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ちーふす  作者: 左松直老
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003

 他サイトにも重複投稿。


(株)三上人材派遣会社 広報担当:左松直老「この前書きおよび本文はフィクションです。実在の人物、団体、国家とは一切関係有りません」

 人の出入りは忙しない。普通、一般企業ならばそれだけ仕事があるのだから、良いことだと言うだろう。だが、ここは有ってはならない場所で、有ると言うことはそれすなわち、事件の巨大さ、難題さを物語る。

 しわくちゃになった安いコピー紙に、粗末に「特別捜査本部」と手書きされた部屋はラッシュアワーの改札より、人の出入りが忙しなかった。

 忙しない理由はいくつかある。

 一つは大規模な捜査である為、人員の数が多いこと。これは人間の頭数が多いからこそ、必然的に出入りが激しくなるというだけだ。

 もう一つ。一つの捜査本部に対し、個別に見れば事件の件数は七件、被疑者も七名、事案に対して各捜査員は分散して情報の収集にあたっているが、自分たちの捜査内容に関連情報がないか定期的に訪れる必要がある。

 さらにもう一つ。この場で指揮を執る者の決定が、迅速且つ的確な事にも因る。

 各捜査員が行き詰まった折り、この本部を訪ねれば必要な情報が精査、統括されており、逆説的に捜査して集めなければならない情報の内容をすぐに把握できる。

 そしてなにより、精査された情報から導き出される刑事部の『勘』が各捜査員の士気を高め、信頼の拠り所として存在していた。

 それが「特別捜査本部」の高効率的な人員運用を可能にしていた。

「……」

 一ヶ月、まともに家に帰っていない男の、そのやたらに目立つ漆黒のオールバックは流石に限界が近いのか、所々反乱を始めていた。

「環境保護団体員は予備役軍人でした。実銃での訓練経験はもちろん、PKOへの参加経験もありそうです」

 汗だくになり、片腕に上着を引っかけたまま、夏の熱気以外にも当てられた若い捜査員が報告をよこす。

「ありそうと言うのは?」

「調査中です」

「……」

 元自衛軍隊員、現役警察官は実銃の射撃経験があるものとして、現実的に犯行が可能だという事は、おおよそだが見当は付いていた。

 元自衛軍隊員は言わずもがな小銃での射撃訓練がある。そしてもう一人の現役警察官はその所属部署は警視庁警備部の特殊部隊員であり、対テロ要員として配属されており、銃器の扱いは一通りこなせていた事が判明していた。

 あくまでも事件に対するアプローチは『国会議員暗殺の被疑者を殺した犯人』を探すことであって、国会議員暗殺に関連する捜査情報は公安部に提出もしていた。

 だが、公安部からの情報開示は一切無く、刑事部では公安部に対する不信感ばかり募っていた。

 しかし、刑事部長たる秋築はその公安部の対応は至極当然なモノだと思っている。

 実際の所、他の各捜査員も同じだ。公安部の情報が他に漏れることなど滅多にはない。徹底的な棲み分けを行うことで捜査内容や捜査方法に違いを持たせ、完全に領分を分かつのが管轄と言うものだ。

 もちろん、大々的に打って出ることができる強みを持つのが刑事部である。ならば、秘匿され、隠蔽された状態で粛々と追い詰めることが出来るのが公安部だろう。

 その捜査方法を羨むのは、芝が青いからだけではない。

「国内各機関へ簡単に働きかけられるなどと、刑事部も偉くなりましたね。警視長」

「嫌味を言いに来るほど公安部は暇なのですか。警視監殿」

 秋築昇、五十六歳。警視長。

 谷田喜十郎、四十七歳。警視監。

 警察官としての階級を言うならば、秋築よりも谷田が一つ上である。

 秋築は地方公務員、ノンキャリアとして警察官になった。それから三十八年間の功績と人望を見込まれ、秋築はつい四ヶ月前、この役職にまで辿り着いた。秋築本人はおそらくこのまま警察官人生が終わるものだと、そう言えるくらいには昇った実感がある。

 だが、それでも越えられないモノなど山のように存在した。

 国家公務員、キャリア組として警察官になった、谷田の存在がそれを物語る。

 そして谷田の言葉はそれを言い表す端的な言葉である。

 ノンキャリアである人間が、国内各省庁から情報を簡単に集められる訳がないと。実際、秋築達刑事部はその難題に正面から激突するが如く、自由を奪われた。

 各省庁の高級官僚達と対等に渡り合うだけの実力が、秋築には存在しなかった。刑事部の捜査権限など、とある領域には全くの無力だった。

「非常に多忙だ。そんな中、刑事部は我々に厄介事まで負わせたのだから少しは反省して貰いたい」

「どういう事だ」

「明日。国家公安委員会からすべての捜査を中止するよう、刑事部へ通達がある」

「警察庁長官を飛び越えてか? まさか、冗談だろう」

「実際、刑事部の捜査方法に現政府は苦慮している。刑事部は公にテロリストの捜査をしている。だが、手合いの大きさを測りかねている政府として、少しの情報も外部へ公表することは避けたい。解るか?」

「……」

 刑事部、特別捜査本部に押しかけてきた、たった一人の男の声だけが、広い部屋に響き渡る。

「ショーさん……」

 秋築と長年を共にした捜査員の一人が、愛称の中に無念と同情を。




 ある夏の日、少女はいつも通り電車に乗った。

 券売機で切符を買い、夕暮れのホームで時を待ち、流れるように現れた電車に乗った。

 連なっている車両は会社帰りの人間で混雑していたが、少女が乗ったのは女性専用と銘打たれた車両で、比較して人の数は多くなかった。

 点検、修理し終わったチェロを入れた鞄を抱え、車両に乗ると入り口近くの座席が空いていた。特に何としても座ろうという人もおらず、少女の為に開けられたかのような席で、誰もが少女が座るものだと思ったし、少女も躊躇いなく席に収まった。

 大きなチェロを携えた少女が居たならば、おそらく多数の人間は他に優先されるべき人間が居なければ、そこに座ることを咎めたりしないだろうとも思ったからだ。

 発車時の警告音が響く。

 次の瞬間、少女には、そして同乗している女性達には或る意味で恐怖が訪れた。

 真っ黒のスーツを着た七名の男達が、少女の乗車した入り口から、同じように乗車したのである。他の女性客はもちろん、少女も己が目を疑う光景だった。

 女性専用車両と大きく掲げられた車両に、平然と乗り込み、少女のそば、出入り口付近に立って、平然とモーター駆動に揺られ始めたのだ。

 男達は全員が真っ黒いスーツを纏い、特徴という特徴を掴ませないようにする並列化された身なりであると、他の乗客はいざ知らず、少女には、三上流以には思えてならなかった。所属の違いはあれ、流以にはこういう類の人間を見ることがままあったからである。

 明らかに一般人と毛色が違うが、それでも果敢に挑む人も居る。

「あ、あのっ! ここは女性専用車両ですっ」

 本人達にその気はあるのか疑わしいが、明らかに対外に威圧的な態度が見られる。だが、乗り合わせた会社帰り風の女性は勇気を持って彼等に正論をぶつけてみた。

「……」

「ひっ……」

 数人居たうちの一人が、女性を高い視点から見下ろしただけである。電車内のクーラーよりも荒涼とした目線を女性にぶつけたのだ。

 だが、それをよしとしなかったのは意外にも、男達の中にいた。

「女性専用とは銘打たれているが、法的拘束力はない。あくまでも配慮を優先的に得られる車両として存在するだけだ。無用な不快感を与えていることはこちらも承知しているが、急いでいてね。あと三駅ほどだ、無礼を許して欲しい」

 男六人に囲まれていてよく見えなかったが、一人、白髪の混じる頭に銀縁眼鏡の男がそう女性に言葉をかけた。

「えっと……」

 少女はこの女性に痛く同情した。これ程まで面倒くさい男に話しかけてしまった女性に、心の底から同情した。おそらく普通に生きていてこういう輩にあう事はそれなりにあるのだろうが、彼女の場合、端が見える車両という空間に、幾駅か同乗しなければならないのだから。

 明らかに異質な空間に成り果てたジョセイセンヨウシャリョウの乗車客は、たった一駅で目に見えて減った。男達の近くにいた女性達も逃げるように降り、会社帰りの女性客が多数乗るはずであろう駅から、一人の客も乗らなかったのである。

 車両の入り口に見える黒い男の集団は、この世のモノか疑いたいくらいには怪しい。そんなものを駅のホームで見てしまえば、女性おろか男性ですら乗りたいとは思えなかった。

 しかし、三上流以は真横にある集団を忌避することなく、その席に座り続けていた。なぜならチェロが重いからである。それを持って降り、次に来る電車を待つのが億劫だった。

 だが、それを億劫に思ったことを後悔することになる。

 チェロをメンテナンスに出したのは気になったからだ。学校のオーケストラ部に助っ人として参加した時、チェロの表板が他の生徒の運んでいた楽器とぶつかり、小さな傷が出来た。家に帰ってから弾いてみたものの、どうにも気になってしまい、結局、修理に出すことにした。

 そしてあの議員暗殺事件の日、チェロを預けた。三日経った今日、やっとこの手に戻ってきた大切なチェロ。父親が残したという、大切なチェロを抱えた少女は、どこからか視線を感じた。

 その視線を探すまでもなかった。すぐそば、男達の中から一人だけ、少女をじっと見つめる男が居た。

 あの、白髪の混じった銀縁眼鏡の男だった。

 どうにもその男は不思議な顔をしていた。見てはいけないものを見たような、そんな顔を。そしてなんとなく、少女はこの男の事を不愉快に感じた。いや、正確には嫌悪する。

 じっとこちらを見る男は、どうにも、その……『おじさん臭い』のだ。

 学校まで徒歩で通える少女は満員の電車などあまり経験が無く、更に学校の先生もほとんどが女性で、男性特有の『加齢臭』とはあまり縁が無かった。だが、ここにきて何故か車内のエアコンの追い風を受けた『おじさん臭』という、少女にはどうしようもない見えぬ敵に悩まされる事になった。

 その臭いを意識し始めると、とたんに逃げ出したい衝動に駆られるが、残念なことに次の駅まで二十分ほどある。それに逃げ出したいもなにも、次の駅で少女は降りるのだからここで不用意にこの男性の集団から遠ざかるなどと言うことをすれば、絶対に少女の方が怪しい。次の駅で降りるのだから入り口近くのこの席は或る意味で都合は良いが、逃げるには不都合すぎる。

 何故か女性専用車両でおっさんの加齢臭に悩まされるという、おそらく希に見るキチョウな体験をしてしまった哀れこの上ない少女。そして、貴重な体験は偶然を許さないらしい。

「それは、チェロかな」

「えっ―― は、はい……」

 少女の頭の中を覗けば、おそらく『喋りかけないで、近寄らないでおじさんっ!』という思い以外存在しないだろう。一応、少女は人より自分の表面を取り繕うのは上手いつもりでいる。だが、この男の前では、どうにも心中が、顔面によって吐露されるらしい。

「……」

「……」

 男は少女の心中を察したのか、それとも表情を見て芳しくないと男に判断させたのか、それ以後男は語りかける事もなく、少女から少し離れた位置に移動した。

 その後、十五分間、えらく奇妙な時間が車両の中だけに流れた。

 それ以降特に何事もなかったが、少女の目的の駅に到着し、アナウンスが流れるホームに少女が降りた立ったとき、白髪が混じった男がホームの少女に向けて一言だけ言葉をかけた。

「牧瀬によろしく」

「えっ……」

 発車の警告音が響き渡り、次には流動する。

 そしてホームには、少女の疑問符だけ置き去りにされた。

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