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忘れられた名前  作者: 真地 かいな
第一章 はじまりの話
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第1話 はじまり

この作品が非公開も含めて、私が書く、初めての作品となります。見苦しい点もあるかもしれませんが、出来れば「初々しさ」と感じていただき、温かい声援をよろしくお願い致します。

「行ってきます!!」


「ティム!お昼は!!?」


「ミオが持ってくるってよ!!」




 朝食を掻っ込むとティムはお手製の長剣ロングソードを引っ提げて慌ただしく家を飛び出した。

木綿で縫われたシャツとズボンを身に着け、短めに刈られた褐色の髪を、風がなぜるままに撫でかし走る少年は、勝気なつり目の中に、まだ幼さの残る大きな瞳が印象的だ。齢は十四を数えた頃ではあるが、十五が成人と言われる世界で、身の丈百七十後半の身長に引き締まった体躯を持つ少年は、そこらの年頃の娘なら誰もがその頬を赤く染めるだろう。身体はもう十分に大人であるのに、未だに子ども心を楽しむ彼はいつもの様に遊びに出かけた。


 港町のポートピアより徒歩で五日、馬車で二日といったところ、そこから山道に入り、さらに二日ほど山を登ると巨大な崖に道を阻まれる。対岸までの距離は百メートル程を数え、崖下を覗き込むとかなり下の方に大きな河が流れているのがうかがえる。その河が海とつながるそのあたり、そんな辺境の地にティムが住む村、コムル村があった。


 コムル村の周囲は山も含めて、樹海となって村まで来ようと考える物好きすらも遠ざけている。そんな樹海を避けるため、船に乗れば、ポートピアまでは四日間ほどで着くのだが、そんなことをする村人はいない。巨大な崖に挟まれた河上から、神の息吹と呼ばれる風が常に吹いており、コムル村から出ていく分には、追い風となる神の息吹を受けた帆は、数倍のスピードを出すのだが、向かい風となる帰り道が厳しい。自然の風以外に動力を持たない船は、神の息吹の前では村に近寄ることすらできずに、ただ流れに任せて漂流するしかないのだ。そんな自然の猛威に守られて、コムル村を訪れる人間などまずいない。


 そんなコムル村のほぼ中央にある神殿にティムは走っていた。中に入ると同時に大きな声で…




「ミオおっはよっ!!」


バシッ!!


「いってぇ~。何すんだよ」





 神殿の中にいた美しい少女が振り返りざま、拳で神殿の中で騒ぐ粗忽者に天誅を喰らわせる。

 透き通る様な白い肌に細く流麗な手足、可憐という言葉がふさわしいその肢体に申し訳程度にちょこんとのった小さな顔。エメラルド色に染められた木綿のワンピースの腰辺りを空色のヒモで軽くしぼっている。風にたなびく黄金色の髪が緑の服に良く映えて、少女の美しさに磨きをかける。肩ほどまで伸ばしたその髪は、飴細工のような細くきらびやかなに輝きを放ち、髪の中ほどからとんがった耳を覗かせている。凹凸のない端正な顔立ちに細長い目、小振りながら健康そうな口が可愛らしい。

 そう、ミオはエルフである。




「あんたねぇ、ここがどこだかわかってんの?」


「神殿だろ?」




 一般家屋よりは少し大きいといった程度の小屋ではあるが、石でできた意匠を凝らした台座の上に大精霊を象った石像が置かれ、どこか神秘的な雰囲気があふれる神殿の中に、大声で騒ぎたてる馬鹿者などいない。

 さも当たり前のように答えるティムにミオは呆れていた。しかし、目の前にいる男にそんな一般常識が通じないことは百も承知である。

 ミオはすぐに頭を切り替える。




「朝のお祈りがまだなの、ちょうどいいからアンタも付き合いなさいよ。」


「しゃ~ねぇ~な。ミオお姉様には逆らえないですわ。」




 諦め半分のミオに誘われて了承するティム。

 エルフ族は数千年も生きるのが当たり前であり、せいぜい六十年の寿命しかない人間に比べれば、人間などエルフ族にとっては赤子のようなものなのかもしれない。しかし、ミオの年齢は見た目通りの年齢で、ティムより頭一つ小さいぐらいの身長しかなく、十二歳になったころである。それでもお姉さん風を吹かすミオを見てティムの父は、女はエルフも人間も変わらんなぁ、と笑っていたものである。

 二人は、男のような、女のようなどちらともとれない端正な顔立ちの大精霊の像に祈りをささげる。




「無事に良き朝を迎えられたことを感謝します。今日一日も二人が無事に過せますように、見守り下さい。妖精王、地水火風の大精霊、慈愛の神に敬愛をささげます。」




 実はこの神殿は風の大精霊しか祭ってはいない。しかし、このサースランドと呼ばれる大陸では慈愛の神と四大精霊紳に祈りをささげるのが一般的である。火と水のように相反する力を持つ精霊であっても、神々は仲が良いのだそうだ。また、ミオが最初に名を挙げた妖精王とは森の妖精であるエルフや、大地の妖精ドワーフ、花の妖精フェアリーなどをひとまとめに、妖精族と呼ばれる種族の神である。人間で妖精王を拝するものはあまりいないが、森の妖精エルフであるミオは妖精王を外さない。




「良し!! そんじゃぁ行こうぜ!!」




 ミオの祈りの言葉が終ると同時に、横で適当にモゴモゴ何かを口にしていたティムは、すっと立ち上がり、歩き出した。




「はいはい。リオンに会いに行きましょうね。」




 この男たちの為に祈っているのに…。なんてことを一瞬思い浮かべたが、ミオもティムと一緒に次の目的地へと向かう。

 村から山手に向かって少し歩いた、村のはずれの家にリオンは住んでいる。


 二人が向かった家の前では、大きな犬と男の子が戯れていた。


 ティムと同じような服を着た少年。

 素朴そうな雰囲気に丸っこい輪郭、太めの眉毛と誰にでも好かれそうな瞳に彼の持つ優しさがにじみ出ている。にじみ出る雰囲気とは異なり、ティムよりは小振りな体格なれども、負けず劣らずの引き締まった体を持っているのがリオンであった。

 リオンは、身長はティムとミオのちょうど中間あたりで、年齢は十五歳と、三人の中では最年長ではあるが、生まれ持った雰囲気やあれこれで、端から見ると兄と姉に付き添う弟にしか見えない。


 大きな犬はリオンの父の相棒であるウィンドウ・ハウンドと呼ばれる狼系の魔物である。立ち上がればティムにも届きそうなほどの大きな体を持ちながら、目にもとまらぬ速さで森の中を縦横無尽に駆け回り、その牙や爪を武器として旅人達を襲う。単体でも脅威なのだが、ハウンド種は種類に関わらずたいてい十数匹で群れを成すのが常である。奴らに狙われたら生きては帰れない、こんな言葉が知れ渡っているほどの魔物である。それゆえにこんなに頼もしい相棒は他にない、とはリオンの父の言葉である。

 リオンの父は動物たちと心を通わせることの出来るビーストテイマーであり、それを活かして牧場を営んでいる。村の食卓を飾る乳製品や肉類は、リオンの家のものであることが多い。そんな父のもとで育ったリオンは魔物すら動物とみなし、特定の状況を除いては差別もしない。それゆえに幼い頃は魔物を殺そうとする父に泣きすがりながら、やめてくれと言って困らせていたそうだ。




「オッス、リオン。遊びに行くぞ。」


「おはよう、リオン、ライ。」



「あっ、二人ともおはよう。

 父さん、森に行ってくるね。」


「リオン、森に行くならライも連れて行きなさい。」



「はーい。

 ライ、お前も来るかい?」


 ウォンッ




 ウィンドウ・ハウンドはもちろんとばかりに声を挙げた。


 コムル村の周囲にはめぼしい資源も見つかっておらず、辺境ということもあり、長い間戦争の惨禍に巻き込まれることがなかった。コムト村の住人ぐらいしかめったに足を踏み入れない樹海は自然の理が支配していた。


 何万年もの間、切り倒されることなく日の光を求めて上へ上へと育ちに育った巨木たちは、幹にしてみても大人三人ぐらいは優にあり、一本一本が家よりも高くそびえ立ちその枝を大きく広げている。そんな木々が立ち並んでいるものだから、日差しのほとんどが遮られ、連なった木の葉を見ていると、一つの生き物のような印象を受ける。

 入り組んだ樹海は自然の迷路になっており、土地勘のないものが足を踏み入れれば、おいそれとは帰り道すらわからなくなる。こんな樹海の存在もコムル村を他の村々から孤立させている要因であろう。しかし、ティムはこんな樹海が好きだった。木々の隙間から差し込む光は、緑をやさしく包みこみ、それだけで樹海を神秘的な空間へと昇華させている。


 ティム達は樹海とは言っても慣れた道に迷いもしない。今のティム達を窮地に追い込む魔物などウィンドウ・ハウンドぐらいだろう。そんな年寄りの冷や水なんかよりも、この景色には一生をかけて良いほどの価値がある。ティムはそう感じていた。


 三人と一匹はそんな森の中を慣れた足取りで目的地に向かって歩き出した。


2013.12.20改稿 様式を統一しました

2013.12.25改稿 様式変更、誤字脱字修正

2014.01.29改稿 追加・修正、大筋変更なし

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