九頭目、大蛇
アフマル・ハシャラにスズキが加わって、五日経った。
「おっ!」
朝。窓のカーテンの隙間から光が射し込んでいる。その中で、アルはデバイスをみていた。
そして、何かを発見したように声をあげた。
「なにぃ?」
眠そうな様子で、エレンが聞いた。髪の毛もボサボサで、整っていない。まぁ、水で濡らし、どんな髪型がいいか考えれば常識的な範囲内なら一瞬でそれになる、変なところで便利な機能があるので、直すのに時間はそこまでかからない。
因みに、その近くで、あくびをしながらスズキは居る。少し眠そうだが、エレンよりはしっかりと目を覚ましていた。そして、のんびりと、自分のホームページをデバイスに作ろうと、少しずつ奮闘していた。毎朝と夜の楽しみとなっている。それに集中しているのか、アルの言葉への反応はなかった。
「ついに【木】が有る場所が見つかった。これで外国に行く算段がたてられる」
「本当ですか!?」
その言葉に目敏く反応したのがスズキだった。【木】等を使った、生産系スキル、【木材加工】を、彼は持っていた。彼のスキル構成は、ジョブスキルが【変化魔術師】で、ジョブスキルで発現するサブスキルが、【上昇魔法】【下降魔法α】【下降魔法β】だ。そして、その他のサブスキルは、【攻撃魔法】と、【木材加工】を持っている。要するに、彼は敵の防御や攻撃を下げたり、見方の攻撃を上げたり、攻撃魔法を撃ったり、木材を加工したりできる。後衛のエキスパートみたいな存在である。回復はできないが。
そして、木材加工ができる彼が、スキルで加工できる木材が見つかったとなればうれしくなるのも当然であろう。エレンは【鍛冶】スキルを持っているが、炉がないので、武器が作れず、せいぜい他の人より金属類を研ぐのが巧い程度の恩恵しかない。
「あぁ、本当だ。このナガハマから、北の方角に行った所が、福井県の敦賀なんだが、そこに【蜻蛉の森】という所が有るらしい。そこで、【木材加工】スキルで加工できる、【木】系のアイテムがとれるらしい」
「本当ですか! 腕が鳴るなぁ」
本当に嬉しそうな笑顔になりながら、自分の右腕を、スズキは見た。
「だから、今日から向かうぞ。結構かかるからな」
「はい!」
「え?」
スズキはとてもいい笑顔で頷いたが、顔を洗いにいって、戻ってきたらいきなりそんなことを言われたエレンは何のことやらさっぱりわからないのだった。
勿論もう一度アルが説明した。新しい街に行くということで、はじめはエレンも首を縦に振らなかったが、最終的には折れた。
◆◆◆◆
街道。石で整備されたそれは、旅人たちの歩く道しるべとなり、旅を楽にする。
アル、エレン、スズキは、そこを歩いていた。
目指すはツルガの、蜻蛉の森。木材目指して、歩く。
「暇だな」
思わずアルがつぶやく。それほどまでにやることがない。十分くらいずつ定期的に【探索】をやり、敵がくるか確かめたり、目的地につくのかを確かめているが、敵はこないし、目的地には着かない。
彼らはすでに二時間程度歩いている気がする。定期敵に飲むMP回復ポーションの味はすでに飽きている。緑色の液体を見るのも嫌になってきた。そもそも緑色という色が駄目なのだ。飲む気にならない。
「まず必要なのはゲームですかねー。それがあれば暇は何とかなりそうですよねー。今度作ってみますねー」
旅の問題点を、何とかプログラム的な物へともっていくスズキ。その目は楽しそうだ。
「やっぱさ、あれだよ! ゴキ様に乗っていこうよ! そうすれば早く着くよ!」
「却下したいですね……」「却下だ」
案をエレンが出すも、一瞬で二人に却下される。それを聞いてエレンは、ふてくされたように、頬を膨らませた。もちろん、二人はゴキブリに乗りながらという奇妙な旅が嫌だったのである。アルもスキルレベルが上がり、はじめより大きいGCを召喚できるようになったが、それに乗る気にもならない。
「っ……?」
そして、何かをアルが感じ取る。
「敵だ……北西。こっちに向かってきてる。個体はわからん」
「準備する?」
「一応。臨戦体型になっとけ」
エレンがデバイスから、大槍を具現化する。右手に収まったそれは身の丈をゆうに越えていた。アルも具現化した短剣を右手に持つ。
「《魔、界、在、黒、光、速、蝕、飛、出、現》」
そして、MPを練り、GCを召喚する。それは、まだ、はじめに覚えていたアビリティだった。わざわざ強いGCを召喚することもないか、と思ったのである。
少しずつでてくる筈のGCも、パターン化を嫌ったのか、一瞬で出てきた。ただ、黒く光る背中も、くねくね動く触覚も、カサカサ動く足も、当社比五倍の巨体も、健在だ。それを見てアルとスズキは露骨に嫌そうな顔をするが、エレンはとてもうれしそうに笑った。
「バフはどうします!?」
スズキが叫ぶ。
「とりあえずはいい! 後は状況判断……こっちきてるぞ! ものすごいスピードだ!」
アルの探索が、敵モンスターの襲来を告げる。
そして、それは……
「アナコンダだ!」
蛇だった。大蛇。体長二メートルを超えるその体。力は強く、絡まれたら……抜け出せない。
「やばい! 離れて戦え! 俺はGCを向かわせる」
アナコンダに向かい、ジャイアントコックローチ、GCが、飛んでいく。大蛇と、オオゴキブリ。大きい種での対決。
大蛇が毒を放とうと、舌を伸ばし、GCへと当てようとする。
だが、GCはゴキブリ特有の俊敏性を持って、避けた。当たっても、一瞬で抗毒がつき、次からでるGCに、アナコンダの毒耐性ができるので、あまり問題はないが。
そして、GCが、アナコンダの腹に噛みついた。一瞬、アナコンダが怯む。
「今だ!」
アルは叫んだ。
「《炎の神よ、我が魔力と、力を合わせ、現世に炎をもたらせ、〈フロガ〉》!!!!」
炎が、燃える。
スズキの詠唱した呪文が、アナコンダと、そこへとつっこんでいったGCを焼き付くす。
だが、アナコンダのHPはまだ減りきっていない。GCも、残り少しのHPで懸命にアナコンダを攪乱させていた。
「とどめだ、【アーラ・シーカ】!!!」
最後に、アルのアビリティが放たれた。彼の右手から放たれた短剣は、不思議なほど流麗に、アナコンダの腹へと吸い込まれ、HPを削りきった。
そして、そこには【蛇の皮】が、落ちた。
エレンはそれを拾いながら、
「焼けちゃったゴキ様……可哀想」
と、いったのだった。
もちろん他の二人があきれたのは、言うまでもない。
◆◆◆◆
緑は繁茂していた。深緑とも呼べるその深い緑は、吸い込まれそうな不思議さと、踏破することの難しさが感じられた。
蜻蛉の森。
三人は、そこへとたどり着いた。
風が吹く。木々が揺れ、さざめきのように木の葉の擦れ合う音が聞こえた。
その風がやむと、少し羽音のようなのも、聞こえてきた。
「どうしますか? 個人的には今日はツルガに行って、休んでから、明日来た方がいいと思いますけど」
スズキはアルに聞いた。もう陽も落ちかけている。夕暮れの赤い光がSEの世界を照らしている。
時間がない。体力がない。
ここにくるまでに何度も【探索】をしたので、アルはMPがつき、MP回復ポーションも底をついている。
そして、エレンやスズキだって、数値上のHPやMPは残っているかもしれないが、精神力や、蓄積される疲労などは、確かに残っているのだ。
「そうだな。ここから近いらしいし、今日はそっち泊まって、明日来るか」
「まぁ、ゴキ様を召喚できないんじゃ、戦意も半減しますからね! やっぱ、ゴキ様がいないと!」
アルもスズキの提案に同調し、エレンも、言い方はアレだが、それに賛成した。
彼らの異世界八日目は、これで終わったのである。