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ちーふす  作者: 左松直老
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006

 他サイトにも重複投稿。


(株)三上人材派遣会社 広報担当:左松直老「この前書きおよび本文はフィクションです。実在の人物、団体、国家とは一切関係有りません」

 暗いバーで良くない酒を飲みながら、赤銅色のオイルライターを手慰みに弄ぶ。

 雰囲気の良い、薄暗いバーを好んで使った人が居た。

 理由は単純で、部下の悩み事を聞き出すのに酒の力も必要だったからだ。本人は至って真面目な人間で、部下の悩みや愚痴を聞く事に専念し、落しどころを用意した上で解決策を共に模索する。ある種、皆と『同じ人間』であろうとした人が、よく使った場所。

 そして初めて連れてこられた人間は、かならずその人を面白いと判断する。

 店に着いて早々、自分は「いつもの」と注文をし、部下に好きな酒を好きなだけ飲ませ、好きなだけ愚痴や悪口を喋らせる。

 そして帰り際、その人は自分の弱点を言う。

『俺は酒が飲めないから、オレンジジュースだ』

 薄暗くて何を飲んでいるか悟られないのがこの店、唯一の美点だと笑いながら言う。

 そんな、わざわざ行きつけのバーにオレンジジュースを置かせる男が逝った。

 ウィスキーを一つ空けて、私怨の矛先を啜り上げる。

 悪い酒には必ず悪運が付く。それだけ言って、マスターが男の前にオレンジ色の飲み物を差し出した。悪い酒を続けるのはやめるようにと。

 三十年来、あの人にオレンジジュースを出し続けたマスターが、彼の部下である男に同じ物を用意した。

 あの人が亡くなってしまい、議員を射殺したと思われる人物の捜査は完全に行き詰まった。そもそもそんな曖昧な捜査対象と非合理的な捜査内容に後任の人間が追従するはずもなく打ち切られ、特別捜査本部の人員は現在、秋築昇警視長殺害事件に対して人員を割かれるという、血も涙もない仕事を与えられるに至った。

 確かに、やめるなら今かも知れない。

「ここではこんなものも出すのか」

 陰鬱な店内に客は二、三人程度で空いている席は十二席ほど有るにも関わらず、その男は彼の隣に座り、オレンジジュースを手に取った。

 既にマスター共々、陰鬱な雰囲気に包まれていた空間に、人の悲悼の意を無碍にする人間が割り込むのは許せなかったが、何故かマスターはその男を一瞥するなりすぐに移動してしまった。

「なんですか、あんた」

「キミがこれを飲むのはまだ早いのではないか? 我々はりんごジュースを用意するが、いかがだろうか」

「なにを言って――」

「憧れだけで警察官になるものではない。憧れとは言わば願望に近い幻想だ。思い描いたとおりに事が運ぶなら、この世界には秩序は不要だろう」

 白髪の混じった四十過ぎくらいの男は手にしたオレンジジュースを一気に飲み干し、こう付け加えた。

「警視庁刑事部部長、秋築昇警視長を殺害した犯人を追いたいとは思わないか?」

 オレンジジュースには氷が入っていない。薄れる事を嫌う人だったから。




 何というか、まあ、年相応ではあるのかも知れない。

 フランツは暖色でまとめられた部屋で居心地の悪さを覚えていた。

 居心地の悪さにはいくつか理由がある。部屋の主である少女と二人っきりであること、休みの日がこの少女と同じであったこと、休みの日だからとほぼ無理矢理連れてこられたこと、連れてこられた理由が英語を教えろというなんとも学生らしい理由だったこと、更に一般人である友人がこの後、来るという事を聞いていること。

 現在フランツが腰を据えているのはハート型のクッションであり、実用性には乏しいような高反発力で、尻すら所在ないという事は完全にフランツの心理と体に揺さぶりをかけられているのだと若干焦り始めていた。

「仕事の事は絶対に言わない。解ってる?」

 おそらく既に七回か八回ほど聞いた気がするが、首を縦に振る以外フランツに取れる行動はなかった。仕事のことは言うなと言われたが、少女の、リュウの母親が経営している会社に勤めているフランツとしてはそう言うしかないし、その内容をどう上手くごまかすかはリュウと何一つ打ち合わせしていなかった。

 この少女はとにかく自分があの仕事に関わりない事を友人にアピールしたいらしいが、どういうわけか友人達から最も興味を持たれそうなフランツのマネジメントを怠り、フランツはどう言い訳をしようか焦り始めていたのだった。

 一応、表向きは人材派遣会社だから、フランス語と日本語の通訳で雇われていると言うことに――

 呼び鈴が鳴る。来た……

 女子生徒のみの学校に通っているらしい事は前もって聞いていたので、学校の友人と言うことは同じ頃の少女だろうとは思うのだが、正直リュウを見ていても「一般の少女」という漠然としたイメージには辿り着かず、どういう人間が来るのかそれはもう恐ろしい限りだった。絶対に話が合わない事だけはなんとなく解る。

 なぜなら、あの少女の友人だから。

「こんにちは―― あああっ! 外国人っ!」

 いきなり入ってきた団子髪の少女に指をさされて驚かれた。

「ほんとにいるっ!」

 続けざまにそんな事を言われたが、外国の人間などそこら中に結構な数が訪れている国のはずだが、この少女は初めて見たと言わんばかりの驚き様だった。

「ゆ、ゆびさしたら失礼だよ」

「あ、ああ。ド、ドウモ……」

 もう一人、フランツを猛獣か何かだと思っているのか、やたらに警戒してよそよそしい少女が追従して入ってきた。最もフランツのイメージ的に日本人らしい少女だが、着ているTシャツに『死ぬほど愛して、抱いて』と英語で書かれているのが気になってしかたない。

 そしてフランツはこの時、大きなミスをした。

 日本語を喋るだけならばかなり上手い。むしろ長年住んでいるのではないかとよく言われる位には日本人の発音に近く、こちらに来て一度もアクサンの違いを指摘される事はなかった。しかし、紹介されるものだと思っていたので、先に知らない少女が指をさしてまくしたてて来るとは思わなかった為、動揺してたどたどしい喋り方になってしまった。

「あれ、日本語上手なんじゃあ……」

 すこし遅れてリュウが部屋に戻ってきた。どうやらお茶を持ってきた様だが、団子頭の少女の言葉を聞いて、半眼でフランツを睨みながらの入室である。

「……」

「ふ、フランス人にしては上手いでしょう?」

「あ、ああ。そういう事ね。って、アメリカ人じゃないの?」

 彼女らの中でフランス人がどのような地位に居るのか知らないが、どうやらフランス人は上手く日本語を話してはいけないようである……

 そしてちゃんと説明していなかったのか、勘違いまでされていた。

 そもそも外国人と言えばアメリカ人限定なのか……

「英語も出来るらしいから良いじゃないどこの人でも」

 じゃあ自分を呼ばないでくれと言いたい。いや、実際言ったのだ。フランツ達の居る部署は基本的に暇だった。その為、休みは全員で一斉に取る。ただし、部長のヨシムラ氏はそれなりに忙しいので除外。他の人材として、ギアはコンピュータのパーツを買いに電気街へ出かける用事で不在、もう一人、暇なのが居たのだが……

『あんな仏頂面で愛想のない人、友達に紹介出来る訳ないじゃない』との事で、結局選択の余地がなかったらしい。

 説明に不足が有りすぎる為、本来なら『外国人』である「元アメリカ国籍のギア」か「元アメリカ国籍の、仏頂面のサイ」に来て貰うのが妥当だろうと文句を言いたいが『英語の出来るフランス国籍の人』で妥協されたらしい。

 楕円形の大きなテーブルに各人ノートや筆記用具を出して勉強を始める。

 英語を教えろという漠然とした命令をされたが、それが筆記の方だとはフランツ自身、全く聞いていない。話す方ならば多国籍軍時代かなり日常的に使用していた事がある為、問題ないのだが、筆記の方は実際スペルミスが有っても多めに見てくれていたので、自分が人に教えられるほど上手ではない自信がある。

 あらゆる意味で敵地に単身、放り出された状態である。

 主戦場は楕円形のテーブル。彼女らの装備は――


「フランツさんだった?」

 団子頭の少女、アキ・ヒビノと言うらしい少女が真っ直ぐ面と向かって真剣な顔つきで語りかけてくる。

「え、ア、アア。ハイ」

「フランス人っぽく無い顔ですよね」

 どういう顔がフランス人っぽいのだろうか。西欧人ならどこの国にいても西欧人だと割り切ってくれるのだが、何故かそんな事を突っ込まれた。

「え、エエっと。ワタシハドイツ系なので……」

「はぁ? じゃあドイツ人じゃないの?」

「え……」

「ドイツ系のフランス人だと思うよ、アキちゃん」

 よそよそしい感じの少女、ツクシ・イシカワがそれとなく助言をしてくれたのだが。

「系とかあるの? ダウナー系とか、ヒップホップ系とか……」

「それはない」

 流石にリュウも呆れたのか、否定してくれるのだが……

「じゃ、じゃあ。フランス人のドイツ系が日本語で英語教えてくれるって事かっ!」

 団子頭の少女の言っている意味がよく解らない……

「……」

「な、なんか微妙に間違っている様な気がするよ。アキちゃん……」

「む~んっ! こんらんしたっ!」

 団子が崩れないように頭をわしゃわしゃと掻きむしってテーブルに突っ伏す少女。

 日本の少女はみんなこんな感じなのだろうか……


「それでさ、フランツさんとルイはなんで知り合いなの? カレシ?」

 ツクシの横にいたリュウが盛大に、砂糖入りの緑色のお茶を吹き出した。

「き、きったないな。るー、あたしのお茶に入るじゃない…… ああ、ノートが……」

「あ、アキが、変な事言うから……」

「るーちゃん酷いよぉ」

 お茶を持ってきたトレイからオシボリを取ってテーブルを拭き始めるリュウ。この少女の本名は知らなかったのだが、どうやらルイと言うらしい。フランツは漢字が全く読めないので少女の母親である、あの女傑の言うとおりに覚えていた。

「お、お母さんの会社の人」

「ふ~ん。予想通り過ぎてつまらないなぁ」

 鼻と上唇でペンを挟んでうーうーと言いながらリュウにそんな事を言うアキ。

「つまらない方が良いこともあるの」

「ほぉう。どういった?」

 ここぞとばかりに掘り下げたいらしく、アキの攻撃が始まる。

「……へ、平穏無事が一番なのよ。最近物騒だし」

「ん~? それはフランツさんが野獣のように物騒だという事かな?」

「ええっ! そうなんですか?」

 ツクシが少しフランツから距離を取る。冗談だろうが、この少女は真に受けすぎだろう。

「いや~ん。るーちゃん襲われちゃぁう!」

 アキは両肩を抱いて身もだえ始める。

 むしろ襲われて酷い目に遭いそうなのはフランツ自身の方だと思うのだが、そういう話は絶対に出来ない……

「ふえぇぇ……」

 そんなアキの一人芝居にいちいち反応して恐ろしがるツクシ。

 それにしても、ツクシは何を想像しているのか。

「バカな事言ってないで勉強をしなさいよ。勉強」

「るーたんエキスでノートが濡れちゃったから勉強できませーん」

「……うぅ」

 ここぞとばかりにリュウを弄り倒すつもりらしいアキ。

「ぬ、濡れ濡れだねっ! 出来ないねっ!」

 何故か目を輝かせながら乗っかってきたツクシが、恐らく一番のクセモノと言うヤツだろう。間違いなく、フランツが後でリュウに殺される。間違いなく。

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