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(株)三上人材派遣会社 広報担当:左松直老「この前書きおよび本文はフィクションです。実在の人物、団体、国家とは一切関係有りません」
「ああ~、あっついぃ~」
フランツは目のやり場に困る。思慮深く品行方正で思いやりのある民族である。そう思い描いていたフランツはこの少女に出会ってから考え方を改めた。
やはり、人間は個人差があるのだと。
リュウは暑い暑いとワイシャツの襟首を開けて手で空間を作り、そこめがけて下敷きで扇いで風を入れていた。十六歳の平均より大きめの胸を持つ少女なのだが一切臆面無く、野郎四人の前でそれを行う。ちなみにこの部屋が暑い理由は主にこの少女のせいだが。
隣の席でコンピュータを組み上げる金髪の若い男は作業がおろそかになるほどチラチラとそちらを盗み見、少女の机の向かいに座る無機質な表情を崩さない男は斜め四十五度視線を固定して天井を見上げ、完全に逃げ出す。そしてそれらの席を総括するように存在する部長席ではシャツを汗で貼り付けた体格の良い男がフランツに目線で助けを求めている。
少女の斜め向かい、どうにも指摘する事を他三名に強要された状態のフランツは、仕方ないので少女に向かってこう言った。
「何で黒なんだ。もっと年相応――」
「……」
少女の下敷きの動きが止まり、半眼の視線がフランツに八つ、突き刺さる。
これは……全員から反感を買ったのでは……
「それはもちろん、アナタに見せる為よ。って言えばいいのに。ヨシムラから聞いたわよ~」
「……なに言ってるのよ。お母さん」
一応、会社にいる間は母親として接さないと決めているらしい女傑は、この娘の発言で怒ることはなかった。意外にも娘の反応が辛口だったからである。そして社長が唐突に現れた事を誰も気にはしない。
「フランス流のジョークに乗っただけじゃない。ねぇ、フランツ」
「助かりました……」
ジョークと言うより、普通に疑問に思っただけだが。
「何がジョークよ。セクハラじゃない、セクハラッ! こういうのってアメリカじゃあ慰謝料取れるのよね、ギ――」
訴訟大国出身のギアにネタを振ろうとしたリュウだったが、ギアが自分の胸元をガン見している事に今気が付いた。しかも、唾飲んだ。
後で虫の息状態のギアに事情聴取した所、フランツの『年相応じゃない黒』という発言に興奮したとの事。
まあ、制裁はすぐに受けたのでそれで穏便に。
「何故、流以が三上大尉の下に居るのです」
白髪交じりで銀縁眼鏡の男が、諜報局統括責任者である松本卿一中将に詰め寄った。
「キミには知る権利がない」
「私は、あの子の父親です。権利なら有るでしょう」
「父親? はて、身元不明の少女のはずだが……」
「……自分の姪を身元不明と、よく言えますね」
「ふん、知らんなぁ」
あのとき、三上元大尉は言った。谷田を撃った弾丸は唯一男が守れたものだと。男が守った自負があるのは娘の流以だけだ。そしてそれは、元々の用途として男の娘を「運用している」という事実を伝えていた。
男が、伊藤龍が本当に守れたものは何だったのか。惨めな自尊心だけなのかも知れない。
三上人材派遣会社での全ての行為は三上代表取締役が統括している。仕事も全て三上社長から各員に下るだけで、集団自体の中に総意はない。完全な独断で決定され、仕事の内容に口を挟むことも許されなかった。
今回の仕事の内容は敵対した集団から会社を防衛する事。そして被害は最小限に抑えるべく、谷田喜十郎のみの殺害に限定されていた。
三上人材派遣会社はその存在を肯定される為に庇護下に入る必要性があった。政府の信頼を得る事を第一目標とし、政府からの仕事を受けた。それが、結果的に谷田喜十郎の暴走を助長する結果になったが、同時に重犯罪者である谷田に全ての責任を取って退場をしてもらう事で、秘匿性を保ったまま政府容認機関として三上人材派遣会社は確立する。
それが三上社長の思惑であり、結果的に上手く行った。
それはあくまでも「結果的に」であり、予想外の出来事も存在していた。
軍部からの情報を得ていたとはいえ、伊藤龍の内調部が予想に反して性急に事を運んだことである。三上としては谷田の死亡後に調査を引き継がせる予定であり、谷田を存命中のまま捕らえに来るとは思ってもみなかった。
実際、三上人材派遣会社と自衛軍諜報局内調部はほぼ同じ理念の元に存在する。三上人材派遣会社のように攻勢に組織犯罪やテロ行為に対応するか、諜報局内調部のように水面下で穏便に事を済ませるかの違いがあれど、結局の所似たような人間が組織した集団だった。
なにせ三上元大尉は、伊藤龍中佐の元上官なのだから。
あの日、三上流以はフランツ・ジュベールと共に社屋から八百メートルほど離れた建物の屋上に陣取っていた。三上社長の護衛にはサイが付き、ギアはたこ焼き屋に偽装したバンの中で各自のナビゲーション、バックアップを担当していた。
「訊きたくないんだが――」
「訊かなければ良いと思うんだけど」
フランツが銃を組み立てながら話し始めたが、リュウは暇そうに暗いだけの夜空を眺めたまま、フランツの言葉を遮る。
「……そうは言ってもな。……どうしてリュウはこんな仕事をしているんだ」
「言うと思った。サイにもギアにも、ヨシさんにも同じ様な顔で、同じ事を言われたわ」
国民は総じて平和ぼけ。この国に来て、そんな事を言っていた日本人の自衛軍人隊員を思い出した。国際ニュースは殆ど無く、下らない他国の慣習や食べ物ばかりを紹介する。
世界は「それだけ」ではないのに。
そして少女は「それだけ」ではない世界に居る。
「気が付いたら居たのよ。ここに」
「気が付いたら?」
「物心ついた時っていうのかな、ちょっと違う気がするけど。最初から居たの」
星も見えない程、街の光に包まれた空を、少女はただぼおっと眺めている。フランツはこの銃を組み立てたくなくなった。だがそれは仕事であり、手を抜いた行為は自分の死に繋がる。止めることなど、出来ない。
「理由はよく解らないんだけど、銃を撃ったら思った通りに当たるのよ」
「思った通り?」
「そう、思った通り。初めは銃を撃つのは嫌だったんだけど、大切な人たちの為にわたしは撃つって決めたの。わたしが撃たなくても誰かが撃つんだし。誰かが失敗して、わたしの大切な人たちが死ぬより、わたしがその人たちの責任を持った方が早いんだって気が付いたの」
わがままは裏返し。それにはかなり前からフランツは気が付いていたが、それが親しい人との不器用なふれあいだという事は信じないことにしていた。そうでなければこの少女は最大の不幸を持ち歩くことになる。誰かがいなくなった時、この少女はそれに耐えきれるだろうか。いや、それは本人しか解らないだろう。勝手にこの少女の人生を他人が語っても、少女は喜ばない。
「……」
「ほら、貸して」
いつの間にか、フランツは銃を完成させていた。
組み上げたのはオーストリア、ユニークアルペン社製TPG-1。使用弾丸は.338ラプアマグナム弾。八・五八ミリの大口径銃身であり、射撃時の衝撃の大きさはこの少女の体格には見合わない程。
それを愛銃として長年連れ添っているらしい。自分で組み立てた訳ではないので、少女は違和感がないように自分でチェックを始める。
「みんなわたしの事を可哀想な目で見るけれど、本人としては不幸だとは思ってないのよ」
「どうして」
「そういう人はみんな、一緒に居てくれるのよ」
この部署は皆、プランセスのわがままに仕方なく付き合っている訳ではない。
自分は傭兵だという自負がある。だが、この会社との契約期間はない。それはあの女傑が自分を社員として迎えたいと言ってくれた事と、自分なりの考えが有っての事だ。
そして社員として働き始め、ある種の連帯感や安心感を得たのは事実。そして、このままでも良いかと思い始めたのは、フランツにとって驚くべき事でもあった。
「ほら、出て来たわ――って、あの人……」
「あの男、誰だ」
ギアによる合図の後、少女は谷田の左側頭部を――
即時撤収。それは当たり前のこと。狙撃手としての有用性は相手の可視領域外から隠密性を維持しての先制攻撃、そして射程圏外からの友軍のバックアップである。狙撃手自身は近接戦闘能力が他の隊員よりおろそかになりやすく、観測手などを置いて相互に助け合う。
この場合、リュウとフランツが相互に助け合うのだが……
「ちょっ! 変な所触らないでよっ!」
「う、動くなっ! 手が股に入るっ」
「だから変な所触るなって言ってるでしょっ!」
「こ、ここはヘンなところなのか?」
「ぶっ殺すッ!」
十二階建ての建物の屋上から降りる。時間は深夜の三時頃で、建物内部を通って降りることは出来ない。もちろん屋上に来る時は明るいうちに堂々と屋上に上がり、閉鎖時に見つからないように隠れていた。中を通って降りることも出来るが、警備会社の人間と格闘することを念頭に置かなくてはならない。
まあそれもフランツ一人ならば問題ないのだが、問題は片割れであるリュウの方。銃器の扱いはフランツが舌を巻くほどに上手いが、近接戦闘はてんで駄目。十六歳の女の子に近接戦闘を完璧に教え込んでいてもおかしくはない特殊な企業なのだが、こればっかりは本人のセンスがモノを言ったらしい。悪い方に。
仕方ないので誰とも遭遇しないであろう壁面からの降下にした。ラペリングという、ロープを使って垂直面やヘリコプターから降下する行為。リュウも学んでいて、実際フランツやギアと共に土日、登山で訓練しているのだが……
「大丈夫か?」
「……だ、だ、だだだい、だいじょーぼに決まってるじゃじゃいっ」
作戦の隠密性を考えて安全策をとらず、一人につきロープ一本で降りることにした。馴れているフランツが装備一式を抱えてスムーズに降りているのだが、リュウはまあ、なんというかその……
「おわああっ! おちっ、おちるっ」
運動音痴なのだ。仕方ないので近寄ってリュウを抱えて降りようかと思ったのだが、リュウがもの凄く嫌がる。自分にはこれくらいできると言い張り、頑として助けを断るが――
「あ」
「っ!」
落下。リュウが落ちる。フランツは慌てて飛びつき、なんとか助けようとした。有る程度降りていて落下位置が高くなかった事と、落下した場所は歩道脇の植え込みであり、高さ二メートルほどの低木に二人で落ちたのだが……
「……」
すぐ横の通りに黒塗りのタクシーが一度止まった。
運転していたのは二人を回収しに来た部長のヨシムラだが、二人が組んず解れつの状態に見えたらしい。
「ああ、若いって良いねぇ。ごゆっくりどうぞ」
白い手袋をした右手で口元を押さえ、ぶぅんと噴かして去って行った。
「「ちょ……」」
女傑に先日の話を蒸し返され、それを報告したヨシムラがリュウに酷い責めを受けるというイベントを一通り見終えると、女傑はフランツを社長室に呼び出した。
「なんと言いますか、その、アレは事故で……」
「何をいきなり言い出すのよ。そんな話じゃないの」
社長の娘に手を出したなどと先ほどギアとヨシムラから散々言われたフランツは、正直、呼ばれた理由がそれなのではないかと恐々としていたが、どうやら違うらしい。
「お礼を言っておくわ。あの子を助けてくれてありがとう。フランツ」
「ああ、いえ……」
助けた本人から肋骨にヒビが入るほど殴られたのは黙っておく。骨折くらい大したことではないが、その話を女傑にしてまたリュウに殴られるのはそれこそゴメンだ。
「アナタ、前にあの子は何者か聞いたわよね」
「ええ」
女傑は自らの席に着き、フランツはその向かいに立つ。
「ワタシも正確には知らないのよ」
「知らない?」
「あの日、谷田を撃つように命令した日。黒いコートの男があの場に居たでしょう」
「ええ」
「リュウの、流以の父親よ」
「……は?」
突然、あの場に父親が居た事を、本人ではなくフランツに教える。女傑のどういった思惑でフランツにこの事実が伝えられたのか、まったく解らない。
「それをあの子には言うつもりはないのだけれど。ワタシは彼の頼みを聞いてあの子を育てたのよ。伊藤龍の頼みを聞いて」
父親と同じ名前をこの会社で少女の呼び名にしているのはおそらく、本当の親を伝えられない事を、この女傑は苦々しく思っているからだろう。どうあれ、本当のことを言うべきだと思うのだが……
「あの男に別段問題はないのよ」
「と言うと……」
「あの子は人として、生体兵器として生まれたのよ」
生体兵器。通常言うところの生体兵器とは訓練された軍馬や軍用犬など、訓練の後に軍事利用されるものが一般的だ。生まれながらにして、軍事利用される生物はそう多くはないが、幼少の頃から人間に戦闘訓練をすることはある。
だが、この場合。女傑は違うことを言っているのだろう。
「あの子は頭の中で弾道計算が出来るのよ。正確にはあらゆる計算を無意識に一瞬で解いてしまうのよ」
「なっ」
弾道計算は今現在もスーパーコンピュータで演算し、シミュレーションし続ける価値のある計算だ。ロケット技術や航空技術、もちろん軍事利用する為にも。
女傑の話は続く。リュウは、あの少女、三上流以は人為的なサヴァン症候群の様なものだと。普段生活しているとそのようには見えないが、女傑曰く概念に対する理解が通常の人間とは違うらしい。彼女は体験したこと以外の現象、事象を理解する事が難しいらしいのだ。
彼女の運動能力の低さはそれが如実に表れたものだという。頭の中で演算する自身の動きと実際に彼女に出来る動きとの齟齬を、理解し難いものとして軽度のパニックを起こすらしい。実際、フランツは先日それを見たのだ、狙撃技術の高さとあのラペリング時のパニック具合を見ては否定しづらい。
そして最大の問題点。
「あの子は死を体験したことがないから、人を殺すことを何とも思っていないわ」
「しかし、リュウは大切な人が傷つくのが嫌だと……」
「それはあの子自身、傷ついた事があるからよ。でも、死んだことはないの」
人間には出生とほぼ同義、死が定められている。その概念に人間は怯え、抗うために種を残し、やがて個体はそれを受け入れる。そういう生命の基本倫理。いや、真理に近いモノを彼女は欠いているという。
「軍人としての能力は、他の人間より圧倒的に優れているの」
「運動能力が低いですが」
「それは違うわ。あくまでも齟齬を許容できていないだけなのよ。齟齬が無ければ、許容できれば。だから、ワタシは普通の子として育てたいのよ」
「言っていることの意味が解りかねます」
この会社でリュウを使っている時点で、どうも納得できない。なぜ一般の娘と同じように育てたいという理想を語り、現実ではそうなっていないのか。
「ワタシはあの子を守る人々をチーフスと名付けたの」
「チーフス? 主任達……ですか?」
「それもあるけれど。もう一つ、盾の上辺という意味も込めて。守る人々の象徴であるように」
「象徴……プランセス……囚われの姫ですか」
「そうよ。あの子は、自分の無能さを実戦でアピールしなければ『彼等』に奪われるわ」
有る程度の優秀さは既に理解されてしまっている。だが、汎用性を伴わない優秀さは軍人としての能力には足りない。
女傑曰く、スポンサーである『彼等』には「流以の能力開発、実戦でのデータ収集」をしていると言い、実際には彼女を守る為「実戦で死なない程度に無能を装わせている」のだと言う。
そしてこの話をされたとき、フランツは理解した。
「だから、アナタを呼んだのよ。フランツ・ジュベール、元フランス陸軍大尉。いいえ、サーヴァント計画。オプス、ヌル」
創られた囚われの姫、奪われた忘却の騎士。




