八頭目、勧誘
「え?」
スズキの声は、アルの耳に入った。いきなりクリアを阻止すると言われたのだ。この反応をして当然だ。逆に、この反応をしないような異常者だと困るほどだ。
アルは、スズキを観察する。疑問符が頭の上にでてきそうな顔をしていた。これは何か言わないとかな、と思った。
「俺たち……俺とエレンにとっては、現実世界よりこっちの方が楽しいんです。だからさ、元の世界に帰りたくないんですよ。説明書にも、セカウィキにも、クリアしたら“全員”戻ることになってますからね……」
アルは一度ここで話を切った。スズキの反応を見る。それは迷っているようにも見えた。
「まぁ、あなたにそれを強制するつもりはないです。ただ、二人じゃ、阻止は厳しいんですよ。まだギルドを作る時期ではないと思ってますけど、時間が経ったら、ギルドも作り、攻略を目指す人間たち……攻略組とでも言いますか。攻略組に、対抗して、クリアを阻止したいんです」
そうアルが言った後は、静寂が支配した。仕込みをしている厨房からは怒鳴り声が発されているが、三人の耳には入ってこなかった。
だがエレンが、口を開いた。
「まぁ、私も、こっちの方が楽しいしさ。元の世界では虐められて、不登校だったから。こっちなら、まぁ、虐められることはないし、冒険者としては、力が全てだからさ。虐められないほど強くなって……見返したいんだ」
スズキはそれを黙って聞いていた。先ほどまでの疑問めいた表情はなくなり、真剣になっていた。
そして、スズキは……口を開いた。
「私自身も、前世では辛い思いをしていましたからね……毎日8時間を越えるサービス残業……日付が変わるまでに家に帰れることがまれでした。ですが、こっちの世界では、多く寝れる。それだけでいい世界に思えてきます。ですが……こっちの世界で、金を稼ぐ自信がないんです。私自身、元の世界では、プログラムの腕だけは一級品と、自負していましたが、この顔と、性格で、なかなか良い思いができなかったんですよ……そして、プログラムの腕が全く関係なくなった、こっちの世界で、うまくやっていく自信がないんです」
その言葉を聞いて、アルはすぐさま答えた。
「ホームページなら作れますし、それで金を稼げるような設定にすることができます。だが、スズキさんには、常識人や、社会人の立場で、俺たちの行動に助言をしてほしいんです。何分、こっちには世間知らずの二人しかいない。成功には常識人のスズキさんが必要なんです。パッと見でわかる、社会人としての苦労が、雰囲気から伝わってきています。スズキさんは、最高の社会人ですよ」
「そこまでほめられることはしていないんですけどねぇ……付いていって、食い扶持を稼げるなら、喜んで付いていきますよ。食は、大事ですからねぇ。ここの飯も美味しかったですし……元の世界への未練は……せいぜいもっとプログラムしたかったくらいですからね」
「ありがとうございます。そして、ようこそ、アフマル・ハシャラに」
「どうも」
スズキも、アルも、笑顔で握手をした。側にいたエレンも、にこにこと笑っていた。
◆◆◆◆
「【硬さを、奪え! ドゥロ・サカル!】」
デバフが、ゴブリンに襲いかかる。緑色の皮膚に、革の鎧だけつけ、醜悪な顔をさらしている生物は、驚いたように、
「ぐぎゃぁぁぁ!!!?」
叫んだ。
「ナイス支援! GJ!」
知ってる限りのネトゲっぽい賞賛を述べながら、アルは駆けた。
手に持つは一本の短剣。銘はなく、そこらの武器屋で売ってそうな無骨な一品だった。まぁ、ギルド支給の武器など、その程度なのだろう。
「【ファス・アバトレ】!!!」
アビリティが放たれた。
短剣は滑るようにゴブリンの腹部へと当たり、滑らかな様子で、肉を引き裂いた。
昨日のダメージの約1、5倍のダメージがゴブリンのHPを減らし、残HPが半分近くになった。
「ラストっ!!!!」
最後にエレンが適度な距離まで移動した。右手に持つ大槍を、左手でも握り、安定感を増す。
そして、突く! 突く!
安定した軌跡を描きながら、槍の先端は、革の鎧の隙間へと入り込む。また、先ほどからアルの近くに居たGCも、エレンと一緒に肩の肉を噛み千切り、ゴブリンのHPを減らした。
この三人+一匹の連携により、成す術無く、ゴブリンはデータのようなドットとなって、昇天した。そこにはドロップアイテムであるゴブリンの肉が残された。
「おぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
スズキは、初めてのゴブリン討伐に、感慨を露わにした。中学時代。親に無理言って買って貰ったファミコンのロープレの映像が、脳内に映し出される気がした。初めてやったロープレで、はじめの町から出て、フィールドに出てきたスライムを倒した感覚。それによって得た経験値とゴールド。とても興奮して、その日はずっとゲームをしていた気がする。やりすぎて取り上げられたこともあった。そのときにゲームをやって、おもしろいと思ったから、俺は今、ゲームの道に進んでいる。
様々な思いが、スズキの胸と頭を駆け巡った。
でも、その様々な思いは、全て、嬉しさとか、興奮とかにつながっている気がした。
それ程に、楽しいのだ。自分が斬ったりする訳じゃないけど、ゲームとして、優越感に浸れる感覚が。残業など、全て忘れそうだ。
「なんか、モンスターを倒すときって爽快感あるよな」
アルも同調した。アルはすでに昨日、その思いを体験していた。だからこそ、クリアを阻止しようと言ったのだ。その気持ちは、スズキにも理解できた。
「まぁ、ゴキ様と一緒だから、さらに感激が上昇中……やっぱいいわ。ゴキ様いいわ。アル、頂戴?」
「召喚獣みてーな扱いだから、あげれねーよ」
「…………」
エレンは、少し頭をひねっているようだった。何か、思いつきそうな感じがする。
「そうだ!」
エレンは叫んだ。
「どうした?」「どうしました?」
それに驚いて、アルとスズキがエレンの方を向く。
「私が召喚スキル得れば、毎日ゴキちゃんとイチャイチャできるんじゃね! やべぇ、私天才だ!」
静寂。
じめじめと、湿気がこもり、入ってくる光が少ないので、薄暗いダンジョンの中、この空間だけが、湿り気がなくなったように思えた。
そのかわりに出来たのが、絶対零度の氷結空間。
少しの時間が経った。
そこに言葉はなく、何となく二人の陰鬱とした雰囲気と、一人の悦に入った笑顔が、何ともいえない不協和音を奏でる空間だった。
アルが口を開く。
「召喚スキルとか、魔法系は、適正で使える魔法が変わるらしい。単純な攻撃魔法系でも、炎、氷、雷、土等々、色々な属性があり、それは人次第で変わるらしいぜ……だから、多分、おまえがゴキブリ流召喚術を身につけるのは、不可能だと思う……」
正直、ゴキブリに対する執着を思いっきり語る少女に、多少引いていたのは事実だったが、まぁ、答えないわけにもあるまい。
「まじで!? それは初知りだわ。残念だぁ……」
圧倒的な残念感で、膝から湿り気が少しあるダンジョンにへたり込んだエレン。
「ちなみにみなさん、今ゴブリン十匹を倒すクエスト中だって言うこと、覚えていますか?」
常識人のスズキが、引いている少年と、へたり込んでいる少女という状況に観念したように、言った。
そういえばスズキにこっちの世界の楽しさ教えるために、とりあえずゴブリン十匹受けていたなーと、アルは思い出した。
「じゃぁ、後九匹、がんばりますか」
アルが言った。
「いや、ゆっくりやった方が、ゴキ様と戯れる時間が……」
「ゴキ様はいいですから、とりあえずさっさと終わらせましょう」
また妄想を語り出しそうとするエレンを、途中でスズキが止めた。
ちなみにこの後三人は、スズキのバフやデバフの効果が意外と大きかったのか、昨日よりも二時間程度早くゴブリンを狩り終わり、午後ももう一度同じくエストをクリアしていたのであった。このとき、食事をすればある程度HPやMPを回復できることもわかったのであった。