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ちーふす  作者: 左松直老
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 他サイトにも重複投稿。


(株)三上人材派遣会社 広報担当:左松直老「この前書きおよび本文はフィクションです。実在の人物、団体、国家とは一切関係有りません」

 荒々とした灰色の群像。

 本日の天気は曇り。高度六十メートル。南南西よりの南風、瞬間風速二メートル弱。

 平行を眺めれば誰も居ない、灰色の群像はさながら人間の絶えた近未来。

 けれど、覗き見る世界には愛想笑いをした、庶民とはかけ離れた男の人。

 その男が見下す、笑顔の大衆を見ようとも何の感慨もない。

 少女はただ、引き金を引いた。




「警視庁警備部の働きには敬服致します」

「与野党合わせて七人目か。何が狙いだろうか…… 国家転覆か、超国家主義者の陰謀か」

 画面情報を見て心躍るような声で語りかける男を前に、ただ採光や照明とは無縁なその机の向こう側に、もう一人男が佇んで遮るように言う。

「局長」

「解っているよ。こうなってしまっては我々の面目は無きに等しい…… 完全に後手に回っているが。それでも?」

「ええ。総意です」

「解っているだろうが、新設されたキミの課は実績というモノがまだ無い」

「承知しております」

「許可を出す為の判も存在しない」

「承知しております」

「我々は、如何なる事態になろうとも関知しない」


「承知しております」


 四十過ぎの銀縁眼鏡の男が白髪の散見される頭を深々と逆光に垂れ、踵を返して退室した。




「ねえねえ」

 自分のおなか周りを確認しながら、少女は友達に話しかけ始めた。

「ん、なに?」

「わたし、最近太ってきたよね」

「そんなこと無いよ。るーちゃんは細い方だよぉ」

「ていうか。これはなんじゃい、これはっ」

「ちょっとっ! やめ、やめなさいぃぃぃ」

 同じ赤いタイに、同じ明るいベージュ色のカーディガン、同じ黒と白のチェック柄のプリーツスカート。

 南中を少し越えた辺りの太陽から日差しを受ける三階の教室に、おろおろとする女学生と、逃げようと必死な女学生と、鷲掴みにする女学生が居た。

 そんな彼女らを見る周りの目はいつもの光景を目の当たりにした態で、特別気にした風ではない。

「付くところにはこんなに付けて、お腹周りなんてこんなに細いのに、何が太ったじゃあぁぁぁっ!」

「ごめん、ごめんなさいですから許して、痛いっ!」

 個人の成長の差違など一女子高生である彼女にはどうしようもないが、この状況から脱する為には取り敢えず謝っておく。

 んが、

「ゆるさんっ!」

 その愛憎入り交じった言葉と共に、恐怖の魔の手と界隈で呼ばれるその右腕が、るーちゃんと呼ばれた少女の背に迫る――

『カチッ』

「……」

「……」

「……俺の右手が、暴れやがるぜ」

 頭頂部より少し後ろにお団子を結った少女が、己の右腕を左手で抑えながら曰う。

 当のるーちゃんは粛々と、外されたブラジャーのホックを服の上から簡単に戻した。

 これが、彼女らの日常茶飯事だと言わんばかりに。




「正確無比とはこの事だ。惚れ惚れするね――」

 身長おおよそ二メートル、精悍な顔立ちの三十を過ぎた頃合いの大男が、灰色のコンクリートに俯せに寝そべり、双眼鏡で事の始終を観測していた後、感想を漏らしたが……

「口ばかり動かさない。手、動かす」

 深緋色の小さなネクタイに、エクルベージュ色のカーディガン、モノトーンのプリーツスカートを穿いた少女が、格好には不釣り合いな大きな獲物を携えている。

 少女はその携えた獲物を手際よく解体している所なのだが、男は作業の手伝いをゆったりと始めた。

「はいはい」

 男は全く臆面無く、面倒くさそうに返事をして、仕方なさそうに黒い革張りのケースへ部品を収納してゆく。

 実際、現実を目の当たりにして、ふて腐れている感はどうしようもない。

 今まで培ってきた何もかもを否定されているように感じてしまう心と、どうしようもない憧憬に板挟みされた様なモノだからだった。

「ハイは一回だけ」

「アイ、マム」

「その返事、嫌いなのよ」

「わーったよ。センパイ」

 少女は俯せになったとき、膝を擦らないよう敷いたハンカチを拾い上げ、畳みながら男へ文句を言う。

「素直じゃないけれど。解ったのなら、いい……」

 ぷくっ、と右の頬を膨らませるのは少女が少しご立腹だから。男はこの少女の癖がいたく気に入っていた。らしいといえばらしく、不釣り合いとも言えば不釣り合いに過ぎるこの癖が。

 男は、いたく気に入っていた。


 予想通り、警察の初動は彼等の思い描いたとおりだった。

 傍受した警察無線では弾丸入射角方向近隣数百メートルの狙撃位置の再検索、近隣の主要交通路に検問を設けて不審者、不審車両の炙り出し。典型的な後手を踏む捜査方法だった。


 彼女等は仕事を終えた。

 相対に湾曲した革張りのケースは少女が携え、男は繁華街に行けば有象無象に紛れ込める様な服装。このまま彼等が街の中に消えたところで、誰も見咎めることはない。

 実際、事の成った時点で既に彼女等の思惑通り。定時に帰投し、定時に帰宅するだけだ。

 どれだけ早く警察が対狙撃犯の包囲網を敷こうとも、現実的には想定し難い、一キロメートル範囲外からの狙撃に対応できるはずがないのだから。


「わたしが出てから十分後に出なさい…… うぅ、会社に帰投するのは今から、一時間後」

「アイ―― 了解した……」

「よろしい……」

 そう言って少女は某有名料理店兼喫茶店から堂々と通りへ出た。

 少女の身なりはチェロを携えた有名私立女子学校の女学生そのもので、誰もがその立ち振る舞いからして『大事』を為した人間だとは気が付かない。その少女自身、立ち振る舞いは淑女そのもので、すれ違う奥様方は少女の立ち振る舞いに一目を置くという、無言の感嘆のみをもって少女を見送った。

 しかし、ともすれば昼間は奥様方のランチとお茶会に賑わう店に、どうにも不釣り合いに見える大男が一人、取り残された訳だが……

「あら、あなたどこからいらしたの?」

「フランスです。綺麗な奥様に心奪われて、お声をかけるのが躊躇われました」

「あんら、フランスから。日本語お上手ね。けれど、お世辞は下手ね」

「……」

 ダメかも知れない。心の中でつぶやくこと五分。

 男は十分との命令を逸脱して、店から退散した。




 一ヶ月の間に、七人もの国会議員が暗殺されるという事件。

 当然の事ながら、あらゆるメディアは大々的に報じる。被害者は与野党問わず、更に犯行声明等も公表されていない。公表されていないのか。それとも、そもそも声明自体が出されていないのか。その情報すら不確かで、メディアが各々『有力情報』と称した誤報が飛び回り、国内情報にソースを置いた海外メディアも誤情報を乱発するという前代未聞の事態にまで発展した。

 情報統制できない理由は警察機関を通した情報伝達よりも、個人の憶測によるデマやガセネタの流布に因るところが大きく、『自称警察関係者』『公安関係者』などという、不確かな情報が個人間を瞬く間に駆け巡った。

 誰かの不幸は蜜の味と言ったものだが、情報伝達の加速度化における弊害故、一人の不幸は大衆の娯楽に成り下がった。

 ならば、この事件も大衆が自身には何一つ関係のない事だと割り切って、その話題性と不可解性を愉しむのは、誰しも既知の事実である。


「犯行現場には狙撃犯と思われる者が居ました」

 与えられた末席に座ること無く起立して、男はメモ紙を読む。既に一月、方々を尋ね歩いて疲労困憊の態。

「狙撃犯を特定できたのか」

 警視庁、特別捜査本部、捜査会議内での一幕である。

「はい、ただ…… 被疑者は死亡……」

 三十過ぎの捜査員が、苛立たしい色を隠さない警視庁副総監に渋々報告を上げる。

「死亡っ? どういう事だ、初動にミスが――」

「被疑者は全件別人、全員狙撃位置で左胸部を撃ち抜かれ死亡。死亡した被疑者は元自衛軍隊員、現役警察官、環境保護団体員、新興宗教信者、フリーター、大学生」

 被疑者全員が死亡。左胸を撃ち抜いた弾丸は完全に体を貫通して、警察の捜索能力を持ってしても行方知れず。使用された銃器の特定には至らず。

「残りの一名は」

「身元不明です」

 議員暗殺の被疑者。全員に共通する事項は、同じ様な黒い服を身に纏っており、胸部には弾丸が心臓を射貫いた痕跡が残っているだけだった。

 そして何より、最も注目すべき点は議員達を殺害した凶器である『銃』が近辺から見つからない事だった。

 殺害された議員七名は同一の銃によって射殺された事は解った。それは遺体そば、もしくは体内から発見された弾丸の旋条痕から確認出来ているものの、肝心の銃本体が見つからない。

 狙撃位置と思われる場所で発見された被疑者である人物の遺体は全員、銃を撃ったときに付く硝煙反応が残っていた為、被疑者として死亡したまま確定される事となったが、遺体の傍には硝煙反応以外、何一つ物証は残っていなかった。

 それ以外に被疑者達には共通点が無く、関連しそうな点も、被疑者達に面識があるかどうかさえも解らなかった。

 明らかに複数犯だとの状況証拠が存在するが、この一連の事件に関連する情報が乏しく、警察の大規模捜査ですら、手合いの大きさを測りかねていた。

「議員殺害時に残されていた弾丸と、死亡した被疑者を撃ったと思われる弾丸は一致したのか」

「見つかっていません」

「何」

「被疑者を殺害したと思われる弾丸は見つかっていません。ですから、議員を殺害した銃と同一の物か特定できません」

 通常、弾丸は体内に残るか、体を完全に貫通したとなってもどこかに落ちているはずであるが、射殺された被疑者全員が屋外の、それも屋上に居たこともあって突き抜けた弾丸は行方知れずになっていた。

 警察の大規模捜査における最大の利点である、大量の捜査員投入で発見できると思われていた。だが、その地道な捜査努力も虚しく、全ての被疑者死亡現場より弾丸は発見されていない。

 議員射殺時には緊急で検問や人員配備が行われたが不審者などは見つからず、七件すべて警備体制、捜査体制の不備を問われた形となった。

 前代未聞の事件に完敗を喫す形となった警察は、完全に手詰まりであった。

 そんな中、警視庁刑事部、特別捜査本部に忌むべき者が訪れる。

「捜査情報の開示を求めたい」

「これは、これは。事前に何も察知できなかった公安部の皆様ではありませんか」

 別部署からの来訪者で、警視庁副総監はその場を退出した。ただの一言、無能な刑事部を侮蔑して。

 その一連の警視庁副総監の行動をその場に居た全員が無視して、忌まわしいモノとの対峙を優先した。

「それは事前に危険箇所を予測、保守出来なかった無能な警備部に言ってやれば良い」

「怠慢の押し付け合いでもする気で? そもそも公安部と警備部で何とか出来ればウチには回ってこなかったヤマです」

「この件に関して我々は長官より任された」

 偉そうに『任された』などと平然と言い放ったが、詰るところ『長官に任されるまでは事前察知は出来ていなかったどころか、捜査においてすら刑事部の後塵を拝した』訳である。

 当然、この事件に関連する情報収集は事件後、いち早く乗り出した刑事部が筆頭と言うことになる。

 いかに警察庁長官という警察機関最高責任者の命があろうとも、この状況下であれば優位性はいまだ刑事部に有る。

 当然、国会議員が暗殺されるなどと言う大失態を犯した公安部に、強権を発動できるだけの面目は既に無く、刑事部長が強く打って出るのはこの場に居合わせる刑事部捜査員達の総意でもあり、怒りの表れでもあった。

「もちろん、長官命令が有る限り公安部の要求は正当な物だが、諸手を挙げて情報を提出できるほど納得している訳ではない」

「どうしろと」

「こちらにも情報の開示を要求する」

「それは無理な話だ。既に国会議員連続暗殺事件の捜査全権は我々、公安部に委譲されている」

 言うところ『もう関わるな』という事だ。しかし、最初の事件から一ヶ月あまり、地道な捜査を続けて来たのは刑事部の捜査員達である。当然、彼等が簡単に納得出来るはずもない。

「刑事部は国民に対するアピール集団ではない。公安部の尻ぬぐいなど真っ平御免被る」

「それは命令を無視すると言うことか」

 憎むべき相手の言葉に、特別捜査室の空気が澱む。

 この特別捜査本部の旗揚げをいち早く行ったのは他でもない刑事部長本人だった。

 下から上がってくる情報を精査する前に、いち早く事態を重く見た刑事部長が捜査一課の人員を多数割いて作られた特別捜査本部。

 前任の自己保身と権益だけを求めた刑事部長とは打って変わり、ノンキャリア、現場から叩き上げで上り詰めた、人望と人徳の塊の様な男だった。

 その男が、着任後初めて問われた。保身か、命令違反を辞さずして捜査員の意思尊重における捜査強行か。

 男の態度は、次の言葉に集約されるはずだった。

「とんでもない、命令には従う。国会議員連続殺人事件に関しては情報の開示を約束しよう」

 公安部の人間が『暗殺事件』と言ったものを、敢えて『殺人事件』と言い直した。だが、どうあれ情報の開示は刑事部の捜査打ち切りの合図。そう、誰もが捉えた。

 どうあっても男は刑事部を纏める役職に居なければならない。もし自分以外の者がここに収まれば、現場を駆けずり回る捜査員達の枷になると、身をもって体感してきたのだから。

 だからこそ、

「だが、我々刑事部は、特別捜査本部はこれまで通り捜査を続ける。我々刑事部が追っているのは議員を射殺したと思われる人物。元自衛軍隊員、現役警察官、環境保護団体員、新興宗教信者、フリーター、大学生、身元不明者を殺害した犯人。連続殺人事件の犯人だ」

「ふざけるな。国会議員暗殺に関与した可能性が高い。その犯人も我々公安部が押さえる」

「残念ながら国会議員を殺害した銃と、国会議員暗殺犯と思われる人物を殺害した銃は同一だと判明した訳ではない。故に、我々刑事部は別の犯罪である可能性を考慮して捜査を続行する。そもそも、入り口を見たか?」

 単なる屁理屈を並べた言葉。どう足掻いてもこの刑事部長の言葉の中には無理が多々存在する。客観的に見ようとも、主観で語ろうとも、この捜査事由は本来なら認められない。

 しかし、ここは刑事部特別捜査本部。異論を唱える人間は異物である公安部の人間だけだった。

「この事は監察官に報告させて貰う」

「世の中、ギブアンドテイクが原則だ」

 秋築昇、五十六歳。階級、警視長。役職、警視庁刑事部長。

 年の割には黒々としすぎて逆に目立つ、テキトウに白髪染めをした漆黒のオールバックがチャームポイント。

 この男。定年まで大人しくしているなど、性に合わないらしい。


 公安部の人間が数人、特別捜査本部から段ボールに入れた書類束を持ってぞろぞろと出て行く。最後尾にいたのは警視庁公安部、谷田喜十郎。

 喜十郎は一人、荷物など持たず、言い知れぬ屈辱だけをぶら下げて廊下に出た。

 喜十郎の目には安いコピー紙に『特別捜査本部』とだけ油性のマジックで手書きされた紙が映った。今はその汚い字で手書きされた文字すら忌々しい。

 秋築の言葉の意味を今もって理解した。『特別捜査本部』とは書かれているが、何を捜査しているのか具体的には記されていない。国会議員の暗殺捜査なのか、殺人容疑者が殺害されていた事の捜査なのか。

 屁理屈の証を見て腹立たしいのが収まるはずもなく、喜十郎は気付けば握り拳をその紙に叩き付けていた。

 その始終を目撃した女性職員は驚いて逃げ出したが、喜十郎の目には、殴りつけて皺寄った『特別捜査本部』の文字しか見えていなかった。

 余談だが、この紙を書いた人物は秋築昇。しかし、喜十郎は知る由もない。

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