅してきたんでしょ? 何かそれに有利なことを覚えているんじゃないの?」
「そうだな、食べられる野草の見分け方や、水場のありかはなんとなくわかるかもしれないな。」
「それだって、十分すごいじゃない。」
「そうだぜ、一度に運べる飲み水にも限りはあるからな。水場がわかるってのはありがたい話だ。」
「そうだな、それぞれがその役割を担っている集団というのは仕事の効率も良いものだ。私は自分に出来ることを行っていこうと思う。」
「僕たちも、自分に出来ることが何なのか、いつも考えながら旅しなきゃいけないね。」
「そんなの必要ねぇだろ、俺は皆がいるだけで嬉しいぜ。」
「それも正解なんでしょうね。」
四人の旅は順調であった。もともと、ティムとリオンの戦力があれば、森の中のたいていの魔物は苦も無く倒せてしまう。そこに大火力の魔法を扱えるセキが加わったのだから、風の森で最強の戦力はこのパーティーかもしれない。ミオが定期的に森の精霊に願って、精神を癒してくれるので、体の疲れも、一晩ぐっすり眠れば吹き飛んでしまうのである。そんな旅が順調でないはずがない。
「にしても、何も起こらねぇなぁ。」
「そう? さっきもウッドスネークに襲われたじゃないか。」
「そんなんじゃなくてよ、冒険ってのは、もっとこう、ドキドキワクワクってのがあるんじゃねぇのか。」
「魔物にでも出会いたいみたいに聞こえるわよ。」
「いいねぇ。ゴブリンにでも会えたら、それでこそ冒険じゃねぇか。」
「私はそんなものには会いたくはないぞ。」
セキは師匠を失った戦闘を思い出しながら、ポツリと呟いた。
「調子に乗ってたな。すまなかった。」
「別に良い。」
さすがのティムもセキの一言には素直に謝るしかなかった。軽はずみな発言にミオに睨まれるが、そんなものがなくても十分に反省したティムは、周囲の魔物の気配に気を配ることで、その態度を改めていた。
そのせいあってか、この日も、これといった強敵には出会うこともなく日が暮れて行った。―――
山を下り始めて四日目、あれからも特に強敵に出会うこともなく、四人は順調に旅を進めていっていた。あと今日一日かけて歩けば森から抜け出せるだろうといったころである。四人でそんなことを話していた時に前方の広場で何かが暴れているような音が聞こえてきた。
旅人が魔物にでも襲われているといけないと、四人はその音のする方に走り出す。ティムは気も早くその幅広剣に手をかけている。
木々が少なめになり広場になっている場所に音の正体があった。クレイジーボアがウッドスネーク二体と争っていたのだ。
猪の体に巻きついた二体は暴れまわる猪の足やおしりに噛みつき、その命を奪おうとしていた。
その正体が目に入った四人は一度進むのを止め、近くの木陰で見守っている。今は転げまわることしか出来ない猪よりも、二体の蛇の方が優勢であるように見える。
「よっしゃ、肉が食えるぞ。」
「えぇ!? わざわざ魔物たちの争いの中に割って入るわけ?」
「なんだよ、ミオは肉が食いたくないのか?」
「そろそろ、塩漬け肉もなくなってきたしね。いい頃合いじゃないかな。」
「うむ。私は蛇のかば焼きもなかなかに好きなのだ。」
「それは、私だって、お肉は食べたいけど。」
「んじゃ、決まりだ。」
そう言って、もつれ合う三匹に向かってティムとリオンが走り出した。ミオもしぶしぶといった様子で精霊に祈りを唱え始める。
リオンは猪に対する恐怖心が完全に消えたわけではないのだが、戦闘に影響が出ない程度には落ち着いているようである。何よりも頼もしい仲間がリオンの心に安定をもたらしてくれているのかもしれない。セキも小さな戦闘を何度も繰り返して、戦闘に対する恐怖心はぬぐい切れていた。今の四人にとって、クレイジーボアとウッドスネーク二体という魔物の群れは、食料でしかなかった。
「セキ、デカイの一発頼むぜ。」
猪たちはいきなり現れた、二人の敵を見つけると、争うのをいったん止め、新たな獲物に対して、戦闘の準備に入った。蛇たちがその体を猪から離していく間に、ティムとリオンは猪まであと五歩といったところで一端止まると、互いに猪を挑発し始める。猪はどちらに向かって突進するかを決めかねるように、前足で何度も飛び跳ねながら、リオンの方を標的と決めたのか、狙いを定めて後ろ足を掻き始めた。そんな猪に先行して二匹の蛇がそれぞれの敵に向かって襲い掛かる。
ウッドスネークはその牙に毒を含んではいないものの、子犬程度の大きさならば一口で飲み込んでしまうほどの大食漢で、その体調は成人男性と同じぐらいはあるのであった。その牙も体にあわせて巨大であり、一口噛まれてしまえば毒がなくても感染症や、菌に蝕まれてしまい生死をさまようことも珍しくはない。
そんな蛇の攻撃もティムは簡単に避けてみせる。いつも特訓をしているリオンの連続攻撃に比べて見れば、この程度の攻撃ならば、雑談をしながらでも防いでみせるだろう。一方のリオンにとっても、ティムの攻撃と比べれば軽すぎるその一撃を簡単に片手で跳ね返している。
猪は蛇との戦闘に集中し始めたリオンに向かってその足を踏み出した。しかし、思っていた通りには体が前に進まない。ミオによって唱えられた魔法が、猪の足を完全に絡め取っていた。二人が直前で猪を挑発していたのは、この時間を稼ぐ為だったのだ。
「セキの魔法がそろそろ、完成するわよっ。」
ミオから投げられた一声に、蛇と格闘中であった二人は、その道を開ける。一瞬あとには大きな炎の玉が開かれた道を一直線に飛んでいき、ティムと戦っていた蛇の尻尾を焦がして動けない猪に命中した。猪は炎に包まれて、そのまま転げまわって息絶える。
ティムは身をよじって苦しむ蛇の胴体を真っ二つに切り裂くと、リオンを振り返った。リオンもその小剣で開かれた蛇の口を貫き、頭を串刺しにして終止符を刻んだところであった。
「さてと、それじゃぁちょうどいいから、ここらで昼飯にしようぜ。」
「そうね、ちょうど火種もできたしね。」
あっという間に魔物達を倒してしまった一向は、手に入った肉をそうぞうして口の中に広がっていく涎を噛みしめながら、昼食の準備に取り掛かるのであった。セキの呪文が飛び火したそこらの草を火種に用いて淡々と休まる場所を温め始める。
「にしても、俺達ってどんぐらい強いんだろうな。これぐらいの魔物の群れなら冒険者は簡単に倒しちまうもんなのかね。」
「どうだろうな。私も師匠以外と旅をしたことはないから良くはわからないが、師匠でも今の戦闘ならば、もう少し時間はかかったと思うぞ。」
「でも、その時はセキもまともには戦えなかったんだよね。」
「残念だが、その通りだ。」
「それじゃぁ、良くはわからないわね。一つ言えることは、セキのお師匠様なら一人でもこいつらを倒せたってことね。」
「僕たちも時間をかければ、一人でも倒せるようにはなっていると思うよ。」
「そういった油断が旅では命取りになるのではないかな。」
「あっ、そうだね。」
四人は、焼き立ての豚肉や蛇の串焼きをほおばりながら、楽しげに自分たちの今の実力について話していた。四人の若さで、この実力があるのならば旅をするには十分であろうといった結論が出るまでは、自分たちの実力について、どれくらいのものなのか、セキの知識を聞きながら話に花を咲かせていた。
四人は村を出てからの度重なる戦闘の中で確かな自信を身に着けていっていたにだった。
食事を終えた四人は休憩を取らずに進み続けた。日が暮れる前には森の切れ間が見えてきていた。ついに風の森を抜けだした四人は、前方に広がる草原地帯に目をはせる。地平線まで続くこの草原の先に王都ローレンスが存在するのだ。あと十日ほど歩けばその王国が見えて来る。自分たちだけでここまで来た。四人の胸には森を抜けだした実感が滲んできていた。この先に何が待っていようとこの四人ならばなんとか出来る。そんな気持ちが、その足を速めさせていっていた。
行けども行けども草原が続き、その地平線まで続く道は終わりを見せるような気配はない。森から出た四人が進む大平原はそんなところであった。
「どうした今日は誰も話さないのだな。」
昼食になっても一言も話さない空気に耐えかねて、セキが言葉を発した。
「草原って、とっても開けているのね。」
「何を当り前のことを言っているのだ。ローレンスまではこの平原が続いているのだ。途中のタドリ町が見えて来るまでは、ずっとこの景色は変わらないのだぞ。」
旅慣れたセキが自分の知識を皆に伝える。しかし、三人は違う思いを抱いていた。
「森の中ってこんなんじゃなかったもんね。なんだか、遠くからずっと誰かに見られているような気がするよ。」
「まぁよ、俺たちは旅をしてるってことだろ。」
視界を遮るものがない草原に慣れていない三人は、森の中で木々に囲まれていた安心感が恋しくなっていたのであった。
元々旅をしていて、むしろ平原を歩くことの方が多かったセキにはわからない気持であるが、森は三人にとっては住み慣れた地である。その中から出てきたことで、故郷から遠くかけ離れた場所であることを実感させて、不安を感じてしまっても仕方のないことなのかもしれない。
「草原にも魔物は出て来るし、盗賊共が襲ってくることもある。お前たちがそんなだと、私の方が不安になってしまうぞ。」
「まぁ、そうだわな。森の中でも草原でもやることは変わらねぇ。周囲に注意して、何かが起こったら皆で何とかするだけだ。」
「その通りなのだ。」
「そうだね。」
ティムの言葉に皆がうなずく。いつまでも望郷の念に捕らわれているわけにはいかないのだ。四人はあと十日以上もかけて王都に向かって旅を続けねばならぬのだから。
「うん。私、歌おっかな。」
「やった、僕、ミオの歌大好きなんだ。」
「久しぶりだなぁ。トチるなよ。」
「ミオの歌か。私はとても楽しみだぞ。」
ミオは澄んだ声で歌いだした。その声はまるで森の中にいるように皆をやさしく包み込み、すぐ隣で語りかけるかのように響いていた。
風が吹くから私は旅立つ
風の向くまま、気の向くままに
出会うのはどんな人だろう
次にはどんな事が待っているのだろう
私はどこに根を生やそうか
いいえ私はまだ空を舞う
輝く世界を見たいから
明日を夢見て眠りたいから
風が吹くまま、気の向くまま
風が吹くから、私は旅立つ
今の四人の事を歌っているかのようなこの歌は、エルフが旅人に向けて送る歌であった。
あまり森の中から出ることのないエルフにとっては、旅は恐怖でもあるが、それが輝く希望にも見えるのだ。ローザも心地よいのか、目を細めて草原に響き渡るミオの歌声に聞き入っている。故郷にいつ戻れるのかはわからないが、続く冒険に夢を膨らませながらミオの歌を聴く三人であった。
これからは、毎週金曜日に掲載していきます。
余裕があれば、他の曜日にも掲載しますが、基本は金曜日です。




