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ちーふす  作者: 左松直老
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 他サイトにも重複投稿。


(株)三上人材派遣会社 広報担当:左松直老「この前書きおよび本文はフィクションです。実在の人物、団体、国家とは一切関係有りません」

 国会議員連続暗殺事件。与党国会議員の射殺事件から大々的に報道されるようになってから二週間が経過、報道当初から被害者はさらに増え続ける惨事となった。

 ただ、今のところ殺害されているのは国会議員に限定されている為、一般市民はある種、リアルタイムで進行する物語の観劇者でしかなかった。

 恐ろしいなどと感じようも、個人にはどうしようも無い事件である。特別、人より力が強かろうが、人より頭脳が優れようが、結局の所は一般人で有る限り、個人の思いは鬱屈するだけである。

 国会議員七人目が暗殺された次の日、世間一般は隔絶された訳でもない世の中で、平然としていた。その一端である、某私立女子高校生の昼下がり。

「昨日で七人目だよね。早く犯人捕まらないのかな」

 すこし落ち着き無く、苛立たしげに小柄な少女はお昼のお話に一石を投じる。

「るーは昨日、近くに居たんでしょ」

 女性用としては少々大きめな真っ赤な弁当箱のなかなか手強い内部圧力と格闘する少女と、それを『またやってる……』と、時間をおいた弁当より冷めた目で見る少女。

「近くって言っても一駅分、歩いて十分くらいあるから近くなのかどうか……」

「あんなに派手に人殺しして犯人捕まらないなんて、警察仕事しろよなぁ」

「頑張ってる―― と、思うよ……」

「ああ、ごめん。つくのお父さん警察官だったか……」

「う、うん。事件の捜査している訳じゃあないけれど、お父さん最近あんまり帰ってこないし……」

 小柄な少女、石川つくしの苛立ちは、赤い弁当箱を力ずくで開けた少女の言葉に近いモノを、多々聞く機会が多い事から来ていた。警察官とは正義の人との羨望で見られる以外に、結果が伴わない限り、無能な集団と見なされる絶対表裏の職業でもあった。

 その親の仕事上、小柄な少女はどうしても敬意と軽蔑の両面を幼い頃から見てきた。

「……」

「それより、るーは学校サボって午前中なにしに行ってたのよ」

「チェロのメンテナンス。前日に電話したら午前中しか空いてないって言われたの」

 食べたものを右の頬の中に溜め込みながら話す癖のある、るーと呼ばれた少女、三上流以は、昨日自分が学校を午前中休んだ理由を語る。

「それは、それは。さすがユウトウセイな『るー様』ならではの、タイギ有るサボりですね」

「まあね、抹茶メテオも食べたし。とても有意義でした……」

 有意義と言った割に、あまり嬉しそうではない少女。

「゛えっ、アレ一人で食べたのっ! さすが抹茶大王……」

「うん…… 結局食べきれなかったけれど……」

 抹茶メテオとは、某有名料理店兼喫茶店が大盛りブームに乗っかって、喫茶として繁盛時間中にのみ販売される特大の抹茶パフェである。

 八分の一カットされたメロンが皮ごとでーんと乗り、リンゴ一個分のカットリンゴが中央の特大抹茶アイスクリームを取り囲み、これでもかと生クリーム、あんこを乗せた、某有名料理店兼喫茶店の抹茶アイス好きにはたまらない一品である。

 だがその実、いままで個人での完食者は居ない。

 おいしいからと言っても、熱量に弱い生乳製のなめらか抹茶アイスがくせ者だからだ。

 おどろおどろしく少女は語る。頭頂部から食べ進めていくと、どうしても時間が経過する。そしてアイスクリームは溶け始める。その溶けたアイスクリームは完全に液状化し、あんこと生クリームを沼底に沈め、カットメロンとカットリンゴを深遠に引きずり込む。深い緑色に染め上がった夕張メロンはさながら溺死体で、深緑色の中にところどころ飾り切りの赤が見えるカットリンゴの皮面は、緑色の湖面に浮かぶ眼球のように見えるらしい。

 そして抹茶アイスクリームのおいしさを求めて注文したはずのパフェであるが、メロンとリンゴの甘味が抹茶汁の中に溶け出して甘味の地獄絵図と化し、抹茶好きを徹底的に苦しめるらしい。

 右の頬に未だ昼食の自身お手製弁当のからあげを溜め込みながら、最後に少女は言う。

「アレは苦行よ、八苦という言葉であれが表現できるのだから。きっとお釈迦様もアレを食べたに違いないわ」

 少し大きめの弁当箱を平らげたお団子髪の少女、日比野秋はその言葉を聞いて、返す。

「るーは歴史苦手なはずなのに、どうしてそう言うことは覚えてるの。いや、そもそもウチの学校、キリスト教系の学校よね……」

 学校の経営母体が宗教法人ではあるが、そこに通う生徒の信心は自由ではある。秋は全くもって宗教などどうでも良いのだが、流以の無駄知識に突っ込まずにはいられない性分だった。

「じゃあ、イエス様も苦行を乗り越えるべき。っていう事?」

 そわそわしながら小柄な少女は二人に尋ねたが、

「「そういう話じゃないから」」

「ふぇっ」

 小柄な少女は、しゅんと小さくなった。




 一日、時は遡る。

 某有名私立女子高校生徒として完璧なまでに優美な立ち振る舞いで、或る意味で違和感なく、そして或る意味で現実離れした雰囲気のまま少女は雑踏に紛れ込む。

 品行方正、そして年相応に幼さを残しながらも、恵まれた容姿の少女は自分の曖昧な成熟さを自覚しているが故、人目に付きつつも『肯定されるべき』人間性を用い、何一つ疑われることなく目的の場所までたどり着いたのだが……

「一時間後に着きなさいと言ったわよね」

「……」

 二十数分前、某有名料理店兼喫茶店で別れたはずの男が、指定の時刻より大幅に早く帰投していた。

「どうしてまだ三十分もあるのに、私より先に戻っているの」

「あ、いや、その……」

 『カオス』と男が密かに命名したあの極悪な緑色の、人間外の摂取物を理由に、帰ってきたと言って良いものか非常に迷った。

 アレを注文したときの少女の顔は、それはもう楽しそうだったが『マッチャめてお』なる男には未知の食べ物を心待ちにしていた少女の食べ始めの喜びと、どんどんと醜悪になって行く『マッチャめてお』なるアイスクリームに絶望する少女を一通り見。

 更に「食べきれないから」とストローで全て飲みきる事を強要され、初めての『マッチャ』と『ツブアン』が絶望的な甘さと苦みで彩られていて、それで胃もたれしたトラウマをこの少女のおかげだとここで言うのかと。

 言えばおそらく帰ってきてここで胃薬を得る理由になるだろうが、この少女の期待と絶望の輪舞に足払いの追撃を加えるのは男として耐え難いと、せり上がる『マッチャ』と共に飲み込むことにした。

「まあ、いいわ。誰にも声かけられなかったでしょうね」

「そ、それは大丈夫……」

 実際、帰ってくる途中、かなりの人に声をかけられた。『具合悪そうだけど大丈夫?』と。

 その度にフランス語でまくし立ててあしらうという、非人道的な断り方で人々の親切心をへし折ってここまで辿り着いた。日本語を読むのは厳しいが、喋るだけなら大抵こなせるのだが『マッチャめてお』のダメージは男に『これは有事である』と判断させた。

「日本だとあなたの容姿は目立つんだから気をつけなさい」

「そういうアンタも学生なんだから、こんな時間に歩いていたら目立つでしょう。終わったら急いで帰ってきなさい」

「はぁい……」

「しっかりハイって言いなさい」

「はいっ」

 大きな樫の木の机の前に、男と少女が並び、机の向こう側には熟年の女性が座っていた。

 眉間に皺を寄せながら少女の顔をじっと見つめる。絶対にこの眼光から逃れられない。少女は長年のそれで知っている。

 一応、美人の分類に入る女性なのだが、眉間に皺を寄せるのが日課なのか、癖なのか、愉しみなのか。おそらくどれもがそうなのだろうが、深く刻まれた皺は経年を感じさせる。

「回収班を予定地点に配置しているから、おそらく証拠は残らないわ」

「回収班?」

 与えられた任務には、回収班など必要ないはずである。それなのにこの女傑の口からは回収班を待機させていると言葉が紡がれたのだから、男が尋ねるのは通常なら無理もない。

「ええ、リュウが撃った弾丸の回収よ」

「弾丸の、回収…… ですか?」

「そうよ」

 今回、男が任されたのは長距離狙撃の観測役である。

 本来、観測手の役割としては狙撃手の負担軽減が主になる。戦場ならば索敵、狙撃手の防衛、狙撃手への情報提示、狙撃手と観測手の役割交代などだ。

 だが、平常時の暗殺任務で観測手の役割は薄い。暗殺ならば初手を撃つのは確実にこちら側で、存在を把握されていない状態ならば狙撃手の防衛などしなくても良いのだから。

 観測した風向き、風力、地球の自転によるコリオリの力の影響、その全ての情報は彼女の前では無用の長物だった。

 リュウと女傑に呼ばれた少女は、男の、軍人としてこれまで生きてきた矜持を一瞬で撃ち抜いたのである。

「フランツ。アナタをリュウの補助にしたのは他でもない、アナタの為よ」

 まさに神業を見た。

 千メートルもの距離に居た人間を、ただ当たり前のように撃ち抜いたのである。


 フランツは命令通り、とある建物の屋上を保守し、待機していた。

 すると狙撃予定時間、十分前にチェロのケースを携えた少女が話し通り、屋上に現れた。

 まず始めに、彼女がやったことはプリーツスカートのポケットからハンカチを取り出し、コンクリートに敷いたことだった。

 その行動理由を、フランツは全くもって理解できなかった。

 少女はフランツに銃の組み立てを命じ、少女自身は目標の確認を始める。

 刻一刻と変化する風向き、風力を今の時点で測るにはあまりにも早計過ぎる。銃を構え、狙撃体制に入り、引き金を引く寸前に完全な決断を下すものだ。

 そもそも少女と共に狙撃任務などというふざけた話は聞いたことがなかったし、女傑から命じられたとき、日本人は面白くない冗談を言うのだと心の中で女傑の事すら笑っていた。

 狙撃まで時間がない、そう思った男は少女に日本語でまくしたてた。早くしないと時間になる。そもそも定点に構えて準備しても、狙撃とは難度の高い仕事だと。男は幼さの残る少女に言ったのだが、少女はじっと男を見つめ、ただ、

「早くそれをよこしなさい」

 そう言って男の手から銃を奪い、狙撃位置である屋上、昇降出入り口建て屋の上に俯せに寝そべった。

 そのとき初めて男は理解した。少女の膝の位置に、ピンク地に白いウサギが描かれたハンカチが敷いてあることに。

 男はハンカチを敷いた理由を理解すると同時に、あまりの緊張感の無さに完全にやる気が失せそうになった。しかし、

「もう帰って良いわ。邪魔だから」

 一瞬この少女の態度に苛立ちを覚えたが、スコープをのぞき込む少女の表情を見て気が変った。この仕事の始終を、見届けたくなった。


「リュウ、学校でしょう。戻って良いわ」

「はい」

 フランツの傍らに並んでいた少女は、おつかれさまでしたと一声を残し、女傑の棲まう部屋から退出した。

「あの子は、アナタの入る部署ではお姫様よ。あの子以上に役に立つ人材なんて居ないわ」

「でしょうね。何者です、あの子は」

「ワタシの娘よ」

 フランツは言われて何となく、そうだろうなと思えた。

 だが同時に、絶対に違うという確信も得た。

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