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ちーふす  作者: 左松直老
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005

 他サイトにも重複投稿。


(株)三上人材派遣会社 広報担当:左松直老「この前書きおよび本文はフィクションです。実在の人物、団体、国家とは一切関係有りません」

 フランツがこの会社に勤め、自分の部署の部長を初めて見たのはあの日だった。


 人材派遣会社とは名ばかりで、実のところ特別な人間を擁する集団である。主に収益を上げる方法は監査機関から依頼を受けた大手企業への内偵、他企業からの依頼としては潜入して情報収集等の産業スパイ行為。

 そしてそれを行うのは元プロの戦争屋であり、元諜報員である。

 配属されてからずっと部長と呼ばれる男は五つの机を突き合わせた、会議の議長のような位置に陣取って居たが実際に何かを仕切って居る風ではなかったし、実際、社長である女傑が直接的な命令を行ってきた。

 フランツはその日まで完全に暇だった。自分以外の他の三人はただ女傑の命令におろおろするだけの五十代の部長、無機質すぎる表情を崩さず普段は中空を眺めるフランツと同じ頃の眼鏡の男、一日中コンピュータ部品を組み上げる二十代らしき痩身の男。

 初めは本当に「強行班」と呼ばれる様な部署なのかと甚だ疑問だったが、彼等の仕事を一通り見て合点がいった。

 そして、最もフランツを驚かせたのは「プランセス」の存在だった。

「邪魔よ」

「……申し訳――」

「いいから、退いて」

 隠密行動を得意とし、特異な緊張状態でも無機質な表情を崩さない男が少女に足蹴にされて困惑する様は信じがたいモノだったし、重たい書類の束を部長席に放り投げ、判を押せと迫る様に、近接戦闘の鬼と呼ばれたらしい部長の涙目になりながら隷従するという姿は、それはもうこの世の終わりかと思った。

「ギア、私物はロッカーの中のはずよね」

「すみませんデス、ハイィ……」

 某国の国防省最高機密に進入し、クラッキングによる隠蔽の後に完全に逃げおおせた天才ハッカーは少女にモバイルコンピュータを奪われ無力になる。


 そしてその同日、あの少女の真価を目撃するに至った。


 少女の狙撃を間近で見てあれから早、六日。連日同じ事を同じように報道し続ける放送局各局は当局より圧力でも受けたのかと言うくらいに並列化された情報だけを垂れ流し、事件解決することは絵空事だという程ネガティフな内容に傾倒している。

 信用された警察機関であればこの様なことはないし、国民性としてこのような言論がまかり通るというのは理解し難いものだった。

 それでも国家として成り立つのは――


「あら、ごめんね」

 砂糖をたっぷり入れた冷たい緑色のお茶を、隣のギアの机に盛大にぶちまける少女。

 もちろんいつものようにギアは新しいコンピュータを嬉々として組んでいる最中だったのだが、少女の無意識中の悪意によって妨害、阻害される。

 年齢的には一番近いのだが、どう考えても不幸なのはギアの方であるし、この部署にあって少女の右隣に居るギアはこの部署の「下っ端」と言うのに相応しい有様だった。

 一応、少女は放置することなく自分の粗相を片付けようとするのだが、精密機器には詳しくないのか『持ってはいけない場所』をむんずと掴んで拭き掃除をしようとし、案の定三万円ほどで先ほど購入したばかりのパーツをへし折った。

「わわっ」

「oh――」

 既に濡れて使い物にならなくなっているであろうそれに対する追い打ちは、頭を抱えて悶絶するギア自身の心に重ねざるを得ないだろう。完全に、今日は不能だ……

 そんな様子を自分と、自分の右隣に居る無機質な表情のまま中空を眺める男はその実、こちらに被害がないことを切に祈りながら傍観するしかなかった。ギアのように仕事と私事が混同しているようなことは他三名には無かったが、それでもこの少女をして何らかの被害を予想するのは致し方がない。

「ほら、これあげるから許して。ね?」

「――」

 手渡されたのは三万円――ではなく、彼女的にはそれ相当らしい『飴』。プラスチックの包装には可愛らしいとは言い難い奇抜な熊のイラストが描かれており、見るモノ全てを威圧する。明らかに謝罪の為に渡されたのであれば不都合極まりなく見えるのだが、この部署では暗黙のルールとしてその飴で終了だった。

 五人が五人、ぼぉっとしているだけの閑職。やることが有ればそれはもう忙しいのだが、全く依頼が回ってこなければ単なる暇人の集まりでもある。それもそうだ、表向きは普通の人材派遣会社であり、裏では産業スパイ。更にその中でも特別な部類に入る「強行班」と呼ばれる『特別営業部』だからこそ、平時は至って暇である。強いてやることと言えば彼女のご機嫌取りくらいであるが、それも本人が勝手に喜怒哀楽を変えるものだから上手くはいかないのが常だ。

「ああぁ、あっついぃ」

 隣の机にお茶をぶちまけたものの、自分の机は無害で済ませたそこに両手を伸ばしてべたーっと上半身を投げ出す。

 フランツは聞き及ぶところ、日本の女性は思慮深く品行方正だと聞いていたがどうやら個人差は否めないらしい。

 少女が暑い暑いと先ほどからぶー垂れているのは男四人が少女一人と共に居る事よりも、無機質な表情を崩さない男と少女の「一方的なケンカ」により破損したクーラーのせいであるのだが、破壊した当の本人が一番ダメージを被っている辺り、少しは学んで貰いたい。

「ギア、クーラー直してよ――」

「無理デス。電化製品がなんでも同じだと思わないで下さい」

 あくまでもギアの専門は情報処理関係のシステム構築、バックアップ用のナビゲーションであって、冷風制御や湿気除去機能制御関係の回路設計ではない。

「じゃあ、ヨシさん……」

 飽和するような熱量を恨めしげに少女は汗でワイシャツが肌に張り付いた中年男に助けを求めるが……

「そのぉ……ですね、ちょっと―― 予算的に無理が――」

 そもそも予算などではなく、単純にあの女傑に大目玉を食らっただけである。フランツは知っているがヨシと呼ばれた男、ヨシムラ氏は一応この部署の部長である。故に、部屋に備え付けられたエアコンを破壊して監督責任を問われるのはもちろんヨシムラ氏であり、修繕の予算は成果に応じてしか付けないと言われたばかりだった。

「ああ、もう…… 暑いぃ」

「……」

 暑いわけではないだろうがフランツの右隣で無機質な表情を一切変えずに額から汗をダラダラ流しているアジア人が居る。この事態を招くに至った張本人の片割れだが、この緊張の理由は次にある。

「サイとリュウはワタシと一緒に来て頂戴」

 女傑にしてみれば最も重用出来る部署はここであり、もちろん嫌とは言えない状況なのも一番知っている。だからと言ってわだかまりの有りそうな両名を引き連れて仕事に行くというのだから、この女傑は娘に大人になって貰いたいらしい。

 仕方なさそうにふくれっ面で出て行くリュウと呼ばれた少女と、これから死地に赴くのではないかと言わんばかりの無機質な悲壮が、女傑に従えられて部屋を出て行った。


「……」

「ハァ……」

「……」

 この部屋に残るのは野郎三人と、安堵だけだった。

 それと、少しだけ涼しくなったかも知れない。




 見つけたのは『極端すぎる情報の集積』

 情報とは集積され精査されるモノである。だが、それは必要な手順を踏んで収集、集積され、必要な権限を持って精査、分別される。

 基本的に情報集約は政府機関であり、重要な決定権は内閣に存在する。対応策を検討する閣議が開かれ、そこに有識者や官僚を集め協議する。当然、必要なのは下から上がってくる情報であり、確度の高い情報を得る為には常に大量の情報を得続け、そこから拾い上げる必要がある。

 法によりその情報収集権限を与えられた機関はいくつか存在する。警察、検察、必要ならば自衛軍にも。

 だが、国家を揺るがすような事態では政府も情報集積の要になることが通常である。

 国際問題、災害時、事故発生時などに応して特別措置法案の草案を纏めるなどにその情報収集能力を使用する。

 今回の事件は「国会議員の暗殺」であり、その実行犯と思しき人物は全員死亡している。

 単純に思考するならば「テロリスト」による「政治的謀殺」の可能性が最も高い。

 その実行側の犯行声明が無い事がこの事件の不可思議性と難解さを顕著なものにしている。通常、テロリストとは政治的理由による「武力行使」を「手段」として使用し、犯行側は通常自分達の成果であると声明を発表して己の「力」による「恐怖」や「思想」を誇示するものであるが、その場合「英雄」に成りうるであろう実行犯を殺害し、犯人側の規模を隠匿した事はこれに反する。

 政府とは国家の中枢であり、国民の安全や安寧を守る行政機関である。

 テロリズムという脅威から国民を守り、国際的な平和活動に努める事は一国家としての義務であり存在意義の一つでもある。

 しかし、男は見つけた。

 国会議員七名もが殺害され、実行犯と思しき人物まで殺害されているにも関わらず、閣内には大雑把な情報のみ報告されているだけであり、ほぼ全ての情報は警視庁公安部に集積されているだけだった。

 特定機関が秘密裏に情報を収集し、事態の収拾を図るのはまま有ることだが、人員を割いて警戒、警備に充てる事も必要になるはずだが公安部以外に情報を提供していない。

 最も効率的に警戒、抑止に貢献できるはずの所轄へは一切情報開示が無く、明らかに人災を呈していた。

 

 常に二人で行動する。それが自分の創設した課の決まりであるが、残念な事に男は一人だった。人員が足りないのである。正確には必要条件を満たす人間が居ない。

 他の多くの機関と重複するようなこの課の重要性を理解できる人間が少ない事も一因とし、男の課には人員が七名と必要と認められた装備一式、高機動装甲車が一台有るだけ。

 表向きとしては対テロ戦闘用特殊部隊として予算が割り振られているが、本当の対テロ戦闘用特殊部隊に多額の予算が投じられ、秘密裏に創設された男の課には通常時の移動用に車両を割り当てられる事はなかった。

 曰く『実績』が伴えば話は別らしい。

 別に男としては成果を挙げるつもりはない。なぜなら彼等の成果とは国家に仇成す者を相手取ってこそ発生しうるもので、平時存在してはならないのである。

 言わば『有ってはならない成果』をもって彼等の存在が認められると言う事だった。

 願わくは自分達が暇を持てあます人間で居たいが、彼等は願うだけでは叶わないと既に知っている者たちだった。

 男は一人、モニタ越しに特異点を見つけた。液晶画面のドットの向こう側に。

「警視庁公安部」

 二人一組で三班に分割した人員を呼び戻す。いや、呼び戻すよりも自ら出向いた方が圧倒的に早い。合流点を指示し、平時用の装備を調え、男は征く。


 圧倒的な人員、その物量において行われる広範囲の捜査能力を誇る警察機関に対し、男の部署にはその今最も必要な能力を羨むことになっていた。しかし、それは単に隣の芝が青く見えているだけで、男の部署には警察機関では持ち得ぬ特権を得ている。

 三つに分けた班には一応、目星を付けた公安部員をマークさせていたが待機状態の公安部員は一切行動を起こさない為、敢えて潜入中、捜査中の公安部員に絞ることにした。

 ただ、特別権限に因って得られた情報では数名の行方が不明だった。潜入中、捜査中であっても公安部員の行動は公安のネットワークに侵入できる為、掴めるはずだったのだが数名の所在が不明であり、口頭命令か紙媒体の命令書だけで動いた可能性が考慮される。

 そして如何なる命令が下ったとしても、決して好転することはないだろう。

 情報集積の一元化は、絶対的な統制に違いないのだから。


 悔いる暇があるのなら、次に悔やむ事がないように前を向け。

 轟音の響き渡る、陰湿な暑さと澱む臭気を孕んだ高架下で見つけた。一人、倒れている。無抵抗のまま、心臓を一突きされ完全に失血性のショック死を遂げていた。

 ただそれを見下ろす人間に、感情があったか定かではない。

 足早に、七人の男がそれぞれ去ってゆく。

 邪魔な人間を始末するのは、どこの世界でも同じだろう。

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